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黒き滅びの魔女 その6 浄化編

なんとか、その6まで来ました。読んでくれてありがとうございます。

少し時間かかってしまいました。秋口は体調壊しがちですよね。皆さんもご自愛ください。

 いやあ、ミスりました。その6がその5に入っちゃいました。でも本来こうすべきだったんですね。

 失礼しました。

 赤い髪のメルウィン・カルビンが馬車に居る。

 四人乗りの馬車。街道を走る。

 メルの横はメイドのアンドレア。向かいには大男の執事服の二人。ジェイとエグザ。

 周囲はまばらに住宅が並んでいる。

 アンが顔を上げて訊ねた。

 「お嬢様。どちらに向かわれているのですか?」

 メルは笑顔で答える。

 「別荘よ。やっと普通に話せるようになった?」

 「失礼しました。」

 「ドラゴンに会ったぐらいで、そんなにショックを受けるものなの?」

 「我々魔龍族にとってドラゴンという存在は祖先であり、暴君であり、絶対的なものです。」

 他の二人もうなづいている。

 「エラも困ったもんだわ。故郷の異世界のニッポンに帰ってクリス王子やエリザ様に迎えに行ってもらったり、オシテバンに行ってドラゴンを連れてきたり、いい迷惑よね。」

 ジェイが言う。

 「ああ、でもお嬢様、向こうに行ったから王子とエリザ様が結婚できたのかもしれません。王子は自動車というものの技術系のことで忙しくしていましたし、エリザ様は学生ですが同時に聖女様ですし、教会の仕事で忙しいですから、話し合う暇もないですから、かなり結婚が遅れるのではと学園の貴族付きの使用人たちで話していました。」

 アンは静かにジェイをたしなめた。

 「ジェイ、貴族の方々の個人的な話はあまりすべきではない。」

 ジェイが背筋を伸ばして恐縮する。

 「失礼しました!」

 メル「いいのよアン。ジェイの話は参考になったわ。でもアン。よかった。叱るぐらいの元気が出てきたね。」

 アン「失礼しました。」

 「アスカ様も戦争が始まる前にエルニーダに帰っちゃうんだろうな。」

 アン「王女ですからね。」

 止まった馬車の前で鉄製の格子で出来た門が開かれる。

 「思ったより早く着いたね。アン。後でお茶を淹れてね。」

 「承知しました。」


 王宮。

 豪華な部屋。

 変身魔法でエリザの姿になったミシェルが出て行った。

 ドアが閉じると魔法陣が出てドアが光を帯びて、やがて収まった。

 ソファーに座るエリザ。

 「ミシェル、大丈夫かしら。」

 ファル王子を思い出す。真っ黒いオーラ。その後ろにうごめく死霊たちの姿。

 死霊たちのイメージが見えた。

 両手を縛られ船に乗せられる男性。苦しい船旅。見知らぬ者同士で励まし合う。

 やがて港に着き、船から降ろされ馬車に乗せられる。

 馬車は四面が高い板で囲まれ、出られなくなっている。

 隙間なく詰め込まれた人々。やがて馬車が止まり、あたりが静まり返る。

 馬車の上から身長の高い筋肉質の青黒い肌のゴブリン達がたくさんの数、顔を出した。

 板が乱暴に剥がされ、大きなゴブリンたちの腕が伸びて来る。

 『ギャアアア!』

 

 いけない。ファル王子に付きまとう霊に同通してしまった。

 これはやっぱり人身売買だ。以前もこんなふうに同通して、しばらくの間、具合が悪くなったことがあった。

 彼らは『王子によってゴブリンの餌にされた』と言っている。また『王子に殺された』と言う者もいる。

 考えないようにしていた。ファル王子には恐ろしい噂がたくさんある。それを真実だと思ってしまうと、面と向かって笑顔を作ることも話すこともできないから。

 ミシェルは黙っているが、ファル王子に殺された人を知っているらしい。それは心が読めるから分かったことなので、彼女に直接聞きただしたことはない。

 でもミシェルはファル王子への憎悪の感情を持っている。無理しないで、とは言ったけど、彼女が何か不穏なことをしようとしているのは分かった。殺されたのは親しい人だったのかも知れない。

 たぶん彼女の持つ魔力ではファル王子には勝てない。でも命がけで一矢報いるつもりのミシェルを止めることはできなかった。かわいそうなミシェル。彼女は殺されるかも知れない。

 責任は私や父上にかかってくるだろうけど、どうなるんだろう。クリス様に迷惑がかかるなら離婚した方が良いかも知れない。それは悲しい。それにそうなれば聖女の仕事が続けられるか分からない。

 ファル王子が貴族集団の何かの組織に属している、という事をクリス王子や学園生が話していたのを聞いたことがある。それも聞き流していて詳しく聞いたことはない。

 ファル王子には、なるべく関わりたくなかった。彼に強めに言うこともなくは無い。でも関係が壊れるまで言うような事はないし、それはクリス王子や学園生たちも同じだった。

 ただ、差別心の強い人だとは思っていた。『王族として臣民の上に立つ存在は、臣民を見下してはならない』と、『王族の心得』で習うと、クリス王子は言っていた。でも、ファル王子の優越感から発される差別的発言の数々は、王権を神から授かったローデシア王家の人間としては、正直で素直な反応なのかもしれない。

 そう思うことで不遜な態度を取らないようにしていた。また、良い面を強調して考えたり、ファル王子の存在意義を考えてみたりして、生理的な拒絶感を抑えてきた。そうしなければ、アスカ様のように青ざめて口も聞けなくなってしまうだろう。   

 王子の言葉を思い出そう。

 「王より上の決定?・・・それって何?」

 ポケットがゴソゴソ動いた。

 このふわっとしたドレスのスカートに本来ポケットはない。ポーチを持てば済むことなのだ。でも私がポーチを何度となく紛失するので、ミシェルが仕立て屋さんに頼んでポケットをつけてくれた。

 エラに貰ったハンカチに包まれたものを取り出した。

 「え?ああ、白いドラゴン。」

 王子がエラに言っていた。ドラゴンを奪ったと。なんでそんな事したんだろう。

 「エラ様ったら本当にドラゴンを奪ってきたのね。・・・お腹に指輪?」

 手の上で小さな真っ白いドラゴンが、大きな青い目で私を見ている。

 そのお腹の金環には文字が書いてある。

 「エルニーダの古代神聖文字だわ。ええと?『神の龍よ、我が僕となって我を助けよ』?」

 声に反応し、金環はビニョッと真っ直ぐに伸びた。

 激しくくねって痛がる小さなドラゴンを両手で包んで治癒魔法をかけた。

 『彼』は手の中で落ち着きを取り戻した。

 その時、ドアがバチンと鳴った。同時に部屋が暗くなったような気がした。

 ポケットにドラゴンをそっとしまった。

 ドアから声。

 「フフフ。王宮魔導士による結界魔法か。俺には効かない。聖女様は何をぶつぶつ祈っている?」

 第二王子がドアを開けて入ってきた。ゾッとするがそれは抑えて冷静に受け答えした。

 「ファル殿下。どうしてここに?」

 王子の後ろに黒いオーラが広がる。またもわっとした黒い人影が幾つも視えた。

 ファ「兄貴もバカだな。お前の助命を王に願っても王には決定権がないのに。」

 「どういうことですか?それにミシェルは?」

 「あのメイドか。あいつなら急に倒れたからノルーリアが介抱していたなあ。」

 ファル王子は少し笑っている。本当?

 目を閉じて集中する。ミシェルどこ?

 声が心の奥から聞こえた。これはたぶんミシェルの守護霊。たまに話すことがある。

 『お嬢様。ミシェルは教会です。エラ様に助けて頂きました。お気をつけ下さい。第二王子はお嬢様の思う何倍も悪い人です。』

 たぶんミシェルは大丈夫。ホッとした。でもファル王子は嘘をついた。気持ちが固くなる。

 嘘をつきましたね?と言いたいが、王子の目を見ると言えない。言わせない雰囲気がある。

 ファ「フッ。その顔。嘘だと言いたいのか。メイドのことなどどうでも良い。自分の心配をしろ。」

 「どういう事です?」

 「ノルーリアが言ったはずだ。クリス王子がお前をウエシティンに連れて行く。連中は聖女であるお前の死を必要としているのだ。お前の死と引き換えに魔界から魔王帝の魂を召喚する気だ。エラとドラゴンを魔王帝の力で倒す。魔界の者は聖女のような者の死を好むからな。もしくは、お前の肉体に魔王帝の魂を宿しても良いが、どちらにしろ、もう準備は整っている。一日も早くお前を運ぶよう命令が来ている。だから俺と一緒に逃げよう。」

 驚いたが、冷静になって訊いた。

 「どうして魔王帝などを召喚するのですか?それは聖教会の教えに反する事です。」

 「言っただろ?ドラゴン対策だな。組織防衛さ。」

 「王子、あなたはどうしてその王権より上の組織の決定に詳しいのですか?」

 「エリザよ。俺を疑うのか?」

 当然。と言いたいが、また言葉が出ない。王子を批判できない雰囲気。たぶん魔法だ。

 キャンディジョン様が使った『洗脳魔法』に似ている。

 王族を護る魔法?『王族の批判を許さない魔法』といったところかも。

 あの時は、エラ様は霊剣を抜いて簡単に打ち破った。

 目を閉じて心の剣を抜いた。でもこれは『闘う』という事だ。第二王子と?・・・うん。でも仕方ない。

 「王子。私には、あなたの後ろに生霊や死霊たちが視えます。他国に連行された多くの人たちの恨みの念がきています。それに、あなたに殺されたと言う霊もいます。王子はこれをどう思いますか?」

 言えた!でも私の全くの本音を語ってしまった。

 エラ様なら『真っ向勝負!』と心の中で嬉しげに言っているところだろう。私はドキドキして嬉しくはない。

 ファル王子は口を少し開けて無表情にしていたが、残念そうに口を閉じ、ため息を鼻から噴いた。

 ファ「・・・へっ。あはははは!たまにそれが見える奴がいるんだよ。大方アスカもそれが見えるんだろ?それは知っている。俺をドブネズミでも見る様な目で見やがって。だからわざと婚約者に指名してやったのさ。あいつ困ってたろ?」

 ひどい人。あんなに優しい人を。でも、また言葉が出ない。王宮魔法ではなく王子自身の魔法、というか魔力の問題かもしれない。人を畏怖させ動けなくするほどの魔力。

 ファ「でもエリザ、お前は俺をそういう目で見なかった。いや、たまに見ていたのは知っている。でも笑って話してくれた。それは俺を愛したという事だろう?」

 全然違います、そんな気はありません、絶対ないです、むしろ怖い人です、と言いたい。でも言葉が出ない。

 神よ。

 その時、ポケットのドラゴンがビリッと魔力を発した様に感じた。口が動いた。

 「いいえ。そんな気はありません。王子はその組織の人間ですか?」

 ファ「何?」

 思っているままを言った。ファル王子のいつもの冷たい目がさらに冷たくなった。でもさらに言おう。

 「その組織が人さらいをしている事は知っています。」

 王子はじっと考えた。

 「・・・」

 「・・その組織では、良からぬ実験やゴブリンの餌のために人身売買が行われていると聞いています。」

 「・・・はッ!あっはっは!魔導士会のことを知ってたのか!クリスがお前には教えていないと言うから演技してたんだ。騙されたな!無駄な演技だった。」

 「詳しくは知りません。」

 「エリザお前、ガブリエラと接触していたそうだな?お前がウエシティンに送られる前に騎士団で持ち物検査をする予定だったが、俺が代わりにしようと思ってな。」

 第二王子がいやらしい目した。

 ゾッとした。

 王子についてきた幾十の霊たちが一生懸命叫んでいるのが視える。

 よくは分からない。学園生になって三年。霊たちに振り回されないために、彼らのような憑依霊の言葉をあまり聞かないようにしていた。それは集中すると聞こえて来る。

 『そいつは極悪人だ!』

 『早く逃げて!』

 『お前も俺たちと同じようにされるぞ!』

 ああ、いつも言う事は同じだった。聞こえてはいた。いつも聞き流していた。もっと早く真剣に聞いてあげれば良かった。

 「王子。貧困者の村からよく人がいなくなります。あなたの後ろの霊たちが言っています。あなたは各地の村から人さらいをしている組織の上にいますね?」

 「ハッハッハ!ああ、その通りだ。しかしお前の暗殺懸賞金は俺じゃねえ。俺は誘拐しろと言った事はあるが、殺せと言った事はない。クリスじゃねえの?」

 ゾッとする。言う事一つ一つがゾッとする。

 「あなたは全然信用できません。」

 「ハハハッ!ダメか。原因は魔導士会が聖女なんか嫌いだからだぞ。俺の意向で動いているわけじゃねえ。」

 「あなたの会社はどうですか?ファル王子殿下名義の派遣会社です。」

 「まあ、それは噂の通りさ。表向きは人材派遣会社だが、裏では人身売買をやっている。似たようなものさ。注文に応じて人間を集めて人数をそろえて送る仕事だ。」

 「それは王族がやるような名誉ある仕事なのでしょうか?」

 「名誉?王権の前には誰も文句は言えないのさ。そりゃあ、騙されて連れていかれる奴もいるだろうよ。食えない奴らは仕事を求めて都市に集まる。連中が貧民街を作っている。それは間引きが要るだろうよ。」

 「クリス王子が貧民街救済運動を始めたはずですが?」

 「少しやりづらくはなったが『人集め』は今もやってるよ。だが、むしろ多めに連れて行けるようになった。『都市浄化』だと言えばな。」

 「それは正しい事ですか?私は正しくないと思います。」

 「『必要悪』というやつさ。」

 「お金のためでは?」

 「フ。当然、金にはなる。王や俺の所属する魔導士会は、金次第でいくらでもしたいことが出来る。奴隷貿易としてだけでなく、お前が言うようにゴブリンの餌の需要もある。ウエシティンでは人喰いゴブリンを兵器として飼っているからな。牛豚だけ食わせると人間を食べなくなるから人間も餌として必要なのさ。」

 「あなたは『人間の尊厳』や『生命への敬意』を学ばなくてはなりません。」

 「あのなあ、俺、王族だぜ?貴族でもない魔法も使えん奴らなんて虫ケラさ。俺たちが何をしようと自由さ。奴らは価値も意味もないくだらない一生を送るだけなんだから、俺たちが魔導士会を通して歴史的に価値あることに使ってやるんだから、感謝はされても批判される理由は無いね。」

 「それは違います。彼らも神に創られた尊い魂たちです。その一人一人の人生を神は愛しておられるのです。霊たちが泣きながら抗議しています。謝られたほうが良いかと、」

 「ケッ。謝るだと?馬鹿か?王族に対して虫ケラ相手に謝れだと?不敬罪にもほどがある。霊だと?そんなもの俺には見えん!」

 「あなたは最低です。あなたは与えられた立場に驕っているのです。」

 「王子の立場を最大限に使ってやりたいようにやらせてもらう。お前も俺の過去をクリスから聞いているだろ?」

 「いいえ。何も。」

 「フッ。あいつは王族の恥を晒したりはしないか。俺が十歳の時に魔力暴走して第二王妃を殺したことなどは言えもしないか。」

 「えっ?」

 その断片的な映像が見えた。

 怖い顔の女性が二人。一人は年配の女性。教科書を持っている。家庭教師か。

 もう一人は若いが身なりの整った金髪の女性。顔はファル王子に似ている。

 前に見える机に教科書とノート。

 若い方の彼女が机をバンバン叩く。

 その時、空中に大きな魔法陣が出て金髪女性が血まみれになって空中に舞う。

 その女性が床の血溜まりに倒れている姿。

 ファ「魔力暴走ということになっているが、本当は殺意があったのさ。思えばあの女は権力欲の塊だった。第一王妃の子クリスが王権を継ぐことになっていることを妬み、第一王妃が元は平民だった事を責め立て、様々な策を巡らせて無礼な行いを引き出して王宮から追い出した。クリスにも「留学させろ」と王に押し込み、隣の大陸に追放した。これはあの女本人が言ってたんだぜ。そして俺を毎日『王侯教育』とやらで締め上げた。作法、言葉遣いから歴史・地理・軍事。十歳児の頭に入る量ではなかった。さらに剣術や格闘で毎日王宮騎士に叩きのめされ、夜は魔術の訓練で気づいたら朝の支度をさせられている毎日だった。」

 「かわいそうだったのね。」

 「フッ、憐れむな。俺はそんな時に法事で行ったライフ領で魔力を手に入れた。学問はすぐに覚えられ、格闘や剣術で王宮騎士を叩きのめした。さらに手を使わずとも魔術で勝てるようになった。全てが思い通りになった。だからあの女に復讐したのさ。それも『ローデシア王室の秘密』として隠蔽されているがな。」

 その後の映像も見えた。

 大人の貴族たちが言い寄って来る。

 それを冷たくあしらう。

 学園入学。

 喧嘩で相手を殴ったら相手が倒れたまま動かなくなった。

 執事が教師に金を渡しているのを遠くで見ている。

 同級生の女子たちに囲まれハーレム状態。

 ベッドでその中の一人と口論している。

 殴ったら起きなくなった。

 中年貴族が王子の首に腕を回し馴れ馴れしくし、その手を差し出した。

 王子が金貨数枚をそこに乗せた。

 死体は袋に入れられて運び出された。

 学園ではハーレム状態が続く。

 別の貴族が建物を紹介する。

 その社長室でくつろぐ。

 貴族に金貨数枚を渡した。

 中年貴族が海に浮かんでいた。

 建物から船に乗せられてゆく人々を見ている。

 ファルは執事に指図する。乗せられてゆく人々の中の誰かを指差している。

 執事が両手を縛られた女性を連れてきた。

 その女性が黒い霊となってファル王子のオーラの後ろにいた。

 ファル「エリザよ、おまえも俺がして来た事が視えるのだろ?ウエシティンに送られてゴブリンに喰われる前に遊んでやった奴らもいる。それを知っていても、笑って俺と話してくれるお前は、俺と同類なのだと思ったぞ。」

 「そんな事ありません。本当は鳥肌が立つほど嫌いです。」

 怖いが言えた。貴族的には言うべきでない。でもこの誤解は駄目だ。

 ファル「へっ。魔導士会がお前の身柄を送れと言ってるんだ。立場をわきまえろ。そいつらにした事をお前にもしてやろうか?」

 ゾッとした。

 ファ「クリスだって似たような事をしているはずだぜ。」

 もっとゾッとした。

 ファ「お前が謝って俺の女になると言うなら、命だけは助けてやらなくもない。俺はそう言ってるんだ。」

 ファルはいやらしく笑っている。

 この人は私を助ける気はない。自分の悪事を知っている者は許さないはずだ。

 なのに、私を自分のものにしようとする。

 嘘と欲望と脅し、そして支配。これが本物の悪魔の考え方なのね。

 ファル「信じろ。金さえ払えば組織は黙る。お前の命も俺の金次第だ。ああ、大人しくついてくればクリスには手を出さないように魔導士会に言ってやる。金はかかるが、その代わりお前は俺の奴隷になる、てのはどうだ?」

 クリス様の名前を出す。心が揺れる。なんて卑怯なの?

