第二十七話 議員達の終焉
リーダーの服が透けていくのを見た。あれは恐怖以外の何物でもない。そして、リーダーは意識を失い倒れた。救急車が呼ばれる、警察も駆けつける。そして、リーダーは救急車で運ばれていった。当然、国会は一時中断となった。
騒然としている中で、皆が議員会館へと引き上げていく。その中で、俺は東島に駆け寄り耳打ちをした。
「東島。今すぐ、この体を捨てて逃げるぞ」
「逃げる? 高野、どうしたんだ?」
「状況がわかってないのか? 話しただろう、道明寺翠嵐の件でだ」
歩きながらじゃないと、周りに怪しまれる。だから、あくまでも平然を装って東島との話を続ける。くそっ、何でこうなった……。
リーダーは徹底的に根回しをしていた。俺達、野党の議員を含めてだ。『追及するのは今日まで』という約束にもなっていた。
だから、俺と東島も追及されない予定になっていた。それにも関わらず、リーダーの憑依は気絶と同時に解けてしまった。
リーダーが矢場の体に戻って来るとは思えない。ここに至っては、俺達も体を捨ててリーダーを追うべきだ。『日本の支配権を他所の連中から奪う』という目的は達成できなくなった。しかし、リーダーさえいれば幾らでも立て直しが利く。
「高野。リーダーの憑依が解けたのは、俺にも分かる。しかし、戻って来る可能性は有るだろ?」
「状況が変わったんだ。わかるだろ? 中継もされている中で真っ裸になった議員と、誰が関わろうと思うんだ?」
「矢場夜風は与党からも見捨てられると?」
「あぁ。約束事は全て白紙になる」
「状況から察するに、その可能性は高いかも知れないな……」
「そうだろ? だから、今直ぐにリーダーを追うんだ」
「そして、儀蔵や小金に憑依していた同胞と合流するって事か――」
「あぁ。そこから立て直す。何なら、本隊へ援軍を要請しても良い」
「確かに、その方が良いだろうな。でも、あいつはどうする? 妙な警察に憑依した――」
「アレは放っておけ。独自に動かしていた方が都合が良いからな」
「再起する事も言わなくて良いのか?」
「構わないだろう。寧ろ、余計な接触をされる方が作戦に支障を来す」
「そういう事なら仕方ないな。さて、憑依を解くか」
「あぁ。まだリーダーの精神体はこの辺りを彷徨っているはずだ」
「新しい憑依体も探さないとな」
こうして、俺と東島は体を捨てた。そしてリーダーと居なくなった同胞達を探し始める。思念の伝達をすれば、直ぐに同胞達とも合流できるだろう。少し危険な賭けにはなるが、仕方があるまい。
くそっ。道明寺翠嵐! 覚えていろよ!
☆☆☆
私が国会議事堂に辿り着いた頃には、矢場は既に救急車で運ばれていた。それから直ぐに、新たな救急車が到着する。そして、救急隊員がストレッチャーで搬送して来たのは、高野と東島だった。
私は慌てて救急隊員に声をかけて、搬送を一時的に止める。救急隊員は嫌な顔をしていたが、私の知った事ではない。良く見ると、二人の体から何の精神波も感じない。この中には同胞は居ない。そうすると、矢場の体からも同胞は消えたのか?
くそっ! 何が起きている? もしかすると、私以外の全員が道明寺翠嵐にやられたというのか?
