第十三話 議員の利用価値
警察署に出頭したその日、姉は珍しく酔っ払って帰って来た。凄くごきげんだ。「えへへ~」って言ってる。バランス感覚が抜群の綱渡りする人みたいに、フラフラしながらも倒れはしない。
どうなってるんだろうね、酔っ払いのバランス感覚って。酔いが回ると冴え渡るのかな? 「おっとっと」って壁に向かって突進しながら、ギリギリで止まるとか意味がわからないんだけど。
「ごきげんだね、姉さん」
「今日の私は頑張ったんだぞ~。褒めてくれても良いんだぞ~」
「うん。何を頑張ったのか分からないけど……。良くやったね、姉さん」
「だから、同僚と打ち上げをして来たのだぁ~」
「そっか。良かったね」
何が「だから」なのか分からないけど、嬉しそうで良かった。これなら、事情聴取とか色々上手く乗り越えたんだろう。
たださぁ、見た目が中学生にしか見えない姉に、お店の人はよくお酒を出したよね。僕なら、身分証明書を出されても「体に悪いよ」って止めると思うけどね。
まぁ、そんな事は良いんだ。酔っ払って玄関で寝ちゃおうと、姉を運ぶのは簡単だしね。小っちゃいし、軽いし。
それより心配なのは、正常な判断が出来なくなった状態の姉が、外で変な薬を飲まないかなんだよ。そんな事をされた日には、街中が大騒ぎになっちゃう。流石に庇えないしね。
結局その日は姉から何も聞けなかった。ベッドに運んだら直ぐ寝ちゃったし。相変わらず、養父母の帰りは遅いし。組織のトップって言ってたし、養父母には今日の事を密かに報告してたりしないかなって思ったんだけどさ。
でもさ、酔っ払ったりなんてしてる場合なのかな? スマホに流れて来るニュースでは、国会が大変な騒ぎになってたらしいよ。緊急の記者会見もやったみたいだね。
今回ターゲットにした議員さんが凄く糾弾されて、しどろもどろになって答えてる風景が、テレビでも流れてたよ。
これで、何か進展が有るのかな? 姉が言った様に、利用価値が無くなったら憑依が解けるのかな? それなら良いんだけど。
翌朝になって、いつも通り姉と一緒に朝ご飯を食べた。何だか少し体調が悪そうだけど、二日酔いってやつかな? 飲み過ぎなんだよ、小さいくせにさ。
「大丈夫なの?」
「あぁ。問題ないぞ、海。少し頭が痛いだけだ」
「そう。無理しないでね」
「心配してくれるのか?」
「まぁね。弟だし」
「可愛くない答えだ。大好きなお姉ちゃんが心配なんだ位、言えないのか?」
「言わないよ!」
こうやってからかって来る位だから心配ないよね。それから昨日の出来事を姉から聞いた。警察相手に散々やらかしたみたいだ。何してんだろうね、この姉は。警察に喧嘩売ってどうすんのさ! 捕まりたいの?
「所でお嬢様」
「なんだ、ロザリーよ」
「あれ? コードネームはジェニファーじゃ無かったの?」
「あぁ、うん。ジェニファーだったな。まだ少し、私は本調子じゃないらしい」
本当に大丈夫なのかな? 姉って、実はお酒に弱かったりして? 飲んでる所を殆ど見た事が無いから、新発見だね。
「それでお嬢様。話の続きですが」
「話とは?」
「件の議員ですが、人が変わった様におとなしくなっています」
「へっ? 人が変わった? ――いや、そうだな。大丈夫、予定通りだ」
「姉さん、動揺した? 何かおかしな事でも有った?」
「無いぞ! 問題は何も無い!」
「そうなの? 明らかに挙動不審だけど……」
本当に調子が悪いのかな。なんか変だよ。作戦が順調なら、もう少し喜んでもいいと思うのにね。まぁ、こんな日も有るのかな。
「そんな訝し気な目で姉を見るものではないぞ、海よ」
「人が変わったって事は、憑依が解けたのかも知れないね」
「あ、あぁ。そ、そうだな。その可能性が高いな。ジェニファー、引き続き調査を頼む」
「かしこまりました。お嬢様」
あぁびっくりした。思わず『偉い姉ロールプレイ』が崩れてしまった。そんな事より、たった一日で人格って変わるものかしら? そんな訳は無いわよね? 幾ら酷い状況に陥っても、そんな簡単に人格なんて変わらないわよね?