 ファルが一歩出た。

 恐ろしくて目を閉じた。

 主よ!助けて!

 その時、自分の口が勝手に動くのを感じた。

 「汝、悪魔よ!退け!」

 ファル「はあ?へへ〜。脅しのつもりかぁ?」

 「我は裁きを与える者なり。汝、悪魔よ!地獄へ去れ!」

 バチッとファルの魂が肉体の後ろに出た。

 肉体は下に崩れるように倒れて動かない。

 部屋が急に真っ暗になった。何だろう?

 ファル王子の霊が放つオーラだ!

 ファル王子の霊は真っ黒になって部屋いっぱいに黒いオーラを放つ。

 凄まじい圧迫感と焦燥感!怒り!憎しみ!強力な感情が私の中に流れ込んできて身がすくんでしまう。

 自分を見失なわないために両手を合わせた。

 ファル王子の霊は十メートルにも巨大化し、その顔が青黒く変わった。

 大きなツノが頭に生え、コウモリのような巨大な翼を両側に伸ばした。

 『フハハハハハハ!即死魔法か!こうも簡単に殺されるとはな!我は魔王帝が率いる魔軍の四将軍にして最強!副帝ベンザニール!誰も勝てはしないぞ!』

 悪魔憑依・・・こんな人が身近に居たなんて・・・いや、これは考えようとしなかったのがいけないのね。

 『我は上級魔族!肉体から切り離せば勝てるとでも思ったか!我が魔力は健在!お前を殺すなど、たやすいこと!人間など虫ケラさ!強い者は弱いものに何をしてもいいのだ!お前に憑依し!辱め!人格を破壊してやる!』

 言葉の邪悪に加えて、悪魔のオーラが周囲の暗さを増してゆく。

 恐怖と焦燥感が増し、独りで高い塔の上に立っているかのように感じる。

 また私の口が勝手に動き出した。

 「人間は虫ケラにあらず。神に創られし高貴なる魂なり。汝、魔族の長の一人。汝の邪悪を浄化するには地獄の底で永遠の業火に焼かれながら永年の反省を経なければならない。」

 『我は五千年の歴史を持つ大魔族!魔力レベルは常に一万を超える!さらに増幅魔法で百万でも千万でも我が魔力は無限!勝てはしないぞ!』

 私の足が勝手に一歩出た。そして光る吐息を「フウウ」と悪魔に吹きかけた。

 空間の暗さも巨大な霊も、砂山に風を吹きつけたように吹き飛ばされた。

 私が言っている。

 「我は神竜。我が力は神の力。我に不可能はない。すでに汝らの魔力は封じた。」

 前に人間の大きさのファル王子本人の霊が残っていた。

 戸惑うファル王子の霊。

 その後ろから黒い霊たちが現れた。数百、数千、数万の霊たちが襲いかかった。

 それはそのまま地面に流れ込むように消えた。

 ファル王子の死体が残された。

 「これは・・・」

 背後に霊体を感じた。

 見ると人間くらいの大きさの白いドラゴンの霊が居た。トカゲ大のものはポケットにも、どこにもいない。

 「霊化した?お前がやったの?」

 『魔王の霊は分解、四散し、当分の間、無意識界をさまようであろう。媒体となったあの者の魂は地獄の底に封印され、怨霊たちの怒りの炎に焼かれ続けるであろう。その怨念が消える時まで。』

 「あなたは誰?」

 『我は神竜なり。ガブリエラを誘導し聖女の元に来た。我は裁きを与える者なり。本日正午、この大陸に裁きを与える。』

 「ええ!ちょっと待って!三時間しか無いわ!みんな殺してしまうの?やめてください!」

 『そのようになるかもしれない。しかし、それは聖女のお前の思念を読んだ結果だ。』

 「えっ?」

 『分かっているはずだ。お前は聖女の活動に限界を感じている。この国は悪しき権力に侵され神の教えが広がらない。国民は自覚も弱く、悪しき権力を覆すことが出来ない。リーダー層は魔と同化し、国民はそれを支持している。いや、知らぬ者、関心がない者、勇気なく従う者も同罪である。お前は心の底でそう思っているはずだ。』

 「・・・いいえ、いいえ!でも、いえ、だからこそ神の教えを広め、悔い改めを、」

 『いや、その仕事は諦め、王権に入ることで実現しようとし、無知が祟ってこうなったのではないのか?』

 涙が出た。『彼』の言葉に心の中心をえぐられた。

 「・・・はい。その通りです。でも善人も悪人も等しく殺すのが神の意志でしょうか?」

 『信仰心のある善人がどこにいる?皆ご利益を願うものばかりで、世の正義を願ったりはしていない。』

 「いいえ!善人はいます。多くはないけれど、」

 言っていて涙が出る。

 「いいえ!私はいくつも教会を作りました。だから、どうか、」

 涙が溢れた。がんばったのに。間に合わなかった。これ以上の何が出来たのだろう。

 ドラゴンの霊は言う。

 『・・・我は裁きを行う。本日正午までに神への祈りがこの大陸を満たすならば、裁きの内容を考え直そう。』

 その時、王宮がゆさゆさと揺れた。地震?

 霊眼にエラとノルーリアさんが視えた。

 『エリザベートよ。お前はその戦いに干渉する事はできない。我は我に刃向かい来る者たちへの裁きを今から始めるからである。』


 人のいない長い廊下を歩く。

 背後のドラゴンの霊体が言う。

 『聖女エリザベートよ。汝の肉体をしばらく借り受ける。心せよ。』

 廊下の向こうの丁字路を騎士たちが走ってゆく。

 「何者かが戦っている!物流基地がめちゃめちゃだ!」

 「ドラゴンだ!ドラゴンが東に飛び去った!」

 数十人が右から左へ通り過ぎたのが見えた。

 丁字路に近づいてきた。左に曲がる。

 しばらく歩くと前方三十メートルに、クリス王子とアルノーと騎士二人が魔法陣とともに現れた。

 アルノーが何か言いながら歩いてくる。

 「エリザどこに行く!魔力暴走したのか!」

 私は歩き続ける。足はドラゴンが支配していて止められない。言葉も出ない。

 来ないでアルノー。やめて。

 アルノーは近づきながら少し小声で後ろの騎士たちに聞こえないように言った。

 「エリザ、エリザ、第二王子のことはまだ報告していない。止まってくれ。何とかする。」

 足は止まらない。勝手に口が動く。

 「汝ら、神を信ずるや!」

 アルノーが急に目の前に現れた。

 だめ!!

 バチッとアルノーの霊体と肉体が離れた。肉体は倒れた。

 死んでしまった。

 目から涙が溢れる。でも足は止まらない。歩き続ける。

 騎士「アルノー様がやられた!」

 二人の騎士は剣を抜いて走りだした。

 王子が言った。「やめろ!」

 私の右手が上がり、手のひらを前に向けた。私の口は言う。

 「我に抗うことなかれ!」

 二人の騎士は転ぶように倒れた。

 霊だけがスーッと飛んできて異変に気づき、あたりを見回し、恐れ慄いて壁を抜けて消えてしまった。

 アルノーの霊が言った。

 『ごめんエリザ。エルニーダまで飛んでもらおうと思ったけど、ドラゴンの霊は許してくれなかった。』

 思いで応えた。

 ごめんなさい。私たちは逃げるわけにはいかないの。それではみんなを救えない。

 『エリザは偉いね。僕も周りに流されず君のように戦えば良かった。』

 ごめんなさい。私はドラゴンに支配されている。ドラゴンが人を殺すのを止められない。

 『仕方ないさ。僕も人殺しだ。本当は僕の手は血まみれなのさ。ドラゴンの判断は正しいよ。』

 でもあなたは私を助けてくれようとした。

 『でも王は常々「反逆者の首を刎ねて持って来い』と僕に言っている。これは王命なんだ。僕の魔法は相手の首を残して転送移動させる事も出来る。王命というのは一つの呪いであって逆らうことは許されない。反逆者と認定されたら呪殺魔法をかけられる。」

 でも私を救ってくれようとした。

 『僕はエラを飛ばして助けた。僕には裏切り者として呪殺の王命が下るだろう。最期に君の手を握りたかったのかもしれない。』

 自分から死を選んだの?

 『そうではない。でもこれで王命からは解放される。ありがとう。』

 アルノーの霊は消えた。前にはクリスがいる。

 クリス王子!どうして逃げないの!逃げて!あなたを失いたくない!

 私の足は立ち止まった。私の口が言う。

 「汝、神を信ずるや。」

 クリス「信じるよ。洗礼を受けた気持ちに偽りはない。」

 少し微笑んでいる彼は倒れなかった。

 ホッとして肩の力が抜けた。また涙が出た。

 クリス「ごめんエリザ。近くに居てあげられなくて、本当に済まなかった。王にはまだ会えていない。」

 言葉が心に入って涙が出る。申し訳ない気持ちが心から噴き出す。ごめんなさい王子。

 私の口で白いドラゴンが言う。

 「我は白き神竜。伝えよ。本日正午までに真なる神への祈りでこの地を満たせと。その時、我が裁きは過ぎ越すであろうと。」

 クリス「今喋っているのはエラに貰ったドラゴンかな?」

 私は何も言わずに通り過ぎようとする。

 クリスは横に一緒に歩き始めた。

 「ついてこないで!!」

 あ、言葉が出たことに驚いた。ドラゴンが言葉の支配をやめてくれた。

 クリス「君が命を懸けるなら、僕も命を懸ける。」

 私は祈る。「ドラゴンよ。力を。」

 手を彼に向けて上から下にサッと振った。

 白い線の魔法陣が出て、彼は腰が抜けて床に座り込んだ。

 歩きながら彼に言う。

 「お願い。神に祈りを。心清き国民たちを救ってください。」

 座り込んだままの彼を置いて前方の階段を登ってゆく。

 

 あの時、エラが王に取り調べされた玉座の大広間に白い服の魔導士たちが集まっている。

 壇上にはマントに金の刺繍が入った最高位の魔導士たち六人が立っている。

 「ガブリエラ・フォン・アクセルではない。貴奴は西に飛び去った。」

 「エリザベート・スミソミリアンを、偽聖女と認定する。」

 「偽聖女を捕らえる事は難しい。すでに死者が出ている。」

 「呪殺魔法をかけよ!」

 魔導士たち百余人が「オオッ!」と応えた。

 全員が手を合わせて指を組んだ。

 

 豪華な黒い四人乗りの馬車に、ローデシア王たちが乗り込んでゆく。

 王と側近の白髪の紳士ハート公爵、その子クラレンス、口髭の宰相メイランド。

 馬車は王宮を離れる。

 その両脇を大柄な黒マントに金の刺繍が入った騎士が固める。最高位の王宮騎士だ。

 他にも十数台の馬車が王族らしき豪奢な服装の男女を乗せて出発した。

 周囲は黒い服の王宮騎士たちが五十騎も固める。

 ハート公爵が言う。

 「警備隊長のアクセル卿はいませんでしたが?」

 王「当然だろう。クビだ。処刑が嫌なら娘の首を持ってこいと言ってやった。」

 ハート公爵は黙った。

 メイランドが聞く。

 「陛下。クリスワード殿下と会わなくて良かったのですか?」

 王「奴が言う事は分かっている。無駄だ。」

 ハート「救出は?」

 王「必要ない。」

 クラレンスはうつむいた。

 ハート「ファルコン殿下も行方不明ですが?」

 王「ああ、奴は心配ない。そのうちひょっこり現れるだろう。」

 メイ「伝承と実際の『ドラゴンの火』の影響を勘案しますと、八十ヤルデルは離れなければなりません。」

 ハート「我が領の州都エルファーストに向かいます。」

 王「まったく許せん!残りの騎士団に陸軍を指揮させて各地の教会を包囲させよ!」

 ハート「今何と?」

 王「反逆罪だ!エリザベートの反乱の責任を取らせるのだ。教会の奴らをいつでも逮捕投獄できるようにせよ!逃げたスミソミリアン大臣も逮捕させよ。我らが安全圏に到達したら開始命令を出せ。」

 ハート「陛下お待ちを。教会関係者を逮捕ですか?」

 王「仕方あるまい。あと魔法通信でウエシティンの王弟に連絡を取れ。援軍要請だ。あの国にもドラゴンがいるだろう。ドラゴン使いの女たちを始末させる。戦闘なら王弟の方がはるかに上手だろう。あとは、お前の州都に移動用の魔法陣を用意させろ。我々がウエシティンまで逃れた後、魔王とゴブリン軍を送り込んでやるのだ。もし王弟が失敗しても魔王はドラゴンより強いからな。裏切り者どもを一掃するのだ!全て終わったら魔王は騎士団の銃で始末させよ。王弟にその旨伝えろ!魔王帝の復活は間に合いそうにないからな。メイランド!人造の魔王でもドラゴンの火に耐えられるか?」

 メイランド「エルニソン領内で計測されたドラゴンの火の破壊力を参考に計算すると、魔導士の魂を十体以上融合させれば、その魔力で、造られた魔王の肉体であってもドラゴンの火に耐えられます。魔力値レベルで一万以上です。」

 王「王弟も死ぬか傷を負ってくれるとありがたい。後は復活させた魔王帝を上に立てて魔道士会を懐柔し、我らは『ローデシア帝国』として各地を平定する。」

 ハート公爵は意を決したように言う。

 「しかし陛下。エルニーダとはそれで良いのですか?」

 王「何も言わさせぬよ。我らには百万の陸軍と王宮騎士一万、魔導士二百がいるのだ。新兵器もある。エルニーダ聖教会が相手でも容赦するな!奴らを脅すためなら少々酷いことをしてもかまわん。そう各地の王宮騎士に伝えよ。エリザベートを悪人に仕立て上げれば良いのだ。反感で陸軍が蛮行に及んだとすればいいのだ。」

 ハート「エルニーダあってのローデシアではないのですか?」

 王「ハート公爵。それは聖魔法というものの威力があってこそ成り立つのだ。今我らは、五千年前の『聖魔法銃』以上の兵器を手に入れることができるのだ。カトリーヌかアルノーを捕らえよ。王宮魔導士の魔法を結集し、奴らの自我を奪い、その知識を奪い、先進世界への道を開くのだッ!我々は魔導士会を支配し、他の二国はもちろんエルニーダやアクサビオンまで支配し、他の大陸までも支配する事が出来るッ!ハート公爵よ!これ以上不快な事は一言も申すなっ!」

 公爵は黙った。

 クラレンスには、王の頭に牛のような巨大なツノが生えているように見えた。

 彼は目をつぶった。

 

 王宮廊下。

 エリザ「汝ら神を信ずるや。」

 王宮騎士が剣を抜いた。

 「信じぬ!」

 騎士はそのまま倒れた。

 騎士たち三人が前に立ちはだかる。

 一人の騎士が言った。

 「エリザ様、待ってくれ。このような行い、脅しで神を信ぜよとは余りに強引ではないか。このようなものは説得とは言えぬ。これでは信じられぬ。これでは教会に責が及ぶぞ!」

 エリザ「誤解があるようだ。我が言葉は最後の通告である。信じるか信じぬか。イエスかノーかである。汝らは説得など聞かぬ。我らを斬る命を受けてきたのであろう?可能ならば悔い改めよ。神は全ての権威の上にある。もう一度だけ訊く。汝、神を信ずるや。」

 三人の騎士たちは剣を抜き、一人が言う。

 「それ以上進むな!来れば斬る!」

 エリザは涙しながらも一歩出る。

 騎士たちは倒れた。

 後ろにいた白いマントの魔導士がひざまづいた。

 「おお、神よ。神のドラゴンよ。許したまえ。」

 エリザ「汝の神の名を申せ。」

 「えっ」

 エリザ「この世界の神の名はエル。創造主エル。エルは『神の光』という意味である。」

 魔導士は苦しげに宙を見つめ、脂汗をかいた。

 エ「闇の神の祟りが怖いのか。」

 「え、いいえ!」

 エ「お前の神は、いや、お前たち魔導士会は、魔王帝ネクロフィリアに創られ、それを『闇の神』として信仰する邪教として存続してきた。魔導士会に王はいない。またネクロフィリアの霊ですらお前たちを指導していない。お前たちの!悪魔の名を借りての蛮行!生命を愚弄し!もて遊ぶ愚行!政治を操り!死と滅びを利益とする驕慢!神は決して許さぬ!お前たちだけは!決して許されぬと知れ!」

 魔導士は言葉が眉間に刺さったかのように、のけぞって倒れた。

 エリザはその横を通り過ぎ、正面の階段を登った。

 

 多くの貴族の馬車が王都を離れようと通りにひしめいていた。

 庶民は教会に集まった。教会は有事は避難所として機能する。


 ひたすら続いた階段の終わりのドアを開けると、先はテラスになっていた。広さは魔法学校の体育館ぐらい。

 その向こうは王都が広がり、地平線と山々が見える。

 王宮の塔の上だった。ドアの背後には白い枯れ木のようなアンテナ・魔導針が青空に伸びていた。

 その表面はさまざまな配管と神聖文字がびっしりと書かれていてグロテスクに見える。

 エリザはテラスの端を守る胸の高さのフェンスまで近づいた。

 エリザの横の空中にボヤッと丸い窓のようなものが現れた。

 見ると中にエラが居る。

 「出して!ホワイトホールを作って!王宮の結界が強まって私の方からは出てこれない!」

 エリザは答えた。

 「だめよ。私を止める気なら、あなたも命を失うかも知れない。あなたも神に祈って。そうすればこの大陸が海に沈んで全てが滅ぶのは回避できるから。善人は救ってくれるようにドラゴンさんにお願いしているの。」

 「私、エリザの邪魔なんてしないよ。私の気持ちぐらい読めるでしょ?」

 「エラの気持ちは半分しか読めないよ。思うスピードが速いから単語量も多いし、日本語の単語だったら分かんないし、普段はそんなに喋らないのにずるいよ。」

 「ハハッ。何がずるいのよ。」

 「私なんかよりずっと色々なこと知ってるんだから、みんなに話してくれたらいいのに。」

 「やだよ失言だって多いんだから。」

 「・・・で?エラは何をしに?」

 「ドラゴンが、あのパワーを使った後はエリザも疲弊するから、誰かがエリザを護らないといけない。」

 「大丈夫よ。もしも生きてたら教会に戻って休ませてもらうわ。」

 「生き残った人たちはエリザを憎むかも知れないよ。」

 「大丈夫よ。これは神の裁きだもの。教会の人たちは信心深いもの。」

 「エリザはドラゴンマスターだから、その白いドラゴンの意思も変えられる。拒否もできるはずよ。ドラゴンはエリザを殺せない。」

 「私は神の使命のためなら死んでもいい。それに私たちはもうたくさんの人を殺してしまった。」

 「エリザ。諦めないで。」

 「そうじゃないよ。神獣である白いドラゴンは私の心の奥底の苦しみを見抜いたの。この国の貴族は腐っています。ある下女は、洗濯後の王様の服の裾を誤って踏んだだけで斬られました。第二王子のあるメイドは王子に意見しただけで娼館に売られました。王都の貴族は毎日そのようなことをしているのです。彼らをとがめる事はできません。確かに『地位あるものは下位の者の言葉を聞かなければならない』と教わりますが、聞くも聞かないも自由です。こんな国は間違っている。エラ様の国のように、民が平等であるべきだと、強く思った事があります。」

