第十六話 諜報部隊
僕にはアリバイ作りなんて言ったけど、姉さんは何をするのかな? 今度は講演会に侵入するのかな? それにしても、今度はどうやってマッパにするんだろうね。その辺りは詳しく聞いてない気がするんだけど。
「私も今回は何もせんぞ」
「え? そうなの?」
「あぁ。今回は最初から最後までジェニファー率いる諜報部隊に任せるつもりだ」
「あのさ。小野寺さんって何者なの?」
「前にも言ったろ? 元スパイだ」
「いや、それは聞いたけどさ。家事が出来て、ハッキングが出来て、情報を盗み出す事も出来て。何か色々と万能過ぎない?」
「ジェニファーが色んな事に精通しているのは、元スパイだからだ」
「潜伏する為には、色んな事が出来た方が良いと?」
「そういう事だ」
小野寺さんが優秀なのは、普段から見ているから分かる。諜報部隊も相当に優秀なんじゃないかって思う。そうじゃなきゃ、闇献金の証拠を手に入れるなんて出来ないしね。
それ以外にも、諜報部隊って色んな事をしてるんじゃないかな? 僕が知らないだけでね。そんな優秀な組織が存在するなら、作戦の実行は任せちゃったらいいと思うんだけどな。
だってさ、姉が慣れない真似をするよりも、そういうのに精通している人達がやった方が、作戦の成功率が上がると思う。まぁ、姉にも姉の考えが有るんだろうし、敢えて言わないけどね。
「そんな訳で、ジェニファー。頼むぞ」
「はい。お任せ下さい」
そして「小野寺さんは唐突に現れる」と――。はぁ、もう慣れたけどね。こんなんでビックリはしなくなったけどね。
☆☆☆
お嬢様方のお食事が終わり、食器の片付けをすれば、任務の開始です。先ずは仲間たちを集め、任務の詳細を共有しなければ。そして、各人に任務の割り当てをしましょう。
諜報部隊の面々は、普段なら情報を集める為に各地に飛んでいます。とある企業に潜伏していたり、地上の情報を探っていたりと様々です。
しかし、今回に限っては集めるのが容易いです。何故なら、『裸の王様大作戦』はまだ完了していないからです。
では、私の優秀な仲間たちを集めましょう。そして、こんな時にこそ私たちがスパイだった経験が役に立ちます。
連絡自体は一斉メールで行います。一斉メールでは、『他人の目に触れる可能性が有る』と考えるでしょうが、それで問題はございません。何故なら、文章を暗号化しているからです。
そして、集合は一時間後に『地上の箱』に決めました。ここは、我々が使用している拠点の一つです。
さて、メールは送ったし、私もそろそろ支度をして出かけましょう。
お嬢様ほどではないけれど、私も作戦実行中には変装します。薬は使わずに、あくまでもウイッグや化粧等で化けるだけですが。それでも、人の目を欺く効果は充分に有ります。
お屋敷を嗅ぎまわっている者が居ない事を確認した上で、近所の人と出くわさない様に注意して玄関の戸を開けます。この辺りを怠ると、変装して出かける意味が無くなります。
特にご近所様は面倒なんです。昼間家に居るのは、『暇を持て余したお金持ちの主婦』ばかりですし。変装しているのを見られた日には、どんな噂を流されるか分かりません。
今後の仕事に支障来す様な真似は、三流以下のする事です。私はこれでも、一流の自負がございます。
地上へは、お嬢様とは別のルートを使用します。これは、我々諜報部隊しか知りません。御屋形様もご存じありません。
因みに、上空に住まう多くの方が勘違いなされているだけで、地上に住まう方々はそこに縛り付けられているのではございません。
元々、人は地上に住んでいたのです。大震災を起点にして、国が都市を上空に移しただけです。そして、これは都市部に限ります。何故なら、農村地帯は大震災前と同じく地上に存在します。上空に畑や水田が作られている訳ではございません。
但し、農村地帯で働く方々が裕福とは言えません。寧ろ、ろくに食べる物も口に入れられず、奴隷の様に働かされております。工場等で働く方々も同じ様な環境でしょう。俗に労働者階級と呼ばれる皆さんは、『割のいい仕事』を求めて都市部に集まってきます。それが幻想とも知らずに。