まさか、本当に宇宙人が憑依してた?
いやいや、ないない。あれは私の作り話だし。養父母と麻沙子さんは、私の話に合わせてくれただけだし。
それにしても、おとなしくなったなら、悪を対峙したって事になるのよね? このまま儀蔵氏が議員を辞職すれば計画は完了ね。それも時間の問題かもね。
そうしたら、次のターゲットは誰にしようかしら。小金議員? それとも矢場議員? 高野議員と東島議員は後でも構わないかしら。
悪を倒して、平和な世の中を作る! その目的自体は変わらないんだから!
☆☆☆
結局、同胞の捜査が始まってしまった。何故、私が同胞の足を引っ張る真似をしなければならない。くそっ! これも道明寺翠嵐のせいだ!
いや、待てよ。これはこれでチャンスではないのか? 一度、人間の体に憑依すると交信が出来なくなる。人間の体に引っ張られるからだ。そうなると、この社会で使われるツールを使って連絡を取り合わねばならない。
だけど、私の様な刑事が国会議員の連絡先を知る訳が無いだろ? だから、これまで同胞とは連絡が取れなかった。これは致命的なエラーだと思う。上層部に報告して、速やかに対応してもらわないと作戦に支障をきたす。
ただ、今回の立ち入り捜査で同胞と会うチャンスが出来た。それは千載一遇とも言える。国会議員同士なら、連絡先を交換している可能性が高い。これを機にそれを手に入れなければ。
それに、同胞と直接会う機会を作れれば、何か手立てを打てるかも知れない。
私は気持ちを切り替えて現場へ向かった。議員に関する捜査だ。それなりの人数が出張る事になる。私はその一員だ。勿論、警部という役職である以上は末端ではないのだけど。
ただ、少し緊張する。大勢の人がいる中で、同胞と接触しなければならないのだから。不自然にならない様に気をつけなければならない。
頑張ろう。ここがターニングポイントだ!
捜査なんて言っても、闇献金の証拠はネットに晒されている。ここで何を探した所で、新たな情報など出る事はないと思う。でも、それはそれで良い。これ以上、同胞を窮地に追い込みたくは無いからな。
報道を見る限り、同胞はかなり憔悴している様子だ。私が行くまで待っていてくれ。決してやけを起こさないでくれ。
そして、立ち入り捜査が始まった。やはり、落ち込んでいるな。以前テレビで見た時と打って変わった様な印象を受ける。仕方ないか。私は警部としての立場を利用して、同胞に接触しようと近付く。良し、ここまでは順調だな。
「儀蔵議員。少しお話しをよろしいですか?」
「え、ええ。あなたは?」
「特別捜査官の宮司です」
同胞と接触した私は、最初に目線で訴えかける。「同胞よ、私だ。宮司に憑依した私だ」と。普通なら、これで状況を理解して何らかの反応が有るはず。しかし、同胞はピンと来てない様子だ。
仕方なく私は、口を隠すようにして小声で話しかける。
「私だ。わかるな? 同胞よ、今の状況が知りたい」
「同胞? 何の事を仰っているのです?」
「何をとぼけている? 私を忘れた訳ではないんだろ? 今の状況を教えてくれ!」
「状況も何も……。あぁ、そうですね。私の行った事は国民を裏切る行為です。私は議員を辞職して罪を償うつもりです」
「ちょっと待て! お前は何を言っている?」
「だから、議員を辞職すると――」
「そうではない! お前は何の為に、儀蔵に憑依したのだ! それでは目的を達成できないだろう?」
「憑依の意味がわかりませんが……」
参った。これは本当に計算外だ。話が通じない。これは恐らくだが。考えたくも無いのだが。同胞は儀蔵を見捨てたらしい。彼の中には同胞はもう居ない。
これでは、別の同胞の連絡先を聞くのも不自然だ。ましてや、同胞達を取り巻く状況を聞く事さえ出来ない。
あぁ、何で私はこう運が悪いのだ。どこでどう間違った? 隊長になんて報告すれば良い? 誰か教えてくれ!