第十七話 講演会にて
「くそっ! 雑誌にすっぱ抜かれるなんて! お前! 何をしてた!」
「申し訳有りません、先生」
「謝って済む問題じゃないだろ! どう責任を取るつもりだ!」
「ここは速やかに記者会見で……。いえ、明後日の講演会で事実無根と訴えましょう」
「お前は馬鹿か! こんな状況で講演会など出来るはずが無いだろ! 中止だ! 中止!」
「お言葉ですが、先生。この状況だからこそ、中止にすべきではないと愚考致します」
「本当に愚考だな! 既に幹事長の耳にも入っているのだぞ!」
「だからこそです。我々は儀蔵氏と何も関りがないと主張しなければならないのです」
「だとしても、どうするんだ!」
「殆どの参加者は後援会のメンバーです。先ずは彼らの信用回復を急ぎましょう」
「……、あぁ。確かにな。それは大事だ」
「テレビ局や新聞、雑誌社にも声をかけます」
「なんで、わざわざそんな事を!」
「講演会の場を臨時の記者会見場とするのです!」
「なにぃ?」
「幸い、講演会の参加者は我々の賛同者です。ここは力押しでいきましょう!」
「会場をこちら側に都合が良い雰囲気にするという訳か?」
「仰る通りです、先生」
「悪くはない。悪くはないが……」
「先生! ここで曖昧にするより、はっきりと否定しておいた方が良いと思います! 証拠の隠滅なら、後で幾らでも出来ます」
「そうだな」
「ここが分水嶺です! 先生! 何卒、明日を乗り切って次に繋げましょう!」
「わかった。各所への連絡は頼むぞ」
「畏まりました」
☆☆☆
諜報部隊の人たちは凄いなって思う。暴露系の雑誌社が特別号を発売した、それも『国会議員の闇とカネ』というタイトルで。そこには、儀蔵元議員を発端にした闇献金に関する詳細に加え、今回のターゲットになる小金議員の関与が赤裸々に綴られていた。
特別号の発売が講演会の直前っていうのが、また憎いよね。テレビや動画サイトで取り上げられて、ネットでも話題になってる。取材班が小金議員の事務所に直撃してたけど、秘書っぽい女性が「詳細は講演会で詳しく説明致します」とだけ伝えてた。
僕の予想でしかないけど、女性の秘書は諜報部隊の人じゃないかな? 記者会見を開いて、「事実とは異なります」とか「遺憾の意を表します」とか、言わせない様に仕向けたんじゃないかな?
姉に聞いたら「ジェニファーに任せてあるから、知らん」と返って来たけど、多分そうだよね。
こうなって来ると、僕も会場に行ってどうなるか見てみたいな。姉に伝えたら、「足が付く真似はするな」と言われた。確かにそうだよね。「阿呆は寝て待てだぞ」とも言ってたけど、凄い皮肉だよね。だって、鴨が葱を背負って来る様なもんだし。
☆☆☆
講演会の当日になりました。ラフィーネとシルビアは良くやってくれました。当日の仕掛けは、ジムに任せていますが。これも上手く行く事でしょう。ただ、念には念を入れなければなりません。委細の確認をする為に、私もスタッフとして入り込みます。
今回の変装は、お嬢様の薬で行います。力仕事が得意そうな、若い男性に変装しようと思います。普通に家を出て、目立たない路地の様な場所が有れば、そこで薬を使用します。
変装は上手く行きました。流石はお嬢様の薬です。シルビアの変装技術も真っ青でしょう。それでは、潜入しましょう。潜入に際する諸々の手続きは、ダフが上手くやってくれましたし。私は堂々と従業員出入口から入れば良いだけです。
私が到着して直ぐに、打合せが始まりました。流石に国会議員を招いての講演会ですし、準備する側に抜かりが有ってはなりません。まぁ、そこを出し抜くのが我々なんですが。
私はスタッフの中では新人という扱いです。講演台などの大型の備品は率先して動かさなければなりません。ジムも同じく新人扱いです。そして、私と同じ事を考えたのでしょう、若くてがっしりとした体躯の男性に変装しています。
そして、私とジムが講演台をステージの中央に運ぶのです。罠を仕掛ける時間は充分過ぎるほど有りました。どんな仕事も、こんなに楽だったら良いのですが。寧ろ、潜入から罠の設置に至るまで、簡単すぎてかえって悪い予感がして来ます。
