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黒き滅びの魔女 その5 王国の秘密編

その5まで来ました。その1からずっと読んでくれてありがとうございます。全部読んでねえよ、という人もありがとうございます。

自分の私小説が、誰かに共有されるという事は嬉しい事です。

今まで費やした時間が昇華される。それだけで成仏します。って死ぬ気とかじゃないっす。

 

 雨が上がった。

 体を起こした。雨の降る中、地面で寝ていた。だるい。これは魔力切れの感覚。

 甲冑姿の三人が近づいて来た。王子と側近二人だ。またあの夢か。

 王子が手を振った。

 「おおエラ!ご苦労だったな!魔王は陸軍と王宮騎士団が倒したぞ!」

 「王子!」

 ピョンと立ち上がった。久々に見る王子の笑顔。気分が高揚する。心臓が高鳴る。嬉しい!

 『いつも王子のために戦って来た。王子の国が滅びないために。やっと、やっと認めてくれた!』

 涙が出た。息が震える。

 一回目のガブリエラよ、そんなに嬉しいのか?

 これはあの『処刑』の直前だな。今まで思い出せなかったところ。

 ガブリエラの思いが先走る。

 『昔エリザベート様が言った通りだわ。「愛すれば愛するほど好きになれる」って。「理由なんていらない」って。私、やっぱり王子が好き。』

 エリザのことか?前回は、ほぼガン無視してしまったはず。まあ『様付け』してるから親しくはないな。

 でも言ってることはストーカーと同じだ。王子の気持ちは?

 王子の後ろにキャルがいた。マーティもいる。キャルの背中に軽く触れている。魔力供給している。

 キャルが両手を向けて来た。

 力が抜ける。勝手に体が重くなって下に膝をつき、倒れ、うつぶした。

 近づいて来た二人の甲冑の騎士が手荒く私の両腕を掴み私の上体を起こした。

 やっぱり。これは松島アヤの記憶を取り戻す寸前の記憶。

 力が抜けて息も吸えない。苦しい。

 ガブリエラが必死に訊ねた。

 「王子、どうして?」

 私の両側はアルノーとクラレンスだ。右のアルノーが「へっ」と冷たく嗤った。

 王子は他人事のように抑揚なく言った。目もどこか遠くを見ている。

 「俺も斬りたくはないよ。でもオシテバンやウエシティンを滅ぼしたお前を生かしておいたら、俺が組織の連中に信用してもらえないだろ?」

 ガブリエラが泣いた。

 『王子も組織の人だったのか。・・・騙された!』

 胸で何かがギュウッと締まり、生き物がいる様にどくどく動く。悔しい!悔しい!

 王子が何か言った。「黒き滅びの・・・!」ああ、最初の記憶だ。ガブリエラの意識が急速に遠のき、松島アヤの意識に結合した。記憶が共有される。ガブリエラの意識にも松島アヤの記憶が入って行く。

 もう混じり気のないガブリエラではない。

 『そう。私はあの時死んだの。愛に生きた私の短い一生はあなたの礎。あなたの幸福のための代償・・・だといいな。』

 ごめんガブリエラ。思い出せなかったのは、思い出したくない記憶だったからなんだね。辛かったんだね。

 

 目が覚めた。天井が見える。

 涙が流れ続けた。

 ベッド横の床にいたブルーが、中型犬ぐらいの大きさになって横から私を見ていた。

 「大丈夫よ。悲しい夢を見ただけ。」

 『泣いてるけど・・・僕は何ができる?』

 「大丈夫。」

 『何でも命じていいよ。』

 胸が暖かくなった。ベッドを降りてブルーを抱きしめた。

 ブルーの細かい鱗に覆われた皮膚は温かかった。

 

 その日の授業が終わって夕方、寮のアスカ様の部屋に行った。

 昼間のうちにアポをとっておいた。

 寮の最奥部にあるアスカ様の部屋は、エルニーダの王族らしく豪華な部屋かと思いきや、瞑想のための質素な防音部屋に改装したという事だった。

 ソファーに座っていると、メイドのジェーニャが緑茶をくれた。懐かしい味。

 ジェーニャと入れ替わりにアスカ様が来た。笑顔で言った。

 「エラ様ごきげんよう。で?ご用件は?」

 「夢を見たの。」

 「夢なんて当てになりませんのよ。」

 「前世の記憶。思い出せなかった処刑寸前の事。」

 「・・・」 

 「それにドラゴンのブルーが、『魔王帝は優しかった』なんて言うの。」

 「暴力組織でもトップの人は優しい人が多いらしいですよ。」

 「真面目に聞いて。私騙されているのかも。」

 アスカ様は目を細めた。

 「ああ、エラ様。まだ変わっていないです。あなた王子殿下たちに殺されます。」

 「やっぱり?」

 「あら?以前なら『それはないよー』と言う所だと思うのですが、夢だけでそんなに変わるものですか?」

 「夢だけじゃない。何か違和感があるの。最近『何かが違っている』と感じるの。」

 「そう・・・私は具体的にどうなって行くかは分かりません。でも今もやっぱり悪い魔導士を生み出すローデシア特有の洗礼式も続いていますし、教会の誘致活動もいまいち進まないから地域の浄化も進んでいないです。エリザ様が結婚してしまったのも大きいですわね。今後、子供が出来て子育てが始まったら聖女の仕事はできないでしょう。あなた、代わりやります?」

 「何か投げやりで悲観的。もしかして第二王子たちに酷い事言われてません?」

 「ええ。クリス殿下に聞いているかもしれませんが、『天然ボケだ』って言われて前ほど信用がなくなっちゃいました。私が説法すると子供達が笑うんです。」

 「ええ子供が?ひどくない?」

 「原因は私が第二王子の婚約の希望への返事を保留し続けているからいけないのです。」

 「う〜ん、でもそれ放っておくのはまずいよね。」

 「私のことはいいいんです。エラ様の最近の違和感とは?」

 「私が日本に行ったこともオシテバン側に漏れていたし、向こうの貴族が王宮の中枢に来ていた。あと、魔導士も百人以上いたから、ひょっとしたら魔力で教会の教えが広がらないようにもできるかも。」

 「ああ、エラ様も気づかれました?彼らが国民の心を操作している事を。」

 「ええ?どういう事?」

 「広域洗脳魔法というのがあります。レベル八十の魔導士が百人も居ればこのローデシアぐらいなら国民の考え方を操作できる。王宮の大きな魔導針は魔法通信のためだけにあるのではないの。一定の思想を念波としてローデシア全土に流している。それが国民の考え方の第一印象に影響している。」

 「そんなことできるの?」

 「私って十回目でしょ?色々思い当たる事はあります。八回目はあのファル様が王権を奪取してしまい『広域洗脳魔法』で国民を欲と金の方向に扇動して悪の大国にしてしまい、『神の裁き』で大陸が陥没して一日で海に沈みました。これも一つの『浄化』でしょう。」

 「・・・ええ?」

 「ファル王子は多分、『大魔族』だと思います。」

 「・・・ええ?」

 「ここは結界が張ってあるから王宮魔導士たちの『盗聴魔法』も通じない。だから言えるんですけど、」

 「待って!いい加減にして!何連続ぶっちゃけしてんの?理解が、待って。」

 「ごめんなさいね。昔ファルコン王子が十二歳になったばかりの時、急に性格が暗く残忍になってしまったのを覚えています。ノルーリア様も今と違って可愛い人でした。二人は多分その肉体と地位を大魔族の霊に乗っ取られてしまったんだと思うのです。前世もその前も二人の性格は成長と共に暗く残忍に変化しました。」

 「た、確かなの?」

 「ええ。何回も死に戻りしていると、あの人が上に立つとローデシアがおかしくなるパターンが多くて。」

 「う〜ん。確かに霊眼で視れば黒いオーラ出しまくってるし、ノルーリアも真っ黒オーラだし、でも在り方は人間よね?魔王とかみたいな危険物みたいな感じはないわ。あ、でも前回はエリザが倒したのよね?それを責められて自害したって聞かされた。」

 「それはキャンディジョン様に聞いたのですね?傍目にはそう見えたでしょう。でも本当は彼女が聖魔法剣でファル王子を倒した後、憑依していた大魔族の霊を倒すために、自分の肉体を乗っ取らせてから自害してしまったのです。」

 「え?見てたの?」

 「えっ?」

 「アスカ様?あ、でも国に帰っちゃったよね?魔法で視てたのかな?」

 「あ、あの・・・ごめんなさい!わたし、第二王子を殺そうとしたの!」

 「・・・ええ?うそお!」

 アスカ様の目を見た時、その光景が見えた。

 光る剣を持ったアスカ様が転移魔法陣でノースファリアの王宮に現れる。

 剣を構えアスカ様はファルに対峙した。

 ファルから出る黒い塊が幾つもアスカ様を突き抜け、アスカ様は倒れる。

 エリザが床に落ちた剣を拾った。

 片手で祈り、全身に白い光を帯び、光る剣を低く構えメルのように突っ込んだ。

 ファルは胸を突かれ倒れた。エリザも力尽きて膝をつく。

 駆けつけた貴族たちが周囲で責め立てる。

 エリザの前に巨大な真っ黒い影が現れた。

 エリザ「肉体を捨てたのね?ならば私に来なさい!」

 エリザは目を閉じる。巨大な霊がざあっとエリザの頭から入ってゆく。

 霊的な声がする。

 『もう動けまい。これからはお前を使ってこの国を支配してやる。』

 エリザが目を開け、短く言葉を唱えた。

 「主よ、力を」

 剣が白く光る。

 エリザが自分の首に剣を当てた。

 アスカ「やめて!」

 エリザが倒れた。地面に血が流れる。

 その体から首が光っている黒い霊が膨らんで巨大化し、やがて全体が白く光って爆発するように消えた。

 「・・・そっかあ。エリザ・・・」

 アスカ「ローデシア陸軍の攻撃が始まり、私は救出に来たエルニーダ王宮霊術師たちと転移魔法で逃げ帰りました。エリザ様の遺体と一緒に。彼女はエルニーダに葬られましたが、父、教皇陛下はその事を秘密にしました。第二王子の死と第一王子の元許嫁であるエリザ様の死に私が関わっている事は公にできませんでした。ローデシアはすぐにオシテバンやウエシティンとの戦争になったのでエルニーダは不介入の方針を打ち出し、私もファル様の黒魔法の後遺症で三ヶ月寝たきりだったのでエリザ様のことは伝えられませんでした。」

 「それで行方不明って事になってたんだ。」

 「今思えば、八回目も七回目も第二王子を倒すのは私のすべき役目でした。第二王子が大魔族の憑依を受けているなんて私しか分かっている人はいなかった。でも出来なかった。彼女は九回目で私の心を読みました。彼女は泣いて私を憐れみました。彼女は私がどうしても出来なかった事を肩代わりしてくれたのです。しかしそれでもローデシアは救えませんでした。最期は八回目と同じく『神の裁き』で大陸が陥没し海に沈みました。エルニーダも津波で滅び、私も死にました。」

 「でも、三ヶ月して体が治ってからアスカ様はエルニーダで何をしてたの?」

 アスカ様が私の言葉に泣いた。いつもクールなアスカ様が泣いた。

 「あ、アスカ様?ごめんなさい!そうじゃないの、責めるつもりじゃないの!」

 「ごめんなさい。エラ様。私・・・何もしなかった!」

 すすり泣くアスカ様。肩は震え、ポケットからハンカチを出す手がわなわなして痛々しい。

 いつも優しい笑顔で見てくれていたアスカ様。なのに。

 傷つけてしまった。申し訳なくて可哀想で仕方ないのでクリスのように抱き寄せた。

 「ごめんなさい。」

 アスカ様は泣きながらも一生懸命に言葉を伝えた。

 「あなたと、一緒に戦って、死ねば良かった。」

 「死んじゃダメだよ。アスカ様はきっと役割が違うんだよ。」

 アスカ様は驚いて私の両肩を持って私の目を見た。その潤んだ切れ長の目を丸くして。

 「それ、エリザ様も同じ事言った。」

 「ん?じゃあ、それは正しいんだよ。」

 アスカ様は唖然として私の目を見続けた。照れる。顔が熱くなるのが分かって目を逸らした。

 ア「あ、ごめんなさい。」

 手を離してくれた。片手で顔を扇ぎながら、とりあえず思いついた事を言った。

 「アスカ様は法皇になって教会のトップになるんだよ。」

 アスカ様は大きく息を吐いて冷静を取り戻した。

 「いいえ。私より優秀な人は沢山います。あの時も私はローデシアを見捨てました。あなたの事も見捨てました。王宮魔導士がレベル百以上の判定をわざと出さないぐらいの魔力の持ち主だと聞いて、私は嫉妬したのです。それに王家には前のキャロライン様が入って、従者のマーティと眷属の魔王の霊が沢山入って行ったので、私にはどうする事もできないと思ったのです。祈ってはいました。でも何一つしなかった。すべき事を手紙一つにでも書けたのに・・・エラ様と一緒に戦えば良かった。」

 「それでも勝てたかわからないよね?第二王子だけじゃ済まない。前回キャルはローデシアの女王になって、その時に最期に魔王帝フィリアの憑依を受けたらしいし。」

 「それでも、戦ったならこんなに後悔はしていないと思うのです。その点、エリザ様は迷いがありません。立派でした。」

 「でも今回エリザはクリスの事で頭がいっぱいみたいよ。」

 「それは前回も同じでした。でも、百人も強力な魔導士が居れば、エリザ様の思いを支配することはできるでしょうね。」

 「ええ?それはないよ。異世界の日本でもクリスを「死ぬほど好き」って言ってたよ?」

 「こちらで深く洗脳されていたら、それは異世界でも続くでしょうね。でもこれは推測ですので真実は分かりませんが。」

 でも、前回の私もそうだった。王子のためならなんでも出来た。雷魔法でゴブリン軍を滅ぼし、魔王城には岩石を降らせ、ってあれ?こればっかり言ってるけど?

