第十九話 講演会の反応
「動画視た?」
「視た視た。あれでしょ? 噂の議員の?」
「男の裸なんて見たくねぇ~っての」
「それな~」
「確かその人って、賄賂がどうのって」
「あ~。なんかもう、全員捕まって欲しいよね」
バイト中にお客さんが話をしているのが聞こえて来た。もう話題になってる。別のお客さんも同じ話題で盛り上がってる。
「国会議員って、どうせみんな同じ事をしてるんだろ?」
「悪い事してナンボなんやろ? 知らんけど」
「総入れ替えすればいいのにな」
「結局同じやろ。真っ当な奴が政治家になっとったら、地上の奴らが奴隷化せんやろ」
そうだねって僕も思うよ。でもさ、不満を言ってるだけの人って、実際には何もしないんだよね。責任を負わずに文句を言うだけの方が楽だしね。かく言う僕も、何も出来てない時点で一緒なんだろうけど……。
こうやって話題になる位だから、作戦は成功したんだね。これで、例の議員も宇宙人から解放されれば良いのにね。前の議員の時みたいに直ぐに離れていかないなら、姉の悪巧みは続くんだし。
取り合えず僕も、動画やらネットの情報やらを見て、どうなってるのか確認したいよ。あ~、早くバイトが終わらないかなぁ。そんな事を考えている間に、新しい注文が入ったみたい。
「道明寺君。新しいオーダーお願い!」
「承りましたぁ!」
バイトから帰って来た頃には、姉も家に戻っていた。勿論、小野寺さんもね。今回、小野寺さんと諜報部隊の人たちは色んな事をしたんだよね? 僕が知らないだけで。
だって、雑誌社への告発とか講演会で薬を使ったりとか。実際にどうやったのかはわからないし、ネットに流れてる映像を見てもチンプンカンプンだったよ。
そんな凄い事をしたってのに、小野寺さんは澄ました顔で家事をしているんだよ。「夕食のリクエストはございますか?」なんて聞いて来るんだよ。
違うんだよ、小野寺さん。話したいのは夕食のメニューじゃなくて、今回の件で何をしたかなんだよ。
でもさ、小野寺さんの事だから、絶対にはぐらかされるんだ。だって、今も夕食の話をされた位だし。これって、余計な事は喋らないって合図だよね? でもさ、姉には詳しい説明をしてるんでしょ? それなら僕にも教えてくれても良いと思わない? ずっと僕だけ蚊帳の外なんて嫌だよ。僕も組織の一員なんだし。
夕食の後に姉を掴まえて色々と聞こうとしたけど、やっぱりはぐらかされた。「報告は受けてない」とか「上手く行ったんだから、過程の説明は不要だ」とか言ってた。そんなもんなのかなぁ?
当の議員に関しては、ネット上に拡散された闇献金の証拠が止めになったみたい。翌朝の情報番組では、多くのカメラに囲まれてる姿が映ってた。悪事を働いた犯人扱いされてた。ネットでの反応も概ねそんな感じだった。
最初のターゲットになった議員は既に辞職してるしね。この議員も同じ様に「責任を取って辞職しろ」って声が多かったように感じる。怖いよね、完全に印象が変わっちゃってるもんね。マッパにされた被害者でも有るのにね。
「やっぱり、ネットの拡散力は凄いなぁ」
「今の社会には『閉塞感の有る世界で未来を諦めた鬱屈している人間』が多く存在しているからな」
「姉さん? いつからそこに?」
「少し前からいた。お前の真剣な顔を眺めていた」
「気持ち悪い事を言わないでよ! それより仕事は?」
「今日は休みだ」
「あっ、そうだったね。所で姉さん。鬱屈してる何とかって?」
「言葉の通りだ」
姉の言葉では、いつの世だって人は未来に漠然とした不安を持っているんだって。確かにね、将来を考えると不安になるよね。ただ、今の社会は歪んでいるから、地上に住んでいる人だけじゃなくて、上に住んでいる人だって閉塞感を感じているんだって。一つ一つは小さな事だけど、積もり積もれば大きな感情になる。そういう鬱屈した感情をぶつける場所をみんなが探してる。だから、こういう事件が起きれば一目散に食らいつく。
実際、動画配信サービスでもそうだよね。自称『時事ネタを扱う』人達が『禄に内容を確かめもせずに』噂を真実として『報道の真似事』をしてるからね。そんな拡散された些末な情報を見た善良な人々は、あたかもそれが真実であると誤認しちゃうんだろうね。
「まぁ、実際に流してる情報ってのは真実だし、今の情報化社会ってのはそんなもんだ。それを利用しない手はない」
「なんか難しい話になったけど……」
「殊更、人間は善と悪に分けたがる。私から言わせれば、両方持ち合わせているのが人間だ」
本当に難しい話だね。性善説と性悪説なんて昔の偉い人が言ってたけど、どちらも人間の本性なんだろうしね。
それよりもさ、こういう話をする時って、必ず姉は茶化して来るんだよ。でも、今日の姉はそうしない。真面目に付き合ってくれる。何か心境の変化でも有ったのかな?
