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第十話 姉の任意同行

 真相を知ってる僕は、世間の声を流し聞きしながら普段の毎日を過ごしていたんだ。姉が特別捜査官の話をしてから何日か経つけど、警察が訪ねて来る事が無いし、連絡が来る事も無い。だから、安心してたんだ。


 でも、ある日の朝にそれは突然起こった。


 姉と一緒に朝食を食べていると、家の電話が鳴るのが聞こえる。小野寺さんが出て応答している。かちゃっと電話が切れる音がしてから、ダイニングの扉が開いて小野寺さんが姉に近寄った。


「お嬢様。警察からの連絡です。任意同行を求められております」

「やはり来たか。流石はと言えば良いのか、執念深いと言えば良いのか」

「宮司警部は、お嬢様をライバル視してらっしゃいますから」

「面倒なだけだ」


 最初はピンと来なかったけど、次第に事の深刻さを理解した。来る時が来たんだ、姉さんが警察に捕まっちゃうんだ! そう思うと、居ても立っても居られなくなって、僕は立ち上がった。


 その拍子に牛乳の入ったコップが倒れる。視界の脇では、小野寺さんが颯爽とテーブルを拭いて無かったことにしてくれる。


 うん、助かるけど、そう言う状況じゃないんだよ!


 小野寺さんが言ってたんだよ! 警察から連絡が来たって! 捕まっちゃうんだよ! どうするの? 逃げる? どうやって姉を逃がす? どんな方法が有る? 養父母なら良い手段を知ってるのかな? だって、養父母は任せなさいって言ってなかったっけ?


「まぁ、落ち着け。海よ」

「落ち着いてられる状況?」

「単なる任意同行だ。逮捕されたりはせんよ」

「されちゃうよ! 牢屋行きだよ!」

「そんな事にはならんぞ」

「面会とかに行って、囚人服の姉さんと会うんだよ。僕は泣きながら、元気でやってる? なんて言うんだよ!」

「妄想が天井突破しとるぞ?」


 姉は僕を落ち着かせようとするけど、絶対に無理だよ。だってさ、だってなんだよ。学校に行けって言うけど、そんな状況じゃないし。心配で姉に付きまとってたら、問答無用で制服に着替えさせられた。小野寺さんに。


 姉は小野寺さんに「今日は遅れて出社するから、連絡を入れておいてくれ」と伝えてた。僕と言えば、小野寺さんに背中をグイグイ押されて玄関から出された。


「やっと行きましたか」

「お嬢様が心配で仕方ないんですね」

「全く。私を自首させようとしてた癖に」

「お嬢様。それは海様には秘密になさって下さい」

「麻沙子さん。わかってますよ」


 海は隠そうとしているが、全て筒抜けなのだ。なにせお前の部屋には、私の趣味で隠しカメラと盗聴器を仕掛けているからな。

 残念ながら海は、英知の書らしき物を隠しておらず、ネットの検索履歴も健全そのものだ。当然ながら自慰行為を見かける事も無い。本当に残念だ。そんな痴態を晒そうものなら、直ぐにからかってやると言うのに。


 ただな、「流石にそこまですると嫌われる」とジェニファーが言うもんだから、最近は自重している。ただな、愛する弟がどんな生活をしているか、気にならない姉など存在すまい。


 それは良いとして、今日は誘い通りに麻布警察署に赴く事にする。そして、宮司の奴をコテンパンにしてやるのだ。気分爽快であろうな。そうして、私はタクシーを使って警察署へ向かった。


 警察署に入ってから直ぐに、そこら辺に立っている警察官を掴まえて、宮司の奴を呼び出した。私がわざわざ出向いてやったんだ。たとえ忙しかろうと、飛んで来るのが常識というものだろう。


 そして、数分も待たずに宮司は飛んで来た。階段を何段も飛ばして降りて来た。凄い運動神経だな。そこは関心する。だが、直情的な所は変わらん様だ。だから、簡単に欺けるのだ。今回も私の勝ちだな、宮司よ。


 そして取り調べが始まる。当然だが、かつ丼なんかは出てこない。「食べるか?」なんて聞かれても食べんがな。朝食を食べたばかりだしな。そもそも、宮司はそんな気を回さない。取調室に入るまで、ずっと睨まれていた位だしな。


 これが俗に言う『ガンを飛ばす』ってやつなんだろうな。私は因縁をつけられている訳だ。対面に座ってもずっと睨んでいる。こいつは、臆病な小型犬か何かか? その内、ギャンギャンと吠えるんじゃないのか?