こんな時こそ、気を引き締め直さなければならないのです。
私が辺りを見渡して確認をし、ジムに罠の設置をさせます。講演台のテーブル部分の真下に、遠隔操作で噴射する装置をセットします。装置の中には改良された『すっぽんぽんマークツー』が入っています。
議員の話が盛り上がって来た所で、装置を起動させる予定です。薬を浴びた議員は真っ裸になるという寸法です。お嬢様は、臨床試験は済んでいると仰ってました。成功するか否かは、お嬢様のお言葉を信じましょう。
罠の設置自体は直ぐに終わらせます。一分以上かけると、怪しまれる恐れが有りますから。それが終われば、照明や音響のテストです。私たち新人は椅子の設置など、細々とした雑事に追い回されます。一息つけるのは、講演会が始まってからでしょうね。
やがて、小金議員が到着します。何やら偉そうにしてますが、それも今日までです。
因みに、私のアリバイ作りは前回同様です。お嬢様の同僚の男性にお任せ致しました。私に扮した同僚の方が買い物などをして、『居る』というアピールがご近所様に出来れば完璧です。
同僚の男性はとても気が回る方です。こんな男性が、お嬢様の伴侶になって下されば良いのにと思うのですが。勝手な望みでしょうか? 今の所は、お嬢様にその気は無いようです。彼の扱いもかなりぞんざいですし。案外とお似合いな気がするんですが……。
そんな事より作戦です。私とジムはお客様のご案内を致します。ご案内が終わったら、緊急対応の為に入口付近へ待機します。ホール全体が見渡せます。椅子に座るのはお客様だけです。記者の方々は、ホールの脇に控えて頂きました。
さて、準備は万端です。小金議員のご登場といきましょう。
当の議員はこれから何がおこるか分かっていないのでしょう。だから、呑気に言い訳をしているのでしょう。記者から怒号にも似た質問が飛びますが、司会者に注意されています。それはそうです。これは記者会見ではなく、講演会なのですから。
議員が発言する毎に拍手が沸き起こります。流石は後援会の方々です。盛り上げ上手です。もしかしたら、仕込みもしてるのでしょうね。「頑張って会場を盛り上げてくれ」とかなんとか。シルビアならその位の仕込みはするでしょう
会場中が議員の味方です。本来ならば幅を利かせる記者の方々ですが、肩身を狭そうにしています。そんな記者の方々に、私は心の中で告げます。「あなた方の活躍は、これからですよ」と。
拍手喝采と言っても過言ではないでしょう。そんな会場の雰囲気に気を良くした議員が、更に声高に叫びます。「社会を正さねばならないのです! その為には皆様のお力がひつようなのです!」と。ここは講演会の場であって、街頭演説では無いのですよ。小金議員。
議員が得意気に拳を振り上げた瞬間です。その時は訪れます。
振り上げた右腕の袖が消えていきます。お客様の中には、この時点で『おかしい』と思った方もいるのでしょう。でも、おかしくなるのはここからです。
袖から肩にかけて、徐々にスーツが消えていきます。そして、胴の部分まで消えた頃に、シャツとインナーシャツまで消えていきます。
この時点で、多くのお客様が『おかしい』とお気づきになりました。ですが、議員本人は気が付いておりません。そして、ここは講演会の場です。講演者が話をしている時は静かに聞くのがマナーです。
おかしいと気が付きながらも、お客様方はそれを口に出来ずにいます。寧ろ、何が起こっているのか理解出来ず、パニックになってるのかもしれません。それと反する様に、会場の脇ではフラッシュが炊かれ始めました。
記者の方々は、この状況を面白がっているのでしょうね。これまで、やり込められていたのですから。そして、当の議員はそのフラッシュが面白くないのでしょうね。
記者たちを注意しようと議員が講演台から離れます。講演台で隠されていたモノが露わになります。フラッシュは一段と強く光ります。会場中から悲鳴が沸き起こります。そして、議員は悟ります。自分がどんな姿をしているのかを