 「持ち帰った歴史の教科書には自由とか平等とか書いてあるけど、実際はそんなに自由でも平等でもないよ。」

 「でもこちらの比ではないと思うのです。向こうでのエラ様やカトリーヌ様は生き生きしていて自由で、本当に羨ましかった。」

 「エリザも自由に言いたいこと言っていたよ。」

 「・・・私、みんなが自由になるなら命を捨てても構わない。今の身分制社会が壊されて、上に立つ人が人の痛みがわかるような敬われるような人になって、悪しき勢力がいなくなって、本当の愛の神への信仰が広がって、みんなが幸せになるなら、私は死んでもいい。」

 「エリザ・・・まあエリザらしい言い方だけど。」

 後ろのドアが開き、クリスが出てきた。

 クリス「エリザ!すまない!王には会えなかった!」

 エラ「どうする?クリスが来た。」

 エリ「大丈夫よ。私の後ろの白いドラゴンが見えて?」

 「うん。大きいのが視える。」

 「私を色々な想念から護ってくれている。すごい数の呪いの攻撃が撃ち落とされているのが視えて?」

 うん。魔導士たちがどんどん倒れていくのも視えているよ。」

 

 大広間

 金の刺繍が入った白いマントの魔導士が一人倒れている。他にも数十人の白マントたちが倒れている。

 別の刺繍マントの高位魔導士が言う。

 「集中を切らすな!」

 百数十人の魔導士たちが手を合わせて念じている。

 その頭から霊的な弓矢が放たれ天井を通り抜けてゆく。

 その矢は王宮を通り抜けて放物線を描きエリザに向かってゆく。

 エリザの後ろの大きな白いドラゴンが球状のシールドを張っている。

 シールドに触れた矢は消えてしまう。

 その矢は魔導士たちに転送され、その心臓を貫く。

 全魔導士たちが揺らぎまた数十人が倒れる。倒れない者もダメージを受け膝をついたりしている。

 また一人の高位の魔導士がゆっくり頭から倒れた。

 もう一人の高位魔導士が言う。

 「おのれ!ワシに力を結集せよ!」

 百余りの魔導士たちが高位魔導士に手を向ける。

 百人の魔力が集中し、その霊体が肉体を離れ巨大化し、大きな角が頭に生えた真っ黒な魔人と化した。

 魔人は王宮よりも大きくなり、塔上のエリザに向かって拳打を打ち込んだ。

 拳はシールドに吸い込まれ魔人も吸い込まれた。

 大広間の天井から巨大な霊的な拳が落ちてきて高位の魔導士はつぶれた。

 他の魔導士たちも爆発が起きたかのように後ろに飛ばされた。

 もう一人の高位魔導士が立ち上がる。

 「怯むな!王命は絶対であるぞ!命をかけよ!」

 魔導士たちが立ち上がる。

 

 王宮騎士たち五人が階段を駆け上る。

 階段の踊り場に死体が積み重なっている。

 彼らはそれを踏み越えて、階段を登る。

 空いたドアからエリザや王子が見える。

 『エリザ殿!覚悟!』

 『待て!なんか変だ!』

 騎士達は自分たちの手足が互いに重なり通り抜けているのに気づく。

 振り向くと五人の体は階段を転げ落ちていた。

 『死んだ?死んだのか?うわああ!』

 五人の霊は四散した。

 

 ヒゲの騎士団長が目を閉じた。

 騎士が告げる。

 「彼らの魔法通信機は生きていますが、エリザ様の声が聞こえるほど近くではありません。」

 団長「決死隊も何の意味もないか。仕方ない。塔を爆破せよ。ドラゴンのシールドの外側なら爆薬を仕掛けられるだろう。」

 騎士「団長。私はエリザ様を殺すなんて出来ません。」

 団長「何も言うな!王命である!・・・仕方ないだろう。」

 団長たちは建物の屋上から王宮の塔を見ている。

 団長は双眼鏡で塔を見た。

 エリザの上に身長十メートルを超える半透明のドラゴンが見えた。

 その目が団長を見た。

 団長は双眼鏡を目に当てたまま、ニヤリと笑った。

 騎士「団長?」

 団長はそのまま倒れて起きなかった。

 

 クリスが近づいてきた。

 「エラ、どうした?不思議な感じだが。円く空間が切れて窓のようになっている。」

 「まあ、私のことはほっといてよ。クリス様はよくここまで来れたね。」

 「殺意がないからだろう。エリザを助けたいと思っている。」

 エリザ「でも、あの数の魔導士たちが私と王子をくっつけようとしたら、そうなっちゃうよね?エラ。」

 クリス「なに?」

 「そうかもね。」

 エリザ「エラ。私ね、今までほど王子が好きじゃないの。急に気持ちが覚めて自分でも驚いてる。ドラゴンと同通して魔力が増加したから魔導士たちの洗脳魔法が効かなくなったのね。」

 クリスが言う。

 「心外だ。私はそんなことを命じていない。それは逆かも知れない。裁きのドラゴンの使命感が、君の使命感を増幅し、今までの恋愛感情を小さく感じさせているのかも知れない。」

 エリザ「王子。みんなに伝えてくれましたか?」

 クリス「もちろん。中央教会に魔法通信で事情を伝えた。ローデシアだけでなくエルニーダ本国やウエシティン教会やオシテバン教会にも呼びかけて、信者だけでなく、なるべく大勢に呼びかけて大陸の平和を祈ってくれると約束してくれた。」

 エリザ「そう。ありがとう。」

 クリス「ただ、王宮の魔法通信機を使ったので王族や貴族たちにも知られてしまった。王族や王都の貴族たちは逃げ出したよ。」

 エリザはうつむいたが、意を決したように顔を上げて訊ねた。

 「殿下。あなたも魔導士会のメンバーですか?」

 クリスは意外そうな顔をしたが、静かに微笑んだ。

 「いや。私はそれを断った。」

 「でもずいぶん組織の動きに詳しかったですよね。」

 「王や側近たちはメンバーだ。クラレンスやアルノーはメンバーではないが、その特異魔法能力ゆえに特命で任務を行うことはある。組織の情報は彼らからのものだ。それは自分やエリザやエラたちを護るためだ。」

 エリザ「その情報を得る事は、とても危険なことなのでは?」

 「もちろんだ。今まで再三嫌がらせを受けてきた。君の北方視察の時も、魔王軍の南進も組織の手中にあった。私は、私の王宮護衛隊に命じて君の聖女の活動を護らせた。」

 エリザは冗談のように笑って言う。

 エリザ「今から私をウエシティンに連れて行くのではなくて?」

 王子は怒鳴った。

 「そんなことはしない!」

 エリザは萎縮したが、小息をついて言い返した。

 「・・・でも第二王子はあなたも自分と似たようなことをしていると言っていましたわ。」

 クリスは多分キレた。いつもの微笑みが消えた。

 「心外だ。我が目を見よ!神の白き竜よ!裁きの竜よ!我が言葉に偽り有らば!即座にこの命を奪いたまえ!」

 やっぱりキレた。

 エリザは少し怯えたように目を逸らした。

 「ごめんなさい王子。言いすぎました。」

 クリスが、まくし立てる。

 「ファルを護る魔導士たちが十六人も死んだ。しかし今、私は護られていない。魔導士の魔力を感じない。エリザに殺されればいいと思われているに違いない。奴らは言わば『ネクロフィリア教団』だ。他の神に帰依するなら反逆行為だ。私のエルニーダでの洗礼はあり得ない。私は潔白だ!」

 王子はエリザを見つめる。

 「エリザベート。君を愛している。たとえ君が私を愛していなくても。我は君を愛する。我が人生を、全身全霊をもって君を愛す。」

 エリザ「ごめんなさい。私も愛しています。」

 エリザ?なんで怯える?エリザはうつむいた。

 王子は話し続ける。

 「いつも愛している。君は『心が乱れると聖魔法に差し支える』と言って、僕の言葉を聞かない。得意の読心術も使わない。君は僕がどれだけ君を愛しているかを知らない。」

 エリザ「殿下、およしください。謝罪しますから。分かっています。王子からどれだけ心地よい愛の波動が出ているか分かっていますから」

 クリス「分かってない!我は!君を助け救うためならば!たとえこの身滅びようとも構わない!」

 なんかのスイッチが入ったらしい。また王子が言い始めた。

 「我、たとえ死して霊となっても君に尽くさん。たとえもし、君が倒れ滅びるなら、我も共に倒れ滅ばん。それが愛であると我は信ずる。君がたとえ女王となろうとも、奴隷となろうとも、変わらず我は君を愛し仕え続ける。たとえこの我が身奴隷となっても、君のためならば厭わず命を捧げん!我はどのような立場になっても君を愛し続けるっ!」

 うわ。エリザが畏れていたのはこれかあ。クリスってこんな人だったんだ。

 エリザが恥ずかしげに私を見た。まあ、いいんだよ。いいんだけどキツイよね。

 クリス「たとえ我!帝王となろうとも!君が望むならば、その座を喜んで捨てよう!たとえ君が死してあの世で天使になろうとも悪魔になろうとも!我は君と同じ道を歩まん!愛は善悪を越える!我はそう信じる!どのような時も我は!君のためにこの命を尽くし愛することをやめない!」

 エリザは涙目で首を振ってから言う。

 「王子は護るとかおっしゃるけど、護ると愛するは違うわ。あなたは無理をしている。あなたが本当に愛したい人を愛すればいいんです。私のは『義務』ですよね?王子が聖女と結婚するという『作られた伝承』ですよね?『慣例』ですよね?私はあなたと結婚したいから聖女になったんじゃありません。」

 うわ。エリザもよく言うわ。振る気だ。

 王子が涙した。

 「違う。我は誓う。たとえ君が聖女を辞めようとも、君を聖女のように敬い仕え愛する事を!我は誓う!たとえ君が不具の体になろうとも、変わらず君を聖女として敬い仕えることを!我は誓う!たとえ君がその美貌を失っても、変わらず君を女神のように崇拝し続けることを!我は誓う!たとえ君が信仰を失い、悪の道に進もうとも、我は君を助け、君を善の道に救い上げることを!たとえ君を救えなかったとしても、我はその地獄の道を共に歩まん。君に寄り添い、君の傷ついた心を癒し、支え愛し続けん。我は誓う!たとえ君が我から去ろうとも、我は君を探し続ける。もし君がそれを望まないと言うならば!我は遠くで君を永遠に愛し続けることを誓う!」

 エリザは涙し、両手で顔を覆った。

 クリスは本気だ。本気でそう思っている。

 ストーカー!重いっ!引く!キモ!極端!

 でも泣いちゃうんだけどね。私が言われてるんじゃないのに。

 なまじ読心能力があるものだから、王子の熱い気持ちが私の心にも直で入ってきてしまう。

 王子から暖かいオーラがわんわんと放射されている。

 それが心に入って、心が熱くなる。それが込み上げて私の頬にも涙が伝う。

 すっげ。だって新婚だもんね。

 でも、ドラゴンの前で命かかってるにしても、この焦燥感に満ちた極端な言葉は何?『たとえ奴隷になっても』って?そんなことないよね?一国の王子だろ?被害妄想だよね?

 でもこんな言葉すぐには出ないよね?普段から思っていたということだ。なんでこんな追い詰められた妄想を?

 洗礼前の王子の目を思い出した。あのなぜか怯えた目を。

 あの時の王子に意識が同通した。


 王子が森を睨んでいる。

 「ファルめ・・・」

 その頭に入った。記憶の世界。

 クリスとファルが話している。

 ファル「クリスよう、お前も良い加減にして魔導士会に入れよ。金さえ払えば色々な組織が動いてくれるぜ。俺なんか学園に入学する前から入ってるし、言えば遊ぶ女も手配してもらえるぜ。あんな堅物の婚約者なんか疲れるだろ?」

 「ファル。俺はお前とは違う。お前、評判悪いぞ。小さい時は俺より真面目だったじゃないか。お前どうなっちまったんだ。」

 「フッ。どうにもならねえよ。王族は何したって罪にならないって事に気づいただけさ。」

 「なるよ。この世で裁かれなくたって、あの世で裁かれるよ。」

 「ハハ。それ教会の教えだよな。お前、教会の古式の洗礼は受けるなよ。魔導士会はアレ嫌いだから。」

 「その洗礼を受けたらどうなる?」

 「そうだなあ、連中もいやらしいからな。お前じゃなくてエリザを狙うよ。」

 「やめろ!エリザには指一本触れさせない!」

 「いやあ?触れなくても色んな魔法があるぜ。例えば体の自由を奪う魔法。精神の自由を奪う魔法。老婆に変える魔法もあるぜ。へへっ。ローデシア一の美人が全てを失って穢れた物乞いになった時、お前はあいつを愛せるのか?」

 「愛するさ!その前にそんなことはさせない!俺はあいつを護る。俺の王子の権限と王子の使える王宮特別魔法の全てを使って。」

 「え?お前の権力だって王子だからだよな?俺にもっと大金があったらお前を失脚させて貧乏乞食に変えることだってできる。その時、聖女のあいつを護れるのか?へへっ。どっちも面白そうだな。」

 「俺は王子の地位になんて執着していない。大体お前が悪いことをするから、俺が留学から呼び戻されたんだろが!地位などいつ失っても構わない!それでも俺はあいつを護る!」

 「フフッ。護れるかな?まあ、俺がやるわけじゃない。しかし、エリザには興味がある。あははは!」

 王子は怯えた目をする。

 「王子?」

 私・ガブリエラが急に現れた。ああ、洗礼前の、あの時の私だ。

 王子は私やエリザたちに気づいた。

 エリザと目が合った時、王子の心が膨らみ、暖かさで満たされたのが分かった。

 王子は思う。

 『俺はエリザを愛している。』

 涙が出た。ああそうだったんだ。

 王子の極端な言葉は、ファルに「エリザを奪う、害す」と何度も脅されたからだ。

 今までずっと王子はエリザを護ってきた。ファルや魔導士会から・・・

 意識が飛んだ。

 葬式だった。広い墓地に四角い穴が掘られ、棺が納められてゆき、土が被せられる。

 墓石が設置され、墓守たちは道具を片付けて去った。

 参列者はまだ小さい王子と父上アクセル。若い。

 「泣くな王子。お前も十一歳だ。母親代わりとはいえ、メイドの死ぐらいで泣いてはならない。」

 「アクセル。泣いてないよ。」

 「うん。」

 遠くから王宮騎士が呼ぶ。

 「アクセル隊長!ちょっとお願いします!」

 「おう!」

 歩いてゆく父上。

 遠くには墓参りの家族が他にもちらほら居る。

 王子は一人静かに泣く。

 幼い子がテテテと走ってきた。髪が銀に近い金髪の子。

 その子は王子の足に後ろから両手でギュッとしがみついた。

 王子は驚いて後ろを見て言う。

 「おっ、誰?」

 「泣かないで!」

 「ふふ。お兄ちゃんは大丈夫だよ。」

 小さい子の手が緩んだので、王子は向かい合ってしゃがんでその子の頭を撫でた。

 王子は笑顔だが、とめどなく涙が流れる。

 小さい子は泣きながら一生懸命に大声で言った。

 「泣かないで!エリザがお嫁さんになってあげるから!」

 王子は「フッ」と笑ったが、泣いてしまった。

 王子は顔をクシャクシャにして泣きながら、小さいエリザの頭を撫でた。

 小さいエリザはしゃがんだ王子を抱きしめた。

 スミソミリアン夫妻が走って来た。

 また意識が飛んだ。

 スラリと身長が伸びた王子が客船に乗っている。帆船だがローデシア号より小さな船。

 陸地に町と港が見えて来た。

 王子が思っている。

 『ユーディーン大陸まで追い出したくせに急に呼び戻すとは、父王もなんて勝手なんだ。せっかく自由に生きられそうだと思っていた所だったのに。ファルのやつ何やったんだ。サーシャを追い出して王妃の座を独り占めした義母も死んでしまったという。今王宮に帰ればかなり危険な事態になっているはずだ。それに多分、すぐに魔導士会に入れと言われるだろう。十四歳か。これから何年も断り続けることができるだろうか。貴族の子ぐらいなら断っていられる。組織の小間使いをさせられるのを我慢すればだが。王子の場合はどうだろう。』

 港が見えて来た。桟橋では多くの人が船の到着を待っている。

 『王族だから簡単には命までは取られまい。しかし嫌がらせは続くだろう。いっその事、このまま船を降りずに次の寄港地のエルニーダまで行ってしまおうか。アスカ王女を通じて教皇様に相談すれば宣教組織によってローデシアの影響がない他国に逃げられるかも知れない。』

 港に近づいた。

 九歳になったエリザが大きく手を振ってフルスマイルで飛び跳ねている。

 王子の心が暖かくなったのが分かった。

 王子が桟橋に降りて来た。

 エリザが走って来てガシッと抱きついた。

 ええ?エリザのやつ積極的じゃん。今と違う。

 王子はよろけて倒れた。

 エリザはマウントポジションのままオロオロした。

 「ごめんなさい!ごめんなさい!」

 王子はエリザの様子に微笑んだ。

 エリザはその笑顔に喜んで、顔を近づけた。おお?

