第二十四話 恫喝
たまに、養父の製薬会社に行く事が有る。大した用事では無いんだけど。会社に行った時には、必ず姉の研究室に顔を出す。僕がってより、姉が喜ぶからね。何でも仕事が捗るらしい。困ったもんだよ。
でも、今日は姉が研究室に居なかったんだよ。「すれ違っただけなのかな?」って思って、書き置きだけして帰る事にした。ただ、帰り際に姉らしい後ろ姿を見かけたんだ。
多分だけど、姉は友達が居ないんだよ。あの性格だからだと思うんだけどさ。だって、研究室でも一人で黙々と作業してる事が多いしね。仕事ってそんなもんだよって言えば、それまでなんだけどさ。でも、日常会話くらいは誰でもするでしょ? 姉の場合は、それすら無い様に感じるんだよ。
だからね、姉が男性に囲まれて歩いてるって図は、考えられないんだ。
それも、『人気の無さそうな所』に連れてかれそうな気がするんだけど、気のせいかな? そうだよね。だってさ、姉を囲んでる男の人達は、『明薬科学』って名前の入った作業着を着てるし、同じ会社の人なんだよね? もしかしたら、仕事の関係で何か質問でもされてるのかな?
一瞬はそう思ったよ。姉の強張った表情を見るまでは……。
僕は次の瞬間には走ってた。そして、姉と男の人達との間に割って入った。良く見ると、男の人達はみんな無精ひげで、結構匂う。多分、地上の人達だ。
確か、会社では非正規労働者として、地上の人を雇ってると聞いてる。だから、たまに匂う人ともすれ違う。わかるよ、お風呂なんて入る余裕は地上の暮らしでは許されないってね。僕達だってそうだったから。
でも、僕がすれ違った事が有る人達は、みんな礼儀正しかった。だって、元は同じ日本人なんだから。普通の生活が出来る環境にさえいれば、誰もが日本人らしい行動をするんだと思うんだ。
でも、この人達は違う。目がぎらついてる。
「うちの姉に、何か御用ですか?」
僕は睨み付けながら、男の人達に言った。
「うるせぇな。どこのガキだてめぇは!」
「警備員を呼びますよ!」
「呼んで困るのはそこの女だ!」
男の人達の一人が大声を上げると、別の人が僕を後ろから羽交い締めにしようとした。僕は直ぐにしゃがみながら逃げる。そして腕を掴みながら背後に回り込んで、ハンマーロックの要領で腕を締め上げる。
それを見て怒った大声を上げた男の人は、殴りかかって来る。大して早くないパンチだから、僕は軽く体を開いて避ける。そして、伸びきった腕を右肩で抱える様にして持ち、立ち上がる勢いを加えながら背負い投げの要領で投げ飛ばした。
二人をやっつけた所で、警備員が飛んで来る。姉に絡んでいた男の人は他にも三人居たけど、散り散りになって逃げようとした。でも、体力の有る警備員の方が圧倒的に強いと思う。倒れてる二人を含めて、みんな警備員に捕まった。
それから直ぐに、僕は姉に駆け寄った。
「姉さん、大丈夫?」
「問題ないぞ。海よ」
いつもの姉だ。声が上擦っている様子も無い。怖い思いをしただろうに、姉としての面子を保とうとしてるのかな? こんな時は、甘えてくれても良いのに。
「何が起きたの?」
「少し脅されただけだ」
「脅された? あの人達に? 何で?」
「それは、今は言えん」
「何が有っただけでも、教えてよ!」
「これから、私は警察で事情聴取を受ける事になるだろう」
「警察? あぁ、そりゃそうだよね。でも、大丈夫なの?」
「問題ない。海はこのまま帰らせたいが……」
「僕も当事者だからね。多分、事情聴取を受けるだろね」
何だからはぐらかされた気がする。まぁ、姉の事だし何が有ったのかは後で教えてくれると思う。
それから暫くして、警察が何人も到着して男の人達を連れて行った。僕と姉も事情聴取の為にパトカーへ乗せられた。
警察から色々と聞かれたけど、起こった事をそのまま伝えた。だって、姉は被害者だし、僕は姉を守っただけだし。
事情聴取自体は、一時間くらいかかった。一時間も詳しく問い詰められたんじゃなくて、拘束時間が長かったって所かな? 警察官の話では、男の人達はこのまま留置所行きになるみたい。それで、威力業務妨害罪として略式起訴される事になるみたい。
但し、僕と姉が解放されるには身元引受人が必要みたいなので、養父に連絡をした。
☆☆☆
面倒な事になった。よりにもよって警察とは。まぁ、私を脅して来た男達は、誰かに命令されただけで、大した情報を持っていないだろうし。そっちに関しては心配ない。
一番面倒なのは、宮司彩だ。やつは、警察犬の様に鼻が利く。だから、何処にいても飛んで来る。今回もそうなんだろう。
そして、嫌な予感は大抵当たるものだ。事情聴取を受けている途中で、宮司彩が乗り込んできた。
「おい! お前たち! ここからは私が調書を取る。二人にさせろ!」
「警部、そう仰られても……」
「責任は私が持つ。呼ぶまで入って来るな!」
そう言って、宮司は警察官らを取調室から全員出した。この女は、何を考えてるんだ? やはり、脳もゴリラだから支離滅裂なのか?
