第一話 姉と弟
学校から帰って来て玄関を開けたら、姉さんがすっぽんぽんで仁王立ちをしていた。びっくりして声も出せずに姉さんの顔を見ると、得意気な表情で笑っていた。
いや、何でさ。いやいや、何してんのさ。本当に何を考えてんのさ。
もしかしてだけど、裸族に目覚めちゃったの? これから僕は、姉の痴態を見ながら生活していかなきゃならないの? 嫌だよ。そんなんだったら家を出るよ。いや、出るにしたってお金が無いし、僕は裸族の姉に我慢しなきゃいけないの?
「おい! そろそろ現実に帰って来い! 弟、昇二よ!」
「誰だよそれ! カイだよカイ! 道明寺海!」
姉は、こうやっていつも僕をからかって来るんだ。姉が僕の名前を忘れる訳が無いのにさ。もう、怒る気にもならないよ。
「それで? 弟よ、私の体に欲情したか? 思春期真っただ中だな。困ったもんだ、この性欲モンスターめ!」
欲情なんてしないでしょ! だってさ、僕の好みは大きいおっぱいなんだよ。人とは無い物ねだりをするものなんだよ。僕が小さい頃から姉の体形は変わってないんだよ。あくまでもデフォのだけどさ。
「はぁ、姉さん……。それって弟に言うセリフ?」
「性欲の権化よ。このつるぺたロリボディに幾らでも興奮するが良い」
「しないよ! それより服を着てよ!」
そう言って僕は、制服の上着を姉にかけようとした。でも、更なる衝撃が僕を待ち受けていたんだ。出来るだけ姉の裸を見ないようにして背中に回り込む。そして上着をかける。その時だった。僕の上着は消えてなくなった。
な、に、が、お、き、て、る?
びっくりの連続で、僕は暫く固まってた。一言も喋れない位にね。それだけ衝撃だったんだよ。だって僕がかけた上着が、目の前で消えたんだよ。そんな事は有り得ないでしょ? いや、いやいや、あぁ、違った。相手は姉なんだ。自称IQ二千の姉なんだ。本当のIQは二百らしいけど、それでも凄い姉なんだ。
やりかねない! 姉なら絶対にやりかねない!
こうやって、いつも僕をビックリさせるんだ。姉とはそういう生き物だ。他の家の姉はどう言う存在かは知らないけど、家の姉はハードルを越えるのにポールを使って遥か高くを飛び越す様な存在だ。そんな非常識な事をやらかして、目の前で笑ってるのが姉だ。
「あのさ。今度は何をしたの?」
「弟よ。否、海よ」
「何で言い直したの?」
「私はありとあらゆる事を超越して来た」
「無視なの? 聞こえてないの?」
「時には身長!」
「おっきくなったり小さくなったりするね」
「時には容姿!」
「スパイ映画もビックリだね」
「時には性別!」
「うん。男の人になったりもするね」
あのさ、わかるかな? 百五十センチしかない姉の身長が、突然二メートルを越えてたらビックリするでしょ! 腰を抜かすでしょ! それにね、朝起きたら違う人が家に居てビックリしてたら、容姿を変えた姉だったなんて事が起きてたまるかっての! それをノリでやるんだよ、この姉はさ。
性別が変わった時は、更にびっくりしたよ! 思わず通報しかけたよ! 悲鳴を上げたよ! 何が理由って「ジェンダーレスであれこれ言う位なら、そんな物は無くしてしまえば良い」らしいよ。崇高なのか、安直なのか。それでも、性別を簡単に変えちゃうんだからビックリもするでしょ。もう、存在そのものが非常識なんだよ!
それもこれも、姉が作った薬が原因なんだ。
天才の姉は僕が生まれた頃、大体八歳の頃には大学の勉強は終わってたらしい。それを目を付けた製薬会社が姉と契約したらしい。
僕達は親が居ないからね。僕が生まれてすぐに事故に遭って死んじゃったらしい。実の父が残した生命保険とかあったらしいんだけど、そういうのは全部親戚とかに取られちゃったらしい。
それで施設に入れられたけど、そこで僕が虐められた事がきっかけで、施設も飛び出しちゃったからね。僕を虐めた子達は、姉にボコボコにされて泣いてたけど。
だから、僕達姉弟にとっては製薬会社との契約は渡りに船だったんだ。
それからだよ。路地裏とか公園の隅っことかで寝たり、残飯を漁ったりしなくて済む様になったのは。それに、僕も小学校に通えるようになったしね。姉にとっては学校はつまらない場所だったみたいだけど。
姉は一応は学校に通いつつ、放課後は製薬会社に行って『新薬開発』ってのをしてたんだって。一応ね、製薬会社の社長さんは法に触れない様にしてくれたよ。僕達を養子にして、新薬の作成は家事手伝いの延長って事にしたんだから。まぁ、強引過ぎてツッコミどころ満載だとは思うけど。
僕も製薬会社に行った事が有るよ。何なら顔パスだって。社長の養子だからね。将来は僕もこんなおっきい会社で働くのか。寧ろ働けるようになれると良いななんて考えてたよ。
だって、会社がおっきければ給料だって凄そうでしょ? それが、子供ながらに弟の僕を育ててくれた姉への、せめてもの恩返しだと思わない?
「そろそろ、帰って来い。我が弟、紘一よ」
「だから違うって!」
「妄想も思春期特有の病みたいな物だからな」
「僕を厨二病みたいに言わないでよ!」
あ~、こうやって姉のペースに巻き込まれていくんだ。そうなんだ。それでいつも、何だかんだと納得させられるんだ。それも強引にね。納得はしてないのにね。でも、納得せざるを得ない様に持っていくんだ。きっと、ディベート大会に出たら優勝するね。
「弟よ、いや空よ」
「違うよ、海だよ」
「そんな事はどうでも良い」
「どうでも良くないよ!」
「それより、お前は幼き頃の事を思い出していたな?」
「な、なんでそれを?」
「そして、私が天才だと心の中で褒め称えていたな?」
「いや、それはない!」
「それで」
「スルーするしないで!」
駄目だ、完全に姉のペースだ。だから僕は大声で姉の言葉を遮った。それが姉の闘志に火を点けたらしい。言い換えれば、ちょっとオコだ。目がぼうって燃えてる。その内、この姉は目からビームを出すんじゃないだろうか。
「怪よ!」
「何かイントネーションが違う気がするけど?」
「それはどうでもいい」
「この下り、毎回必要?」
「それより、お前は私の発明を思い出していたな」
「そうだね」
「今度は何を作ったのかなんて考えていたな?」
「う~ん、まぁ近しい事は考えていたかな?」
「それなら教えてやろう。今回のこれも私の発明だ!」
いや、胸を張って何を言ってんだ、この姉は! 張っても揺れる胸も無い癖に! 何ならマッパの癖に! 早く服を何とかしろ! それ以前にマッパで振り向くな! って今更か――。
そんな事を考えていると、懐から何かを取り出すような仕草をして、見えない所から瓶の様な物を取り出した。いや、僕から見ればなんか透明な空間から、突然瓶が現れた様にしか見えないし。
「これは私の発明した新薬だ」
「新薬? また?」
「またとは何だ! 今回も画期的な発明なんだぞ!」
「画期的な発明と、姉さんがマッパなのはどう言う関係なの?」
「愚か者! だから貴様は平凡な成績しか取れんのだ!」
「何? 今度はDVなの?」
「そうではない! これは飲むと服が見えなくなる薬だ!」
「はぁ?」
「その名もすっぽんぽんにしちゃうぞ試験版!」
「ネーミングセンス、ダッサ!」