 「・・・ねえアスカ様?私前回オシテバンとウエシティンを滅ぼしたの?」

 「ええ。それほどの実力がある人が来てくれたと思って、あなたに任せてしまった。というのは言い訳じみていますか?」

 「キャルも言ってた。でも私は覚えていない。」

 そう。私の記憶は「王子のために」とか「王子が分かってくれない」とかばっかりで、何をしたかの記憶は曖昧だ。この間夢に見た、王子が私を処刑しようとする前の記憶のように、全然覚えていない。

 精神干渉魔法?誰かに動かされていたのだろうか?

 「他にも前回の事、分かりそうな人っている?」

 「あとはカトリーヌ様ぐらいですか。」

 「あそっか。ちょっと聞いてみる。アスカ様、話してくれてありがとう。泣かせてごめんね。」

 「いいえ。ああ、部屋を出たら忘れてくださいね。まずい単語をあんまり念じていると魔導士の尾行が来ますから。王宮関係者で心が読める人はクラレンス様だけじゃありませんので。」

 「コワ!」

 「あと、カトリーヌ様は先日エルニーダ本国で洗礼を受けたそうですよ。」

 「へえ、意外な感じ。」

 「それとメルウィン様が退学して南部に帰るそうです。」

 「え?なんで?」

 「直接聞かれた方がいいかと思います。まだ居るはずですから。」

 急ぎメルの部屋に行った。

 

 メルの部屋のドアは開いていた。

 「メル!」

 メルは荷造りをしていた。背中を向けて作業しながら、そのまま聞いてきた。

 「今日はドラゴンさんは?」

 「人になると目立つから今日はポケットよ。平たい缶を入れて苦しくないようにしたの。そんな事より、どうして退学しちゃうの?」

 「アンが怯えてメイドの仕事ができないから。」

 「ええ?ああ、ごめんね。」

 アンはブルーに初めて会った時ひどく怯えた。

 「エラのせいじゃないよ。」

 言いながらもメルは背を向けて作業している。

 「私のせいよ。ごめん。ありがとうメル。」

 「あでも、あれはドラゴンの血が濃い者が畏怖される魔龍族独特の反応らしいんだけど、でも怯えすぎよね。アンのやつったら変なの。部屋の隅にうずくまっちゃって『ドラゴンが来たら洗脳が効かない。ひっくり返される』とか『心が読まれる。秘密がバレる』とか繰り返し言ってるの。『誰の秘密よ』って聞いたの。そしたら『組織の』だって。」

 「組織。」

 出た。夢でも王子が言っていたやつ。

 「それってあれよね。カトリーヌが言っていたという、ネクロフィリアが作った国際組織ってやつよね?なんかヤバい予感がするから南部に帰るの。それに、そうすればアンも落ち着くでしょ?」

 メルは荷物の箱を持って部屋を出た。私も追いかける。

 メルは建物の外に出て、表に停まっていた馬車に乗った。

 「え?もうなの?」

 「今から夜通し飛ばせば、明日の九時にはお父様たちが居る別荘に着けるから早く出るの。」

 「忙しいわね。」

 「エラも考えた方がいいよ。」

 メルがドアを閉め、馬車は出発した。

 

 エリザの家でお茶をご馳走になっている。エリザが少し幼い。初めて会った時ぐらいか。

 これはまた夢だな。

 公爵令嬢の前で自分が緊張しているのがわかる。

 「・・・」

 エリザが言う。

 「いつも無口ですのね。」

 「・・・」

 そんなこと言われても、と思っている。

 やっぱり前回のガブリエラの記憶だ。あの子が何かを伝えようとしている。

 エリザ「私、クリス王子が好き。」

 「え、わ、私も」

 「死ぬほど好き。」

 「えっ・・・ええ?」

 『この人クレージーだ。私も好きだけど『死ぬ』という単語は強すぎだ。』

 エリザ「変だと思う?」

 「なんでそんなに好きなの?」

 「ウフフ。理由なんていらないの。愛すれば愛するほど好きになるのよ。それって楽しいじゃない?」

 「やっぱりクレージーだ。」

 「ウフフ。」

 ガブリエラとエリザが遠くなってゆく。

 『私がエリザベート様とまともに話したのはこの時ぐらいなの。あとは魔法のことを考えてて、うまく返事できていない。嫌ってると思われちゃったかも。』

 「大丈夫よ。あの子は心を読むから悪気がないのは分かってるよ。」

 『あの人がクーデター騒ぎで行方不明になったと聞いて、なぜか『ああ、王子のために死んだんだな』と思ったの。私って冷たいなと思った。私があの人のように、いえ、あの人以上に王子を愛せるか不安になった。』

 目が覚めた。

 「・・・ガブリエラ。私はもう王子を好きじゃないってば。」

 ベッドから起き上がった。

 

 暗いうちに寮を出て歩き、夜明けとともに王宮横の騎士団の宿舎に来た。

 朝日に照らされる巨大な王宮。幅一キロはある。奥行きも数キロある。

 王宮の外観は台形が三層になり、南米アステカの遺跡の様だが、中央部は五階建て。そこからさらに塔が伸びていて高さは五十メートル。その上に更に二十メートルの枯れ木の様なアンテナ・魔導針が天に伸びている。これを使って魔法通信をしたり、大陸全土の魔力量を観測しているという。アスカ様は更に・・・やめよう。あまり際どい思いを出すと尾行がつくらしいから。

 遺跡とはいえ手入れがされていて新しく感じる。建物内部は現在も普通に使っているらしく、王宮騎士や王子からも王宮施設への不満は聞いたことがない。

 最近王宮に出入りするようになったエリザは「防音がすごいのよ。外で雷が落ちていても気づかないの。」などと言っていた。帝国時代の文明は現代日本を少し超えているところがある。

 五千年前に『ドラゴンの火』で滅びたローランド帝国。

 仲間とともに逃れてきた皇子が民衆の支持を集め、団結してこの王宮と王都を建設した物語は、ローデシア国民なら幼い頃からみんな知っている。

 しかし巨大だ。エリザがこの中に入ったら大量の貴族集団の中で埋もれてしまうのではないのか。

 それはいい。わざわざ早朝に寮に来たのはカトリーヌを探す為。

 最近会ってない。

 騎士団寮の庭に居たカトリーヌは珍しく剣を振っていた。

 カトリーヌは振り向いた。一瞬、覚悟したような、何かを始める前のような、独特の顔をした。

 「エラか。珍しいね。どうした?」

 「カトリーヌ。最近私、思うんだけど、」

 「ああ、思わない方がいいよ。」

 「は?」

 カトリーヌは無言でまた剣を振る。

 何でもお見通しの『白い魔女』。加えてここは王宮の隣。何も言うなと。むうう。どうすんだ。

 カ「念力出してないで早く帰んな。」

 「ねえ、じゃあ私、どうしたらいいの?」

 「私は、言えない。もうすぐいなくなる。」

 「やだー」

 「帰んな。早く早く!」

 私は飛んだ。言われるまま王宮を離れた。

 ただただ南に飛んだ。最近は飛行魔法もブルーのように音速で飛んでいる。

 どうしたらいいか分からない。カトリーヌが言っていたのは、ただ『言えない』という事。

 あの様子だと盗聴魔法は本当で、色々言うと危険が及ぶという事だろう。

 でもカトリーヌは『私は、』と言った。含みがあった。

 『加藤りの』なら言えるのか!

 飛びながら前にブラックメテオを出して飛び込んだ。


 真っ黒い亜空間からホワイトホールを出して、あのマンションに転がり 出た。

 誰もいない。家財道具もない。

 部屋を出て確認する。表札もない。エレベーターから降りてきた人に聞いた。

 「さあ。そこは五年前に家族連れが引っ越してからずっと空き部屋ですけど?」

 最初からいない事になっている。でもそれは異世界の話ではよくある事だ。別のパラレル世界に来たのか?

 その人がいなくなるのを待って、再びブラックメテオを出して中に入った。

 漆黒の闇。加藤りのに会いたい!

 「はいはい」

 え?見ると真っ暗な亜空間に加藤りのが浮かんでいた。腕を組んで笑顔だ。

 「もう来る頃だと思ってた。」

 「あの、ここに居て大丈夫なんですか?」

 「亜空間。パラレル世界とパラレル世界の間。たぶん霊界の一部なんだろうけど。」

 「ローデシアの秘密を教えて。私が前に何をやったかも。」

 「長年日本にいた私が知ってると思うの?」

 「ええ〜!知らないの!」

 「実は知ってるんだけど。」

 「何よ!ふざけないで!こっちは真剣なの!」

 「アハハ、ごめん。カトリーヌの分身体の私も彼女を通じて全ての分身体と繋がっている。記憶も共有している。でもエラは自分の事なのに覚えていないの? 

 「うん。誰かに言われれば「ああそう言えば」って思い出す感じなの。ポーラとか、前回のガブリエラが伝えたい時は夢で見せてくれるけど、全部じゃないの。」

 「ローデシアね。神が浄化したい国ってどんな国かな?本当はわっるい国なんだよ。魔力レベルの観測だけじゃなくて、会話や念波の盗聴もしている。各地の魔法通信機の端末が盗聴器の役割もしていて王宮の魔導針に繋がっている。観測員は王宮魔導士で五十人が交代で監視して記録している。何か問題があれば王宮魔導士の外事部が各地にいるからそいつらが調査に入る。危険なら王宮騎士団の特捜隊に捕まってどこかに居なくなってしまう。王宮の機器や騎士団とか魔導士も、それを利用しているのは王族や行政官だけじゃなくて、誰でも大金を積めば利用できる。」

 「え?私も?」

 「いやそれはダメ。組織のメンバーでないと。裏組織のメンバーになるには毎年多額の上納金が必要なのよ。この国の権力組織は二つあって、王権社会とは別の国際的裏組織がある。これはお金を中心に動いている。裏組織のメンバーはお金持ちだから貴族ね。組織の人間なら何百万リーデかを支払えば盗聴部隊は使える。例えば『エラが話をしている相手をチェックしろ』とかね。この組織作ったのネクロフィリアなんだけどね。ドラゴン並みに長生きしたくて研究機関を作った。それを隠して守るための組織。集金システムでもある。利害さえ一致していれば、金額次第で色んな貴族たちが集まって何かを起こすことができる。前回のクーデターなんかは組織の仕業よね。千年前にポーラが全部滅ぼしたんだけど、それから百年もしたらまた出来ちゃったんだよね。」

 「ドラゴンってどのぐらい生きるの?」

 「さあ、あれは半分霊体みたいな生き物だからね。生きたいだけ生きられるんじゃないの?元々は地上で受肉した天使や神々の魂に奉仕するために作られた生き物らしいからね。」

 「ふ〜ん。あ、ごめん。組織の話よね。」

 「うん。『裏魔導士会』の話ね。今、ローデシアでは王家や貴族たちが王宮騎士団や王宮魔導士たちを使って色々な研究をしつつ、彼らに都合のいいシナリオで歴史を作っている。でもこのシナリオも大金を積めば別のシナリオに変えることもできる。オシテバンの王族もウエシティンの王弟たちもメンバーだし、地方ではノースファリアとか北三公爵家ね。あの辺はそう。」

 「私は前回、それと戦ったのね?」

 「今回だって、オシテバンが北ローデシアを占領するシナリオをエラがぶっ潰したんだから、また狙われてもおかしくないよね。」

 「前回王子が私を倒しに来たのも組織の?」

 「そう。クリスは真面目だからさ、たいして悪いこともしないんだけど、前はあんたを最強魔女にした責任を取らされたんだよ。滅ぼされたウエシティンやオシテバンも組織のメンバーはたくさんいたからね。前回だってエラの存在だけじゃなくて戦闘能力とかも逐一彼ら全員に知られていた。」

 「そんな事まで?カトさんよく分かるわね。」

 「あ、私?瞑想すると当時の状況が見えてくるの。で、前回のエラはそういうローデシアの裏事情に気がついた。それを王子に抗議して、その時ちょうど良く魔王城の存在が発覚して、防衛出動せざるを得なくなったよね?これはローデシア攻略のために裏魔導士会が作っていたものをエラにぶつけたのよ。」

 「また王子は私を倒しにくる?」

 「さあ、でも今回クリス王子が裏魔導士会に入っているかは微妙なのよね。正当な教会の洗礼も受けてるし、昔の王子との違いはある?」

 「違うかなあ・・・よく分かんない。夢で見る前回の王子は冷たかったけど。」

 「でも、もし王子が組織のメンバーだったら、結婚しちゃったエリザも知らないうちに下部構成員として使われちゃうだろうね。」

 「前回の私は何をしたの?」

 「前回は二つの国を滅ぼした後、上陸してきた魔王軍、大ゴブリン軍と二体の魔王を倒した。あ、三体だっけ?まあどっちでもいいの。あの時オシテバンの魔王がすぐに分かったのは戦った事があるからだよ。」

 「前回は裏魔導士会が戦わせた?」

 「そう、いくらエラでも、レベル千の鉄みたいに硬い魔王と強化魔法使って殴り合った後で、飛びながら連続雷魔法や何千もの岩を飛ばす魔法を使ってたら魔力切れするでしょ?」

 「あんまり覚えてないの。自分の記憶じゃない感じだし。前回のガブリエラと共有出来てないところがあるの。でも魔王は魔法が効かないから自己強化魔法で体を強くしてひたすら殴り合った記憶はある。前回ガブリエラが「女の子の仕事じゃないな」って悲しくなってたのは印象に残っている。回復魔法の持久力で勝るガブリエラが最後は勝った。」

 「それってレベル千超えてたってことよね?魔王三体?と大ゴブリンが三百体ぐらい?レベル六千前後かな。」

 「そうなんだ。ずっと百だって言われてたからレベル百は人類の限界なんだと思ってた。」

 「あいつらはエラが魔力切れで倒れるのを待っていた。それでも駄目な場合に備えてマーティはクリスたちが気付かないうちに魔王の霊を憑依させていた。彼らのレベルを上げるためにね。」

 「うん。それは分かった。てか、視えた。」

 「あの後、ローデシアは聖女のキャルを女王として国家の中心に立て政治的求心力にした。でも内戦とアクサビオンとの戦争が続き、最後は大地震でこの大陸の文明は滅んだ。」

 「キャルはその時フィリアに憑依されたのよね?本人が言ってた。」

 「うん。私、戦ったのよ。フィリアが憑依すると媒体になった人物の魔力を百二十%出させるし、キャルって、あんたみたいな『転生チート』だから下手するとフィリアの生前より強いから、ちょっと勝てなかったわ。」