 そんな事を考えていたら、いきなりぶっこんで来た。


「五月十九日の二十時、お前は何をしてた?」

「いきなりだな」

「早く答えろ!」

「はぁ、仕方ない。その日なら、大阪で会食をしてたが?」

「証人は?」

「会食相手が証人だろう? 少し考えればわかるだろ?」

「てめぇ! 公務執行妨害で現行犯逮捕しても良いんだぞ!」

「やれるものならやってみたまえ! 叩いた所でホコリは出んぞ!」

「相変わらず生意気な奴だ!」


 宮司は机をバンと叩いて立ち上がる。こいつをからかうのは、とても楽しい。少し煽っただけで青筋を立てている。

 こいつは、尋問が苦手なのでは無かろうか? 別の刑事に変わった方が良いのでは無かろうか? いきなり高圧的に出られたら、答えたく無くなるのが人間の心理だろう? その意味でも、こいつは愚かだ。


「お前の両親は、その時間に何をしてた?」

「知らん。私は出張してたんだぞ」

「いいから答えろ!」

「仕事だろ? それぞれの会社に確認してみるといい」

「弟は?」

「お前は何を聞きたいんだ?」

「黙って答えろ!」

「仕方ない女だ。本当にお前は警部なのか?」

「うるさい! 早く答えろ!」

「その日はバイトだったはずだ。朝、そんな話をしたから覚えてる」


 完全に犯人だと決めてかからないと出ない質問だ。感が良いのは評価するが、切り崩し方が下手過ぎる。話しやすい雰囲気を作ってから、無難な線を攻める。それからジワジワと真相を聞き出す。私ならそうするがな。


「そう言えば、お前の家には使用人がいたな? そいつは何をしてた?」

「お前は阿呆なのか? 夜に出歩く住み込みのハウスキーパーなんて、何処に存在するんだ? 留守を守るのもハウスキーパーの仕事だぞ。家に居たに決まっておろう」

「それなら、使用人だけアリバイが存在しない訳だな?」

「当たり前だ」

「それなら、ハウスキーパーを使ってお前が何かした事も有り得るな?」

「何を言わせたいのかわからんが。唯のメイドに何が出来る?」

「出来るかも知れないだろ!」

「察するに五月十九日の二十時は、噂の議員が生放送で事故を起こした時間だな?」

「あぁ。議員の飲み物に、何かが混入していた形跡が有った。それは、お前の犯行だな?」

「出張中の私に何が出来ると?」

「だから、使用人を使って――」

「話にならんな」


 それから色々と聞かれたが、挑発しつつ答えてやった。宮司は顔を真っ赤にしていた。笑いを堪えるのが大変だった。私は頑張ってポーカーフェイスを崩さずにいた。褒めて欲しいと思う。


「確か、お前の会社にはお前の研究室が有ったな?」

「それが何か?」

「調べさせろ!」

「令状が有るならな」

「そんな物は用意して有る!」

「ははっ! 私の研究室なら幾らでも調べると良い」

「隠し立てが出来ると思うなよ!」

「隅から隅まで調べてみるがいい。なんならこれから行くか?」

「当たり前だ! 行くぞ!」


 顔を真っ赤にしたまま、宮司は勢いよく立ち上がった。そして、つかつかと大きな音を立てて歩き、取調室のドアをこれまた勢いよく開けた。同席していた刑事が慌てて立ち上がり、私に同行を促す。


 研究室を調べた所で、私の発明品が出て来る事は無いのにな。そこに気が付かず、時間の浪費をするだけ。そして、私は容疑者から外れる事になる。宮司がどれだけ執念を燃やそうと関係なくな。

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