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公共破壊

作者: 泉田清

 鼻がむず痒い。鋏を入れると案の定、伸びた鼻毛が切り出された。

 鼻毛を切り過ぎて体調を崩したことがある。それでも定期的に切らなければならない。他人の伸びすぎた鼻毛を目にする度に、ガッカリさせられるからだ。


 「この前映画見たんだけどさ」同僚が話しかけてきた。人によって違うだろうが、私は、他人の伸びすぎた鼻毛を指摘できないタイプだ。彼の鼻毛は高確率で鼻穴から飛び出している。本日も飛び出していた。真にガッカリだ。

 「ああなって、こうなって、そうなるんだよ!」映画の感動を伝えようと必死にネタバラシをする。「おい、もう止めろ」、「ネタバラシは犯罪だぞ!」私は憤った。その映画は自分も見ようと思っていた。彼はそれを知りながらネタバラシを試みる、本当に仕様もない奴なのだ。

 ハックション!同僚はあたりかまわずクシャミをする。勢いをつけてするのがカッコいいといわんばかりに。その際に鼻毛が飛び出すのだろう。それと体臭がキツい。汗ばむ陽気だともうダメで、事務室は彼の悪臭で充満する。彼は見事な太鼓腹で、毎年保健指導を受けている。病んだ内臓がその原因だろう。

 「ずいぶん臭いますけど」、「お風呂に入ってますか?」。新しく来た、スーツ姿の管理者が指摘した。体臭のキツい人間に面と向かって「臭い」という人間を初めて見た。まして仕事上の上司が。本人はもちろん周りの社員も唖然としたものである。

 指摘された同僚はかなりガックリ来ていた。「そんなに臭うかな」周りに漏らしていたが、誰も慰めることはできない。その通りだからだ。ガックリきたのも束の間、何日か後には再び悪臭を放っていた。ハックション!「この映画はさあ!」あらゆる悪意をまき散らす。それは彼にとって習慣そのものなのだ。


 買ったばかりの黒いキャップを被り、映画館へ行く前に銭湯へ行った。ウへウへウへウへ、アハアハアハアハ、奇妙な笑い声をあげ、源泉浴に、二人の、腹の突き出た若者が浸かっていた。アニメやらゲームの話で盛り上がっているらしい。いつも静かな大浴場は彼らによって台無しだ。

 「政権交代!」、「暗殺未遂!」、「裏金問題!」話題は多岐に渡り、選挙にまで及んでいた。横で聞いている限り話がかみ合っているとは思えない。不謹慎なワードを言い並べ面白がっているだけだ。「投票なんてしないけどね」、「ああ、時間の無駄だよな」。何という事だ。平民が選挙権を得るまでにどれほどの労苦と年月を要したと思っているのだ。選挙権こそ、民主主義の根幹だというのに。とはいえ、確かに、自分の投じる一票に何か価値がある、そうは思えないのが正直なところである。

 「そういえばあの映画」、「ああなってこうなってそうなるんだが」、「駄作だったな」。ウへウへ、アハアハ。大浴場に奇声がこだまする。ザバ!源泉浴から立ち上がった。ここでもネタバラシか!体の温まらぬうちに銭湯を後にした。このままでは映画の解説が始まってしまう。


 映画を観た足で、期日前投票の会場へ向かった。

 断片的に聞かされたネタバラシは確かに合っていた。が、ネタバラシによって想像していたものと実際の内容では微妙にズレがあり、その部分は大いに楽しめた。そしてまあ、駄作だった。傑作の映画なんてほんの一握りである。

 役場のロビーに開設された投票所には、煤けたブルゾンを羽織った、白髪の老人がいた。彼は年季の入った青いキャップを被っている。キャップ集めが趣味なので、どうしても目がいってしまう。見たことも無いデザインでとてもカッコいい。よく似合っている、まるで体の一部みたいに。老人が投票を終える、私も終える、青いキャップに吸い寄せられるように、我々は一緒に役場の出口へ向かった。

 そこにスーツ姿の老人たちがやって来た。選挙活動中の町議員とか地方党員とかだろう。玄関で青いキャップの老人がモタモタしているうちに、スーツ姿でいっぱいになった。ここではキャップを被った人間なぞ明らかに浮いている。私も。「ではあそこに挨拶いくので」、「〇〇に集合ですね」、「××時に来るそうです」。少しの時間でも彼らは忙しく何か話し合っている。ようやく外へ出ると「それではよろしくお願いします」一斉に最敬礼し、あっという間に方々へ散っていった。鮮やかなものだ。


 車に戻り、ペットボトルの飲み物を口に含む。秋晴れの空をぼんやり眺める。目の前を、青いキャップを被った老人が横切っていった。悠々と煙草を吹かしながら、ノロノロ自転車を漕いでいく。

 最高にイカしている。スーツの似合う老人より、キャップの似合う老人になりたいものだ。煙草を吸ったことは無いけれど。


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