 エリザが王子に口づけした。

 王子「ん?」

 王子の従者やメイドのミシェルが走ってきた。

 ミシェル「ああっ!なんという事を!」

 エリザは王子に乗ったまま赤い顔で振り向いて頭を掻いた。

 「でへへー。倒しちゃったからお詫びのチューよ。」

 ミシェル「チューとか言うんじゃありません!早く立ちなさい!王子申し訳ありません!お怪我は?」

 王子は起きて二人は地面に座る。

 王子は赤い顔で言う。

 「いや、問題ない。ありがとうミシェル。」

 エリザも赤い顔で開き直って偉そうに言った。

 「許婚ですもの!公爵令嬢たるものこれぐらいのおもてなしは当然ですわ!」

 みんな唖然。

 ミシェル「ふしだらです!人目を考えて!」

 王子は「ふっ」と笑った。

 エリザ「お母様は社交界では『キス魔』と呼ばれていたのよ!私だって、」

 ミシェル「もう誤魔化すんじゃありません!それは昔、奥様が酔った時の話です!もうっ!礼儀と言葉を徹底的にしつけなおしますからね!」

 エリザ「ええ〜、やだあ〜」

 王子は笑った。

 「あっはっはっは!」

 エリザ・・・こんな子だったんだ。この後相当、しつけ直されたんだな。

 エリザ「じゃあその前に、王子おかえりなさい。」

 エリザはもう一度口づけした。二人とも顔が真っ赤だ。

 ミシェル「よしなさい!まだ婚約者候補です 

 「だって好きなんだもおん!」

 王子はまた笑った。

 『エリザは無条件に僕を愛してくれる。エリザが居るならこの暗黒大陸でも生きて行けるかも知れない。』

 王子・・・そんなに追い詰められた心境だったんだ。

 

 現在の王子が叫ぶように言った。その大声で現実に戻った。

 「誰になんと言われようとも!僕は君を離さない!」

 王宮の塔の屋上で三人。と言っても私は亜空間の窓から見ているだけだが、エリザの後ろには半透明の大きな十メートルのドラゴンの霊がいる。彼も王子の言葉を聞いている。

 「たとえ君がこの世の地獄に堕ちようと、あの世の地獄に堕ちようとも、我は必ず君の前に現れ!必ず君を救うことを誓う!たとえ君がこの世の魔王となっても、あの世の魔王となり果てても!我は君を見捨てない!この命をかけ!この魂をかけて君を救う!魂の永遠の生命をかけて!君に寄り添い、億千万の歳月がかかろうとも!全転生輪廻をかけて、君を救って見せよう!」

 圧倒される。

 「我は、全ての霊的生命をかけて!君を愛し抜く!たとえ我、道を踏み外し、我が魂が悪にまみれ魔王と成り果てても!君が苦しんでいるならば!この魂を捨てても君を救うことを誓う!我がもし、魔王と化して君を毒すると言うのならば!即座にこの命を断ち我が魂を永遠の地獄に闇に封印する!我は君への愛を胸に億千万年の孤独を耐え、必ずや君と同じ境涯に這い上がってみせる!我が愛は揺らがない!」

 エリザは王子をじっと見たままぽとぽと涙を落としている。

 「我は信じる!君がたとえ、億千万の歳月を神への奉仕に生き、その身、神の化身となって、天界の星となろうとも!我も億千万の歳月を神に捧げ、我も神の化身となって、天界の星とならん!我は信じる!たとえ君がもし、億千万の試練に打ち勝ち、悟りの極に至り、神そのものの中に溶け行ったとしても!我も億千万の試練を経て己の心と悟りを磨き、我も悟りの極に至り、我も神と同化し、その中で必ずや君と邂逅せん!」

 う〜ん。何だかかっけえけど。教会の教えが入って難イけど。やや『意味不』なんすけど。

 王子?自分に酔ってるだろ?それはイケメンだから許されるんだぞ。もし父・孝也の発言だったら母と私と妹で何日か無視してやりたくなる案件だぞ。

 でも泣いちゃうんだけどさ。

 王子もそんだけ言えたら気持ちいいだろうな。

 でも、そんなに特別なことは言わなくてもいいのに。

 「綺麗だね」「かわいいね」「好きだ」だけで嬉しいんだから。それで充分だよ。

 王子は大きく息を吐いた。

 エリザが鼻をすする音だけが聞こえている。

 エリザはうつむいて首を振ってから言った。

 「王子。わかりましたから。やめてください。」

 エリザ分かるんだ。ノリが一緒、てゆうか信者歴の問題か。

 でも「やめてください」って答え無いよね?

 王子は落ち着いた声でまた言う。

 「僕は愛する。たとえ君が他の男を愛し、彼のために生きるとしても、僕は君の幸福を影ながら見守るだろう。君たちが困っていたら僕は助けることを厭わない。僕は君だけを愛することを誓う。永遠の愛を君に捧ぐ。もしも、我!誓いを違えるなら!神のドラゴンよ!我が命を奪いたまえ!」

 沈黙した。

 風がエリザの髪を優しくなびかせた。

 クリス・・・あんたすげえな。よくそこまで言うよ。

 エリザが沈黙を置いてゆっくり話し始めた。

 「・・・殿下。もう、およしになって下さい。あなたの愛に足る私である自信がないのです。あなたの決意、強い愛に、私は何もできません。何も返すことはできない。私はあなたほど強く、熱く、あなたを愛しては、いない。私は薄情な女です。ごめんなさい。」

 ん?エリザ?好きだって言ってたのに何で?

 やっぱり『聖女の仕事』を優先するんだ。

 でもエリザも辛そうだ。また泣いている。

 そう。エリザは死ぬ気だ。だからその愛を受け入れない。

 ドラゴンの裁きの時、聖女はその魔力と魂を捧げ、死ぬ。アスカ様はそう言っていた。

 それはローデシアのためであり、王子のためだろう。

 王子はそれを重々承知で、あえて愛の告白をして引き留めているのだろう。

 王子が言った。

 「僕は愛することしか出来ない男だ。見返りなど求めていない。」

 エリザが言う。

 「私は聖女の仕事をしているけど、普段は普通の女の子です。何年かしたらあなたは思うでしょう。『この人も、ただの女だな』と。そんなあなたの背中に、私は何て言ったらいいですか?」

 王子は何か言おうとしたが、口を閉じてエリザの言葉を待った。

 「・・・聖女の私があなたを愛したら、奇跡が起きてあなたが神のようになれると思うのならば、そんなことはありません。普段はただの女です。いいえ、それ以下かも知れません。ちょうど、みんなの尊敬するアスカ様が、現実的な判断が抜けていると言われてあざ笑われたように、私もそういう常識を知らない女です。私は聖女の仕事はできますが、王子の妻としては失格です。だから、どうかもう、私のことは、」

 エリザが言葉に詰まった。

 王子も何も言わない。

 私は泣いた。

 悔しい。王子があんなに言ったのに。あんなに愛してると言ってたのに。

 前回は王子を好きだったから?嫉妬?それもある。

 クリスより聖女の使命を取るエリザ。そうだろう。そうじゃなきゃ聖女とは言えない。

 でも、クリスの愛に、何か言ってあげてもいいだろうに。

 でも、別れるなら、たとえ恨まれても何も言わない人もいる。その方が諦めがつくから逆に親切だ、とも思う。

 王子はそれでも受け入れてくれるだろう。

 王子が私に剣を向けたあの時が思い出された。

 遠い目の王子。冷えた心の王子の目

 だめ・・・駄目だそれは!口出しする!

 「何言ってんの!エリザ!王子を受け入れてあげて!王子の心の拠り所はエリザだけなの!王子をもう追い詰めないで!」

 エリザは黙って答えない。代わりに王子が微笑んで言った。

 「エラ、ありがとう。でも、エリザ。君は僕に何もしなくてもいい。愛の見返りはいらない。僕は君を愛することの幸福を知っている。だから、ただ、そばにいて欲しい。いや、そばに居させて欲しい。ただ君を大事に思っている。」

 エリザはうつむいた。でも胸の真ん中を拳でグッと抑えて苦しそうに言った。

 「王子。駄目です。」

 そして息をついて落ち着いて言った。

 「王子あなたは信心深い人です。あなたは天使の魂です。私を愛するより神を愛するべきではないですか?そうであってこそ、天使の世界に還れるのではないですか?」

 クリスは涙しながらも微笑みを浮かべて言う。

 「僕は天使を見ることはできない。しかし、君が毎晩のように、人知れず涙しているのを知っている。多くの民や霊たちが苦しみ、多くの天使たちや神々が悲しんでいる。君はそれを感じ取りながら、彼らのために多くの仕事ができない自分に涙している。僕はそれを知っている。」

 エリザは「う」と嗚咽を漏らし、口を押さえた。

 クリス「君の聖女としての仕事を手伝うことは、僕の神への恩返しにならないだろうか。神を愛するために君を愛する。僕はそうしたい。」

 エリザは叫んだ。

 「私なんか愛さないでください!」

 王子は涙しながらも慈愛の目でエリザを見ている。

 王子から燦々と暖かいオーラが出ている。それが心に入ると暖かい感じがする。エリザだってそのはずなのに。

 王子も言うことが尽きたのだろうか。ただエリザを見ている。追い払われてもついてくる子犬のよう。

 私はエリザを失った王子を知っている。魔導士会に流され、嘘をつき、私を斬ろうとした。

 いや、でも違う。王子は『斬りたくない』と思っていた。それは伝わってきた。

 優しい王子は、私を魔導士会に渡さないために斬ろうとしたのかもしれない。

 あの時、王子はどれほどの悲しみを背負っていたのだろう。

 もう王子にあんな思いはさせられない。絶対に!

 「エリザ!王子はエリザを、ずっとずっとずーっと愛してきたの!あなた護ってきたの!思い出して!」

 エリザが小声で言う。

 「エラ知ってる。そんなこと知ってるよ」

 「知らない!分かってない!危険な時、いつも来てくれた!」

 エリザが思い出す。

 ウエシティンに行くと聞いて、周囲を説得してきてくれた王子。

 異世界の日本にまできてくれた。あの移動は間違えば肉体の命だけでなく霊的生命をも漆黒の虚無世界に閉じ込める。

 『王子の許嫁』というだけで、どれほどの人が言うことを聞いてくれただろう。

 結婚も王子の知名度と権威でエリザを護るためだ。

 教会の活動の時、いつも騎士団数人が平服で警備してくれた。

 そして今回も王に・・・王子の言葉がよぎる。

 「近くに居てあげられなくて」

 「君が命を懸けるなら」

 エリザの目からまたボロボロと涙が流れ落ちた。その表情が崩れた。

 「だめ・・・王子、おうじ・・・ごめんなさい。あなたを疑いました。ごめんなさい王子。本当にごめんなさい。ごめんなさい。」

 立ち尽くして泣くエリザを王子は優しく抱きしめた。

 「そんなに謝らなくていいんだ。神は君を愛している。君も神を深く愛している。僕はそれを知っている。また、神は僕を愛している。神は僕を愛するために君を遣わしたのだから。君がいればそれでいい。それだけでいい。」

 エリザはクリスの胸に口を押し付けて泣き声を殺した。

 しばらくエリザは泣いた。

 そして顔を上げた。何かを決意したように。

 「クリス。あなたが好き。あなたが好き。大好きです。あなたを大切に思っています。あなたを愛しています。愛してます。あなたと一緒にいたい・・・」

 二人はギュッと抱き合った。

 エリザ。やっと本音が言えたね。

 白いドラゴンも上からほほえましげに見ている。もう魔導士たちの攻撃はなくなってる。

 良かった。でも何かすごく悲しい。これは多分前世のガブリエラの気持ちだろう。

 でもガブリエラ、辛い記憶を共有させてくれてありがとう。エリザを失った王子は私を愛してはくれなかった。

 それを知っているだけでエリザを後押しできる。良かった。

 「うん。これでいい。私も二人を護るからね。ちょっと待ってて。別ルートから来るわ。」

 抱き合う二人から意識を外し漆黒の闇に出口を探そう。

 

 

 ウエシティン東部の煙る街から、真紅の眼をした黒いドラゴンが飛びたった。

 その背には巨人が乗っていた。頭に三本のツノがあり緑色の肌をした、あの『王弟』が鎧姿で剣を帯び、乗っていた。

 その後ろから紫色と水色のドラゴンが飛びたった。

 三体のドラゴンは羽ばたきもせず、天性の飛行魔法で飛んでゆく。

 ドラゴンの球状の念力シールドの周りに、音速を超えた時に現れる傘状の雲が現れた。

 時速は約千キロ。ローデシアの王都までは二時間で到達する。現在九時半。

 

 メルがコーヒーカップを片手に、テーブルと椅子を庭に出し、座ってくつろいでいる。

 横にはアンがおぼんを抱えて控えている。

 その前に白い球体が現れ、大きく輝き、エラが吐き出され転がり出てきた。

 メ「ワァ〜!何よ!コーヒーこぼしちゃった!」

 エラ「ごめ〜ん!メルの所しかなかった!」

 エラの足元からブルーが見る見るうちに巨大化し、エラはその背に飛び乗った。

 びびるメル。怯えるアン。

 ブルーが一回羽ばたいた。

 ものすごい風が吹きすさび、コーヒーが飛び散った。

 コーヒーは全部メルの顔にかかった。

 ブルーは垂直上昇して空中で加速して北に飛び去った。

 メ「・・・もお!」

 アンがタオルでコーヒーを拭いてくれた。

 メ「アン。ありがとう。あいつも忙しそうね。」

 アン「メルウィン様。エラ様の様子から見て、教会組織の魔法通信の件、たぶん事実です。カルビン領民も信者に関わらず神への祈りをしてもらった方が良いでしょう。」

 「そうね。ジェイたちに言ってお父様に伝えて。教会だけじゃなくて領主のお父様からもみんなに勧めた方がいいって、私も一息つけたからすぐ教会に行くわ。」

 「わたくしは、その人に耐えません。」

 「ねえ、ここ数日、何言ってるの?いい加減にしてよね。」

 「メルウィン様。私は悪い女なのです。この国の内情をウエシティンに知らせていました。自動車の開発や、エラ様の話まで・・・私はメイド失格です。」

 「ふっ、あははははは。知ってたよそれ。お父様もね。手紙の内容を見て『旅人の手紙程度だから放って置こう』って言ってたよ。しょせん田舎貴族の私が王都の魔法学園に通ったところで国家機密なんて漏れてこないし。王子がやってる事は全部公の話だから隠す話じゃないし。それにアンだけが情報伝えてるわけじゃないでしょ?ウエシティンの内通者なんて何万人いるかしら。」

 アンはためらいながら、でもヤケクソのように言う。

 「でも、私も私の父も魔導士会のメンバーでした。・・・十年前にお金のために、先王ローデシア三世を暗殺したのは私です。」

 「ムフフ。それも知ってる。でもそのお金で私たちを助けてくれたのよね?組織への上納金を払ってくれた。お父様がたまに山賊討伐とかにアンを連れて行くのはそういうアンの事を知ってるからだよね?ウエシティンへの旅でも私たちを助けてくれた。」

 「・・・し、しかし、もし、白いドラゴンが裁くとすれば私も死ぬでしょう。ウエシティンには伝承があります。白い龍の禍の時、たくさんの人が死にます。悪人は皆、死にます。善人がどれだけ生き残れるかは、龍のさじ加減によると。」

 メルは言う。

 「はあ、何言ってんだか。アンは善人だもん。生き残るよ。当然じゃん。」

 アン「・・・お嬢様・・・」

 メル「アンドレア。何も気にしないで。私たちはあなたを信じている。言葉が少なくても真面目なあなたがみんな大好きよ。」

 アンは涙した。

 メ「エラはドラゴンを連れて、どう見ても戦いに行く顔だった。でも、もしも魔導士会の方が勝っちゃったら、後で私たちも殺しにくるよね?お願い。その時は私たちを護って下さい。」

 アンは泣いて言葉が出せず何度も頷いて答えた。

 メ「あ、もちろんエラ達が勝った時も私たちを助けてよね。ねっ?」

 アンの「はい」の返事は声が出なかった。


 音速で飛ぶブルー

 その頭のツノをハンドルのように持ち、その首に乗っている。

 「このままじゃ正午に間に合わない。またメテオで移動する!」

 ブルーが思いで応えた。

 『レッドアイズが来る。ここの真西からすごい速さで王宮に向かってる。』

 目を閉じる。

 霊眼に三体のドラゴンが視えた。

 「赤い眼の黒いドラゴン。背中に大きい人が乗って・・・あれはウエシティンの王弟殿下ね。」

 目を開けて言う。

 「王宮に来られたら大変!食い止めるから手伝って!」

 『ふふ。手伝ってって言ってくれるんだ。かわいいね。』

 「かわいいとか言うな。いいわね?行くわよ!」

 剣を抜き、前方に直径十メートルのブラックメテオを出す。

 ブルーは翼をたたんでくぐり抜ける。

 霊眼に王弟殿下と三体のドラゴンが視える。

 十メートルのホワイトホールを出す。

 ブルーはくぐり抜けた。

 前にいた黒いドラゴンとニアミスした。その背に乗る王弟殿下と目が合った。

 通り過ぎる。振り返って見る。

 「あんなにでっかい人だったんだ。魔王と変わらないわ。」

 鎧の巨人が手で合図すると、三体のドラゴンが散開した。

 下は山脈。

 ドラゴンたちが数キロ離れ、周りを旋回した。

 彼らが三方向から口を開いた。火を吐く気だ。でも霊眼で見て二方向はよけられるコース。

 三体が同時に黄色い光線を吐いた!

 ブラックメテオを瞬間発動した。

 当たりそうなコースの光線を吸収し、黒いボールは消えた。

 外れた光線は空中を十キロ以上飛んで空気に溶けるように細くなって消えた。

 その時、下から紫色のドラゴンが体当たりしてきた。

 反動でブルーの頭から飛ばされた。

 これが狙いだったのか!

 電池である私が離れれば離れるほど魔力の増幅は弱くなる。ブルーは光線を吐くことはできても魔力レベルはせいぜい五百。オーラが接するぐらいの距離にいなければ。

 水色のドラゴンがブルーにつかみ掛かった。翼ごと抱え込んで地面に向かって加速してゆく。

 紫のドラゴンは私に向かってくる。ブルーを助ければ食われる!

 王弟の黒いドラゴンが大きく口を開けた。紫のドラゴンもろともやるつもりだ!

 王弟の思いが聞こえた。

 『勝ちだな。しょせんガキよのう。』

 王弟のドラゴンが急に口を閉じて身をひるがえした?

 そこを火花を帯びた黒い球が通り過ぎた。

 上を見ると、上空二百メートルに赤いドラゴンがいた。その背のキャルが手を振った。

 私は、向かって来て口を開けた紫ドラゴンにブラックメテオを当てた。

 ドラゴンは頭から球に引きずり込まれて消えた。

 ブルーと『水色』は絡み合って地面に落ちた。

 山脈の間の盆地になったところ。野球場ぐらいは広さがある。

 二体のドラゴンが格闘する。

 しかしブルーは、私と剣術の練習をした後も剣術や格闘の授業に出ていたので相手より一枚上手だ。相手の爪攻撃を手でうけながし、噛みつこうとして水色が顔を出すとジャブからフックをその顔面に当てた。

 格闘の授業では空手風の受け技と蹴り技、ボクシング風のパンチを習う。投げ技は背負い系と足払い系。大体は剣を持ったままやることを想定している。寝技は王宮騎士や特殊な道場でしか習えない。

 でも、王宮騎士の講師は『剣を抜けば済むことだ。一撃で両者の生死が決まるのだ』と言って格闘は重視していない。一通りやって終わる。そのせいで私が柔道技が上手いことは学園ではあまり知られていない。柔道技だって落とし方が悪ければ死んじゃうけどね。

 旋回した王弟の黒ドラゴンがこっちを見た。ヤバい。そうだった。まだ戦いの最中だ。しかも墜落中。

 私は長剣を抜いて魔力を注入し転移魔法で王弟に斬りかかった!

 王弟の胸で長剣はねじれて「くの字」に折れ曲がった。例の「石の鎧」の効果で石が魔力を帯びている。

 王弟はつかみ掛かってきた。二人して黒いドラゴンから落ちた。

 王宮の剣を抜いて、王弟の脇の鎧の隙間を突いた。

 王弟は私を放した。相手を蹴って離れ、着地した。

 王弟もズゥン!と地響きを立てて着地した。

 対峙した。相手は身を起こすと身長三メートルの巨人。

 王弟は言う。

 「闘うのか?私は今、千二百歳。格闘戦歴は数え切れん。魔力レベルは五千を超えるぞ!」

 その時、王弟が横にヒュッと飛んだ。

 王弟が居たところに上から五メートルのブラックメテオが落ちてきた。火花を帯びたキャルのやつ。

 メテオは地面を削って消えていった。

 「見もしないでよけられるんだね。」

 王弟は呪文を唱えた後、こう言った。

 「龍家秘術!黒魔法封じ!」

 上空に出た大きな魔法陣がサアッと周囲に広がって消えた。

 上空からキャルが放ったブラックメテオがシューッと小さくなって消えた。

 「フッ。戦闘系魔術には黒魔法が多いからな。この結界魔法で魔族には全勝しておる。お前も黒魔法の申し子だろ?ガブリエラ!」

 言うと王弟は真っ赤に燃える長剣を抜いて上から振り下ろした。

 全力で横に跳んでよける。

 地面が大爆発し土煙が十メートルも立ち昇る。

 二発三発と上から来る。

 そのたびに跳んで横に逃げる。爆発の中、飛び込み前転で立ち上がる。

 王弟は右手で剣を右に振りかぶった。横に振る剣撃がくる!

