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第十二話 宮司の苦悩

「くそっ! 道明寺翠嵐め! 生意気な奴だ! 絶対に尻尾を捕まえてやる!」

「警部! やつは黒です! 絶対に黒です! 捕まえましょう!」

「そうだ。その息だ!」


 帰り道で部下が息まいていた。他の部下たちも同様だ。しかし、時間を追う事でその声は弱まっていった。それもそのはず。持ち帰り、科警研で調べさせた開発中の新薬からは、『儀蔵が飲んだ飲料に混在した成分』と『同様の成分』は一切検出されなかった。


「ちゃんと調べたんだろうな!」

「調べましたよ。でも、おかしな物は出てこなかった」

「それでよくも科警研などやってられるな!」

「そこまで言うなら、ちゃんとしたブツを持って来て下さいよ!」

「くっ……」

「そもそも、製薬会社の研究所から『新薬のサンプル』を持ち帰っても、何も出てこないに決まってるでしょ!」


 科警研の連中からは、散々嫌味を言われてしまった。ましてや「余計な手間を増やした」などと言われる始末だった。科警研の連中め、何もそこまで言わなくても。

 おまけに、調べさせていた『道明寺とその関係者』に関するアリバイは、尽く成立してしまった。


「道明寺翠嵐ですが。生放送中の時間は、確かに会食をしております。当日は新幹線で大阪へ向かい、その後はホテルにチェックインしております」

「新幹線の乗車データとチェックインのデータは?」

「解析しました。残念ながら存在します。それと、ホテルの従業員が道明寺翠嵐を覚えておりました」

「くそっ! どんなトリックを使ったんだ?」

「会食の出席者は、道明寺翠嵐を含めて計六名。その全ての顔写真をホテルの従業員に見せましたが、やはり記憶していた者は多く」


 これで道明寺はシロって事になる。そして、続く報告が私を青ざめさせて行った。


「道明寺翠嵐の弟、海ですが。当日の夜はアルバイト中でした。出勤記録と共に店の店長にも確認が取れました」

「なんだと!」

「道明寺海は、それなりに目立つ見た目ですから。彼を目的に店舗を訪れる客も多い様で、何人かの客は当日夜に海本人が働いている姿を目撃している様です」


 これで、弟の海もシロだ。


「警部。報告が!」

「道明寺翠嵐の父、道明寺空海と母の道明寺晴香ですが」

「何か出たか?」

「いえ。両名とも当日の夜は社内で打合せを行っております」

「記録は?」

「会議室利用の記録、それと議事録。加えて出席者の証言です」

「打合せは間違いないと?」

「残念ながら」


 そうなると、使用人の小野寺麻沙子しかおるまい。家にいた証拠など有る訳が無いんだから。


「警部。小野寺麻沙子ですが、当日の十八時に近所のスーパーで買い物をしている形跡が有りました」

「はぁ? なんだと! いや、待てよ。十八時に買い物をしてからテレビ局へ向かったのでも間に合うな」

「それが、警部――」

「なんだ、その顔は! これ以上、悪い報告を私に持ってくると言うのか!」

「近所の住民の証言に依ると、十八時以降はキッチン辺りに灯が点いており、料理をしているだろう匂いが換気扇から出ていたとか」


 何故だ。何が起きている。これでは、不可能犯罪ではないか。道明寺翠嵐の交友関係は以前に洗った事が有る。深い交友のある友人は存在しなかったはずだ。そうなると、犯行を行えるのは翠嵐以外には家族しいるまい。

 しかし、その家族全員にアリバイが有ったとなると話しは別だ。加えて、科警研から提出されたデータだ。私も確認したが怪しい点は見つからなかった。


 駄目だ。奴は黒なんだ。絶対に黒なんだ。奴だけは、何故か私たちの存在を認識している。


 その証拠に、奴は何度も人間への憑依を見抜き、それを解放している。最初は偶然かと思った。しかし、立て続けにそんな事が起これば、我々の存在を認識しているとしか考えられない。


 低次元の存在である地球人が、どうやって高次元生命体である我々を認識しているのか。その方法は依然として不明だ。しかし、道明寺翠嵐だけは別格なんだ。奴は、人間の中でも天才という部類の存在だ。限られた人間という訳だ。


