第三話 とんでもない話
正直に思うんだけど、国会議員がどうのとか悪事がどうのとか今はどうでも良いんだ。マッパの姉を前にしていると頭になかなか入って来ないんだ。先ず、そっちをどうにかしてくれないかなって思うんだ。
「あのさ、何度も聞いて悪いんだけど、薬の効果は何時切れるの?」
「それなら、もう切れる頃だ」
姉がそう言った矢先に、薄っすらと何かが見えて来る。何だか透けてるけど、これは白衣っぽいね。ゆっくりと白衣がハッキリと見えるようになる。でもさ――。
「何で白衣だけしか着てないの? その下にも着てよ!」
「こういうマニアックなのが好きなんだろ?」
「違うよ!」
「因みにブラは持っている」
「なら着けなよ!」
「パンツは持っていない」
「あぁ~、もうっ!」
薬が切れたら一安心かと思ったら、姉は更なるビックリを仕掛けていた。白衣の下はマッパだった。ブラジャーをポッケから取り出して、僕の前でブランブランと揺らしている。それも着けて欲しいけど、パンツもね! わかるかな、パンツも履かなきゃ駄目なんだよ!
何故、そんな格好をしていたのか意味がわからない。でも、理解をしている事が有る。こうやって慌てている僕を見て、楽しんでいるんだ。ほら、ニヤニヤしてる。僕の反応を楽しんでいる。
本当に良い性格をしてるよ!
僕は姉に背を向けてダンダンと音を立てて階段を昇る。そして、姉の部屋に入るとタンスからパンツと服を雑に取り出した。そして階段の上から服とか一式を姉に投げつける。
「何をするのだ、海よ!」
「だから、服を着てよ!」
「興奮してしまうからだな? エレクトしているのだな?」
「してないよ! 姉さんの馬鹿!」
僕は服を投げつけた後に、自分の部屋に入って鍵を締めた。そして、制服を着たままベッドに飛び込む。いつも変だけど、今日は特に変だ。いや、いつも凄く変だ。だって、性別を変えて僕の前に突然現れたりするんだよ。そういうのが日常になり過ぎて、僕の感覚も麻痺して来てるんだと思う。
でもね、それじゃ駄目なんだよ。姉に流されるだけじゃ駄目なんだ。
姉がこんなんだから、職場でも迷惑をかけてると思う。流石に、僕にする様な事は外ではしてないと信じたいけど、姉なら何をするかわからない。
何だっけ、政治家が何とかって言ってたっけ。姉が変な事をする前に、止めなきゃいけないんだ! それが出来るのは僕だけなんだ! 僕がしっかりしてなきゃ駄目なんだ!
それと、カッとしてつい服を投げてしまったけど、そんな事をするつもりはなかった。冷静にならなきゃ駄目だ。あれじゃあ、姉を増長させるだけだ。きっと反抗期なんだって、にこやかに笑ってるだけなんだ。
僕は冷静になろうと目をつむった。出来るだけ姉の痴態を思い出さない様に、綺麗な自然の風景とかを思い浮かべた。こういうのも何度目だっけ? 忘れたけど、忘れる位に振り回されているんだけど。
暫くすると、少し落ち着いて来たのがわかる。そして、ノックの音が聞こえる。僕は頬を軽く叩いてから鍵を開けた。そこには、僕が投げた服を着ている姉が立っていた。ここでパンツを手に持って目の前でブランブランさせたら、再びドアを締める所だった。
流石の姉も、これ以上は茶化すつもりは無いようだ。いつになく真剣な表情をしている。
「部屋に入っても良いか?」
やっぱり今日の姉は変だ。いつもなら、鍵をこじ開けて入って来るのに。ノックをしてこんな事を聞くなんて。
「うん。何か話しが有るの?」
真剣な表情をしている姉は好きだ。好きってより、尊敬している。あの表情は僕を守ってくれている時の目だから。社会の為にって研究している時の目だから。
僕は姉を部屋に招き入れる。そして、姉はクッションに腰を下ろした。そして、真剣な表情のまま静かに語りだした。
「お前は地球外生命体、言い方を変えるか。宇宙人を信じるか?」
「はぁ? あれでしょ? 小っちゃい子供みたいで、両手を掴まえられてる奴」