 これを待っていた!

 剣を捨て、すばやく懐に入りその腕を両手でつかまえて動く方向にさらに引っ張りつつ地面につける!

 体重、反動、全魔力を使う!王弟の魔力で両手が裂けそうになるのを魔力で押さえ込む!

 王弟の長い前腕と肘を抱え込んで脇で地面に押し付けた!

 王弟の体はふわりと浮いて仰向けに地面に落ちた!

 ズズン!と音が響いた。

 「らああ!一本取った!こっちだって柔道家だぞ!」

 キャルが王弟の横に立っていた。偉そうに私に言った。

 「ご苦労。」

 キャルは王弟の右脇の鎧の隙間を剣で突いた。

 王弟が頭を起こした。やばいので跳んで離れた。

 王弟は両足を振り回すようにしてから逆立ちして立ち上がった。カンフー映画で見たやつだ。

 危ないのでさらに跳んで離れた

 王弟「馬鹿どもが!私だって回復魔法を使えるのだぞ!こんな浅手で勝てるとでも思っているのか!」

 キャルはニヤッと笑って白く光る剣をかざして言う。

 「ネクロソード。」

 王弟「ネクロ・・・まさか魔王を倒した秘術か!」

 「これ実は土魔法なんだよね。いつもは黒魔法も重ねてかけてるけどさ。土って物を腐らすじゃん?」

 王弟の右脇から湯気が立ってくる。

 「うおおおお!」

 王弟が膝をついた。全身から急激に湯気が上がり、その肉が腐り落ちた。

 王弟は白骨に変わりガシャンと倒れた。

 キャルは言う。

 「腐り始めてからは自己暗示だったね。魔力暴走しちゃったね。」

 「いつもの黒い炎は?」

 「あれは殺意。殺そうと思うと出るの。」

 「・・・キモ。」

 「あっ!それはないだろ!」

 「へへっ。さあて、水色の君!どうする!」

 ブルーと取っ組み合っていた水色ドラゴンがこっちを見てハッとした。

 そして「ポン」とトカゲの大きさになった。無条件降伏だ。

 「あれキャル?王弟さんの黒いドラゴンは?」

 「王弟とあんたが落ちた時にメテオで吸い込んだ。」

 「じゃあ、紫の子と同じで亜空間で探せば、また呼び戻せるね。」

 「亜空間であんたが吸い込んだビームに当たらないといいけど。」

 「エネルギーは霊界でどうなるんだろう。多分破壊が必要な世界に引き寄せられるんじゃないかな。霊界は思いの世界だから理由なく光線に当たることはないと思う。」

 「不思議なこと言うね。そういう発想はどこからくるのよ。」

 「多分、ポーラ。」

 「ああ、あんたの守護霊ってやつ?」

 やつ?う〜ん。あんまりキャルにポーラの話はしたくないな。ポーラが怒っても困る。

 「でもよく来てくれたね。よくここが分かったね。」

 「レッド君なら分かるんだよ。メテオに入る気はないけど転移魔法ぐらいならできるし。」

 レッドドラゴンがキャルの横に降りて来た。キャルはその鼻先を撫でた。

 キャル「で?これからどうする?」

 「王宮に行く。」

 赤いドラゴンが首を振った。

 キャル「危ないみたいよ。やだ。」

 「じゃあ、この大陸が滅びないよう祈って。」

 「は、はあ?何でそうなるの?」

 「クリスが大陸全土に魔法通信で呼びかけた。神の裁きがあるから教会とか家庭で祈れってさ。大陸の平和を願ってってさ。」

 「ええ?そんなのいつ聞いた?」

 「それは」

 ポーラが、と言うと面倒そう。

 「まあ分かるのよ。」

 「へえ。ええ〜?でも、私に祈れって?」

 「キャル〜、あんたも聖女様だったでしょ?」

 「知らん。祈って何とかしろって?無理無理!ホントは聖魔法なんて使えんし。」

 「キャルぅ、祈りと魔法は違うよ。あんたの魔法でどうこうしろなんて言ってない。」

 「知らんわ。ああエラ知ってる?ドラゴンを作ったのは古代人なんだけど、白いやつだけは神に直で作られたんだってさ。」

 キャルは話題をそらした。しかし、地面に居た小さくなった水色ドラゴンが答えた。

 『へえ。じゃあ『白い彼』も覚醒しているんだね。それじゃあみんな死ぬね。』

 「エリザが善人は救ってくれるように努力してる。」

 水色は嗤う。

 『ククク。じゃあ、相当魔力がいるね。白い彼の裁きはマスターの魔力を使い切るほどのものだよ。王弟が負けたのだってドラゴンを三体も動かして火を吐かせたからだもの。離れてたって共同ダメージは受けるからね。だから大した攻撃もできなかったのさ。』

 「確かに、私も魔力切れで一日寝てしまったし。あれ以上をやったら命に関わるよね。」

 キャルは言う。

 「レッド君。やっぱり行く。」

 『ええ?』

 キャル「見たい。」

 『あそう。』

 水色は嗤う。

 『クク。白い彼が目覚めたらみんな死ぬのさ。』

 「ブルー。王宮に行ってもいい?」

 『かわいいね。聞く必要ないってば。いつも僕はエラの味方さ。』

 「かわいいって言うな。顔が熱くなるだろ。」

 水色が言う。

 『青い目の君は人間を好きすぎるよね。危険なのに送ってあげるなんて普通しないよ。』

 私は水色君をつかまえてポケットに入れた。

 「あんたも行くのよ。」

 『ええ!やだああ!死ぬのはやだあ!』

 涙ぐむ水色を押し込んでポケットのボタンを留めた。

 「死なないよ。」


 王宮の塔

 テラスの二人。

 エリザはクリスの片手を両手で握った。そして祈るように引き寄せ言った。

 「王子。ごめんなさい。お願いがあるの。」

 王子は優しい笑顔で聞いた。

 「何?」

 エリザは赤くなった。でもほほえんで軽く首を振って言った。

 「あのね。ミシェルが視えたの。街で一軒一軒を回って、お祈りを勧めたり、家族が逃げてしまって取り残された人がいたら教会に避難させたりしているの。それを助けてあげて欲しい。」

 「君は誰が助けるの?」

 「白いドラゴンさんが護ってくれる。魔導士の人たちはみんな倒れたみたい。でもまだ私を殺しに上がってくる人たちもいる。ここが一番危ないから。私の浮遊魔法で先に降りて下さい。」

 「君は?君がもし死を覚悟して進むのなら、僕も行くよ。」

 「大丈夫。信じて。」

 エリザの左頬に涙が伝う。クリスはそれを手で拭った。

 エリザ「お願い。全てが終わったら、私はドラゴンさんと教会前の広場に降りていくわ。だから、待ってて。」

 王子は優しくエリザを見ている。

 エリザはうつむき、横に顔をそらした。そのまま言った。

 「お願い・・・」

 風が吹いて髪でその表情を隠した。

 そのまま二人とも沈黙が続いた。

 エリザは震えていた。床に涙がポタポタ落ちた。

 王子は静かに息を吐いた。そして優しく言った。

 「分かった。君を信じる。待ってるよ。」

 エリザは顔をそらしたまま声を出さずうなづいた。

 そして笑顔を作って王子を見て、そっと王子の手を離し、その両手を王子に向けた。

 魔法陣が現れ、王子が白い光に包まれ、王都の空に浮かんだ。そして教会に向けてゆっくり降りてゆく。

 

 人のいない王都。

 屋根の上にカトリーヌがあぐらをかいて座っている。

 王宮まで三キロ。塔の上には半透明のドラゴンが見える。身長は十メートルを超えている。

 隣の三階建てビルにはスナイパーがいる。カトリーヌには気づいていない。

 カ「ああ、完成したのね。対物ライフル。」

 スナイパーは太い銃身のライフル銃を構えている。

 テラスのエリザを狙っている。

 カトリーヌはあぐらに頬杖をついて見ている。

 スナイパーは撃つ前に静かに倒れた。

 「何だつまんない。殺意が跳ね返るのか。絶対的なのね。」

 静かな王都の街の屋根たちを風が渡って行く。

 カトリーヌの髪がなびいた。それを手で直しながら他人事のように言った。

 「さあ、善人か悪人か。私はどっちかな。」

 その上を二体のドラゴンが飛んで行く。

 

 テラスに白いドラゴンが姿を現した。身長は十五メートル。翼長は三十メートルの巨体である。

 その前にエリザは立ち街を眺めている。

 

 クリスはミシェルを見つけた。

 教会魔導士の女性と一緒に街の空き家を回っている。

 家人が逃げ出して取り残された老人や子供たちを集めて、別の教会の人に預ける。教会魔導士たちが教会に連れて行く。

 クリス「手伝いに来た。」

 ミシェルは口を開けてしばらく驚いていた。そして言った。

 「王子?訊いてもよろしいですか?」

 「何か?」

 「何かじゃないです!エリザ様はどうされたんですか!」

 「エリザには使命がある。彼女の身はドラゴンが護っている。全て終わったらドラゴンに乗って教会に降りてくる。」

 「王子?エリザ様がそう言ったのですか?」

 「もちろんだ。私の身を案じてここに送ってくれた。」

 「王子!あなたバカなのですか!」

 「なに?」

 「身を案じて?それを信じたのですか?そんな訳ないでしょう!聖女の使命を果たすのにあなたがいたら出来ないからです!彼女は死ぬ気です!なぜ止めてくれなかったのですか!」

 「そのぐらい分かっている。彼女が戻ってくると言ったのだから、それを信じるよ。」

 「バカなのですか!嘘に決まってるじゃないですか!聖女の使命とあなたへの愛だったら、エリザ様は絶対に聖女の使命を取ります!あの人はそういう方です!あなたが本当に彼女の夫なのならば、命をかけて止めるべきです!今ならまだ間に合います!止めに行きましょう!」

 「うん。そう思った。一緒に裁きに加わることは多分できまい。僕は聖者ではない。ならば裁きを止めれば私はドラゴンに殺されるだろう。それでも良かった。そうすれば私は後悔しない。しかし、彼女も使命をやめたら殺されるだろう。それは彼女も後悔する。私も信仰者の端くれだ。神のドラゴンの裁きを中止させようとは思わない。」

 ミシェルは口を噛み締め、両手の拳を力一杯握って何かに耐えるように言う。

 「でも・・・でも!」

 「それにね、泣きながら嘘をついてまで私を生かそうとするエリザを安心させたかったんだ。」

 ミシェルは涙した。泣きながら怒った。

 「バカなのですか!エリザ様は神竜に命を捧げるのです!帰ってこない!二度と会えないのですよ!」

 「その時は、彼女を弔い、僕も死ぬよ。」

 「王子、王子!教会の教えでは自殺者は地獄行きです。彼女は神に命を捧げ天使の位に引き上げられるでしょう。追死してもあの世で会うことはできないのですよ!エリザ様を幸せにするんじゃなかったんですか!もう!口惜しい!」

 ミシェルは地面に手をつき、伏して口を押さえて泣いた。

 クリス「不幸な最期でも、あの世での幸福、聖女の幸福というものもあるだろう。それに・・・」

 二体のドラゴンが上空を過ぎていった。

 クリスは少し微笑んだ。

 「エラが何とかしてくれる。あいつは不幸の運命をぶち壊すために来たんだ。」

 

 クリスとミシェルの話を道の角から聞いている者がいた。

 白い服の魔導士と王宮騎士である。

 騎士「組織の人間が必ず誰かは生き残るはずだ。」

 魔導士「王子を拉致し人質にして、降りてきたエリザベートを殺そう。」

 騎士「魔導士と騎士団に周知させよう。」

 魔導士「信者に遅効性の魔法をかけて後で殺させる手もある。」

 誰かが後ろから声をかけた。

 「何をしている?」

 二人が見るとエラの父だった。

 魔導士「ああ、アクセル卿か。おぬしにも王命が下っておるはず」

 アクセルは剣を抜き様に魔導士の首を切り落とし、そのまま騎士の首を突き抜いた。

 ジョンとジェーンが後ろに居た。

 アクセルは騎士を蹴り倒してから、息を吐いて言った。

 「ふう。聞け。我らの使命は王族を護る事。王族の使命はエルニーダを護る事。我らは王族を護ることで神に奉仕する。聖なる使命を離れた王の命令など護るに値しない。間違うでないぞ。」

 二人はうなづいた。

 

 王宮塔の屋上テラス

 エラとキャルがエリザの前に立った。

 それぞれの後ろには三体のドラゴンが居る。

 エリザが微笑んで言う。

 「エラ様?キャンディジョン様も。どうしてここに?」

 キャルはクールに言う。

 「私ゃ見物。」

 エラ「エリザ。クリスはどこ?」

 エリザ「ここから中央教会に魔法で運んだわ。」

 エラ「ええ?ちっ、よく行ってくれたね。」

 「嘘をついたわ。私は死なずに戻るって。彼は嘘だと知ってて許してくれた。」

 「やっぱ死ぬ気なんだ。ねえ、クリスがかわいそうだと思わないの?」

 エリザは答えなかった。別のことを聞いてきた。

 「・・・・エラ様は何故来たの?私を止めに来たの?」

 「止めないよ。悪い奴らをやっつけるんでしょ?」

 キャル「皆殺しだ。」

 エリザは言う。

 「いえ、善い人は殺さないようにしてもらうの。」

 キャル「そんな器用な真似ができるの?」

 エリザ「ええ。もちろん。私が犠牲になればいいのよ。」

 「でもさあ、そういうのは聖女がやっちゃいけないんだよ。」

 エリザ「え?・・・エラ、そうじゃない。これは神の裁きの一端だと思う。神の意向を伝え、それを手助けするのが聖女よ。私は使命が終わったら死ぬ。私の霊力と魂の力を使って裁くの。神様に私の命を使ってもらえるなら、それでいいの。それが聖女の使命なの。」

 「うん・・・」

 「そして、私は聖女の身でありながら、もう多く人を殺してしまった。もう後戻りはできないのよ。」

 「それはドラゴンのせいだから良いんじゃないの?正当防衛だろうし。それを言うなら私の方が人殺してるし。」

 「それは向こうも正当防衛のつもりよ。私はアルノーまで殺してしまった。聖女が人を殺してはいけないわ。」

 「う〜ん。神の裁きだから許されると思うけど。ねえ、クリスは?一緒に居たいって言ってたよね?」

 「・・・仕方ないでしょ!私だって・・・」

 エリザは泣いてキレたが、思いとどまって息を吐き、少し落ち着いてから言い直した。

 「・・・だってああでも言わないと帰ってくれないから。私・・・彼より使命の方が大事。」

 「やっぱりか。」

 エリザは悲しげに続けた。

 「でも、クリス様への気持ちは嘘じゃないよ。大好き。でもね、「死にゆく私を愛したらだめだ」って言いたかったの。でも最後まで言えなかった。」

 「やっとエリザの本音が聞けたわ。」

 「でも、彼は分かってくれたよ。」

 キャルが言った。

 「バカだねえ。死にゆくからこそ愛するんだよ。」

 エリザはハッとして口を押さえた。

 しばらくエリザの鼻をすする音だけが聞こえていた。

 「キャルってたまにいいこと言うよね。」

 エリザは何も言わない。私は言葉を継いだ。

 「でも私なんかはさ、悪い奴がみんな居なくなるならそれは賛成なんだけど、王宮の人たちは戦った結果だから良いけど、他の人たちはエリザがいくら神の代わりに裁くと言ったって、生き残った人は怖いんじゃないかな?聖女様だなんて言ったって逃げちゃうよね。」

 「それは私が死んだ後のこと。私は死後、崇拝されたいなんて思っていないわ。」

 「うん。でもそれにさ、悪いやつにも家族はいるよね?クリスみたいに地獄の底まで付いていくって言う奥さんや旦那さんがいるかも知れない。そういう人たちが、もし生き残ったらエリザは恨まれるよ。これ以上人を殺すのはエリザには荷が重いんじゃないかな。」

 「もうどんなに恨まれたっていい。後のことはもう考えていないの。エラ様は何をおっしゃりたいの?」

 「だから、私がやるよ。」

 エリザは絶句した。キャルも驚いて口を開けている。

 エリザ「え?・・・は?」

 「私は『黒き滅びの魔女』だもん。ふさわしいと思わない?」

 沈黙が過ぎてゆく。言葉を失ったエリザの銀に近い金髪が風でふわふわ揺れていた。

 エリザ「・・・ええ?だめよ。何言ってるの?これは伝承にもある聖女としての聖使命よ。あなた聖女じゃないでしょ?」

 「エリザは死んじゃダメだよ。みんなが聖女様として必要としているんだよ。それにエリザの霊力でそれ足りるのかな?この大陸とアクサビオンまでやらないといけないんだよね?」

 エリザは白いドラゴンを見た。

 ドラゴンの思いが伝わってくる。

 『私も霊力と魂のエネルギーを使い切って死ぬだろう。ただ、ドラゴンは基本不死身なので身体的ダメージが少なければ生き返る。だが聖女は生き返らない。しかしその魂は天界に引き上げられるだろう。』

 私は言う。

 「裁きに使うのが、純粋な聖魔法パワーに限るっていうならダメだけど、魔力属性は関係ないと言うなら私の方がずっと強い。聖魔法パワーだってエリザと比べてもそこそこ強いし、ブルーには悪いけど最後まで付き合ってもらう。そうすれば私たちで魔力値百万を越える。白いドラゴンさんはどう思う?」

 『う〜ん、こんな提案は初めてのことだ。』

 エリザは言う。

 「神の裁きを邪魔するのは悪魔よ。もしエラが後の世に名前を残したいとか崇拝されたいとか、そういう自己顕示欲のためにこんなことを言っているのなら、私はあなたと戦うわ!」

 「何言ってんのエリザ。そんなんじゃない。薄っぺらい言葉しか浮かばないけど・・・善意よ。」

 白いドラゴンが思いで言う。

 『いいや、エリザよ。ガブリエラからは悪魔の波動は感じない。お前もそれは分かっている。彼女の行動は純粋に友情からだ。』

 あらためて言われると顔が熱くなる。エリザも照れを隠して目をそらした。

 白いドラゴンが言う。

 『裁きを決める時、聖女の見識が必要だ。これは地上で現実に活動している聖女と呼ばれている人間でなければならない。これは変えることはできない。しかし、実際の裁きに関しては、神を信じる者の力であれば誰の力であっても構わない。霊力、魔力、祈りの力。我に祈る者が多ければ、それも我が行う『浄化』の力になる。』