それから私は、現場へ急いだ。既に同胞達は何処かに行ったのだろう、何も痕跡を感じない。更に、私は状況を把握する為に、議員達に聞いて回った。
一様に口にするのは、「矢場議員の服が突然消えて、意識を失う様に倒れた」と、「高野・東島の両議員が廊下で倒れた」の二つだった。
議員達に聞いても、新たな情報は出てこないだろう。そう考えた私は、部下を連れて矢場議員が搬送された病院へ向かう事にした。病院ならば秘書が駆けつけているだろうしな。秘書に聞けば何かわかるかもしれない。
「宮司警部。事務所ではなく、病院ですか?」
「そうだ。今、秘書たちは病院へ向かってるはずだ。事務所はもぬけの殻だろ?」
「よく考えればそうですね」
それから病院へ着くと、受付に問い合わせを行う。矢場議員は検査中との事だったから、病院を訪れているはずの秘書を呼び出してもらった。
「特別捜査官の宮司です。お話を聞かせて下さい」
「構いませんが?」
流石に院内で事情聴取を行う訳にはいかない。私は秘書を外に連れ出すと、数日内に変わった事が無かったか質問をした。
返って来たのは、とある秘書に関する事だった。何日かふらっと居なくなったと思ったら、今日になって突然事務所を訪れた。それからまた、外出したままで連絡がつかないとの事だった。
「その秘書が怪しいな」
「そうですね」
「そいつの足取りを追ってくれ」
「所轄にも連絡を入れておきます」
もしかすると、これが道明寺翠嵐の手口なのかも知れない。怪しいのは、科警研が発見した謎の物質だ。それが一連の全裸事件の原因なんだろう。その物質をどうやって矢場議員に服用させたのか? それは居なくなった秘書に違いはないだろう。
「そう言えば、何日か前に貴女は事務所を訪れましたよね?」
「そうだが。覚えていたんですか?」
「えぇ。特別捜査官が訪ねて来るのは、よっぽどの事ですから」
「それで何か?」
「貴女が帰られた後、直ぐに先生から言われたんですよ」
「何と?」
「確か、道明寺翠嵐という女性を探せと……」
「それを矢場議員から命じられたと?」
「はい。探偵に依頼し女性を特定して先生に報告したんですが……」
「矢場議員は何と?」
「他の秘書に命じたから、それ以上は調べる必要はないと……」
「もしかすると、他の秘書というのが居なくなった秘書の方ですか?」
「えぇ、そのはずです」
「その秘書さんが居なくなったのは、いつ頃ですか?」
「確か三日前です」
当たりだ。三日前と言えば、道明寺翠嵐が下の人間に脅された日だ。恐らくその秘書は同胞に命じられて、奴を始末する為に動いていたのだろう。
しかし、それは失敗した。こちらでも、奴の監視をさせていたからな。奴は健在だ、今頃会社にいるはずだ。
居なくなった秘書は、その報告に来ただけか? そうじゃないな。買収されたか、あるいは何らかの手段で操られたのか……。結果として、同胞に薬を盛ったと考えるのが自然だ。
それなら居なくなった秘書を見つければ、奴がどうやって犯行を繰り返しているか分かるかも知れない。
しかし、秘書の捜索は難航した。ここ数日の行動が全く掴めない。道明寺翠嵐が脅された件にも関わっているはずだ。だから、所轄とも情報を共有している。所轄も捜査が難航しているようだ。
例の事件で捕えた下の人間は、「探偵と称する男に依頼された」と話してたらしい。その探偵自体を見つける事は容易かった。しかし、件の秘書が消えたのと同時期に姿を消している。
一体、何が起きている? ふらっと戻って来た件の秘書は、本物なのか?
いや、考えすぎだ。推理小説ではあるまいし、誰かが秘書に変装していたなんて事は有り得ない。それでも一応は確認してみた。「戻って来たのは、似ている誰かではないですか?」とな。そうしたら、「間違いなく本人でした」と返って来たんだ。
全く、何がどうなってる?
アリバイは完璧、犯行手口は不明、わかっているのは謎の物質。これでは、奴に任意同行を求めるのも不自然だろう。秘書を捕まえられれば一歩近づくと思っていたが、そう簡単にもいかなそうだ。迷宮入りになりそうだが、私は諦めない。
道明寺翠嵐、お前は本当に難敵だ! だが、必ず尻尾を掴んで見せる! 必ずだ!