 だからなのだろう。奴が我々を認識しているのは。

 

 最初はこんなボンクラに憑依するつもりは無かった。何の取り得も無く、才能の欠片すら無い『宮司彩』なんて人間にはな。本当は道明寺翠嵐に憑依したかった。何故なら、奴の天才的頭脳を利用できるなら、日本の征服など極めて簡単だと思えたからだ。


 しかし、道明寺翠嵐には憑依出来なかった。何故かは分からない。だけど、無理だったんだ。その代わりに、弟へ憑依しようとも考えた。翠嵐は弟を溺愛しているからな。弟に憑依すれば、姉である翠嵐を利用できるとも考えた。

 しかし、弟は常に奴が監視している。おかしな言動をすれば、直ぐに気が付かれる可能性が有る。そんなリスクを負う訳にはいかない。


 仕方なく見つけたのは、宮司彩というボンクラだ。


 こいつは、本当に憑依しやすかった。真面目だが、落ち込みやすい。それに怒りの沸点が低く、直ぐに癇癪を起こす。そんな、怒りや落ち込むなど大きな精神の揺らぎが有ると、乗っ取りやすくなるのだ。

 

 そして、部下達を国会議員の数名に憑依させた。その内の一人が今回狙われたのだ。偶然とは言わせない! 奴は私たちを確実に狙い撃ちにしているのだ。

 厄介な女だ。だからこそ、今回は捕まえたかった。拘束した上で何故に我々を認識出来たのか吐かせたかった。


 でも、今回は奴が一枚上手だったようだ。これでは、奴を捕まえる事が出来ない。


 こうなった今、考えなくてはいけないのは『儀蔵という国会議員に憑依させた』我が同胞の動向だ。あいつが下手を打つ前に、何らかの対策を講じねばならない。他にも、小金こがね矢場しば高野たかの東島とうじまの四名に憑依した同胞たちにも、状況を教えねばならない。「道明寺翠嵐に気をつけろ」と。


 でも、具体的にどんな手段を用いれば良いのか? どうすれば、同胞を守れると言うのか?


 分かってる事は、奴が何か妙な薬を用いたという事だけ。その開発現場さえ押さえられれば、取り合えずは危険を回避出来る。その立場に有るのは私だけだと言うのに。


「はぁ? もう止めとけだと? ふざけるな! お前を警部にしてやったのは、私なんだぞ! 感謝されこそ、苦言を言われる云われは無い!」


 くそっ! ボンクラの癖に、未だに『本体の精神』が顔を出す。忌々しい限りだ、私に食われてしまえば良いのに。顔だけはマシだけど、根暗で臆病だから彼氏も居なかった癖に。


 私が憑依してなければ、お前は二十七歳にもなって彼氏の一人さえ作れなかったんだぞ! だから黙っていろ、宮司彩!


 あ~、それにしてもどうしよう――。このまま作戦が失敗しては、隊長に叱られる。憑依して肉体を持ったからこそ分かる。『肉体的な痛みは三日も過ぎれば忘れる。しかし、精神的な痛みは一生残る』のだ。

 当たり前すぎて考える事すらしなかったが、我々は精神生命体の様なものだ。その痛み、苦痛はダイレクトに精神を削る。守る事さえ不可能だ。そんな痛みを永遠と続けられるのは嫌だ。嫌すぎる。


 何とか奴の企てを阻止せねば。その為には、宮司彩の部下たちをこき使わなければ。やってやる! 何が何でもやってやる! 見ていろ、道明寺翠嵐! お前の命運もここまでだ!


 先ずは奴の根城を押さえないとな。


 そんな事を考えている矢先だ。部下が「警視が呼んでます」などと言いやがった。それで、警視を訪ねていくと。道明寺に関する一連の報告をさせられた。「それならばシロだな」と言われ、「儀蔵の捜査が始まるからそれに加われ」と言われた。


 何故、私が同胞の捜査をしなければならない! 地球の神よ! もし本当に存在するなら私をこの窮地から救ってくれ! お願いだ!

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