 「うん。だよね。エリザ、私でもいいってさ。」

 エリザは黙った。

 キャル「浄化?ずいぶん上から目線だけど、裁く基準を知りたいわ。」

 『本来答える必要はない。しかしドラゴンマスターの君には言っておこう。その者の『思いと行い』の善と悪の量と質の差、加えて神を信じているレベル。それを数値化する。悪の量が善の量を超えている者は、本来地獄に行く存在だ。よって殺す。たとえ今後の人生において、改心の余地があるとしても、今回は浄化である。今現在の点数で殺す。』

 キャル「コワ。でも善悪がちょうど半々ぐらいの人は?」

 『とりあえず殺す。神に祈るなら助かるが、形だけ祈っても許さない。』

 キャル「ひどいね。ああ、でも祈れば助かるのか。」

 エリザ「私が善人も悪人も皆殺しはやめてくださいって言ったの。私の命と引き換えなの。」

 「でもさ、エリザの願いはローデシアやこの大陸を救うことだよね?たとえ悪人がいなくなっても、生き残った人たちがまた悪に染まらないように導く人が必要だよね?そうじゃなきゃ救ったことにならないんじゃないかな?エリザは生き残るべきだよ。」

 エリザ「待って、思い出したんだけど、エルニーダの神法解釈では、『ドラゴンによる浄化では、創造主の光エネルギーを神のドラゴンが裁きの力に変換する。その時に『聖女の力』を使うので、ドラゴンに付いて行った聖女は裁きの代償として命を失う』とあるわ。だからエラがやっても死ぬと思う。」

 「いやあ、死んだっていいけどさ、でもその解釈は違うんじゃないの?」

 「ええ?エルニーダの教えだけど?」

 「だってみんなが嫌がっている悪人たちが裁かれるのに、どうしてそんな聖女と呼ばれるような良い人が命を取られないといけないのかな?その人の解釈は違うんじゃないの?」

 「ええ?だってこれは神の教え・・いいえ、解釈した人がいるけど、でも、人間は等しく神の子だから、神は善人も悪人も等しく愛しておられる。その命は平等なのよ。だからそれを殺す決断をした人間はその代償に死ななくてはならない。」

 「いや、そうじゃない。神を信じない人がわがままに暴走して間違っているのに、神を信じて真面目に教えを守って生きている人が死なないといけないのはおかしいよ。逆であるべきよ。昔の神官だか誰だか知らないけど、その人の解釈が間違っている。」

 「いいえ、あなたが言っている方が人間の理屈よ。」

 「そうかな。いや、正義だと思うよ。正しき者が勝たなければならない。いいえ、正しき者こそ勝たなくてはならない。悪しき者は滅びなければならない。そうでしょ?」

 「いいえ、地上での生存は関係ないの。目に見えない神様のために命を捧げることは尊いことなの。地上の命を惜しんではいけない。それはあの世の命をも失う行為だわ。」

 「そんなこと知ってる。正しいことのためなら死んだって構わない。それは王宮騎士だって教わることよ。そうじゃなくて私が言いたいのは、悪が裁かれるために善人が犠牲にならないといけないのはおかしいという事。神のドラゴンさんに聞くわ。神は人間たちを裁いたら、そに代償に死ぬの?何かの悪業を背負うの?」

 『そんなことはない。責任は負うが、高次のものは低次の影響を受けない。神は無謬であり間違わない。』

 「でしょ?」

 「でも、同胞を悪にしてしまった責任は同胞である人間が取るべきよ。そうじゃなくて?」

 「積極的に悪を犯している人たちの悪を止めてあげるのが愛でしょ?」

 「そうだけど、でもそれはエラ様の国の教えではなくて?こっちでは違うのよ。尊い使命への犠牲という事はあるの。」

 「こっちだって犠牲の精神ぐらいある。違う世界ではあっても同じ一つの創造主の許にある。真理は一つよ!」

 エリザは強い目で私を睨んでいる。私も負けない。

 白いドラゴンがあきれ気味に口を挟んだ。

 『私としてはどちらでも良い。『愛』か『正義』かではない。どちらも真理だ。』

 「でしょ?神の召命なのかも知んないけど、私でもいいってさ。」

 「ちょっと!誤魔化さないで!」

 「聖女様は生き残れっての!ドラゴンもいいって言ってんだろ!」

 キャルも呆れ気味に言い放った。

 「私ゃやんないからね。巻き込むなよ。」


 エリザ「待って、エラずるい。」

 「ん?」

 「私が聖女と呼ばれ出した頃は、自分がしたことも私の手柄にして、今度は私の最大の使命を持って行こうとする。ずるいわエラ。」

 「へっへっへ。魔女だもん。魔女は狡猾なのよ。でもね。私は残された人たちに福音なんか宣べられない。それは聖女様の仕事。悪人がみんないなくなって、残された人たちを導くのは魔女じゃ駄目なのよ。」

 「でも、ずるいよ。エラがこの白い子を渡したくせに。」

 「私思い出したんだけど、矛盾してるけど、私、天使の仕事しないといけないんだ。だからお願い。私にやらせて。」

 「天使の仕事だったら、残された人たちを教え導いたらいいわ。」

 「私が今から教会の教えを勉強するより、エリザがやった方がいいに決まってる。それにクリスがかわいそうでしょ?」

 「あっ、ズル」

 「あいつ、エリザを待ってるよ。」

 「言ったでしょ?私、クリスより使命の方が大事。もし生きて、またこういうことがあっても私は使命を選ぶ。」

 「まあクリスはそれでも良いと言ってくれるだろうけどさ。そんなエリザをクリスは愛してるんだからさ。」

 エリザはしばしうつむいた。そして言った。

 「・・・私って嘘つきだね。でも、それでもやらなきゃいけないの。エラは私に聖女になって欲しかったんでしょ?聖女になると決めた時からこういう事は考えていた。聖女は神のために生き、神のために死ぬの。私は使命に命を捧げます。」

 うん。尊いな。前世の私がクリスに命を捧げようときつい任務に自ら飛び込んだことを思い出した。

 「でも、私ってさ、無駄に強いじゃん?なんでこんな大きな力が与えられたかって言ったら、こういう時のためだと思うんだ。やっぱりさ、できるやつがやる方がいいんだよ。エリザがやって死んじゃったら私、後悔する。私なら死ななかったんじゃないかって事以上に、エリザが生きてた方が良かったんじゃないかって。」

 「私も後悔する。私が神から与えられた使命を諦めてエラを死なせたら、私生きていけない。あなたは絶対死なせない。」

 「だからドラゴンさんは私でも良いって言ってるじゃん。私の方が強いから死なないかもよ。」

 「いいえ、これは聖なる神の裁き。地上の穢れと欲を去った聖職にある者が、神のために神に代わって裁きを行い、天に上げられる。エラがやったら裁きに欲と穢れが入る。エラじゃ駄目なの。」

 「言うじゃん。強情だねえ。」

 「どっちが?」

 困ったな。でも宗教的には預言者や聖職者が命を懸けて教えを広めて犠牲になるのはよくある話だ。

 でも何だか抵抗がある。何だ?

 意識が飛んだ。

 

 「ケガしてるのに大会なんていけません!」

 おお、母ちゃんだ。久々に見る。これいつだっけ?

 「だってさあ高一の三学期と高二の一学期は休んじゃったし、私が出れば県で優勝は間違いないのよ。」

 「一生柔道できなくなってもいいの?」

 「ただの捻挫だよ。私はケガしてるぐらいの方が慎重になっていいんだってさ。」

 「ダメです。あなたが柔道部の犠牲になるのは許しません。」

 「ええ?犠牲ぃ?すげえ言葉。でも母ちゃんだって宗教やってんだから『犠牲の精神』とか好きなんじゃないの?」

 「バカ言っちゃいけない。あなたは預言者じゃありません。」

 「そんなの分かってるよ。」

 「アヤちゃん。昔の宗教では、預言者が悪と戦って犠牲になって、信者も犠牲になって、それでも死んだ後、天国では幸せになれるっていうものが多かったけど、新しい宗教はそれじゃ駄目なの。」

 「んん?また難しい話を。でも、それどうして?」

 「神様は全ての人類を救いたいと思ってるの。全ての人を幸せにしたいと思ってるの。だから『この世で不幸、あの世で幸福』じゃなくて『この世でもあの世でも幸せ』じゃないと。」

 

 こんな事あったなあ。結局試合出なかったからレギュラー復帰がだいぶ遅れたんだよぬ。これが引っかかってたのか。また過去をポーラが見せてくれた。

 んん?でも、どういうこと?

 そうだ。エリザは聖魔法のアーケー神が好きなんだった。魔族を説得しようとして十字架にかけられた神様だ。

 『あの神様は、神々の中ではトップクラスだけど創造主じゃないからね。帰依するのはエル神の方がいい。エリザはアーケー神の方が好きだ。』

 ポーラの言う通り、それは洗礼の後に聞いた話だったね。

 「う〜ん。エリザさあ、アーケー神の生き方を真似したいの?」

 「え?ええ?そ、そうじゃない。そうじゃないよ。」

 「でも、そんな感じだよ。それって信仰的にどうかな?わざわざエル神信仰の洗礼を受けたのに。」

 「・・・またエラにマウント取られちゃう。聖女になったのに。」

 「信仰すると不幸になるってのは駄目だよ。あの世で幸福になるって信じるのもいいけど、あんまり不幸じゃ、お手本にならないじゃん。」

 「お手本になる気なんてない。私はもう人殺しなの。もう私は『裁きの聖女』になるしかないの。」

 「じゃあさ、私クリスに何て言ったらいい?」

 「もうっ!彼のことは言わないで!」

 「そっちの方がずるいじゃん。」

 「・・・」

 沈黙した。長かった。こういうときエリザは反省している。

 そしてエリザは笑った。屈託なく爽やかに。そして言った。

 「彼のことはお願い。私がいなくなったら彼を幸せにしてあげて。」

 は?

 エリザ「エラが彼を支えてあげて。エラも素直に彼を好きって言えばいいよ。」

 「好きじゃねえし。やだよ。何勝手なこと言ってんだよ。ずるいよ。」

 「ずるくないよ。」

 「エリザが死んだら、あいつ死ぬよ?」

 「それは殴ってでも止めてあげて。」

 「何言ってんだよ!無理言うな!止められるわけねえだろ!あいつあんなに愛してるって言ってたのに!全然受け入れてないじゃん!逃げるな!嘘つき!バカ!ホントは嫌いなのかよ!」

 「違う!違うの!」

 「何が!」

 「彼の心を視てしまったから。」

 「ええ?」

 「本当に一緒に暮らせたらと思ったの。でも、彼はいつも何かと戦っていた。いつも怯えていた。私がやらないと彼はずっと怯え続けなければならない。私たちは常に狙われ、いつか引き裂かれる。そんなの嫌。」

 言葉が出なかった。クリスの告白は逆効果だったか。

 「私言ったでしょ!私クリスが好き!死ぬほど好き!彼を愛してる!だから決めたの!彼の幸せにために死ぬの!彼の敵をみんな倒すの!そして霊になって彼を護る。あなたには任せられない。私がやる。彼のためよ。私の愛を私が彼に示すの!」

 「エリザ・・・それクリスのためかな?結論を強引に一緒にしてないかい?」

 エリザは黙った。そして開き直ったように顔を上げて言った。

 「聖女は神を愛するものだけど、私は神様もクリスも愛してるの。欲とか穢れとか言われてもいい。考えてないの。私は神様のため彼のために出来ることをやるの。これでいいの。エラ!邪魔しないで!」

 しばらく二人とも黙ったままだった。

 エリザは涙ぐんだ目を手で拭った。

 エリザの本音の中の本音が聞けたような気がした。

 公爵令嬢として躾けられたエリザは嘘つきだ。いいや、本音を何重にも隠している。

 そのことに自分でも気づいていないのかもしれない。

 エリザはもちろんいつも神のために生きてきた。

 そのエリザがクリスのために死ぬと言った。

 エリザはクリスの愛に報いたいのだと思う。あの重い愛に。

 でも、自分の限界を感じて、ジレているのだ。

 けなげなエリザ。

 自分の目に溜まった涙を拭いた。

 クリスのバカ。エリザを追い詰めやがって。調子に乗ってんじゃねえ。

 クリスの愛は自己愛だ。自己満足だ。自己陶酔だ。

 それでもあいつはエリザのためなら笑って死ぬだろう。逆にエリザが引き留めても。

 でも愛って相手のことを理解することじゃないのか?

 お前らの愛って?

 でも逆に、私が死んだ後、組織に追い詰められたクリスは、エリザに剣を向けるだろうか?

 いや、そんなことはない。エリザを連れて他の大陸にでも世界の果てにまでも、パラレル世界にだって、嬉々として逃げてゆくだろう。

 あの心を失ったような冷たい目のクリスではないだろう。もうクリスをあんなふうにはさせない。

 「あのさ、エリザ。私って二回目じゃん?一回目はエリザが第二王子をやっつけて死んだのね。それってクリスのためだよね?」

 「それは私は知らない。」

 「ねえキャル。前世のクリスは優しかった?」

 キャ「う?ええ?なに急に!巻き込むなってば!」

 「今みたいに生き生きしてた?」

 「ああ、でも前世のクリスは次期国王としての職務に徹していたんじゃねえの?今よりクールでかっこよかったよね。でもあれは今から比べれば二、三年後の二十五歳ぐらいのクリスだよね。」

 「エリザ、私、一回目にエリザが死んだ後のクリスを見てるんだ。彼は今のクリスじゃないよ。クール?私がどんなに危険な任務についても何も言ってくれなかった。最期は私の魔力切れを待って処刑しようとした。冷たい男だった。クリスをあんな男にしないで。」

 「ならないよ。彼は変わらない。その時だって理由があったんだと思う。だからエラが彼を愛してあげれば、彼はきっとあなたを愛してくれる。彼はそういう人よ。」

 そういう人?・・・そういう人?てめえ!

 「それクリスに失礼じゃん!エリザを愛し抜くって言ってたのに!何を聞いてたのよ!バカヤロー!」

 叫んだら涙が出た。エリザも苛立たしそうに叫ぶ!

 「だからぁ!あの人は愛したら絶対応えてくれるって言ってるの!」

 私は涙を拭いて言った。

 「それはエリザだからだよ!エリザが死んだら私を愛してなんかくれない。あの人はそういう人よ。」

 私は知っている。あの遠くを見つめるような冷たいクリスを。

 いや、違う。それは前世のガブリエラが知っている。あの子の悲しみを無駄にはしない。

 私が知っているのは、私を斬りたくないが、斬らねばならない、と追い詰められたクリスだ。

 エリザが静かに言った。

 「強く言ってごめんね。あの人は愛の人なの。愛したら愛してくれる。絶対に。」

 「違うよ。それはエリザだからだよ。」

 「彼の何を知ってるって?」

 「えぇ?」

 エリザが怒っている。

 いや、嫉妬だ。今エリザはクリスの妻だ。くっそ、めんどくせえ女!

 「何なの!バカじゃねえの!あんなにクリスが好きだって言ってのにクリスをお願いと言ったり、のろけたり嫉妬したり!今更あいつのハグの仕返しなの?」

 「そんなんじゃない。あの時も本当は妬いてたけど、あれもエラを護ってたの。エラは目立つから、狙ってる男子はたくさん居たの。でも今なら分かる。彼らも魔導士会のメンバーの子弟だった。」

 男子に狙われてた?初耳。

 「・・・そうなの?」

 「クリスはエラも好きなのよ。」

 「そうじゃないって言ってんじゃん!疑り深い女ね!あんた達って相手のこと何にも分かってない!夫婦だろ!もっとちゃんと話し合えよ!」

 「でも私は死ぬから」

 「だからそれは私がやるってば!」

 キャルが笑いを堪えている。悔しい。

 エリザ「だめよ!魔女がやって何か不具合があったらどうするの?」

 「心配性かよ!それ老婆心って言うんだ!」

 キャルが向こうを向いて猫背になった。声を出さずに爆笑中か。もう。

 「もう。エリザ、もう少し私を信じてよ。」

 「魔女は狡猾って言ってたじゃん。」

 「むむむ、でもエリザはクリスと一緒に居たいって言ったじゃん。死のうとしないで。生きて。」

 エリザは軽くうつむいた。うつむいたまま、また涙している。

 でも涙を拭いて言った。

 「でも聖女の使命だし、クリスのためだし、」

 信じられない。この頑固さ。

 でも仮にも世界を救おうって女だ。そう簡単に折れないのは当然か。

 もう死んでもらおうか。いやいや。私も言ったからには引けない。女に二言はないのだ。

 じっとエリザの目を見た。エリザは力無く笑った。

 え?あれ、ここで何で笑う?何だこの笑顔?困ったような誤魔化すような笑顔?

 その思いが伝わってきた。

 『もう、この人どう言えば分かってくれるんだろう。』

 こっちが言いたい。

 でもこの感じ、なんか覚えている。

 また意識が飛んだ。


 騎士が甲冑姿のまま台所にガチャガチャ乗り込んできた。

 恐ろしいはずが、気持ちが高揚した。

 兜はかぶっていない。

 騎士はクリスだった。

 え?何これ!

 私の意識が体を離れ、クリスと自分の二人が見えた。

 長身黒髪の女性。髪は光が当たったところが青く見える。私か。

 顔はポーラに似ているが、もう少し若く大人しそうに見える。

 クリスが椅子にドカッと座った。

 「レイラ、めし。」

 「あいよ。」

 何これ?

 『私の前世。あの子はジブレイラ・ポーマリン。旦那はクリストフ。今のクリスワードさ。』

 レイラは嬉しそうにパンとスープと厚く切ったハムを出した。

 クリス「今度は長くなりそうだ。魔物の中心地の火山まで行く。」

 「長いって三ヶ月とか?」

 「そんなもんだ。」

 クリスは食事をガツガツと平らげた。

 それをレイラはテーブルの正面の席に座って両手で頬杖をついて嬉しそうに見ていた。

 あれ?ポーラって三万年も魔女の星に居たんじゃなかった?

 『うん。魔女の星に行ったのは、正確には二万七千年前だね。この記憶はその五百年前のやつ。』

 え、細かいね。魔女の星に行った時じゃないんだ。

 『これはそれを決意した時だね。』

 クリスは立ち上がる。

 「うまかったよ。」

 「かわいいこと言うな。」

 「へへっ。」

 へえ。夫婦かあ。

 でも、自分であるレイラの不安感が伝わってくる。

 クリスは出て行く時にハグしようとしたが、レイラは両手を前に出してうつむき拒む姿勢を見せた。

 クリス「また?予知能力が出ちゃうから?」

 「そ」

 クリス「でも、帰って来れるんだろ?」

 「うん。」

 レイラは笑顔を見せた。

 クリス「じゃあ行ってくる。またな。」

 「うん。」

 クリスはドアから出て行った。そして栗毛の馬に乗り駆け去っていった。

 レイラはそれをずっと見送った。

 ドアを閉めたレイラは、膝をつき顔を両手で覆った。

 その思考ではクリスの戦いの場面がコマ送りのように断片的かつ、すごい速さで映し出されている。

 予知能力?