「それはフィクションだ。多くの宇宙人は精神生命体だ」
「どういう事?」
「彼等の多くは高次元の生命体だ。我々人類はその段階には存在していない。故に、我々は彼等を認識する事が出来ない」
「でも、SF映画とかだと色んな形をしてるでしょ?」
「そういう、我々と同次元の生命体も存在しているのだろう。しかし、多くは違う」
「わかんないよ。目に見えないって事は幽霊って事?」
「それは違う。世界に起きる物理現象の全ては立証できる。立証できないからスピリチュアルだとするのは、余りに短絡的だ」
「難しい言い方しないでよ。よくわかんないよ」
「お前にも解る様に説明してやろう」
姉の説明では、宇宙人は存在するらしい。その宇宙人は基本的に僕らの目では見えないんだって。形の無いエネルギーみたいな存在なんだって。そんな宇宙人が地球に沢山来てるんだって。
「うっそだ~!」
「嘘ではない。信じるか信じないかなんて問題でもない。これは事実だ!」
じゃあ、その宇宙人が『どうやって地球で活動しているか』と言うと、地球人に憑依して活動しているんだって。難しく言うと憑依ってのとは少し違うらしいんだけど、近い言葉がこの世に存在しないらしい。ホント、変な事を言い出したよね。
それから、人類の進化や文明の進歩等の歴史を踏まえて説明された。聞いている内にドンドンと引き込まれていった。とっても面白い。そんな事が本当に有ったら、すごく興味深い。僕等、人類の歴史と宇宙人の存在は切っては切り離せない物だと言うんだから。
テレビや動画サイトでも、この手の話しはやってる。見た事も有る。でも、姉の話しはそのどれとも違った。所謂、宇宙人が憑依して人類を指導した時期が有って、その時には現代でも説明できない高度な建築物が出来上がったらしい。
それは、決して友好的な物ばかりではない。つまりは、猿から人間に進化した様に、人間が高次元生命体に進化する事で得られる恩恵の様な物が存在して、それらの利益みたいな物を狙ってるらしい。それ以外にも何か狙っている物が有るらしい。詳しい事は理解できなかったけど。
「半分以上は良くわかんなかったけど」
「仕方が有るまい。そもそも、こんな話を信じろと言う方が難しかろう」
「じゃあ、何で僕に話したの?」
「お前には真実を理解してもらいたかった」
決して嘘を言っている目じゃない。冗談でからかっている目でもない。真剣そのものだ。そうやって僕に訴えかけている。これは紛れも無い真実なのだと。
姉は冗談を言うし、僕を揶揄って来る。たまにしょうもない嘘もつく。でも、僕を裏切る事は絶対にしない。
だって、僕を育ててくれたのは姉なんだ。養父母に引き取られた後も、学校に行く為の諸々の費用や生活費を稼いでくれたのは姉なんだ。僕の制服だって、服だって買ってくれたのは姉なんだ。
流石に家は養父母の物だし、料理を作ってくれるのは小野寺さんだ。でも、それ以外は全て姉がしてくれた事なんだ。
それに姉は良く言っている。「私の才は努力で勝ち得た物ではない。ならば社会の為、人類の為に役立てなければならない」と。確かに姉は、社会が良くなる様に研究をし続けて来た人だ。
だから、僕は信じる。姉が言うからじゃなくて、姉が真っ直ぐな人だから信じるんだ。
「そう言えば、今思い出したけどさ。さっき見せてくれたリストは何か関係が有るの?」
「大ありだ。奴等は宇宙人に憑依されている」
「え?」
「奴等は先兵の様な者だ。人間に憑依して社会に溶け込んでいる」
「でもさ、悪さしたんでしょ?」
「あぁ。人間が行った事ならば放置しても良い。政治資金規正法に抵触しようが、私には関係ない事だ」
「それなら、何でこんな薬を作ったの?」
「憑依された議員達を奴等から解放し、健全な状態に戻す為だ!」
いよいよ、難しい話しになって来た。そういう事なら、姉を止める事は出来ない。
「姉さん。僕に出来る事は有る?」
「あぁ、勿論だ。協力してくれるな? 海よ」
「うん! 姉さんの力になるよ!」