「姉さん。なんだか、真面目だね」
「今回は出番をジェニファーに譲ったからな」
「本当は自分でやりたかったんだ?」
「当然だろう。こんな面白い……、ゴホンゴホン。愉快な――」
「言い直しても無駄だよ。面白がってるだけじゃない!」
「そんな事は無い! 宇宙人の侵略からこの世界を守る為にだな――」
「いやいや、なんか嘘っぽく感じるよ。姉さん、本当は何も考えてないんじゃない?」
「ば、馬鹿な事を! 海! 私がどれだけお前の事を考えているか、分かっているのか?」
珍しく、姉が少し大きな声を出した。少しオコなのかな? 悪い事を言っちゃったかな? いつだって僕の事を考えてくれてるのは知ってるよ。いつだって感謝はしてるんだよ。
「ごめんね、姉さん」
「分かってくれれば、それで良い」
そう言った姉は、フンっと鼻を鳴らして少し頬を赤くしていた。たまには、こんな姉の表情を見るのもいいもんだよね。感謝してるのは本当だけど。
それより、ふと思ったんだけど、ターゲットにした議員は二人とも与党だよね。姉は与党を潰したいのかな? それなら、内閣の偉い人をターゲットにしても良いんじゃないかな?
「それこそ、ナンセンスだな」
「心を読まないでよ!」
「いいか? 分かり易く目立つ悪っていうのは、世論が許さない」
「でもさ。お金持ちの人達は今の社会に満足してるんじゃないの?」
「わかっていないな、海。確かに経済を動かしているのは、上に住む者達だ。しかし、日本人の過半数が地上の者達だ」
「いや、それ位は理解してるけどさ」
「世論というのは、ネットを利用できる金持ちだけではない」
「それって?」
「不満はいつ爆発してもおかしくないって事だ」
姉が言うには、「きっかけさえ有れば、いつテロリスト化してもおかしくない」んだそうだ。確かに、地上の人達は奴隷の様に扱われてるしね。僕だって小さい頃は、いつもお腹を空かせてたって記憶しかないしね。
テロなんて事は起こって欲しくはないけど。それも、時代の流れみたいなものなのかな? 難し過ぎて良く分からないけど。
「平和的な解決方法を模索するのが一番だ」
「そりゃそうだよね」
「その為に、我々組織がいる」
「そっか。僕の知らない所で、組織は頑張ってるんだね」
「そうだぞ。だから海、お前はこれからの社会を背負って立てる人間になれ」
「わかったよ姉さん!」
相変わらず海は純粋だ。直ぐに言いくるめられる。そこが堪らなく可愛いのだ。
それより、小金議員はもう終わりだろう。信頼は完全に失われているだろうし、信頼回復に時間がかかる。週明けには、国会で審議が行われるだろう。警察が介入し議員の捜査が開始されるはずだ。
ここでもう一手だ。様子を見て新たな情報を拡散させる。それは、私が作ったリストの公開だ。実名を晒して黒い噂を取り上げる。これで、奴らは戦々恐々とするだろう。
ようやく作戦の終盤だ。待っていろ、悪党議員共め。