これは、一例にしか過ぎません。この小さい島国ですら、こんな歪な状態になっているのです。この風潮は世界中に広がっています。この状況を打開すべく、我々組織は日々活動しているのです。
そんな事を考えていたら、拠点に着きました。仲間たちは既に集まっている様ですね。とても勤勉で良いと思います。ただ、皆が集まると少々賑やかになるのが玉に傷ですが。
拠点の扉を開けると、騒がしい声が聞こえてきます。昼間なのに酒盛りでもしているのでしょうか? 彼らなら有り得る事です。残念ながら。
「よう、ジェニファー! 遅かったねぇ~!」
「トム。貴方は元気そうですね」
「そう見えるかなぁ~?」
「はい」
「それなら良かったぁ~!」
彼は諜報部隊の中でも、最年少の二十五歳です。チャラそうな見た目をしておりますが、根は真面目です。まぁ、真面目じゃないとスパイは務まらないですが……。
チャラそうにしているのは、「人当たりの良さをアピールしているから」だそうです。少しピントがずれている気もしますが、これも彼の手法なのでしょう。そんな事を一々口にしても仕方ありません。
「じぇにふぁあさん。元気そうですねぇ」
「シルビア。今日は老婆に変装ですか?」
「えぇ。そうですよぉ」
「貴女も元気そうで良かった」
「はい?」
「元気そうで良かったと言ったのです」
「ごめんねぇ。歳を取ると耳が悪くなってねぇ」
こうやって会って話をすると、印象が一番違うと感じるのは彼女でしょうね。変装が得意だからでしょう。声もそうですが顔の印象も、まるで違う人の様です。流石はシルビアですね。その才能が羨ましく感じる時が有ります。
「所で、お二人は既に飲んでらっしゃいますね?」
「まぁまぁ。良いじゃないですか、ジェニファーさん」
「ニコニコしていれば許されるものでは有りませんよ、ラフィーネ」
「もう。直ぐにそんな事言うんだから!」
「そうですよ、ジェニファーさん。トムに付き合うには、飲んでテンションを上げないと」
「真面目な振りが出来てませんよ、ジム」
「いや、はぁ? ちょっと待って! これじゃあ――。いけませんね、これでは。もう少し我が身を正さないと」
「今更の様な気がしますが?」
「そんな事はジェニファーさん――」
スパイ活動をするに辺り、キャラ作りをする事は有ります。特にラフィーネとジムはその傾向が強いです。ラフィーネは人一倍人見知りの癖に、いつも笑顔を振りまいて明るく振舞おうとします。その努力は賞賛に値します。
ジムもそうですね。とても外交的で明るい性格なのに、真面目で寡黙を装う彼はトムとは対照的です。
その意味では、一番見た目の印象と中身が一致するのが、最年長のダフでしょう。
「ダフ。最年長の貴方が止めないでどうするんです?」
「……。勝手にさせとけ」
「はぁ。全く貴方は」
「俺達はたまにしか集まらないんだ。同窓会みたいなものだろ?」
彼は瘦せ型で無精ひげ、おまけに目つきが悪いので、スラムの様な地上を歩いていても、目を逸らされています。昔に存在したヤクザと呼ばれる類の人みたいです。
実際に会って話をしても、威圧感が有って怖いです。でも、私の指示には従ってくれます。もしかしたら、ダフも根は真面目なのかも知れません。
さて、仲間が集まっている事ですし、早速情報を共有しましょう。
「今回も、件の議員の汚職を白日の下に晒します。先ずはジム、薬の罠は貴方が設置して下さい」
「畏まりました、ジェニファー」
「雑誌に情報を流すのは、ラフィーネ。貴女がやって下さい」
「うふふ。任されました」
「シルビアは議員の秘書に成り代わって、彼を煽って下さい」
「ええ。わかりましたよぉ。じぇにふぁあさん」
「そして、仕上げは前回の様にダフが行って下さい」
「あぁ。準備は整ってる」
「トムはダフの協力を」
「わかってるよぉ~!」
さて、これで仲間たちが動き出します。さて、講演会が楽しみですね。