 『そう。でも当時のは信仰の力だな。この力は救世主エルの時代に覚えてから地球を出るまで千五百年ぐらい使えてた。今は総合的能力になったから、予知はこのレベルでは使えていない。』

 景色がザーッと流れた。

 レイラの家の外は雪景色。

 街道を騎士達がぞろぞろと歩いている。

 出迎える女性達がパートナーを見つけ、次々に駆け出しては抱きついてゆく。

 白馬の女性騎士が目の前に来て馬を降りた。

 そしてレイラの前にひざまづいた。

 髪の色は銀に近い金髪を後ろでまとめている。

 うつむいて目を伏せているが、多分エリザだ。

 レイラが言った。

 「エリザベス様、およしください。聖修道騎士団の団長が下級貴族の妻に頭を下げるべきではありません。」

 エリザらしき人は頭を下げたまま言った。

 「あなたの夫、クリストフ様は我々を護るために、名誉の戦士をされました!」

 他の騎士達も次々とひざまづき頭を下げる中、レイラは言う。

 「頭を上げてください。予知魔法と認識拡大魔法で状況はわかっています。我が夫クリストフもあなた方を護れて本望だったに違いありません。あなた方の勝利はこの帝国のみならず、この聖ローランド大陸に永く語り伝えられる事でしょう。あなた方は帝国の英雄です。我が夫も英霊として冥府の国に旅立てることを喜んでいるに違いありません。」

 騎士達の喜びが伝わってきた。

 エリザベスは言う。

 「ジブレイラ様、ありがとう。」

 顔を上げたエリザベス。そのタレ目。顔はエリザそっくりだった。

 エリザベスは立ち上がってレイラと握手した。

 騎士達も立ち上がり笑顔で口々にありがとうと言った。

 やがて騎士達は解散しだした。

 エリザベスも握手を放して去ろうとした。

 その時、レイラが念じた。

 『そういうことにしてあげる。』

 エリザベスがバッと見た。

 レイラの目はすごく殺意のある目だった。でもそこから涙した。

 エリ「あ、あ、ごめんなさい。後で話せる?」

 この人、この時も心の声が聞こえるんだね。


 レイラの家に白いワンピースの修道服に頭巾をしたエリザベスがいた。

 テーブル前の椅子に座っている。

 レイラはお茶を運んできてその前の椅子に座る。

 エリ「修道士を辞めてクリストフと結婚して何年だっけ?五年?六年?こうして話すの久しぶりね。霊能力はどうなの?力に振り回せれないように修行は続けるって言ってたけど、上手くいってる?クリストフのことは残念だったけど、彼の霊とはもう話した?元気だったよね?でも遺族年金が出るから、とりあえず生活は大丈夫よね?」

 レイラは無言。腕を組んでエリザベスを睨んでいる。

 エリザベスは泣いた。

 「なんか言って!」

 レイラはため息をついた。

 「あんたは悪くない。クリスの死はあいつ自身の選択。でも、あんたも悪いの。」

 「悪いの?その答え何なのよ!それに最近は口も聞いてくれない!どうして!」

 「二年前かな。久々に修道会に行って三日間の修行をしたのよ。」

 「そう。頑張ってるのね。」

 エリザベスはお茶を飲んだ。

 レイラはうつむいて言う。

 「しなきゃよかった。」

 「どうして?」

 「最終日の瞑想で、自分の過去世が幾つも見えたの。」

 「すごい!それすごいことよ!素晴らしいわ!」

 レイラはその反応を見て落胆したように横を向いた。

 そして頬杖をついてエリザに言った。

 「クリスはね。何回か私と夫婦になってくれていた。でもね」

 レイラは言うのをためらった。

 エリザ「何よ!」

 「・・・何よじゃねえよ。」

 「何よ・・・」

 レイラは真っ直ぐ座り直した。

 「クリスはねえ、いつもあんたが好きなの。そして、あんたはいつもクリスを振るの。」

 「・・・」

 「私は友達いつも友達。夫婦でも気持ちは友達。」

 「え、ええと、でも友達夫婦って夫婦の在り方では一つの理想だって言うし、」

 「まあ、よそうか。あんたには分からない。」

 「だってしょうがないでしょ。私、修道騎士だから結婚できないんだし、」

 「あんたはいつもそういう職業を選ぶの。修道女とか僧職だとか。それでクリスを捨てる。あんた達が仲良くなることも何度もあったけど、その時はあんたは死ぬ。」

 「そんなの知らないよ。」

 その答えにレイラはキレた。キレてまくし立てた。

 「あんたは受難とか殉教とか犠牲とかが大好きだから!あんたは不幸になるのが大好きだから!そうやってクリスをいつも泣かすの!私はいつも抜け殻になったクリスを支えてきた!あんたのせいよ!」

 エリザベスはまた泣いた。

 「んん、そんなの知らないよぉ。」

 「リズ!今回も同じよ!知らないなんて言わせない!クリスはリズを想って、リズのために死んだ!」

 「でも、私、恋愛も男性も苦手なの。レイラみたいに仲良くできないよ。」

 「いいんだよそれは。あんたらしくあいつと付け合ってくれれば、あいつは満足するんだよ。」

 「でも、私、神様の方が好きだから。」

 「だからそういうあんたを好きなんだから、その上で付き合えばいいんだよ。」

 「レイラみたいにあの人を幸せになんてできないよ。」

 「そうでもないよ。いいんだよ。あいつがあんたを好きなんだから。付き合えばあいつは幸せになるんだよ。」

 「うまく相手もできない。嫌われちゃうから付き合えないよ。」

 「嫌われてもいいじゃん。それでいいんだよ。そうすればあいつは別の人に向かうから。」

 「嫌われら辛いよ。」

 「もう!じゃあ、あいつを誘惑するのやめな!」

 「してないよ!」

 「してるんだよ!」

 「しないよ!」

 「あ〜あ。やっぱりね。分かんねえだろうな。」

 「何がよ。」

 「カトリオーヌさんって知ってる?」

 「え?・・・ああ、魔法使いの?今回の討伐にも加わってくれた。「魔女の星に魂の本体が行って修行してる」とか言ってる変わった人?」

 レイラは吐き捨てるように言った。

 「そ、私あっちに行くわ。」

 「ええっ?」

 また吐き捨てるように答えた。

 「クリスがかわいそうだから。」

 クリスの霊が現れた。

 『おおい!止せ!』

 「私、二人がちゃんと付き合えるようになるまであっちに行くわ。霊能力も極めたいし。」

 『おい〜、それは天使としては堕落コースだぞ。』

 「じゃあ、早く二人仲良くなってよ。とりあえず来世は夫婦ね。私は居ねえから好きにしていいよ。」

 『勝手なこと言うな。』

 エリザベスは唖然。

 レイラ「嬉しいくせに。」

 『ち、違うよ。』

 エリ「そんな!会えなくなるのやだ!」

 「フッ。でも魔法通信で霊的に喋れるってよ。修道会の魔法通信機を使えばいいよ。あとは修道会の会長のテリットさんとか師匠のアスカ大師とか悟りの高い人に頼んで正式に祈願して貰えば手紙みたいに届くってさ。」

 エリ「私のせいなの?いやよ!行かないで!」

 「私だって嫌なんだよ。もうこんな悲しい思いをするのは。」

 レイラは目を閉じて両手を合わせて言った。

 「カトリオーヌ様来てください。カトリオーヌ様来てください。」

 空中に魔法陣が出て、黒い巻き髪の目と口が大きい女が現れた。

 レイラ「魔女の星に連れていってください。」

 カト「あ、それダメー。宇宙船を呼ぶ魔法はブロックされてて分からないから。」

 レイラ「ええ?本体の経験は共有してるんじゃないの?」

 「分体がどっかの星にいっちゃうと探すの大変だから秘密なんだってさ。」

 沈黙した。

 エリザが、笑うような悲しむような憐れむような複雑な顔をしてうつむいた。

 レイラは横を向いてうつむいた。顔が熱いのが伝わってきた。

 カトリオーヌはたじろぎながら言う。

 「えっと、でも本体に伝わったからいつか多分連れてってくれるよ。じゃ、そういうことで。」

 魔法陣が出てカトリオーヌは消えた。逃げた。

 部屋で沈黙の二人。

 ポーラが言う。

 『この後ずっと気まずかったあ。何度か自分で星に行こうとしたんだけど、そのたびにリズやテリットさんとかアスカ様に阻止されたんだ。だから魔女の星に行ったのは次の転生の時。』

 エリザベスは困ったように微笑んで言った。

 「ごめんね。」

 

 エリザベスの笑顔がエリザの笑顔にシンクロした。たぶん一秒も経っていない。

 ・・・そっか。納得した。これが私たちの関係性。

 でも、ポーラが、いやその前の人、前の私が魔女の星に行ったのは、この関係性を打ち破るためだったはず。

 エリザの悲しげな笑顔。場を取り繕う薄い作り笑顔。優しいけど罪な笑顔。

 「ねえ、エリザがクリスを死ぬほど好きって言うのは嘘じゃないの?」

 「え?エラ何言ってんの?嘘じゃないよ。」

 「どうせ神様の方が好きなんでしょ?」

 「神様も好きだけど、クリス王子も好き・・・嘘じゃないよ!」

 「クリスを好きだと思い込もうとしている。だから、気持ちが行ったり来たりしてるのよ。」

 エリザは泣いた。

 「違う違う!」

 「神様が好きなのも、天真爛漫な慈悲の神エルじゃなくて、悲劇の愛の神アーケーの方が好きなのよ。あんたは不幸を愛する女よ!」

 「違うってば!ひどい!エラひどい!私、もう友達やめる!」

 エリザは泣いて両手を握って髪を振り乱して叫ぶように言った。

 「私はクリスが好き!愛すれば愛するほど好きになるの!」

 エリザの顎から落ちた涙が止まった。空中で止まった。

 その銀に近い金髪も宙に舞ったまま止まっている。

 エリザが叫んだ顔のまま停止している。

 キャルもドラゴン達も止まっている。

 なに?時間停止魔法?ポーラ?

 『私よ。』

 上から天使が降りてきた。

 前はよく見た、顔がエリザの天使。その金髪は後ろでまとめている。

 『ちょっといい?』

 「エリザの守護霊様?」

 『うん。ねえエラ。エリザをあんまりいじめないで。』

 「いじめてはいないよ。」

 『エリザも辛いの。王子が好きな気持ちをうまく整理できないでいる。』

 「分かってる。」

 『いいえ。エリザは天使です。神を愛して永年生きてきました。クリスも近しい魂です。クリスを愛する気持ちもあるけれど、神への愛の方がずっと強いんです。彼女はそれを変えることはできない。』

 「それは聖女の前提だけどさ、本当にクリスを好きなら、もっと愛してあげてほしい。」

 『う〜ん。まあ、それは無理よ。天使は神を愛するから天使なんだよ。人間の方を愛するんならそれは人間よ。神を愛して神の愛を伝えるために人間を愛する。それが天使よ。』

 「私だって神様よりクリスを愛せとは言わない。でも百分の一でも千分の一でもいいから。」

 『・・・』

 「クリスだって崇高なことも言ってたよ。天使の魂なんでしょうよ。だから天使と天使が夫婦になってより大きな仕事をすればいいじゃん。」

 『まあね。エリザはそのつもりなんだよ。クリスも好きだけど神への愛がもっと強いのはしょうがないでしょ?この子も私も神様が死ぬほど好きなの。命を捧げるほど好き。だから、』

 天使の目から一筋の涙が流れた。

 『私たちの愛の表現を邪魔しないで。』

 「・・・う〜ん。でもぉ『傷つくまで愛しなさい』とか『悲しいまでの愛』という言葉も知ってるし、それも真理なんだろうけど、やっぱりそこには不幸や悲しみを愛する面があると思う。愛すると相手と似てくるけど、でも、「愛すると不幸になる」っていうのは違うと思う。それはやっぱり神様の望むものじゃないと思う。神様は神の子人間に最高に、最大限に幸福になって欲しいんじゃないかな?それに、自分の愛を表現したいっていうのも『自我』だよね?神様の望むものに合わせるべきじゃないのかな。」

 『まあ、あなたはそう言うと思ってた。ガブリエラ。あなたの魂とはいつもその辺で対立するの。でも、しょうがないじゃない。それが私たちが最高と思うやり方なんだから。そうやって良い結果を出してきたんだから。』

 「う〜ん。でも私が裁きをやっちゃ駄目なの?」

 天使が嫌な顔をした。

 『やれば?きっと、いい仕事するんでしょ?』

 「なんでそんな顔して嫌な言い方するの?」

 『あなたはそうなの。私たちが全身全霊、愛を込めて命を懸けてやる仕事を、クールにこなしちゃうのよ。面白くはないよね?愛が込められてないのは問題だわ。』

 「それエリザにも言われた気がする。愛がこもってない?「人のために」って思いじゃダメ?」

 『それも隣人愛だけどね。でも何であなたはそう簡単に「代わりにやる」とか言えるの?』

 「私はそういう役割だと思ってる。だけど、なんでなんだろう。」

 『う〜ん。『傾向性』としか言えないかな。あなたは創造主エルが好きな魂だし、私たちはあなたが言うようにどうやったってアーケー神が好き。これは魂の出自の問題だと思う。でも誤解しないで。アーケー神は創造主エルから指導を受ける関係だから、その配下も同族なの。モーリーン神もそうよ。」

 「愛かあ。私だって自分の力を自分のためじゃなくて公のために生かしたいと思ってるんだけどな。動機としてはアスカ様が泣いたからだけど、『聖女だから』より強くはないかな。」

 『あら。アスカ様の差し金なの?』

 「差し金ってわけじゃないけど、『エリザがかわいそう』って泣くから。私の愛?じゃなくて友情?みたいなやつよ。こそばゆい事言わせないで。」

 『あの人は本来はテリットさんぐらいの立場の人だからなあ・・・』

 「そうなの?」

 『ま、こっちの話。まあやればいいじゃない?私はエリザがやるべきだと思う。でもポーラに聞いたらあなたがやるべきと言うよね。でも神様ならより多くが救える方がいいと言うでしょう。私たちのやり方は悲劇になるけど、悲劇は喜劇より語り継がれるから、たとえ不完全な裁きに終わったとしても、後世、より多くの人を信仰に誘うきっかけになれると思う。あなたが決めていいわ。」

 「それは私がやれば完全な裁きができるということ?」

 『さあ。なにが完全なのかは分かりかねるけど。』

 「でも、エリザ本人は頑として引いてくれない。どうしたらいい?」

 『それ私に聞くの反則よね。まあ、いいんじゃない?お得意の暴力で片付ければ?』

 「お得意って・・・ひどい言い方。」

 『私たちはあなたをそう見ている。でも、私にも戦闘系の側面があるからあんまり言えないけどね。』

 「じゃあ、白いドラゴンの裁きは私がやる。エリザはクリスの所に行ってもらう。ポーラの努力、いいえ、私たちの努力を、気持ちを、無駄にはしない。」

 天使は無言で上空に昇って行った。

 エリザが動き出した。

 エリザは嗚咽を堪えきれず「うっうっ」と声を出して泣いた。

 でもエリザは涙を拭きながら言った。

 「ごめんエラ。私、ひどいこと言った。ごめんなさい。だからひどいこと言わないで。」

 「分かった。ごめん。いいよ。・・・でも、もう意地でも止める。わたし、エリザを気絶させるね。白いドラゴンさんが嫌だったら私を殺すなり自由を奪うなりしてくれたらいいよ。」

 「何言ってるの?こんなに言ってるのになんで分かってくれないの?」

 「私がやるべきだと思う。」

 「最低!やめて!これ以上言うなら本当に友達やめるから!」

 「最低でもいいよ。友達やめてもいい。私は魔女なんだから。いつも勝手でごめんね。もし生きてたら何でもしてあげる。じゃあ行くよ。」

 拳を握って身構えた。

 エリザがゾッとした。

 「だめだめだめ!待って!ずるい!だめ!やめて!」

 エリザが息を吐き切ったところで、その伸ばした手の隙間から、

 その腹にボディアッパーを入れた。

 エリザは「う」と短く声を吐いて息が止まり目を閉じて気を失った。そしてかがんだまま横に倒れた。

 これは父上に教わった『当て身』。息を吸うリズムが崩れることで瞬時に気を失う。大抵はまた呼吸が始まるが内臓にダメージを与えると死の危険はある。

 そっとエリザの様子を見た。息はしている。良かった。ため息が漏れる。

 「ごめんエリザ。何とかするってアスカ様に約束したんだ。」

 キャル「バッカじゃないの!ひどお!聖女様殴っちゃうなんて頭おかしいわ!絶対祟るよ!こういう人にかわいそうなことすんなよ!」

 「キャルが抗議してキレるなんて珍しいね。」

 「ええ?そりゃ私も前回聖女だったから大事にされたし。でもそれってもし気絶しなかったら叩きのめすの?」

 「そん時は絞め落とす。」

 「ええ・・それさ、間違ったら死ぬよ?」

 「そん時はそん時よ!」

 「コワ!人でなし!野蛮人!最低女!魔族!魔王ガブリエラ!」

 「うん。もう、何とでも言っていいからさ、とにかくエリザをお願い。下の中央教会に連れて行ってくれればいいから。」

 キャルは素直にエリザを肩に担いだ。

 「あんた死ぬ気?あんたに自己犠牲なんて似合わないけど?」

 「あは。意地になっちゃった。でもたぶん死なないんじゃないかな?根拠はないけど。もし死んだらまた神様にお願いして生まれ変わってくるよ。」

 「それ、生まれられる保証ないよ。適当だねえ。ま、止めないけど。」

 その時、水色ドラゴンがポケットから這い出してピョンと跳ねてキャルの足にしがみついた。

 ブルーはそれを上から見ていた。

 キャル「じゃあねエラ。バイバイ。」

 キャルはエリザを担いだままテラスのフェンスを越えて飛び降りた。

 駆けて見るとキャルはスウッと弧を描いて飛び、中央教会に向かった。

 赤いドラゴンはチラッと私を見てから羽ばたいて飛び去り、教会に向かった。

 ブルーと白いドラゴンが私を見ている。

 「ブルー。死んだらごめんね。」

 『気づかいは要らないよ。僕の主人はエラだから。』

 「白いドラゴンさんも、本当はエリザの願いを叶えたいだけだよね?」

 『そうとも言える。』

 「エリザの魔力と魂の力とみんなの祈りの力でやるところだった仕事。私とブルーの魔力と祈りの力でちゃんと出来そう?」

 『可能だ。』

 ブルーが訊いた。

 『エラは死なない?』

 『分からない。』

 赤いドラゴンが中央教会前の広場に降りて小さくなって見えなくなった。

 白いドラゴンが言う。

 『では始めよう。もうすぐ正午である。ガブリエラよ。手を合わせなさい。』

 ブルーは小さくなって自分で私のポケットに入った。

 両手を合わせると白いドラゴンのオーラが移って球状の白い光に包まれた。

 白いドラゴンは頭を床まで下げてきた。その頭の上に乗った。

 青い目の白い大きなドラゴンは、白い光に包まれ、首を伸ばし真っ直ぐ上空に飛び立った。

 上昇し続ける。

 地平線が丸く見える。

 下は私たちがローランドと呼ぶ大陸。本当に地図のような形をしている。

 その大陸から数億の光の球が束となって蛇の様に伸びてきて私たちの白いオーラに合流した。

 「すごく熱い。でも力がみなぎってくる。」

 『これが祈りの力だ。これが無ければ私は大陸を海に沈めることしかできない。』

 