「道明寺翠嵐! だから言っただろ! お前はやり過ぎたんだ!」
「何を言っている? 私にも分かる様に話してくれないか?」
「今は、私を煽っている場合では無いだろ!」
「そう怒るな。寿命が縮むぞ」
「お前のせいで、何年も縮んだ思いだ!」
宮司は本当に厄介な女だ。私が一連のマッパ事件の首謀者だと、決めつけてかかっている。まぁ、本当の事だから仕方ないんだがな。だからこそ、こいつには本当の事を話せない。寧ろ、男達に命令した奴を捕えさせる様に誘導しなくてはならない。
「宮司よ、良く聞け」
「聞いている!」
「私はただの被害者だ。難癖をつけられて脅された」
「そっちは、別の警察官が事情聴取を行っている!」
「それなら良いが。私を脅して来た連中は、今日初めて見たぞ」
「前からお前の所で働いてる奴では無いのか?」
「あぁ、そうだ。私は、これでも社内では顔が広い。地上の人達の顔も覚えている」
「だからどうした!」
「分からないか? 連中は私を脅す為に、わざわざ会社に潜り込んだんだ」
「……、確かに。でも、それは状況証拠でしかあるまい?」
「はぁ。全く分かってないようだな」
「分かってないのはお前だろ!」
「宮司よ、良いか? 二度あることは三度ある」
「だから、最初から言ってるだろ! お前はやり過ぎたんだってな!」
話が嚙み合わないってのは、こういう事を言うんだろう。宮司は何か知っている様子で、こちらに訴えかけようとしている。私は私の事情が有って宮司を動かそうとしている。これでは平行線にしかなるまい。
「宮司よ。お前は警察官だな?」
「当たり前だ! 他に何に見える!」
「それならば、私を襲った奴らの黒幕を捕らえるのが使命ではないのか?」
「それもやる! 先ずはお前だ!」
「だから言ってるだろ? 私は被害者だってな」
「違う! お前は、議員二人を裸にした犯人だ!」
「それは、アリバイが有るだろ? 忘れたのか?」
「うるさい! この場で逮捕しても良いんだぞ!」
「どうやって? なんの罪で?」
宮司は私を逮捕出来ない。寧ろ、確たる証拠が無い状況で、無理矢理逮捕する様な真似を宮司は絶対にしない。宮司とはそういう女だ。頭が悪く、要領も悪い、それでいて短気な女だが、奴の正義感だけは褒めても良い。
「連中が命令されただけなのは、事情聴取でも明らかになるだろう」
「当たり前だ! お前が妙な暴露さえしなければ、こんな事になってない!」
「暴露? 何の暴露だと?」
「闇献金に関する暴露だ! お前がやったんだろ!」
「私は何もしていない。だが、それが記事になっているのは見たな」
「惚けるな! お前がやったんだ! 素直に白状しろ!」
「ほう。そうやってお前が決めつけるって事は、怨恨の可能性でも有るのか?」
「当たり前だ! きっと、矢場、高野、東島辺りがやったんだ!」
「そこまでわかっているなら、釘を刺しておけ。余計なトラブルを起こすなと」
重要な情報を口に出してしまう所が、愚かで愛らしい。これで、私を脅したバックが判明したも同然だ。ここからは、組織の力を借りようか。私を恫喝したらどうなるか、きっちり落とし前をつけてやろう。