 「そうなんだ。」

 「その前は第二王子が帝王になって全盛期にフィリアが憑依した。ここでも負けた。ほんっと難しいわ。」

 「アスカ様みたいな事言ってる。彼女は第二王子とノルーリアに大魔族が憑依して同化してしまっているって言ってたわ。」

 「うん。ファル王子とノルーリアは前世で何度も闇系の魔導士をやっていたから悪魔系の霊が憑依しやすいのよ。今世は特にデカいのが憑いてる。」

 「剥がせば正気になるの?」

 「いやあ、完全に肉体を乗っ取られてるし、本人も好んで同じ考えをして進んで罪を犯してるから、通常の憑依と思ったら馬鹿を見るわね。本人もほぼ悪魔。悪魔霊を封印したり崩壊させたりしても本人に殺されちゃう。昔のアスカ様はそれで負けた事が多かったわ。連中はそういう人物に好んで憑依するのよ。」

 「連中って上級魔族?」

 「そうも言うけど、あれが『副帝』ベンザニール。魔王四将の筆頭。」

 「ああ、マルドークの血筋の。」

 「ネクロフィリアの片腕と言われるやつ。そしてノルーリアに憑いているのは同じく魔王四将の『怨嗟』のビニーリエ。ずっと昔、ベンザニールに殺される前は魔族の長をやっていた人物。二人とも千年前にポーラが倒したから上級魔族としての強力な肉体は失っている。ポーラは上級魔族を絶滅させたの。生き残っている上級魔族は多分いない。居れば真っ先に彼らの霊が憑依しに行くはずだから。」

 「組織も潰して、ポーラって結構結果出してるのね。」

 「今は歴史上消されてるから悲劇の人みたいだけど、ポーラは天界での評価は高いのよ。でもあの二人の霊もフィリアの霊も今は千年前より強いよ。五千年間暗躍してきた霊たちだから、ポーラでも勝てないと思う。でもベンザニールとビニーリエの二人は人魔戦争の前にエルニーダに手を出して、最近まで地獄に封印されてたから、戦争中はいなかった。」

 「後の二人の将軍は?」

 「人魔戦争中は中級魔族の肉体に憑依していたけど、連合軍に負けてからフィリアに吸収されて同化しているから今はいない。」

 「初代魔王帝は?」

 「あれは大陸を救った勇者だったのよ。でも魔族と組んだせいで裏切られて殺された。今もどこかに転生しているけど、魔族に対抗するような能力は持っていない。」

  「ねえ、魔族ってなんなの?」

 「先祖の天鬼族は神を護るために強い戦士として作られた種族。でも悪魔系の宇宙人たちがその強い体に目を付けた。」

 「悪魔系・・・悪魔って何?」

 「悪霊のさらに強力なやつよ。積極的に天使や神々と戦おうとしている存在。魔力、念力が強くて浄化が難しい。千年以上地獄にいるような存在が悪魔と呼ばれるわ。」

 「そんな悪い奴がなんで生まれてくるの?」

 「本来、悪魔や魔王と言われる魂は地獄に封印されて地上に生まれ変わることはできない。その攻撃的な波動のまま母の胎内に宿ることは霊界法則的に不可能なの。反省して少しは人間らしくならないとね。松島アヤの世界には霊的悪魔しかいなかったでしょ?悪魔の憑依はあるけれど。」

 「まあね。明らかな魔族はいないよね。もし変身してたら分からないけど。」

 「悪魔系の宇宙人たちはその天鬼族の強い肉体を改造、遺伝子操作し、悪魔の魂が肉体を持てるようにした。でも今はその悪魔系の宇宙人たちは滅ぼされて裏宇宙の果てに封印されているし、天鬼族の肉体もこの二万年でかなり淘汰されたけど、その末裔が現代の魔族。これは傍流のこういうパラレル世界にしか存在を許されていない。」

 「それは中魔族だよね?ガーゴイルみたく翼と尻尾があるやつ?」

 「ガーゴイルやゴブリンは下級魔族だけどずっと昔からいるわ。で、第二王子と公爵令嬢ノルーリアは二人で『召喚魔法遊び』をやっていて悪魔に憑依されてしまった。アスカ様はそれに気付いたのね。ノルーリアのライフ家は昔から召喚魔法が得意な家系なのよ。」

 「私、キャルに魔族だって疑われたけど、あいつ分かってるのかな。」

 「そうなんじゃないの?何回か死に戻りしてるからね。キャルは滅びたバーニィ家が一族再興のために一縷の望みを託して召喚した魂よ。」

 「第二王子たちの狙いは?王宮の白い魔導士たちとも繋がっているのよね?裏魔導士会は何を狙っているの?」

 「金儲けとか権力奪取とかは貴族個人の目的だけど、全体はたぶんエルニーダを滅ぼす気だと思う。」

 「うそ、神の教えの中心だよ。」

 「だからだよ。高尚な考え方があまり広がると、悪い金儲けは出来なくなるし、あいつらも居られなくなってくる。あいつら既得権益を守るためなら何でもするよ。戦争で儲けるのが基本スタイル。この前オシテバンもドラゴンを復活させたし、エルニーダのドラゴンがあんたのと引き換えに向こうに渡っちゃうのも戦争の糸口だよね。」

 「一体だけオシテバンにあげるんだよね?」

 「一体で済むかな。あの『無神論者の遺跡』には三体のドラゴンが封印されている。純粋に軍事的に考えれば三体とも奪取した方が有利だよね。」

 「あそこは昔から無神論者の遺跡なの?」

 「う〜ん、ドラゴンの遺跡の周りでは色々災いが起きるんだよね。あんな強力な生物が閉じ込められているから、本体が不活性化していても霊的なドラゴンが近くの人間に影響を与えるんだって。だから見渡す限り、半径五十ヤルデルには人が住んではいけないとされてた。だからローデシアでは三体を集めて、この世界では数少ない唯物論・無神論の信仰を持った人間を集めてドラゴンの念を弱める様にして、周りに人が住んだり農業ができるようにした。だから彼らも特に罪人扱いはされてなかったでしょ?でも、今はみんな別の牢獄にいるから、あそこは無人のはず。建物に染みついた唯物論・無神論の念と言っても、生きた人間の念ほど強くはないから、どうかねえ。悪い予感しかしないけど。」

 「まずいね。私、オシテバンの人たちの前に行ってドラゴンを持ってくる。」

 「ええ?ハハハッ!危ないねえ。それは魔王帝と呼ばれた男がやったことと同じだよ。あいつも勇者だったけどドラゴンマスターでもあった。魔王帝という事にされちゃったけどね。」

 「裏魔導士会はそうやって都合よく歴史を作っているのね。」

 「だから魔王帝を滅ぼしたという『勇者エメル』が最大の魔王かもしれないよ。」

 「当時は見てたの?」

 「いやあ?ローランド帝国が滅びる頃なら、大陸北部の王家に転生したフィリアになる前のあいつと戦ってた。何とか倒したけど私も死んだから魂は逃げられちゃった。死に戻りして南に来た頃には戦いは終わってたよ。十何年かして二代目魔王帝ネクロフィリアが私の分身体だと分かった頃には上級魔族が四人集まって来て『魔王四将』を名乗っていて本人とは戦えなくなってた。」

 「魔王って何?」

 「霊的には、そこいらの悪魔より強いと思っている悪魔、かな?眷属がいる様な奴はそう名乗っているかも。でも大体この世界の肉体を持った『魔王』ってやつは魔導士会が交配技術でゴブリンから作ったものだし、アクサビオンに行けばゴブリンが放し飼いにされてるわ。大ゴブリンも中ゴブリンも作られた存在だよ。」

 「魔王の霊というのは?」

 「過去の強い霊が何重にも呪われてそうなっている。フィリアの様な大魔族の子孫もいるけど、魔族とは限らない。大抵はローランド王国の跡を継いだローデシア王国に転生した事がある悪魔の霊。死んだ騎士の悪魔霊も沢山いる。ローデシアの洗礼で宿すところの歴代魔導師の霊も正体はいわゆる魔王よ。」

 「もう。ひどいわね。裏でいろんな悪いことして騙してるなんて。」

 「まあ、現代日本とかも同じだけどね。誰も信じないけど影の世界政府があると言われている。真実の神の使徒はそういう欲望の集団といつも戦っているのよ。」


 加藤りのはタバコを吸って煙を吹いた。

 「タバコ吸うんだ。」

 「え?ああ、癖になってた。」

 タバコも煙もポンと消えた。

 「ここは霊的亜空間だから、思ったことはできちゃうんだよね。」

 「でも加藤さんに聞けてよかった。こんな事は王宮の横じゃ話せないよね。カトリーヌも心なしか表情が暗かった。」

 「王宮騎士の先生もしてたからね。あいつらも王命が下ったら悪い仕事もしなきゃいけないからね。」

 「悪い仕事って?」

 「反政府デモの鎮圧、反乱を起こしそうな人の逮捕、暗殺。そういう人の捜索。関係者の逮捕、拷問・・・」

 「ああ、そっか。」

 「アルノーやクラレンスも同じ。希少能力者だから呼ばれて使われる事はあるのよ。王子じゃないから『嫌だ。やらない』じゃ済まない訳よ。」

 「それは彼らの責任じゃないよ。命令して使う側の責任だよ。」

 「でも、心を病むよね。信仰心もないような騎士は死んだら天国に行けるか分からない。カトリーヌも悲しいと思うよ。あいつら教え子だからね。」

 「知らなければよかった。知れば戦わなきゃいけなくなる。」

 「何と?」

 「組織と。」

 「やるんだ。偉いね。」

 「ありがとう。」

 「・・・うん。最後にエラには聞いてほしんだけど。」

 「何?」

 「三十二年前に終わった人魔戦争を起こしたのは私なんだ。」

 「え、加藤・・・」

 「違う、カトリーヌよ。」

 「ええ?個人には無理よ。いくら魔法使いだっていろんな国の政治を捻じ曲げる事はできないよ。たぶんみんな戦争したがってたんだよ。一人の責任じゃないよ。」

 「ありがとう。優しいね。何回も死に戻りすると見えてくるんだよね。ローデシアとオシテバンは揉め事が多いの。それで双方を攻撃してこじらさせて、オシテバン王にウエシティンに助けを求めさせた。その後、髪を切って金髪にして青黒い皮膚にしてフィリアのフリをした。魔族軍はそれで動かせた。」

 「何でそんな事を?」

 「魔族軍を壊滅させて魔王四将の残り二人を倒してフィリアの霊と戦うためよ。でもフィリアは現れなかった。あいつと戦うと大魔法同士の勝負になるから、周囲は滅びる。同じく魔族が犠牲になるなら私と戦う必要はないと思ったらしい。魔族軍が負けた時、私は変身を解いて撤退する軍に紛れてローデシアに帰った。占領軍がアクサビオンに残ったけど、帰ってきたら後で彼らは「フィリアの襲撃を受けた」と言っていたわ。」

 「フィリアが戦いを避けたの?」

 「あいつが来なかったから結果としてアクサビオンの魔族たちはほぼ全滅したわ。元魔王四将の霊が憑いた二人の将軍も死んだし、大魔族はポーラの時代に絶滅したけど、中級魔族の強い肉体を持っていた者たちもほとんど殺された。生き残りは少ししかいないらしい。逆の連合軍側は人間も魔龍族も魔獣族も合計で百万人も死んだけど、それが今アクサビオンの土地に魔族の国がない理由。」

 「前に、あそこには生きた魔族はゴブリンしかいないってアスカ様が言ってた。」

 「でも他の三国の王族や軍人がフィリアの組織を引き継ぐような結果になってしまった。魔族じゃないから人間たちを食べないくせに同胞を利用したりひどいことを続けている。こっちがあいつの狙いだったのかもしれない。」

 「魔族は魔龍族や魔獣族も食べるの?」

 「『人間たち』って言ったのは三族合わせてって意味ね。当然他の二つの種族も食べるわ。」

 「でも、国家同士で戦争させるなんて、そんなことできるんだ。」

 「これが『魔女』としての仕事よね。それが正義だったかは分からない。」

 「でも人喰い魔族がどんどん増えたら人間も魔獣族も魔龍族も滅びるよね?良かったかは分からないけどフィリアたちを食い止めるためなら仕方ないと思う。無罪かは分からないけど、私は許せる。」

 「ふっ。ごめん私の懺悔なんて聞きたくないよね?」

 「本当の偉人なら、本当に多くの人を愛するなら、重い責任も背負わないといけない。」

 「愛するならって?ふふ。偉いね。エラはそのまま真っすぐな心で居てね。」

 「やめて。カトリーヌはみんなのお手本よ。魔法を使う人はみんな尊敬してる。」

 「私そんなに偉くないんだ。この魔女の力を得るために禁じ手をたくさん使ったからね。」

 「前も言ってたけど、それ何やったの?」

 「魔王を倒して憑依されてってのは最初にやった。」

 「それは知ってる。マルのやつが言ってた。」

 「う〜ん。マネしないなら教えてあげる。まああんたはもう必要ないか。魔力が二千超えたら魔法で分身体が作れるのよ。魂を二つに分けて別のところで修行させるの。物質化魔法で肉体を持たせることもできるし、神々の中の誰かの許可があれば、赤ちゃんから転生させる事もできる。」

 「それ禁じ手なのかな。神の許可が出るぐらいならあり得ることだと思うんだけど。」

 「分体を増やしすぎたの。当時私はレベル五千ぐらいあったから、四体作った。その時、魔女の星がある事を知って、行けると聞いてすぐに向こうに行ってしまった。千年して地球に戻ったら、分体の方は色々なところや色々な世界で分体作りを繰り返して、合計百体を超えていた。それはもうあの世から地上の過去・現在・未来や並行世界にまで広がっていて、しばらくは回収活動が続いた。でも『確かに分体を作った』と分体が言う人数と捕まえた人数が合わないから、どこかに行ってしまったものもたくさんいた。」