 エリザがハッと目覚めた。

 教会の床に寝ていた。

 大聖堂の隅。ひしめく人たちは祭壇に向かって祈っていた。

 開いたドアの外でキャルが話しているのが見えた。

 「うん。白いドラゴンが言っていた。善と悪の量が半々の人は祈れば助かるって。」

 「急いで魔法通信だ!全土に知らせろ!」

 教会魔導士たちが走ってゆく。

 エリザは立ち上がり、聖堂を出て出口に向かう。

 キャル「どこ行くの?」

 エリザは歩きながら振り返らず言う。

 「やっぱり私がやる。止めてもダメよ。」

 キャルは追って歩きながら言う。

 「頑固だねえ。私はエラみたいに器用じゃないから、」

 エリザ「私急ぐから!」

 エリザが駆け出そうとした時、キャルはその右肩を片手でガシッと掴んだ。

 そして静かに言った。

 「ぶっ殺すよ。」

 「・・・やってみなさいよ。」

 睨み合う二人。オーラが反発し合い、空気が振動し、バチン!とラップ音がした。

 キャル「器用じゃないって言ってるだろ?あんたを殺すなら五工程以上の大魔法を瞬間発動する。教会ごと消えてもらう。どうする?勝負する?」

 エリザは睨んでいる。

 「脅しでしょ?邪魔はさせない。」

 キャルは笑った。

 「へへ。ほんとに頑固だね。あんたなら戦うより祈りの力の方が強いんじゃねえの?大人しく祈ってな。エラが頑張ると言ってるんだ。やらせてやんな。」

 柱時計が十一時五十七分を示していた。

 エリザ「もう間に合わない。」

 エリザは少し肩を落としてから、キャルの手を振り払った。

 そして祭壇の方に戻って行く。

 キャル「エラはお前にクリスをくれたんだ。大事にしな。」

 エリザは一瞬立ち止まったが、また歩き出した。

 

 メルとアンが手を合わせて祈っている。

 こじんまりした教会が、外まで人であふれかえり、人々が祈っている。

 エルニーダの大聖堂で儀式を行うエルニーダ王。大勢と列席して祈る王妃とアスカ王女。

 ローデシアの各地の教会で人々が祈っている。クレアも祈っている。

 王都の路地ではアクセル卿とジョンとジェーンが剣を抜いて魔導士達と戦っている。

 王宮魔導士の宿舎の庭で祈る王宮騎士団の十数人。バウンディも居る。

 一方で王宮騎士五十騎が、王族の馬車十数台と平原を疾走している。

 王宮地下では違う目的のために十に満たない王宮魔導士が祈る。

 その足元には百を超える王宮魔導士たちが倒れている。

 はるか北、オシテバンでも教会で祈る獣顔の人々。

 煙るウエシティンの街の教会でも魔龍族の者達が集まって祈っている。

 海の見える広大な草原では牛たちを連れたゴブリンたちが歩いている。

 

 中央教会の鐘が鳴った。

 大聖堂の中で祈るエリザが音にビクッとした。

 子供数人を連れたミシェルとクリスと教会魔導士は空を見上げた。

 クリス「正午だ。」

 王都の建物の屋上で座っていたカトリーヌは目を見開いた。

 

 エラは地平線が丸く見えるほどの上空で祈る。

 「主よ。エルよ。エロヒムよ。正しき裁きが与えられますように。」

 白いドラゴンが口を開き下に黄金の光線を落とした。

 それは王宮に落ちた。

 黄金の光のドームがクワッと広がった。

 王宮内の立っていた魔導士たちは全員静かに倒れた。

 アクセルたちと戦っていた者たちは、白目を剥いて倒れた。

 光は中央教会を越えた。群衆の中の幾らかの人々が倒れた。多くはない。

 教会の鐘が鳴り続ける。

 白いドラゴンは黄金の光を吐き続ける。

 光のドームは王都を越え、広がって平原を越える。

 疾走する王宮騎士団と王族の馬車集団を光の壁が越えていった。

 人間は全員倒れた。騎士たちが手綱を引いて倒れたので馬たちが左右に乱れ、転倒する馬もいた。

 騎士達は落馬しても動かなかった。

 王族の馬車は互いにぶつかり、王の馬車は横転した。

 光のドームはメル達の南部領も越えた。

 ローデシアを越え、オシテバンを越え、ウエシティンも越えた。

 光は海を越え、エルニーダやアクサビオンの土地をも越えて拡がった。

 教会の鐘が十二回鳴り終わるまで白いドラゴンは黄金の光を吐き続けた。

 皆が「ローランド」と呼ぶこの大陸は光のドームで包まれた。

 そしてその光のドームはさらに広がって薄くなって消えた。

 白いドラゴンが言った。

 『我は汝らに赦しを与えた。』

 そして白いドラゴンはその青い目を閉じ、縮み出した。

 エラはそのドラゴンの角を掴み、離れないようにし、トカゲ大になった白ドラゴンを左ポケットに入れた。

 エラはそのまま脱力した。

 地上へ落ちてゆく。

 どこまでも。

 右ポケットのブルーも目を閉じたまま沈黙している。

 下には王宮がある。中央教会もある。

 ひたすら落ちてゆく。

 その時、キャルの赤いドラゴンが飛んできて、エラを両手で抱えた。

 赤いドラゴンは羽ばたいて減速し、中央教会前の広場に降りた。

 そしてエラをそっと地面に下ろした。

 『僕は思うんだけど、裁きをしたドラゴンマスターは上空で気を失うから死ぬんじゃないかな。代償とかじゃなくてさ。』

 エラもブルーも白い彼も答えなかった。


 中央教会で祈っていた人たちは命があることに歓喜した。

 エリザは祈っていた。そして目を開けてつぶやいた。

 「終わったのね。」

 キャルは教会のエントランスで大勢の中で祈っていた。

 何もなかったことに気づき、目を開けて思わず上を見た。

 「あいつ、うまくやったのかな。」

 教会の中や周りの群衆の中にも、何人か倒れている者も居た。

 王の謁見の間に集まった王宮魔導士達は全て倒れていた。立っている者はいなかった。

 広大な王宮の廊下には多くの人が倒れている。生き残った僅かな人たちは不安げに歩き回り、生き残った人を探している。

 屋根の上のカトリーヌは倒れていたが、目を覚まして起き上がった。

 貴族達が逃げようとして街道が馬車渋滞になっているが、シンと静まり返っている。

 多くの貴族やその使用人、馬車の馭者が倒れている。

 生き残った馭者は、主人の貴族が馬車の中で死んでいるのを見て怖くなって逃げた。

 数名の貴族やその家族が、そっと馬車から外をうかがっていた。

 平原の王族の馬車は停まるか横倒しになるかしていた。

 王宮騎士達も倒れて、馬たちだけが立って草を食んでいた。

 王の馬車は横転していた。

 王とメイランドが地面に寝かされていた。

 その顔は口を開けて、恐怖の表情のまま固まっている。

 クラレンスがハート公爵の両脇を持って地面を引きずり、王とメイランドの横に寝かせた。

 公爵は咳きこみ、血を吐いた。

 そしてむせこみながら言った。

 「クラレンス。全て終わった。お前も自由だ。これからはお前達の時代だ。ローデシア王国を頼む。」

 クラレンスはつまらなさそうな顔をした。

 ハート公爵は、笑って目を閉じ、絶命した。

 クラレンスは立ち上がった。

 そして他の王族達の死体を見もせずに、騎士団の馬にまたがり、一人地平線に向けて駆けだした。

 王宮騎士の宿舎の庭で祈っていた者たちも、数人が倒れていた。

 メルたちは教会で、帰る群衆の誘導をしていた。カルビン伯と妻のエルウィンは生き残った貴族たちと話し込んでいた。

 アスカは両親と抱き合って喜んだ。

 オシテバンの魔獣族も、貴族の多くが楽しい食事の最中に絶命していた。

 ウエシティンの魔龍族も国民の二割が突然死し、大混乱、パニックになっていた。

 隔離されて飼われていた大ゴブリンたちは全て死んだ。

 アクサビオンの小さいゴブリンたちは、変わらず放牧作業を続けていた。

 

 気づくと雲の上だった。

 身長五メートルの天使が立っている。

 大きな翼。白い服のテリットさんだ。

 「どうだった?」

 「どうって、ええ?・・・頑張ったと思うけど。」

 ポーラが来て言った。

 「全体にはエラよりエリザや教会の人たちの方が頑張ったよ。」

 テリット「厳しいね。エラもまあまあ頑張ったんじゃないの?次回は日本でもローデシアでも好きなところに生まれ変わったらいいよ。」

 「やった!・・・あでも、もうあの世界の人たちには会えないのかな?」

 テリット「ん?いやあ。まだ終わってないけど?」

 

 目覚めた。天井が見える。壁にランプ。ベッドの上だ。

 誰かが抱きついてきた。この銀色っぽい金髪はたぶんエリザだ。

 クリスがドアを開けて駆け込んできた。

 カトリーヌも来た。

 私の顔を至近距離で覗きこむエリザ。また泣いている。その頭を撫でた。エリザは『涙の人』だね。

 エリザは私から離れて嬉しそうに怒った。

 「もぉう!誰のせいだと思ってるの!」

 「ごめんエリザ。聖女の仕事取っちゃった。」

 「ふふっ。絶対許さないんだから。」

 「涙流しながら言っても怖くないね。」

 「涙?拭くし。何でもするって言ったよね?」

 「ああ、うん。するよ。」

 エリザは止まらない涙をまた拭いて言った。

 「しばらくうちでメイドでもしてもらおうかしら?ねえミシェル?」

 ミシェルは無言でうなづいた。

 クリス「三日も寝たままだったぞ。しばらく暴れずにメイドでもやってろ。」

 ミシェル「殿下、メイドも激務でございます。」

 クリス「ははは!すまんすまん!」

 エリザは涙しつつ笑顔で私の返事を待っている。しょうがねえな。

 「ハイハイ。仰せのままに。」

 

 数ヶ月後。魔法学園。食堂。

 エラとメルが話している。

 エラ「復学おめでとう。」

 メル「ありがとう。一学期は過ぎちゃったから、その分取り戻さないとね。でも、あんたもすごい噂になってんだけど?『黒き滅びの魔女の生まれ変わり』って?何それ?面白いんだけど。」

 「知らん。説明がめんどい。」

 「あははは!まいいけどさ、近況教えてよ。白いドラゴンは?」

 「昏睡から目覚めたけど、前みたいに大きくならないね。犬みたいな大きさ。エリザの家にいるよ。」

 「え不思議。お宅のドラゴンさんは?」

 「ブルー?あいつは人間に化けてこの学園の中等部に通ってる。」

 「あの子勉強なんていらなくない?」

 「昔の知識があるからね。でも人間社会を学ぶんだって言ってるよ。」

 「へえ。感心だねえ。エリザは?」

 「淡々と聖女様の仕事をやってるよ。教会を回って教えを話したり、癒しの仕事とか、浄化関係?悪魔祓いとか結界とか霊的に環境整備をやってるよ。新しい教会も次々と建つみたいよ。」

 「エラも『見える人』なんだよね?」

 「うん。たまに手伝うけど、私は『剣士』の扱いだから騎士団と同じで、やることは宗教というよりは政治の方だね。と言っても、みんなの困り事の対応とか揉め事の解決とかが多いよ。」

 「じゃあ、前の王宮騎士とか護衛騎士に当たるのかな。そうすると王子の下になるのかな。」

 「下という感じでもないけど、組織としては王子のグループになるかな。全然護衛してないけどね。」

 「王子やエリザを襲う人なんていないよね。いたら街の人に袋叩きに遭っちゃうでしょ。」

 「二人がみんなを救うために頑張ったのは教会の人たちが事あるごとに言ってるからね。それに悪い人はみんな死んじゃったから、二人の命を狙うような奴はいないね。」

 「王宮組織も崩壊だし。昨日見てたら、王子がエリザの護衛みたいだった。あれって一緒にいたいだけよね?」

 「今も一応王宮騎士の生き残りの人たちが何人かで護衛してくれてるよ。」

 「え?タダで?」

 「うん。王子の護衛隊の人たちは前から仲が良いのよ。」

 「エラも護衛に付いたりするの?」

 「たまに。でも魔法使いの仕事もするよ。地方の騎士団とか教会から土地の浄化の手伝いで呼ばれたりするし、魔物の霊とか古い地縛霊が妖怪化したやつとかはブルーが居れば負けないもん。」

 「王子は髪の色変えたよね?明るいブルーメタリック?かっこいいんだけど。」

 「あれが地毛らしいよ。他の王族はみんな金髪だったから魔法で変えてたんだって。もう誰も何も言わないからね。」

 「う〜ん。魔導士会に関わった人は王族も貴族もみんな残らず死んじゃったからね。生きてるのはアンぐらいよ。」

 「あの人も洗礼受けたからね。」

 「白いドラゴンさんも抜けのない良い仕事をしたよね。」

 「うん。メルの所は何か変わった?」

 「うちは大して変わんないね。でも王都とか中央から来て威張っていた役人がいなくなって自由になったわね。こっちでも悪人はみんな死んだから治安は良くなったってよ。街の人は喜んでた。でも私的には悪人ってそんなに居なかったから大して変わんないわ。」

 「メルは領主の娘だから護られてるのよ。」

 「ああ、そうだ。ウエシティンの王様から使いが来たよ。」

 「え?ローデシア王子を差し置いて?」

 「うちは商業に強いじゃん?ウエシティンの商業は王弟殿下に任せてたから、あの人がいないから今は国内が立ち行かないんだってさ。父さんが部下を何人か派遣して監督してるって。あの国の公害がひどいのはなんとかなりそうよ。」

 「へえ。それは良かった。」

 「キャンディジョンは?」

 「キャル?あいつはオシテバンで新しい王族の補佐をやってるってさ。たまに来るよ。」

 「ライオン族は死んじゃったんでしょ?」

 「いやあ?王族の八割は死んだけど、今も王族はライオン族だって。前王の親戚みたい。みんなライオンだけど最近やっと見分けが付くようになったって。」

 「アハハ!」

 「でも、貴族の八割と平民の二割が死んだから仕事が多くて大変らしいよ。」

 「エルニーダは?」

 「何もなかったって。アスカ様もすぐ学園に帰ってきたし、今もエリザのいい相談相手よ。」

 「カトリーヌは?」

 「ノースファリアの家に帰ったよ。「来れば相談に乗る」だってさ。」

、「ねえ、クリス王子は王様になったりしないの?」

 「ああー。う〜ん。ならないんじゃない?それよりも車が完成しそうだから、そっちが楽しいんじゃない?」

 「新婚だしねー。エリザの家に住んでるしねー。ウフフ。お婿さんみたいよね。」

 「あ、でも公爵閣下が怖いよ。私が居た時、クリスが家に来なかったのは公爵閣下に何回も同居をお願いするのを私に見せたくなかったみたい。」

 「でも、エリザも怖いよねー。白いドラゴンの裁きを横取りしたからってメイドを一ヶ月もやれなんてねー。死ななくて済んだのにね。」

 当時が思い浮かんだ。


 学園から馬車でエリザの豪邸に帰ってくる。

 制服を着替えてメイドになる。

 普段着に着替えたエリザのところに行き一礼する。

 エリザが「ふふっ」と笑った。

 「何よ。笑ってんじゃないわよ。」

 「エラ様かわいい。」

 「るっさい。」

  エリザは改まって澄ました態度で言った。

 「エラ。今日はお茶を淹れてくださる?」

 「はい。かしこまりました。お嬢様。」

 キッチンへ。

 エリザがミシェルと雑談するのが聞こえる。

 「でも学園の先生方もタフよね。王権が無くなっても各地の生き残った貴族の方から出資してもらうなんて。授業再開まで一週間もなかったわ。」

 カップに紅茶を注ぎ、トレーに載せて持って行った。無言でテーブルに差し出し背後に下がった。

 エリザは一口飲んで「ん?」と首を傾げた。

 「これ、同じ茶葉よね?」

 ミシェル「はい。もちろんでございます。」

 「何で味が違うのかしら。やっぱり個性が出るのかしら。」

 「お嬢様すみませんでした。何か間違えたんだと思います。」

 「ウフフ。エラの淹れたお茶も美味しいよっ。」

 

 「あの一ヶ月、エリザは機嫌良かったな。メイドの仕事も意外と楽しかったし。」

 「でも、不敬罪で裁判とかよりマシだよね。エリザをぶっ飛ばしたのは知ってるよ。」

 「ぶん殴ったわけじゃなくて、お腹に当身を入れただけだよ。でもちょっと強引だったわ。怒らせちゃったね。今もたまに本気の腹パンくれるよ。」

 「え?エリザが?」

 

 メイド服で歩いているとエリザが笑顔で近づいてきた。

 「?」

 いきなりエリザがいいボディフックを入れてきた。

 「うぐ」

 かがんで耐える。

 危なかった。お腹に力を入れるのが遅かったら息が止まるところだった。

 エリザは笑って言う。

 「あは。ダメかあ。私じゃエラを気絶させられないわ。あはあは。」

 「お嬢様。これはパワハラでございます。」

 「えへへ。」

 

 メル「でも、あの子も剣士のプライドがあるのかな。剣技の授業が再開したら『私エラより強くなる!』とか言ってるから何事かと思ったわ。」

 「やだぁ、そのうちやられちゃうかも。」

 「でも、一応借りは返させてくれたわけよね?メイドで。」

 「うん。気が済んだみたい。でも、メイドのミシェルさんと仲良くなれたし、変身魔法も習えたよ。」

 「ええー?そんな魔法いつ使うの?」

 「使わないか。前だったら変装して王宮に入ったりできそうだったけど。」

 「王宮にはもう住めないよね。庭も墓場になっちゃったし。」

 「でも教会魔導士がたくさん集まって浄化したから、霊的に危ないということはないみたい。」

 「そうかなあ。地下なんか怖いと思うなあ。」

 「クリスはそのうち取り壊すって言ってたよ。」

 「ねえ、エリザの子供ができちゃったら聖女の仕事はどうするの?」

 「エリザは気にせずやるってよ。」

 窓から中庭でブルーが剣技の授業に出ているのが見える。女子たちが憧れの目で見ている。

 「ねえねえ、エラにお願いがあるんだけど、水色のドラゴンさんが残ってたじゃん?それ私にくれない?南部領の守り神になるじゃない?イケメンにもなれるし。」

 「はあ?アスカ様に預けたよ。エルニーダで管理するってさ。」

 「ええ?そうなの?私も欲しいんだけど」

 「メル・・・危ないからやめな。」

 

 以下、その7『完結編』へ。

次回、その7 『完結編』となります。後、補足で、その8としてもう少し追加します。

それで終われると思います。

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