第二十話 マークスリー
週が明けて、また姉が居なくなった。たまに居なくなるけど、何処で何をしてるんだろ? 養父母に聞いたら「心配しなくても大丈夫」って言うし。小野寺さんに聞いても「私が毎日お世話に伺ってます」って言うし。答えになって無いんだよね。無事なのは分かったけどさ……。
姉が居なくなってから直ぐに、例の議員はテレビのインタビューで喚いてた。その映像がミーム化され始めたみたい。みんな暇なのかな?
何でも、「秘書が居なくなった! 信じてくれ、本当に消えたんだ!」とか「俺はどうかしてた。俺は悪くない、何もしてない! 全部あの女のせいだ!」とか言ってたみたい。
警察の調べによると、議員が言ってた女性の秘書は、戸籍上存在しないらしい。それどころか、『女性の名前で架空の口座が作られて』いて、毎月その口座に給与として振込が有ったらしい。それが『脱税じゃないか?』って更に問題が広がってるらしい。
まぁ、なんて言うか徹底してるよね。女性の秘書って、きっと諜報部隊の人だよね? だって、やり方がスパイっぽいもん。
秘書として潜入して、その痕跡を無くすように突然居なくなって、でも給与の振込履歴だけは残ってて、それは架空の人物が作った口座で、脱税疑惑もおまけに追加だって。何だか可哀想になってくるね。
それに、議員自身も何かおかしい。国会でのやりとりもニュースで見たけど、なんて言うか支離滅裂だった。そもそも会話が成り立つ様子には見えなかった。
もしかすると、議員の言動は宇宙人から解放されたのが原因なのかな? だから、様子が変だったりするのかな?
ちょっと腹が立つのは、国会内だけじゃなくて、ネットの人達が叩きまくってる事だよ。ここぞとばかりに罵詈雑言を投げつけてるんだよね。暇なのかな? それとも不満が溜まってるのかな? 姉が言った『鬱屈している人間がどうの』が、本当なんだなって思うよ。
ここまで来ると、『いじめ』だって思うよ。
だってそうでしょ。人を殺した訳でもないし、人を傷つけた訳でもない。たかだか、お金を懐に入れようとしただけでしょ? そこまで叩く必要が有るの?
確かにね、「国会議員だからこそ、法律は守るべきだ」って意見には、僕も賛成なんだよ。でも、聖人君子じゃあるまいし、誰でも間違う事は有るでしょ? それは反省すれば良いんだし。今回の場合は、それで済むような話でしょ?
儀蔵って元議員は潔い去り際だったけど、例の議員はねちっこいって言われてるのも、何だかなぁって思うよ。
ここまで姉のターゲットになった議員は、二人とも与党の人だった。それも、叩かれる原因なのかな? アメリカの圧力に負けて、世の中をこんな風に変えちゃったのが、今の与党なんだからね。
もう、国会議員なんて辞めて、田舎に引き籠もっちゃえば良いんだよ。それで、第二の人生を始めれば良いんだ。確か養父が言ってたよ、「人間は何歳になってもやり直せる。何度だって始められる。だから、遅いなんて事はない」ってさ。
頑張って第二の人生を始めるんなら、もしかすると養父母が応援してくれるかも知れないよ。僕たちを養子として引き取ってくれた位の人たちなんだから。
いい加減ウンザリして来たから、なるべくネットとかを見ない様にして過ごしてた。それでも、テレビや動画サイトなんかで、目にする事は多いんだけど。「はぁ~あ、早くこの騒動が終わらないかなぁ~」なんて考えたら、姉が突然帰って来た。
「海よ! 聞くがよい!」
「何を? 寧ろ、今まで何してたの?」
「薬の改良に成功したのだ!」
「また改良してたの?」
「その名もすっぽんぽんマークスリー」
「だからさ、バージョン何とかってしなよ!」
「今度のは凄いぞ!」
「無視なの?」
「何と、時間差で効果が表れるのだ!」
「ちょっと意味が分からないよ」
得意気な顔をした姉は、僕に薬を吹きかけた。しかも思いっきり、ビシャーって。
「いや、ちょっと、何してんの?」
「お前で試すのだ!」
「いやいや、自分で試してよ!」
「お前はこれから学校であろう?」
「……うん」
「薬の効果が確かなら、登校中に真っ裸だ!」
「やめてよ! ほんとやめてよ!」
本当にはた迷惑な姉だ。これじゃあ怖くて外に出られないじゃないか。結局、僕は直ぐに学校へ電話して担任に代わってもらった。
「あの! 熱が出て! そう、四十度! 四十度も有るんです!」
「……、うっ、うん。っそ、そうか」
「すっごく怠くて!」
「うん。それは怠いだろうな……」
「だから、今日は学校を休みます!」
「わかった……。そうしなさい」
何か含みの有る返答をしてたけど、凡そ事情は理解してくれたんじゃないかな。姉というトラブルに巻き込まれたって。
それから一時間経ってもマッパにならない。二時間経ってもマッパにならない。だから、「薬の改良が失敗したのか?」って思ってた。でもね、姉の薬は予想を超えて来るんだ。いつだってね。
勉強がひと段落した頃に、小野寺さんに呼ばれた。「お昼ですよ」って。僕と姉は、それぞれの部屋を出てリビングに向かった。「姉よ、仕事には行かんのかい!」って思ってたけど、敢えて口にはしない。だって、何倍にもなって返って来るからね。
それから小野寺さんを含めて三人でお昼ご飯を食べている時に、それは起こったんだ。
水を飲もうと口にした瞬間、姉の服が透けていくんだ。僕は思わず、口に含んだ水を吹き出した。その時に水が気管に入ったのか、ゲホゲホと咳き込んでしまった。
僕が咳き込んでいる間にも、姉の服が消えていく。それだけじゃない。視界の端に映った僕の服も、もう消えていた。僕は完全にマッパになってる。
「わ~! ゲホッ、ゴホッ。何が、ゴホッ、ゴホッ。何、何?」
「まぁ、落ち着け」
「落ち着、ゴホッ、ゴホッ、けないでしょ!」
「水でも飲むがいい」
「何で、ゴホゴホ。姉さんは、そんなゴホゴホ、落ち着いてるの?」
「薬の開発者が私だからな」
「意味が、ゴホゴホ。分からないんだけど!」
「薬の効果が発揮される時間も計算通りだな」
「計算通りって。これを、ゴホ、狙ってたの?」
「まぁな。私は天才だしな!」
「天才じゃなくて、天災だよ!」
本当に酷いと思う。ターゲットになった議員は、こんな思いだったのかな? いや、もっとだろうね。衆目が集まる中でマッパにされたんだから。『恥ずかしい』とかそんな感情を超えて、何が起きているのかパニックになっただろうね。家の中でマッパにされただけで、僕はパニックになったんだし。
こうして薬を改良したって事は、姉の中で第三のターゲットが決まったって事だよね。同情するよ、幾ら宇宙人からの解放が目的だからってさ。
「分かっているぞ、海よ」
「何が?」
「次のターゲットが気になるんだな?」
「そりゃ気になるけど」
「教えてやろう」
「何で偉そうなの?」
「それは、国声党の矢場夜風議員だ!」
「また与党の人? 与党に恨みでも有るの?」
「含む所は有る! だが、それはそれ! これはこれだ!」
「何がそれで、どうこれなのか全然分かんないけど……」
「作戦も頭の中に有る」
「聞きたくないんだけど――」
「まぁ聞け!」
そうやって、姉は作戦を事細かに話し出した。それは、今まで以上に世の中へ衝撃を与えることになるだろうと、容易に想像できた。