 「転生すると別の人格ができるじゃん?ポーラがアヤになったみたいに。」

 「それとは別。本当にコピー魔法なの。分体は回収されてカトリーヌと同化すると意識を失って記憶になる。分体の経験は共有できるの。レベルはかなり上がったわ。でも最後に、未来にフィリアになる分体の存在を天使たちに指摘されたわ。あいつはレベルで言うと計り知れないから下手に吸収するとこっちが意識を失ってあいつの記憶になる。」

 「まずいじゃん。」

 「だから上手く吸収するように色々試してきたのよ。」

 「ねえ、加藤さんは分体でしょ?これからどうするの?」

 「あんたを助けてあの世界に戻すという目的が果たされたから、還ってまたカトリーヌと同化するよ。」

 「ええ?いなくなっちゃうの?寂しい。」

 「そんなかわいい事言っちゃって。いなくならないよ。元からカトリーヌと一体なんだから。」

 「でもさっき加藤さんが始めからいない世界になっていたのは寂しかったよ。」

 「ああ、あれは別のパラレル日本だから。第二王子系の悪魔がアクセスできなくしたいの。」

 「ええ?そんなことできるんだ。」

 「『アヤが死んだ世界』に来られたら困るし、『アヤが生き返った世界』に来られても困るでしょ?」

 「てゆうか、現代日本がある世界に来られたら困るんだけど。」

 「私の顔を知ってるあんたでやっとあの世界に到達するぐらいなら、知らない奴は日本に到達することもできない。それ以前にアヤ以外の人物は私がこっちに居て誘導しない限り到達できない。あんたは二度目は私をめがけて移動してきたんだし、エリザはあんたを追ってきた。アルノーはエリザを追ってきた。もう今は誰も来れないよ。やったら他のパラレル世界に吸い寄せられるだろうね。それに天使たちもあんな奴が異世界に入り込んだら分かるよ。強制送還される。私が居たら私の責任で何とかしろーとかなっちゃうから。そんなのやってらんないし。」

 「うん。そうだよね。」

 「でもクリスが来た時は焦ったよ。」

 「ごめん。二度目に来たのは迷惑だったよね。」

 「でも楽しかったよ。」

 「じゃあ私行くわ。また会えるね?」

 「そんときはカトリーヌだけどね。」

 「うん。ありがとう。」

 「ああ、ごめん。本当に最後に。キャルの話は聞いたほうがいいよ。」

 

 ホワイトホールから出て、広い草原に立った。草は膝ぐらい。

 前にキャルが歩いている。珍しく平服。ブラウスにベスト。黒いパンツと茶色のブーツ。

 あの邪悪なオーラは出していない。

 私に気付いてキャルは身構えた。

 「キャルごめん。私、本当のことに気づいちゃった。」

 「ちょっと待て。なんで私が居る所が分かった?」

 「ブラックメテオで異世界に入ってから霊眼で相手を確認して、ホワイトホールでまた出ればいいの。」

 「・・・便利だね。私のは魔眼だから駄目かな?」

 キャルはジリっと足をすり足で開いて、半身になって腰を落とし、手を構えて完全に戦闘体制になった。

 私は気にせず答えた。

 「多分一緒だと思う。でもキャルも向こうの世界に行ったんだよね?あれと一緒だよ。」

 キャルは不満そうに舌打ちして構えを解いた。

 「ちっ、行けるかもね。でも、あんときはそっちの教会魔導士たちに通路を作らせたんだよ。」

 「でもキャルの作ったルートから、こっちの魔王とか魔族とかが向こうに行ったりしない?」

 「こっちから行った教会の人間があっちに残ってるから。あいつらが死ぬか還ってくるかすれば通路は閉じるよ。でもあの教会魔導士の生き残りが救出に向かうんじゃないの?行き方は知ってるんだし。」

 「でもキャルの関係だとマルドークだとか、」

 「ああ、あいつには離れてもらった。」

 「え?よく離れたね。」

 「アレが憑いてると気分が落ち込むし、タルくてやる気が出ないし、やたら人を殺したくなるし、やたら人間を食べたくなるから気持ち悪いからね。悪いことばっかり考えちゃうから剥ぎ取って捨てたわ。もう出てこないよ。呼ばなきゃあいつも地獄の底から出てこないよ。」

 「キャル、あんたわざわざ地獄からあいつを呼んだの?」

 「あんたに勝つためにね。でも悪魔とか魔王って性的嗜好は変態が多いから気持ち悪いしね。ちょっと二度とごめんだわ。」

 「何それ?」

 「あいつら魔力は強いけど基本的に欲望の塊だし、どっかが間違った連中だから、性的におかしい奴も多いのよ。元は人間だから個性があるから全部じゃないけど、マルドークはそっちだった。憑かれると頭に変態の知識が流れ込んできて現代で言えば性犯罪者の思考に引き込まれる。聖書で言う『蛇の知識』ってやつかは知らないけど、もう頭に来て剥がしたわ。昨日までは別の知識をたくさん頭に入れて脳を洗ってたところよ。」

 「あは。本当の『洗脳』か。それ簡単に言うけど、普通は一生居座られて肉体と人格を乗っ取られるってよ?」

 「もうあいつのレベルは遥かに超えてるし。」

 「そっか。よかった。」

 「前回のマーティの手下の悪魔霊たちも八割方そうだったよ。」

 「マーティは?てゆうかあいつ最悪の悪魔の集合体じゃん。マーティになんかされた?」

 キャルは冷たい目で私を見た。あ、無神経か。

 「ごめん。そういうこと聞いちゃいけないよね。」

 「マーティはホムンクルスだけど?」

 「え、あ、そうだ。」

 「目的遂行特化型の人造人間だから性欲はない、と本人が言ってたけど?」

 「う、ごめん。そうなんだ。」

 「アレもついてなかったけど?」

 「ごめんて。」

 「エラってヤラシイね。」

 「違ーう!そういうんじゃないって!何よ!ネチネチ言わないでよ!」

 やばい。怒鳴ったら目が潤んできた。

 「アハハハハ!ばーか!スケベ!何泣いてんの?言われると弱いタイプか?弱々メンタルか?」

 「うるさい!」

 涙を拭いた。前はこんなことじゃ泣かなかったのに。エリザと一緒にいるせいだ。

 「マーティの目的って何よ。」

 「知らん。でも、あんた警戒心も殺気もないね。何しに来た?」

 「話に来た。」

 「私を敵と認識していない。ドラゴンのパワーが効いてローデシア王宮の洗脳魔法が解けた、って事か。」

 「そんな感じ。立場が逆になっちゃった。」

 「この国、いや違う。オシテバンもローデシアもウエシティンも、国民にはみんな洗脳魔法がかかっている。」

 「アクサビオンは違うのね?」

 「あの国は生きた魔族としてはオリジナルの小さいゴブリンしかいない。」

 「うん。アスカ様もカトリーヌも言ってた。」

 「人魔戦争で上陸してきた連合軍に虐殺されたらしいからね。人魔戦争の後も、討伐軍が残って魔族狩りをしたらしいよ。それは連合三国の一般国民は知らないし、公的な記録はない。そこには上級魔族は前から居なかったし、中級魔族たちはほとんど殺されたってさ。強力な魔法で生活していた中級魔族は魔法を封じてしまえば弱かった。身体機能だけなら魔龍族と同じぐらいだから大した事ないって。当時の騎士はみんな魔導士でもあったから、中級魔族たちは一方的に虐殺された。」

 「ああ、王宮魔導士みたいなのがたくさん居れば封じることはできるもんね。私も王宮でやられたし」

 「生き残りはみんなウエシティンに連行されたらしいよ。でも魔族も弱くないから反乱を起こして西部の火山地帯に村を作って住んでいるって。ウエシティン王と契約して自治権を与えられているらしいよ。今は二千人もいないらしい。」

 「そうなんだ。あの国って謎よね。脅威だって言われてたのに誰もいないなんて。」

 「その辺が国家的な嘘なのよ。『怖いぞ』と言っておけば自国の軍備拡張もできるし、『城を作るから土地をよこせ』と言ってもできるわけよ。」

 「キャルは行ったの?」

 「うん。田園が広がって小さいゴブリンたちが農業とか家畜を育てて住んでいるだけの土地だった。魔王城も恐ろしい帝国もなかったわ。一見平和なんだけど、でも霊的に視ると魔族の怨霊たちがひしめいている。魔導士会の契約した者でなければ立ち入っただけで憑依されて呪われて狂い死する。肉体はゴブリンたちの餌になる。」

 「待って?行くと狂い死にするんでしょ?なんで行った?」

 「オシテバンはウエシティンほど魔族と関係が深くないからね。ウエシティンの魔導士会は魔族の霊たちを動かせる。それによって暗殺もできるし、事件も起こせる、疫病も起こせる。」

 「南部病も?」

 「あれは公害病だけど知識は魔導士会から出ている。ああ、魔導士会のこと知ってるのね?」

 「キャルは魔導士会なの?」

 「オシテバン王がそうなのよ。私は今回の人生ではパシリだからメンバーではない。大抵の場合、オシテバンが何かをやるときはウエシティンを通さないといけない。だから王が、魔族の生き残りか、その怨霊たちと同盟とか契約とかできないかって言い出して、密使をやらされたのよ。こういうのは前はマーティがやってたんだけどさ。」

 「キャルって色々なことやってるのね。」

 「でも、アクサビオンには話のできる魔族の霊なんて居なかった。私が王の紋章を持っているだけでメンバーじゃないことが分かったら怨霊たちがたかってきて、もう狂い死にする前に逃げ帰ったわ。」

 「魔族の怨霊って想像すると超怖いけど。」

 「霊なのに魔力が強くて防護魔法あるのに腕とか背中とかズバズバ傷ができるのよ。普通の人間なら死ぬわ。」

 「肉体を持った中級魔族は強いの?」

 「らしいけど情報はないわ。ウエシティンにいる奴らは古の魔法術の知識とかと引き換えに食用の人肉を提供してもらっているらしいけど、正確な情報はない。」

 「古の魔法術のって?」

 「例えば、前回『大ゴブリンは魔法で人間がそうなっているのです』みたいな嘘を言ったけど、ああいう類のバイオ知識とか魔法薬の知識よ。」

 「あれはやっぱり嘘よね?」

 「でも、ウエシティンで魔族への生体実験とか交配実験とかで、ああいう大ゴブリンとか魔王みたいな戦闘用の魔物が作られているのは本当。でも先祖が神に反逆した民族だけど、契約だからってそんなに酷い目に遭わせてもいいわけないと思う。」

 「ふうん。キャル優しいじゃん。見直したわ。」

 「それって見損なってたってことじゃん。あんた、人をなんだと思ってるのよ。」

 「はは。ごめん。」

 「人喰いゴブリンも魔王もウエシティンで作られ飼われている。あそこは魔導士会の工場なのよ。生き残りの魔族たちは、食糧とか生活物資の提供と引き換えに実験に協力させられている。毎年のオシテバンとかローデシアでの十万人とも言われる行方不明者はみんな彼らの餌になっているらしい。魔龍族が実は人肉を食べるという噂を流したのも彼らね。魔導士会はそういう事をやっている。マーティだって私に繰り返し強化魔法をかけていたから、何か企んでいたらしい。あいつが死んだとき私の洗脳魔法もとけた。」

 「裏魔導士会って酷いね。」

 「あいつらは単に『魔導士会』って呼ぶけど、洗脳魔法ってのは支配するための魔法。例えば『王族を敬い反抗しないように』っていうのもそうだし、多岐に渡るから『これをやっている』ってはっきりは言えない。でも、彼らは常時、国民を不安がらせるように洗脳している。その方が利用しやすいから。目立つ人間や危険人物には影で個別集中して魔法をかけて屈服させるのよ。」

 

 草原にキャルはリラックスして立っている。草原を風が渡ってゆく。

 キャル「ローデシアの上層部はみんな魔導士会の幹部役員よ。私は前回マーティの言いなりだったけど、マーティが死んだ後、魔導士会のことに気づいた。ローデシアの女王にされた後、魔軍と闘い、魔導士会のトップにまで登り詰めたけど、結局、私もローデシアも大陸ごと滅びた。今回は、あんたが向こうのために動くと本当に危ないから必死で戦ったのよ。でも、今回、あんた王子のこと好きじゃなかったんだってね?前回、あんたが王妃にでもなったら最悪だから必死に抵抗してたんだけどね。」

 「それで今日は素直に話してくれるのね?」

 「いいこと教えてやるよ。あんたにも魔導士会から懸賞金がかけられてるよ。私やオシテバン軍が失敗したから、もうやろうとする奴がいないけど。」

 「ああ、やっぱり懸賞金の話はあるのね?前にクリス王子がそんなこと言っていた。」

 「最近わかったけど、第一王子のクリスワードは意外と堅物で魔導士会には入っていないらしいよ。だからって信用できるとは思わないけど、第二王子の方は魔導士会の『侯爵』の位を持っている悪党よ。あんたの『バスの話』が無かったら、今頃クーデターを制圧してノースファリアの黒油の利権を手に入れているところだったわ。これは前からマーティが関与してたけど、第一王子が商談を持ちかけて潰したの。」

 「あ、第二王子はね、」

 「あんたたち船で二週間も旅したんでしょ?あんな奴と。」

 「騎士団とかクリス王子とかも居たから大丈夫だったよ。でもファルはウエシティンと揉めた時、進んで降伏しようとしてたよ。私たちを売り渡す気だったのかも。」

 「第二王子のやつはまだ二十歳で若いのにかなり悪どくやっている。私だって実のところ組織を通じて買われて来たんだしね。クリス王子が学園で大きい顔をしているのが気に入らないとか、エリザを手に入れたいとか言ってた。あんたが居なきゃあいつがクリスの立場に入れ替わってたろうね。」

 「キャル?買われてって?」

 「そうあいつはさ、基本的に『人買い』なんだよね。あいつは国際的派遣会社の「名前だけの社長」ってことになってるんだけど、その会社は裏では奴隷や食料にされる人間の取引をしている。人間を捕まえて他国に売っている。オシテバンでも行方不明になる人がいるけど、それは売られてるらしい。でも人間を買うこともあると聞いている。王子の会社ということになっているから、たとえ平民がその会社の仕事をしていても地方貴族の持つ騎士団とかじゃ取り締まれない。本当は第二王子も名前だけじゃなくて色々な企画と資金を出しているってよ。あいつはこの大陸の人身売買の総元締めだと言われている。前回も今回も少しの期間一緒にいたけど、利権の話しか聞いたことはないよ。だから前回の時はアスカやエリザが第二王子を殺すのを見ていたけど止めなかった。前々回は第二王子がローデシアの帝王になって大陸ごと海に沈んだからそれは避けたい、」

 「へえ。でもあの黒いオーラはそんな感じだよね。」

 「前回、私はニセだったけど、今回本当の聖女がいるからね。何か変わるかと思ったらダメだった。魔導士会は教会とか聖女とか嫌いだから、前回、女王になった私は攻撃される前に上納金を収めてメンバーになっちゃった。今後エリザは集中してやられるのは間違い無いね。」

 「エリザにはなんとか聖女の力を発揮して欲しいんばけど、」

 「まあ、駄目でしょ。王族になって王宮に入っちゃったら王宮魔導士たちの念力にやられて分からなくなってしまう。これは祈っても駄目だと思うよ。ローデシア王宮は古くからの結界が幾重にもあって、外からも中からも念力や魔法が通りにくくなっている。王族だけはそこでも自在に魔法を使えるって話だけどね。」

 「祈りと魔法はちょっと違うんだけどね。」

 「同じよ。人間が発する思念エネルギーは跳ね返される。」

 「魂は信仰で神と繋がっているから、結界の中でも祈りは届くよ。ダブリュエと戦った時祈ったじゃん。」

 「へえ。有線の感じか。」 

 「・・・キャルはここで何やってんの?暇そうじゃん。」

 「偉そうに。言っただろ。昨日まで自分の脳を洗う意味で知識吸収に励んでたって。少し疲れたから、今日は瞑想して、あんたが殺した二十万人の思念を感じて涙してたところよ。」

 「二十万・・・多いね。」

 「『キャルにしてはいい人すぎる』とか言わないの?本当は瞑想して今後どうするかを考えてたところだよ。」

 「ローデシアの王様は一万人って言ってた。」

 「付き合いのある貴族の人数でしょー。ここは封建社会なんだから庶民は人数に入ってないのよ。あんた私より人殺してるんだからね?戦争と言えなくも無いけど、命令もなく自分の意思でやったんだから、現代日本だったら殺人鬼よね。」

 思いがけず、ぽろっと涙が出た。

 「ええ?また泣くわけ?バカじゃん?後悔するならやるなよ。」

 「そうね。キャルだけだよ。そうやって人殺しの罪を裁いてくれるのは。ここじゃ誰も言ってくれない。」

 「へっ。それ嬉し泣きなの?マゾなの?」

 「知らない。」

 しばらく涙と鼻水が止まらなかった。

 責められて罪悪感が薄れて嬉しいという訳じゃない。爆死し焼死した霊たちの恨みと悲しみの念にアクセスしてしまうとこうなる。

 キャ「・・・はあ。馬鹿だね。慰めを言うとさ、あいつらはローデシアの北部を長年侵略したがっていた連中。死んだやつの三割は兵士だよ。兵士は戦いで死んだって文句は言えないんだから。」

 「でも一般人を殺したらいけない。兵士だって理不尽に命を奪われるべきじゃ無い。」

 「はあ。ここじゃ兵士も一般人も同じだよ。ローデシアを占領して人間を支配してこき使おうと思っていた連中。私はそれでオシテバンが勝つなら呪いが解けると思っていたから悪くても構わないと思ってたけど、人間同士の国じゃないから負けたら悲惨だよ。魔獣族を甘く見たらいけない。どんなに訓練したって人間ほど理性的じゃないからね。連中の戦略は長年同じ。まずエルニソン領に進撃し州都をおとす。州都の三十万人を奴隷か食糧にする。エルニソン領は牙狼族やイヌ族、タイガー族で分け、エルニソン領民は奴隷か食糧になる。あそこの人口は?」

 「一千万。」

 「その後は王都を落とす。この戦略は魔王の時もこの間の米軍の武器の時も同じ。だから奴らを滅ぼしたんだかこの戦略もおしまい。ライオン族とかの王族派はローデシア王室との仲はいいからすぐに戦争ということはない。国境の小競り合いも無くなるだろうね。エラも充分良くやったんじゃねえの?」

 「ごめん。ありがとう。優しいじゃんキャル。」

 「だから罪悪感を薄めるためなんかのために個人で戦わなくていいのよ。」

 「罪悪感のためなんかじゃない。人としてそういう悪は許せないし、私のこういう魔力はそのためにあるんだと思う。私は未来のために戦う。大陸にはびこる悪を倒すわ。」

 「魔導士会なんかと戦うのかよ。」

 頷いた。

 そう。魔導士会と戦う。

 前回はローデシアの滅亡が見えていたから、クリスのために先走って色々な戦いに身を投じた。

 その結果が処刑。処刑は組織、つまり裏魔導士会が望んだことだ。

 今回は早く気付けた。

 戦おう。処刑を回避してクリスやエリザを救うために。

 たとえまたクリスと敵対するとしても。組織を倒すことが彼を救うだろう。

 キャル「あんたの核攻撃の結果、牙狼族、タイガー族、イヌ族は、ほとんど死んで、族を名乗れるほどの数はいなくなった。この国はライオン族の手に落ちたわ。あいつらも大多数は魔導士会のメンバーだから、あんたも関係あるのかと疑ってたわ。」

 「無いよ。魔導士会のトップは誰?魔族?」

 「本当のトップは魔族なんだろうけど、知らない。カトリーヌの話じゃ、奴らは人間に化けて自分用の環境を作り出すんだろ?でも、生きている人間のトップは、毎年の金銭的貢献が一番大きいやつだと思う。ローデシアの王やオシテバンの王は魔導士会では『公爵』だってさ。私の推測では、トップはウエシティンの王弟かクラレンスの親父あたりだと思う。」

 「メルのお父さんは?」

 「あれも意外と堅物なんだって。上納金を断って組織との関係を絶ったんだってさ。そのせいで領土で病気が流行ったんだって。でもメイドのアンドレアが上納金を十年分払ったから潰されないでいる。あれは奴らの古い貴族家らしいよ。爵位は知らない。でもファルとかよりは下だろうね。」

 「ファルか。あの、キャルさあ、アスカ様やカトリーヌが言ってたんだけど、第二王子のファルコンとライフ公爵令嬢のノルーリアは名のある上級魔族が憑依してるんだってさ。人格が同化しているから、ほぼ悪魔なんだって。」

 「は?ええ?上級魔族?早く言えよ!」

 「だってキャルの話も聞きたいし。」

 「ああ、言われてみればね。確かに人間にしては悪すぎるとは思っていたけど、マーティと比べたらあんまり強そうじゃ無いから魔族とは思わなかったよ。よっぽどあんたの方が魔族っぽい。」

 「違うってば。」

 「あと、カトリーヌって人も正体不明だよね。顔はネクロフィリアそっくりだけど。」

 「やっぱり見たの?」

 「前回の最後の最後に憑依された。その霊姿を見たから顔は知ってる。」

 「上級魔族のトップだよね?」

 「上級魔族は物理的には斬っても刺しても死なない。殺せないってマーティが言ってた。五工程以上の大魔法をかけないと殺せないって。戦後ウエシティンで中級魔族と人間を交配させて上級魔族が作られた時は、何年かしたら大惨事になって、隔離されていた中級魔族たちに頼んで集団魔法をかけて殺してもらったんだってさ。その代償で中級魔族たちの生活は相当良くなったらしいよ。」

 「へえ。でも大丈夫よ。上級魔族の肉体を持っている大魔族は絶滅したってカトリーヌが言ってた。今は人間に憑依しているだけだから、そこまで強くないと思うんだけど。」

 「・・・ほお」

 キャルはニヤリとしてから言った。」

 「じゃあさ、そいつらやっつけるの手伝ってよ。」

 「乗り気だね。」

 「そういう大魔族は魔導士を集めるか同士討ちにさせるかしかないと思ってた。それには時間と手間がかかるから、まずは魔導士会を潰そうと思ってたけど、大魔族をやっつけられるならそっちが先だよね。まずは第二王子からだね。」

 「キャルって、よく考えてるのね。でもそれでもかなり強いってよ?一人じゃ勝てないと言われた。」

 「二人二人。私もバーニィ家の呪いで召喚されちゃったから、オシテバン救わないといけないんだ。ガラにもなく。」

 「う〜ん。でもノルーリアも居るし、」

 「じゃあさ、なんか条件言ってよ。私やるから、その代わり手伝ってよ。」

 「え?うんと、じゃあさ、ローデシアのドラゴンが一体オシテバンに渡されるんだけど、それ邪魔するの手伝って。核戦争になっちゃうから。」

 「オシテバン的にはドラゴンもらった方がいいけど?私的にはオシテバンが守られた方がいいけど。」

 「キャルさあ、滅ぼされたバーニィ家は本当にオシテバンを救えと言ってたの?そんな悪い国を?」

 「そこが難しいところなんだよね。良い国にしろということかもしれないけど、少なくともローデシアに占領されるのは良く無いでしょ?」

 「魔導士会の悪と戦う方が優先じゃないの?」

 「うん、まあでもオシテバンでも残り二体の封印を解くって言ってたよ。」

 「じゃあ、キャルにドラゴン一体あげるよ。」

 「バカねえ。私と戦うことになるとは思わないの?」

 「三体のドラゴンを信用できる人に分けたいから。」

 「あは。私も信用できる人なんだ。」

 「まあ、仲直りの印でもいいけど、また勝負したっていいよ。」

 「バカ!それも核戦争だ!それにみんなで分けたらまずいよ。『核兵器の不拡散条約』って知らないの?」

 「キャルってたまに頭いいのよね。でも魔導士会とか、ファル王子とかに使われるよりいいと思う。どうする?やるの?やらないの?」

 「やる。」



 七時半。森。

 風が強くて木の枝が揺れている。

 空中に魔法陣が現れた。そこからスッとキャルが降りてきて着地した。

 しばらくしてキャルの横に一メートル大の白い光の球が現れエラが落ちてきた。着地できず尻餅をつく。

 「あだ。これもうちょっと着地を考えないとだめだ。」

 キャル「あんたってバカじゃないの?ずっとそれやるつもり?ブラックメテオを移動魔法として使ってたら、いつか戻れなくなっても知らないよ。」

 「こっちの方が速いよ。人を思い浮かべると手っ取り早いってカトさんが言ってた。」

 「先に行けってそういうことか。不便かもね。」

 エラは立ち上がる。

 「でも、たぶん霊眼でイメージが見えれば、人じゃなくてもいけると思う。ポーラがあっちで調節してくれてるの。」

 「ポーラ?あんたの守護霊ってやつか。」

 「まあ、いいから行くよ。」

 二人で森の中を走る。

 前に、あの古代遺跡が見えてくる。

 「ああ、でも前より体が軽いわ。」

 エラが走りながら少し飛んでみると十メートルぐらいの距離を飛べた。

 正面に遺跡の巨大な横円柱形の石の扉。転がして開けるやつ。

 キャル「どうする?」

 「あの時とは魔力が違うもん。」

 エラが手指を握り拳をつくった。魔力を込める。強化魔法の魔法陣が三重四重と現れる。空間がヴンヴン唸る。

 キャルは身をかがめて後ろを向いた。

 「パワー込めすぎ!込めすぎ!」

 「魔力十分の一の世界ならこのぐらいっしょ。」

 「さっき結界が弱まってるって確認してたじゃん!」

 エラは石扉を殴った。バガーン!と石扉が爆発した。森の鳥たちが一斉に飛んでゆく。

 

 王宮騎士の黒服たち四十騎と牛っぽい顔で五センチの角が二つ生えた魔獣族の騎兵たち百ぐらいが森の道を進んでいる。ライオン顔の者もいる。

 バガーンという音が響き、馬たちが乱れた。

 黒服「何かあったな。急ごう。」

 騎兵たちが駆け出した。

  

 松明片手にキャルと二人で石の階段をひたすら駆け降りる。

 やがて鍾乳洞に出た。

 「キャル、落とし穴とかない?」

 「そんなゲームの世界みたいなものはない。」

 「フッフ。でも宝箱ならあるみたい。」

 幅一メートルの三つの木箱。蓋は半円柱状でいわゆる宝箱の形。角や端は鉄の補強がされ、鍵がついている。

 チョップした。

 「はっ!」

 蓋の木の部分を叩き割った。

 キャル「さっきから野蛮人ね。木が割れただけで開いてないよ。」

 「空手ならあんたの方が得意でしょ?蹴りで開けてよ。」

 「やだぁ。ブーツが汚れちゃう。」

 「こういう時だけカワイイこと言ってんじゃない。しょうがないな。ブルーゥ?出てきてちょうだい。」

 ブルーはポケットからピッと跳び降り、光を帯びて人間ぐらいの大きさになった。

 キャル「ああ、魔力に制限があるから小さいのか。」

 『別に。動きやすい大きさにしただけだよ。』

 キャル「ええ?エラ何か思った?」

 ブルーは何の躊躇もなく、箱を両手の爪で掴んで持ち上げて、バリバリと捻じ切ってバラバラにした。

 ポトッと小さな白いトカゲが下に落ちた。丸まっているが伸ばせば二十センチはありそう。腹には金の輪。

 拾って上着のポケットに入れた。

 「ブルー、もっと丁寧にね。潰れちゃう。」

 『僕らはそのぐらいで死なないよ。』

 キャル「ああ、念で喋るのね。」

 ブルーは箱を持ち上げて乱暴に次々に叩きつけて壊した。

 赤、黄のドラゴンが出てきた。

 キャル「じゃあ、赤いのをもらうわ。」

 キャルは赤いドラゴンを上着のポケットに入れた。

 「何で寝ているのかしら。」

 『箱の中は食べ物がないからね。その体じゃ箱は噛み切れないし、休眠状態さ。そのままでも、あと一万年は生きるよ。ポケットは揺れるからそのうち起きるさ。僕の箱はだいぶ前に地下水で腐って壊れたから洞窟で生活していたのさ。』

 「へえ。そうなんだ。」

 黄色はズボンのポケットに入れた。

 その時ズズンと地響きがした。

 霊眼にライオン顔の貴族服の男と牛顔の騎兵たち、王宮騎士たちが視えた。

 遺跡の出入口が崩れてふさがれているのが視えた。

 騎兵たちは移動して、長銃を構え、別の出口を包囲し待ち伏せている。

 

 強風の中、王宮騎士が怒鳴るように話している。

 「本当にエラ殿か?!」

 「俺の感知魔法の間違いだというのか?!この魔力の質感、間違いない!もう一人は多分キャンディジョン!」

 「エラ殿の魔力は百万超えだ!王宮の長距離魔力感知装置にも反応は出ていただろう!一応魔法通信で連絡しておけ!」

 ライオン顔の貴族が言う。

 「ガブリエラだと?そんな筒で勝てるものか!私はここを離れ自国のドラゴンを連れてくる!」

 騎士「我々とて引くに引けぬ!陛下に対してこの失態は申し訳が立たぬ!皆の者!命は無いものと思わねば勝てぬぞ!銃だけではない!我らの渾身の魔力攻撃をぶつけるのだ!」

 ライオン顔は胸の高さの魔法陣の中でスーッと消えていった。

 その時、遺跡の上に一条の黄色い光が立ち上がった。

 遺跡が白く光って爆発した。騎兵たちは吹き飛ばされながら焼かれた。

 木々は焼かれ煙が広がった。円形に衝撃波が広がってゆく。

 爆風が吹き返して中心に集まり、最初の白かった火の玉の丸い煙に吸い上げられてキノコ雲となった。

 雲は強風に乱れ東へ流れてゆく。

 爆心地から上がる熱の揺らぎの中から羽ばたきもしないドラゴンがスーッと上がってきた。

 人間より少し大きくなったブルーがエラを背負いキャルを抱えている。

 防護魔法の透明な丸い球が熱風に揺らぐ空気の中で見える。

 地面には大穴が空き、建物の石材が溶けたものが流れ落ちてゆく。

 キャル「よくこの唯物論が染み付いた建物で撃てたね。」

 『僕のは魔力だけじゃなくて半分は物理的パワーだからね。建物を壊したから君たちの魔力も回復したよ。』

 ブルーは巨大化してゆく。

 上空に大きな魔法陣が現れた。

 二体のドラゴンがそこから飛び出した。

 緑色と青色。目が黒い、翼長二十メートルのドラゴン。

 青色の背にはライオン顔の男が乗っている。

 ブルーが先に黄色い光線を二体に当てた。

 二体は白く光って、ダン!ダン!と核爆発した。

 熱線が、燃えている木々をさらに燃やし、爆風が木々を揺らがせる。

 周りに衝撃波が広がってゆくのが見える。

 ブルーの手の上のキャルが言う。

 「君は確かに大量破壊兵器だわ。まだでかくなるの?」

 ブルーはさらに巨大化し翼長三十メートルになった。

 『これで限界かも。さっきの移動で霊界エネルギーを吸ったからどこまでいけるか見てみたんだ。』

 キャル「へえ。」

 エラはブルーの頭の上で言う。

 「ブルーごめんね。仲間を殺させてしまった。」

 『やらなきゃやられてた。先手必勝。とろい方が悪いのさ。』

 「・・・ブルー、その辺の考え方は爬虫類なのね。」

 『僕は爬虫類じゃないよ。ドラゴンさ。』

 「でも、また小さくなってくれる?大きくなったところごめん。また移動しなきゃいけないから。」

 「エラあんたどこ行くの?」

 「王宮。エリザにだけは渡したい。きっと守ってくれる。」

 「まあ、勝手にしな。どうせ私はあんたを止められないし。」

 手から直径一メートルのブラックメテオを出した。

 キャル「ねえ、またそれやるの?闇の力でしょ?あんたって訳わかんない。」

 「使い方がわかった。地獄パワーか裏霊界の妖怪妖魔の力かと思ったけど、でも創造主の神様ならどんな力でも使えるんじゃないかな。だから聖魔法が使えるなら他の魔法は全部使えるはずだよ。」

 「知らんわ。私のは基本『闇パワー』だし。それ渡したら戻ってきな。どっかで魔力消して潜んでるから。それでも来れるんでしょ?」

 「もちろん。私のは魔力感知じゃなくて霊眼だから。」

 黒い球の中に飛び込んだ。


 窓のない長い廊下

 ドレス姿のエリザが一人で歩いている。

 その前が白く光ってエラがどさっと落ちてくる。

 「いてて、やっぱり王宮はホワイトホールが小さいや。」

 「えっ!ああエラ様。何してるんですの?ここは王族専用区画ですから許可なく入ると警備が来ますよ。」

 「ああ、エリザはもう王族だもんね。」

 立ち上がった。

 エリザはきょとんとして首を傾げて私の様子を見ている。

 この様子だと私が遺跡を襲ってドラゴンを奪取したことは知らないのだろう。

 「渡したいものがあったの。」

 上着のポケットの白い小さなドラゴンをハンカチに包んで渡した。

 「あとで開けてみてね。」

 「あ、はい。ありがとう・・?」

 エリザは受け取ってドレスのスカート横のポケットに入れた。

 「エリザ。ドレス姿綺麗ね。」

 「ありがとう。」

 「この廊下、天井が光ってるね。」

 「向こうから電気関係の書物も買ってきたでしょう?あれで王宮の仕組みが分かって明かりが使えるようになったの。何千年も前のものなのに発電の仕組みがまだ生きているの。すごくない?もう松明が要らないのよ。防音構造も完璧だし、五千年前の技術ってすごいわ。」

 「それはいいけど、結婚して王宮に入っちゃったら聖女の仕事はできないよね?」

 「・・・うん。でもアスカ様がやってくれるよ。」

 「あの人も王宮に?」

 「ううん。急遽里帰りするって聞いたわ。」

 「あら?ホントに急だね。でもエリザは聖女の仕事したいとは思わないの?」

 「・・・ごめん。私も辛いの。でも私みたいな世間知らずな人間が、王妃様になれてローデシアの人たちの支えになれるなら、それも良いかなと思ったの。将来、王妃として、なにかができるかもしれない。与えられた環境の中で最善を尽くしたい。それが神様の望むことだと思ったの。」

 「バカ言っちゃいけないわ。何が世間知らずなダメな女よ。」

 「ダメな女とは言ってないけど。」

 「あんたは聖女エリザベート!私なんか遠く及ばない完璧なレディよ!」

 エリザは息を呑んだ。

 その時、廊下の向こうに人が現れたのが見えた。

 二十メートル先が丁字路になっている。

 そこに三人の男がいた。真ん中はクリス。両脇には白い服の王宮魔導士。

 クリス「ああ、エラか。」

 クリスがホッとしたのが分かった。彼は言う。

 「この辺りの魔力値が急に上がったと言うから見に来た。」

 エリザ「エラ。早く逃げて。」

 「そうさせてもらうわ。」

 クリス「お前。ドラゴンを奪ったそうだな?」

 「あ、情報が早いね。」

 エリザ「え、エラ様?」

 「奪ったよ。ドラゴン。」

 エリザはまた息を呑んだ。

 クリス「では、自首してもらおう。窃盗罪。王宮侵入罪。国家反逆罪、だな。」

 来た。反逆罪。三年早いけど。

 エリザは泣きそうな声で尋ねた。

 「ねえ、それ本当?」

 クリスの両脇の魔導士二人が呪文を唱えて、短剣を抜いて前に向けた。

 クリス「王宮魔法・炎嵐。」

 二つの短剣の先から火炎が放射された。

 エリザ「やめて!」

 エリザの前に出て剣を抜き、前に向けた。

 「魔法返し!」

 炎は靴下のように裏返って王子に向かった。

 エリザ「ああっ!だめ!」

 炎は王子たちを飲み、ボワン!と爆発して消えた。

 クリスはノーダメージで立っていた。右の魔導士は倒れていた。

 ク「王宮魔法・雷球!」

 左の魔導士が短剣を向けた。

 バチバチッと放電しながら球状の廊下いっぱいの雷の球が来る。

 「魔法返し!」

 雷の球は戻って二人に当たるが魔導士だけが倒れた。

 エリザは狼狽する。

 「エラ!やめて!クリス様も!戦わないで!」

 「私は魔法返ししているだけだよ。倒れた魔導士も死んじゃいない。王子に殺意がなかったからだね。」

 クリスは答える。

 「王位継承順位一位だから護られているのさ。魔導士局員や王宮騎士の側近たちが『命の契り魔法』で私が受けた攻撃のダメージを受けてくれる。だから私を攻撃すると何人死ぬか分からんぞ。」

 「私は攻撃していないよ。」

 アルノーが現れた。

 クリス「遅いぞ!」

 アルノーが一瞬に目の前に来て私の袖を掴んだ。

 「うっ!」

 急に無重力になった。周りは濃い青。口に塩味の水が入ってくる。息ができない。上下が分からない。

 水中防護魔法!両手を開く。

 水が押し広がり息ができるようになった。空気の球の中に入っている。

 息はできるが、激しく咳が出る。水をたくさん吐いた。

 ブルーが『大丈夫?』と聞く。

 「大丈夫。ここはどこ?」

 『たぶん海中。』

 「だろうけど、ずいぶん飛ばされたね。」

 『どうする?』

 「エリザも心配だけど、先にアスカ様にドラゴンを預けたい。」

 

 アスカが野外のベンチに座って分厚い本を読んでいる。

 その真後ろに直径一メートルの白い光の球が現れ、エラが現れた。

 エラ「おっ?うまく出られた。」

 近くにいたメイドが、びっくりしてエラとアスカの間に押し入ってアスカを後ろから抱いて守った。

 エラ「アスカ様。ごめん。」

 アスカは平然と答えた。

 「大丈夫。来ると思っていました。ジェーニャ、お控えになって。」

 メイドはアスカを離して横に離れた。

 エラ「やっぱりエルニーダに帰っちゃったのね。ローデシアはもう駄目そうなの?」

 「いいえまだ。あの後すぐにエルニーダの聖霊導師たちが来て転移魔法で無理やり帰国させられてしまったのです。彼らの結界があるので移動魔法は使えない。学園には戻れません。あなたは王宮の防護魔法を破って入ってきたから、そのうち警備の者たちがきますよ。」

 「すっかり敵みたいになっちゃった。エリザがアスカ様を帰国させたの?」

 ジェーニャが答えた。

 「私です。ローデシアの情勢がいささか不穏でしたので。」

 アスカ「あなたがドラゴンを持ち込んだのでローデシア王宮の結界魔法や洗脳魔法が弱まって、逆に彼女が気づく結果になってしまいました。」

 ジェ「姫様。逆にとはなんですか。」

 アスカ「ごめんて。でも立ち聞きは悪い癖よね。」

 「素のアスカ様の答え方、なんか新鮮。」

 「ウフ。エラ様は、ああアルノー様の能力で飛ばされてしまったのですね?で、わたくしが国にいると感知してこちらに?」

 「感知してないけど、アスカ様を念じたらここに来ちゃったのよ。」

 「・・・国に逃げ帰ったから怒って来たのでは?」

 「違うよ。ドラゴンを預けたいの。」

 「えっ?ローデシアのですか?」

 「そう。」

 「ジェーニャ、カゴにタオルをひいて持ってきてください。」

 ジェ「カゴですか?衣服かごでいいですか?」

 「はい。」

 メイドは百メートル向こうに見える教会に走って行った。

 アスカ「ねえエラ様?ドラゴン同士の戦いは避けられなくて?それは滅びを呼ぶ行為です。」

 「うん。でも、オシテバンの残りの二体はブルーがやっつけちゃったよ。」

 「ウエシティンにはあと三体のドラゴンが居るはずです。」

 メイドがカゴを脇に抱えて戻って来た。

 そこに黄色いドラゴンをそっと置いた。

 アスカ「確かローデシアのドラゴンは白、黄色、赤ですよね?」

 「白はエリザにあげちゃった。赤はキャルに」

 ア「ええ〜?白が良かったのにィ」

 「あはは!でもどういうこと?」

 「この歴史書によるとですね、白は神の使いなのです。他より格上だそうです。そうですか。エリザ様が持っているのですね。」

 アスカ様が悲しそうな残念そうな顔をした。

 「え?そんなに欲しかったの?」

 アスカ様はすぐに表情を戻した。

 「いいえ。でもキャンディジョン様に預けても大丈夫ですか?」

 「あのくらいの魔法レベルがないと制御できない感じなの。」

 「それはまあ、上に乗って制御するならそうでしょうけど、普通は瞑想的に支配制御するらしいですよ。」

 「ああ、幽体離脱して乗るわけね。」

 「それでもドラゴンが致命的な攻撃を受けるとドラゴンマスターも死ぬとも書いてあります。魔王帝はそれで倒されたと書いてありますわ。」

 「へえ。」

 アスカは本を読み上げた。

 「『魔王帝ガルドエガルド・アクサビリオンは、勇者エメル・ド・マーティに倒された』と書いてあります。」

 「ま、マーティ?」

 「あのマーティかもしれませんね。彼はローランド帝国の敵を滅ぼすために多くの魔導士たちが命を捨てて、禁忌魔法を行い、魂を融合させて一つの体に宿ったものだ』と書いてあります。『ローランド帝国はドラゴンの火で滅んだが、マーティが続けた「魔王撲滅の戦い」により幼い皇子は護られ、それが今のローデシア王家の祖となった』と書いてあります。」

 「マーティが勇者?善悪が逆になってる。でも考えてみればローランド帝国の大陸統一運動も、乱暴な話かもしれない。武力で侵略して征服して行ったように見えなくもない。魔王撲滅と言っても今の『魔王』じゃなくて、単に敵だったのかも。魔王帝だって勇者だったけど魔王帝ということにされたとカトリーヌは言ってたわ。」

 「カトリーヌ様は二代目魔王帝ネクロフィリアを長年追っているのですよね?ネクロフィリアは初代魔王帝の子孫だったのは本当らしいです。魔王四将は各地にいた大魔族の肉体を持つ者がフィリアに挑戦して負け、部下になったと言われているそうです。彼らと中魔族との子孫が、現在『魔王の霊』とか『魔導士の霊』とか呼ばれている強力な魔力の霊らしいです。」

 「ローデシアの洗礼で憑く霊ね?表向きは対立しているのに魔族の霊が多いのは理解できないわね。」

 「初めは対立していたローデシアとアクサビオンは、千年後には裏で商業的に繋がっていて両方ともネクロフィリアの支配下にあり、その資金力でできた組織が、色々と人道的に問題のある実験をし始めたそうです。」

 「長寿の肉体を作る研究と聞いているけど?」

 「初めはそうだったんですけど、色々な人物が関わるとその人物の興味によって研究の内容が多くなって手がつけられなくなったと書いてあります。」

 「う〜ん。霊眼があるから想像すると同通しちゃう。嫌な話ね。」

 「千年前、ポーラさんはそれをすべて滅ぼし、組織も滅ぼし、魔王四将やネクロフィリア本人まで倒した。ローランド大陸に住む者で『黒き滅びの魔女ポーラ』の名を知らぬ者はいなかった。と書いてあります。」

 「ええ〜?今は全然だけど。」

 「やがてローデシア王国が始まり、その王にネクロフィリアの霊が取り憑き、その組織が再び作られた。彼らはポーラさんの存在を歴史書から消し、すでに出ていた書物を集め焚書にしました。そしてその組織は『闇の神・魔王帝ネクロフィリア』を信仰し、ポーラのことを語る人や、その教義に反抗する人は全て捕まえてゴブリンの餌にしました。彼らの信じる『闇の神』を倒せる人物がいたという事自体が、その組織にとって危険なのです。」

 「その組織が魔導士会ね?研究機関もまだあるのね?」

 「ローデシアやアクサビオンにあった研究機関はこの前の人魔戦争で失われましたが、ウエシティンに集中・移転された、と書いてあります。アクサビオンのことは国交がないので分からないのですが、霊的遠隔透視術によると実は滅ぼされたと書いてあります。」

 「待って。その本すごいね。しかも割と最近の本だよね?」

 「著者は母です。今も聖女ですから。今のアクサビオンでは小さいオリジナルのゴブリン族が住んでいて農業や牧畜業をさせられているそうです。たまに魔導士会の人間が行って捕まえたりして生息数を管理していると。」

 「大きいゴブリンも魔王もウエシティンで作ってるってキャルが言ってた。」

 「神の許可もなく戦闘用の生き物を作ったりして、そういう『生命への冒涜』を続けていると必ず神罰が下ります。それは別の言葉で言えば『浄化』です。」

 「それは具体的にどうなるの?」

 「善人も悪人も構わず一気に滅ぼされます。伝染病とか地震とか、大陸ごと陥没して海没したりすることもあるし、地球の回転軸がずれて急に寒帯とか熱帯とかになったら生き残れないですよね。」

 「アスカ様も前回ローデシアは地震で海に沈んだと言っていたよね。」

 「この歴史書に書いてあります。魔王帝とローランドの戦いの時も大陸南部が沈んでアクサビオンとの間が海になっただけじゃなくて、大陸東部が海に沈んでエルニーダ半島は島になってしまった。」

 

 アスカ様は膝の上の本を「ポン」と閉じた。

 「ローデシアは海に沈む。わたくし達エルニーダ聖教会の上層部はそう見ています。父、教皇陛下はわたくしに、もうローデシアには戻らないように言っています。エリザ様にもローデシアが滅びるかもしれないという話は前々からしています。でもエリザ様はそれでもローデシアを救いたいと言っていました。」

 「エリザは大体のことを知っているのね?」

 「でも、魔導士会の話はまだしていません。彼女はまだ知らないと思います。」

 「まあ、上位貴族ほど監視はきついからね。言えないよね。あの子は言ったら誰かに抗議しに行きそう。」

 「王子もまだ言っていない様子でしたね。エリザ様もご苦労されていると思います。この貴族社会で相手の思っていることが分かってしまうのですから、どのような悪意を感じ取っても笑って対応しなければなりません。私は彼女と出会ってからずっと『感じ取る能力』のコントロールを教えました。だから今は、逆に人の悪意に鈍感になっているかもしれませんね。何しろ教会の教えが伝わらないぐらいですから、ローデシアの支配階級が持つ悪意は強力なものがあるはずです。」

 「でもさ、アスカ様はローデシアが滅んだほうがいいと思ってるの?」

 「いいえ。魔導士会の悪が正され、正しい教えに基づいてみんなが幸せに生きられるなら滅びなくて良いと思います。」

 「だよね。だからローデシアが滅びないようにしようよ。」

 「でも、この本には、『真実の聖女は、その命を捧げることでローランド大陸の人類たちを救う』と書かれています。エラ様がエリザ様を聖女にしようとしたのでしょう?」

 「え、初めて聞いたけど。え?死ねば聖女ってことなの?ええ?それ伝説とかにありがちだけど、そういう考え方は嫌いだなあ。なんか違うっしょ?色々な尊い仕事を残したからみんなが聖女と認めるんであって、『伝説通り死んだから聖女です』なんてさあ、既成事実だし伝説を作った側に騙された感があるじゃん?」

 「あら。ではなぜ白いドラゴンを彼女に渡したんですか?あれは『神罰の龍』とも呼ばれるドラゴンですよ。」

 「え、知らないよ。思いつきだよ。」

 あれ?私どうして?白はエリザっぽい?私って何も考えてない。

 アスカ様が言う。

 「何か霊的なものに動かされてしまいましたね?たぶん白いドラゴンさんの仕業でしょう。」

 「確かにドラゴンが封印された遺跡の周りでは霊的なドラゴンが祟るらしいけど・・・」

 「彼女は感情より信仰を優先させる人です。彼女は『聖女の受難』で死にます。」

 「でも、せっかく円満に結婚できたんだしさあ、そんな死に方はないよ。」

 「結婚はエリザ様も断れないでしょう。聖女の仕事のために王族との結婚を断るなんてそれだけで恥をかかせるようなものです。王族としては聖女と結婚すれば箔がつくでしょうけれど。」

 「確かに、私が居た世界のキリスト教の聖女は、権力者の求婚を断ってひどい目にあった人が多いんだった。」

 「昔、ローデシアでも『聖女の力は結婚すると失われる』という噂を流して聖職者の女性を護っていた時代がありました。何百年か前のそのローデシア教皇は処刑され、その後は、むしろ『王族は聖女と結婚すべきだ』と言われるようになりました。私の母も聖女でしたので、それは関係ないのです。」

 「だったら死ななくても聖女でしょ?エリザもアスカ様も聖女と言われてるじゃん?」

 「聖女と呼ばれているだけです。でも本当の聖女は使命に殉じます。地上での短い生命を永らえさせるより、神から与えられた使命のために命を捨てることは尊いことです。でも、ローデシアの聖女なんて政治的なものです。ローデシア王宮は簡単に聖女を認定し、簡単に取り消します。もしエリザ様が亡くなれば、あなたもすぐ聖女認定されます。すぐに結婚です。そして黒き魔女ポーラさんの生まれ変わりだと分かれば、すぐ『ニセ聖女』扱いされるでしょう。」

 「結婚はないよ。私、実は王子の異母兄妹なんだから。」

 「そうなんですか?でも、王子と王様が了承すれば、兄妹だろうと親子だろうと結婚は可能ですよ。」

 「ねえ、エリザが死んだ後の話なんてしないで。」

 「・・・」

 見るとアスカ様は泣いていた。

 また泣いている。アスカ様は意外と弱い人だ。エリザは泣き虫でも強いが。

 ア「・・・ごめんなさい。エリザ様がかわいそう。これから王子妃になっても、王妃になっても、聖女に専念しても、彼女には苦難しか残されていないわ。」

 「なんで?」

 「魔導士会は聖女を許しません。有名になればなるほど、彼らは聖女を排除しようとするでしょう。一方で、白いドラゴンは、解き放たれた時から『裁き』を開始します。解き放った者のために解き放った者の霊力を使って裁きを始めます。やがて解き放った者は霊力を枯らして死にます。ドラゴンはそれを見て気を失い眠りにつきます。『また愛すべき主人を失った』という事に気づき、気を失うのです。」

 「ねえ、それ絶対なの?どうしてもエリザが死ぬと言うの?」

 「・・・」

 アスカ様がまた涙を流す。

 「・・・代わってあげたい。お願い。エラ様の力で私をローデシアに送ってください。私が白いドラゴンを説得して裁きをします。そうすればエリザ様が生き残ってローデシアを救うでしょう。エリザ様は前回私を救ってくれた。今回は私が彼女を救います。」

 教会の横に白い服の騎士たちが数十人来たのが見えた。アスカ様が言った『警備の者』か。

 「アスカ様。だめよ。教皇夫妻にはアスカ様しか子供がいないから、よほど宗教的に優秀な人がいない限り、アスカ様が時期教皇なんだよ。これ、前も言ったけど、そんな優秀な人、他にいるの?私は知らない。アスカ様が死んだら、神の力を引いてこれるような人はいない。この世界に未来なんかない。魔導士会に負けて魔族の世界になる。アスカ様にはアスカ様の役割があるんだよ。私なんかとは違う尊い役割がね。」

 「ごめんなさい。ありがとう。でも、それでも代わってあげたい。だめなら彼女と一緒に死にたい。」

 「だめだってば。らしくないよ。ちょっと冷静になって。」

 「それが友達じゃないですか。」

 「え・・・」

 「私のことを分かってくれる人は僅かです。エリザ様は分かってくれた。だから、」

 またアスカ様はポロポロ涙を流した。それを子供のように両手でそれを拭いた。

 「アスカ様、それは友達を美化しすぎだよ。友達ってもっと軽い、」

 「いけないですか?」

 「・・・ごめんアスカ様。もちろん友情に命懸けてもいいんだけど、」

 「ごめんなさいエラ様。彼女は友達だけど恩人です。エリザ様がいなかったら私は学園には居られなかった。ローデシア貴族の方たちに馴染めずエルニーダに帰ってしまったでしょう。エラ様だってそうじゃなくて?」

 魔法学園入学当時の何度かの危機が脳裏に蘇った。公爵令嬢のエリザがいなかったら、前世のように孤立して貴族たちとのくだらない争いで立場をなくしただろう。アスカ様だって私を守ってくれた。

 あの時は嬉しかった。胸が熱くなった。目から熱い涙が流れた。

 ア「エラ様。お願い。お願い・・・」

 「うん。・・大丈夫。任せて。」

 「エラ様!ありがとう!」

 「何とかする。私がなんとかするから」

 「エラ様?え?」

 「だから、アスカ様は祈ってて。私が何とかする。」

 「違う。そうじゃなくて、エラ様?えっ?でも、どうやって?」

 「何とかするったら何とかする!今までもそうしてきたから!」

 そう言って逃げるようにブラックメテオの中に入った。

 

 

 王宮廊下。

 アルノーに袖を掴まれたエラが消え去った。

 エリザは驚きに声も出ない。

 アルノーはクリスに言う。

 「海中まで飛ばしましたので、たぶん生きてはいないと思います。」

 クリス「いやあ、エラはあのぐらいでは死なんだろ。」

 エリザは泣きながら怒る。

 「なんて冷たいの!どうしたって言うんですか!ひどいです!エラ様かわいそう!」

 クリス「エラがキャンディジョンと共同でローデシアのドラゴンを奪った。オシテバン側の二体のドラゴンに対してドラゴンの火を使ったためエルニソン領北部は大混乱になっている。」

 アル「オシテバン王宮からも正式に抗議され、協議の結果ガブリエラ様は危険だと言う事になりました。もしあれでも命があるようでしたら、討伐の対象になります。キャンディジョンも同様です。」 

 エリザは泣きながら言う。

 「お二人ともひどいです。冷たいです。エラ様にも事情があったんだと思います。」

 クリス「よせ。王宮は誰が聞いているか分からんぞ!」

 アル「現在魔力探知や会話探知でキャンディジョンを捜索中です。見つけ次第王宮騎士と魔導士が討伐に向かいます。」

 クリス「討伐って言ったって無理だろ?エリザ。君ならあいつらの魔力を封じることができるよな。」

 クリスはウインクした。口裏を合わせて欲しいサインだろう。とエリザは理解した。

 「・・・ええ。でも気持ちが付いていきません。出来ません。」

 アル「それには及びません。評議会は『魔王帝』を作るという決定をしました。」

 クリス「魔王帝だと?できるのか?」

 アル「そういう決定です。」

 エリザ「王子?どういうことですか?」

 「マーティのような、いやさらに強い魔王帝というものを作る。そういう計画は前からあった。ウエシティンにはその技術があるそうだ。アクサビオンには十の魔王がいて監視中ということだが、表向きだ。実際は魔王の肉体というのはゴブリンに薬草を与えて何世代かかけて大型のものを作り、強化魔法を数工程経る事で作ったという。」

 エリザ「待ってください。魔王を作るんですか?」

 「そうだ。中ゴブリンも大ゴブリンも野生のトロールなどとは関係なく作られたものだ。魔王というのはさらに魂を抜いた大ゴブリンの身体にローデシアの古い魔導士の魂を召喚して宿らせたものだ。マーティを作った技術は失われてしまったが、魔王帝というのは中級魔族の肉体にネクロフィリアを召喚して宿らせるのだと聞いたことがある。」

 エリザ「でもマーティは倒しましたよね?」

 アル「そう。あれは評議会的にも事件だったらしい。普通はあんなに簡単に倒せるものではない。」

 エリザ「待って。マーティ以上のものを作る?」

 アル「その通りです。」

 「やめてください!」

 クリス「いや。上層部の決定だ。」

 「国王陛下に抗議します!そのような生命の冒涜は神の法に反することです!」

 「だめだ。これは王より上の決定だ。」

 「・・・王より上・・王子、さっきからずっと何をおっしゃっているの?」

 「ふう。エリザは知らないことが多すぎる。私の部屋で待っていてくれ。父王を説得してくる。」

 「私も行きます!」

 「だめだ!!」

 王子の鬼気迫る声にエリザはビクッと肩をすくめた。

 「ミシェルと一緒に俺の部屋に居ろ。あそこは王族の特別結界魔法がある。外からは俺の鍵がないと誰も入れない。俺が行くまで誰が来ても絶対開けるな。」

 王子の真剣な目に息も呑むエリザに、王子は鍵を渡した。

 

 しゃがんでいるキャル。周りは木々がまばらな森。

 そこに白い光が現れ、その中からふっとエラが現れ、歩き出てきた。

 キャル「どこまで行ってた?」

 「エルニーダまで。」

 「そりゃ遠かったね。」

 「あの世を通るから距離と時間は関係ないの。で?第二王子の居場所は分かってるの?」

 「ローデシアのことでしょ?あんたが知ってるんじゃないの?」

 「知るわけないじゃん。」

 「じゃあ、あんたのその魔法で行くしかないね。場所がわからなくても相手が霊視できれば相手の所に行けるんだよね?あんたに付いてく。」

 「付いて来れるかな?」

 エラは右手を差し伸べた。キャルはニヤリと笑ってその手を取った。

 エラは左手をクルクル回して二メートル大のブラックメテオを出した。

 二人でそこに飛び込んだ。

 

 豪華な部屋にいるミシェルとエリザ。

 ドアがノックされた。

 無視しているが、しつこくノックが続く。

 エリザがドアに行こうとするが、ミシェルが腕を引いて首を振る。

 外から声が聞こえる。

 「エリザ様?私はファル殿下の使いです。お逃げください。クリス殿下はあなたをウエシティンに連れてゆく気です。早くお逃げください。ファル殿下も手が空き次第こちらにおいでになります。」

 焦るエリザ。立ったり座ったりキョロキョロ辺りを見回す。

 『ファル様は王族。この魔法も効かないかも。』

 ミシェルはエリザの手を取り、その人差し指を口の前に立てて「シッ」と言った。

 そして両手を合わせた。魔法陣がいくつもミシェルを回って消えた。

 その姿はエリザになった。

 『お任せください。』

 『ごめん。ありがとう。無理はしないで。』

 『お嬢様も。』

 心で会話を交わし、エリザの姿をしたミシェルは出て行った。

 

 キャルと白い光から出た。日本でのアルノーたちのように歩いて出られるようになった。

 一面板の間。大きな倉庫か。床面はテニスコートが五×二で十面取れそうな広さ。

 荷物は一つもなく、がらんとしている。

 正面二十メートル向こうに椅子に座った男がいる。背もたれ椅子に逆に座っている。ファルだ。

 キャル「ここは?」

 「王宮北側に倉庫が並んでいる場所がある。約三キロ四方の広大な倉庫群。物流センターね。たぶんそこ。」

 「キロって言ってもこの世界の人間はわからないよ。」

 「あんたは分かるでしょ?」

 ファルが座ったまま言う。

 「エラじゃないか。転移魔法?ではないな。おまえ、ドラゴンを奪って姿を隠してるそうじゃないか。」

 キャル「白々しいね。魔族のくせに。」

 ファ「ん?おいおいエラ、なぜ敵を連れ込んだ?」

 「ファル王子はキャルと組んでたんじゃないの?」

 ファ「マーティとは組んでたよ。そいつは奴隷だ。」

 「王国に貢献できると言って連れてきたくせに、今は奴隷呼ばわりなんだ。」

 キ「どこまでも冷酷な合理主義。やっぱり魔族っぽいね。」

 ファルは椅子から立ち上がった。

 「芝居は終わりだ。魔族と知られたからには生かす必要も無いよな?」

 ファルの横に魔法陣が現れ、黒いトンネルからエリザとノルーリアが現れた。

 「エリザ?」

 キャル「ああ捕まっちゃった?私は関係なくやるけど?いいね?エラ。」

 エリザ風だけど・・・目つきが違う。誰だよ。

 ファルはエリザ?の顎をガッと乱暴に掴んで、その顔を舐め回すかのように至近距離で見回し、その冷酷な眼差しをより一層冷たくして力任せに突き飛ばした。

 「おい!乱暴するな!かわいそうだろ!」

 倒れ、床を滑ってくるエリザ?を捕まえた。

 ファル「可哀想がられる奴が首を刺すかよ。」

 「え?」

 ファルの首に小さいナイフが刺さっている。ちょうど頸動脈のところ。

 「いつの間に?」

 ファルはそれを抜いて捨てた。少し血が出たがすぐに傷が塞がった。

 キャル「治った。やっぱ魔族だね。」

 ファルはツカツカとノルーリアに歩いて行き、力任せにグーでノルーリアの口元を殴った。

 ガチン!とすごい音がしたがノルーリアはヨロけただけで倒れなかった。

 ノルーリアは口を押さえて横を向く。血がたくさんしたたり落ちた。

 ファルの怒号が空の倉庫に響き渡る。

 「馬鹿野郎!こいつはメイドのミシェルだ!変身魔法ぐらい見抜け!あほんだらが。」

 「すっげえ口悪い。それでも王子か」

 ノルーリアは目を閉じ少し会釈するように誤った。

 ノル「すあせん。」

 その口の傷は治っている。

 あのパンチで立っていたノルーリア。傷の治りの早さといい、只者ではない。

 エリザっぽかった人は気を失って変身が解けてミシェルになっていた。

 エリザのメイドのミシェル。第二王子を殺そうとするとは・・・これは一大事が起きている。

 でも突き飛ばされただけで気を失うのか?

 ファル「ああ、俺が意識を奪った。」

 「はあ?聞いてないけど?」でも読心術か。厄介だ。

 ファル「そいつを使えばエリザは言うことを聞く。」

 「汚い奴だね。じゃあここに居てもらったら困るね。」

 手からトンネルを出してミシェルを消した。空間魔法。

 キャル「あんた、そんなこともできんの?」

 「忘れ物を取り寄せるのの逆。中央教会に届けたわ。」

 ファル「なるほど。教会魔導士の聖魔法なら飛ばした意識に干渉して呼び戻せると観たのだな?お前もよく分かっているじゃないか。」

 そのファルに、キャルが黒く燃える剣で一撃、二撃、三撃した。

 ファルはそれをポンポンポンと三回後ろに飛んでよけた。

 キャルは剣を一度顔の前で立て、集中してからビュッと横に振った。

 黒い炎が五メートル先のファルに飛ぶ!

 横から来たノルーリアがその炎の中に入り、短剣で振り飛ばした。

 キャル「バカね。それネクロよ。あんた腐って死ぬわ。」

 ファル「バカなのはお前だ。そいつは名のある上級魔族。魔王四将。「怒らせた者は必ず死ぬ」と言われた『怨嗟のビニーリエ』だ。」

 ノルーリアは小首をかしげて言う。

 「怒らせなくても殺すけど。」

 キャル「そんなの知らん。」

 ファル「フッ。分かっていないようだから言うが、あのメイドも剣魔法を込めたナイフ攻撃などとは、よくやった方だ。俺たち上級魔族は不死身の肉体は失ってしまったが、支配した肉体を修復するのには一秒も使わん。その上、厚いオーラによって普通の物理攻撃も魔法も効かん。」

 キャル「そんなわけあるか。」

 剣を構えるキャル。剣は黒い炎を帯びた。

 ファル「生半可な魔力を身に付けて奢っているようだから己の未熟さを思い知らせてやれ。」

 言うとファルは自分の持っていた短剣をノルーリアに投げ渡した。

 ノルーリアは両手の短剣を『ハの字』に構え、右足を半歩引いて身構えた。

 ノルーリアの黒いオーラが全開になった。訳の分からない恐怖心が湧いてくる。

 キャル「精神魔法か。普通の魔導士なら狂い死するわね。でも私には効かない。」

 二人同時に飛び出しすごい速さの剣の打ち合いになる。剣の当たる音が倉庫に響く。

 キャルの剣撃はノルーリアの短剣で全て防がれる。黒い炎はノルーリアの顔を何度も腐らせ溶かすが、すぐに元通りになる。

 ファル「さあて、こっちも始めようか。どうせ魔王帝の復活を聞いて妨げにきたのだろう?俺を倒しても無駄だ。あれは魔導士会ローデシア評議会の企画だからな。奴らが色々やろうとしてる事は俺のせいじゃない。」

 「さあ。何それ?私たちは、あんたらを倒しにきただけだよ。」

 剣を抜きざまにブラックメテオを飛ばした。五メートル大のやつ。

 ファルは黒くなってそれを吸収した。マーティの時と同じか。

 ファル「この魔法はフィリア様のものだ。これはこう使うんだよ。」

 ファルが手を向けると四つの一メートル大のブラックメテオが飛んできて私を囲んだ。

 動けない!周囲に引っ張られる!引き裂かれる!

 「ホワイトホール!」

 白い球を四つ出して相殺した。息が上がる。

 キャルはノルーリアの高速短剣攻撃を剣で凌ぎながら言う。

 「よく防げたね。」

 「今思いついた。」

 ノルーリア「ずいぶん余裕ね?本気出すわよ。」

 一歩下がったノルーリアは、剣先から幾つものこぶし大の魔力の弾を飛ばした。

 キャルは剣魔法でそれを全ていなし弾き飛ばした。

 その時、ファルが身構えた。倉庫の雰囲気が変わり、空間いっぱいに黒いオーラが拡がった。

 いつも後ろについていた黒い霊群は居なくなっている。

 これが全力だろうか。私に勝てるだろうか。

 ファルは構えを解いた。黒いオーラも普段通りになった。

 ファ「黒い魔女かあ。フィリア様と相打ちになったと言うから強いのかと思ったら、今回は大したことないみたいだな。俺、エリザの方に行くわ。ノルーリアよろしくな。」

 ノルーリアは魔法弾を出しながら短剣で斬りつけつつ答えた。

 「はい。」

 ファルは背を向けた。

 「待て!」

 ファルは振り向いて右手から黒いものを出した。それは私・ガブリエラになって剣でかかってきた。

 剣で受ける。相手の剣も光っていて剣魔法を帯びている。

 速くて重い剣撃。受けるので精一杯。

 ファル「じゃあ、死ぬ前に教えてやる。上級魔族が憑依した人間も第五位階・・・ってここの人間たちは最近は五工程とか言うんだっけ?ま、とにかく五以上の大魔法でないと倒せないぜ。お前らに使えるわけもないがな!」

 「嘘だ!爆死した奴がいたはずだ!」

 言っている間も絶え間なくガブリエラの剣撃を凌ぐ。

 「あれも魔法さ。高度な黒魔法封じを広域発動されて、砲弾に魔導剣士たち一万人の魔力を込めた呪砲弾を撃ってきた。その一つが当たったのさ。」

 ガブリエラの剣撃が速くて一歩も動けない。。

 ファル「フッ。ビニーリエ。お前もクソみてえな単純魔法使ってっからダメなんだ。じゃあな。」

 ファルはシュッと消えた。

 ノルーリアは止まって目を閉じ、何か唱えた。

 キャルが飛びかかり、斬りつける。

 「何寝てんだ!こらあ!」

 ノルーリアはすごい速さでよけた!見えない!

 その間も目の前のガブリエラがすごい速さで剣を振るってくる。

 まるで前世のガブリエラが私に不満をぶつけているかのように。

 『バカ!起きな!』

 えっ?

 床に寝ていた。

 目の前の十メートル先では、ノルーリアが嗤いながら、ゆっくりと動くキャルの攻撃をよけ、たまに短剣で突いたり斬りつけたりしている。

 相手の認識スピードを遅くする魔法。ノルーリアが速くなったのではない。幻術、というより精神干渉魔法か。

 ファルが私にかけたのも催眠魔法。でもこれは大魔法とは言えない。中魔法と言ったところか。物理的な法則を捻じ曲げるのが大魔法だよね。

 でも、いつの間にか寝てしまうのは厄介だ。対抗策は『硬性絶対防御』ぐらいしか思いつかない。

 立ち上がった。ノルーリアが私を見た。その瞬間くらっとした。

 ノルーリアはものすごい速さで消えた。

 ほぼ同時に腹を斬られた。浅く斬ってくる。なぶり殺すつもりだ。

 キャルは斬られて膝をついた。キャルと私、交互に斬られる。遊ばれてる。

 「う〜ん。時間停止魔法!」

 幾つもの魔法陣が出て倉庫の雰囲気が変わった。

 本当に全てが停止しているなら「光」も停止しているから何も見えないはずだが、意識が動いているから見える。霊体の認識速度は物理的スピードを超えているから時間を止めた世界でも物体が認識できる。

 ポーラを真似た大魔法。ここまでで三工程、あと一工程は解除と次回への準備。これで四工程ある。

 認識速度を極限まで速くする魔法でも時間が停止したように感じるが、それは中魔法。剣魔法を極めるとそのレベルまではいけるとポーラが言っていた。

 ノルーリアは嗤いながら空中で停止している。さてどうしよう。

 あ、でもこの方向から来ると分かれば剣で対抗できる。

 「時間よもとに戻れ!」

 同時に居合い抜き。斜め上に斬り上げた。

 ノルーリアの右腕を斬った。

 「停止!」

 ノルーリアが怒りに染まった歪んだ表情で私の首に短剣を突きつけている。

 首が飛ぶ寸前だった。

 斬られた右腕は飛ばされて、まだ地面についていない。

 う〜ん。どうしよう。

 私の魔法の場合、術式工程が足りないのか自分だけ動けるわけではない。

 『ポルターガイスト。』

 ん?ポーラ?あああ。言いたいことは分かった。

 肉体から出て霊的念力で物を動かして打開しろと。

 ポーラとフィリアの戦いは熱を出した時によく見る夢。何度も見ているし、ポーラの魔法の発動方法も観ている。出られることは分かっている。

 体から出た。霊になった。ノルーリアに斬られる寸前の自分を外から客観的に見る。

 よくカトリーヌは「霊界には時間がない」と言う。それは本当らしい。霊体なら時間を止めても動こうと思えば動けるのだ。

 普通、霊体は物質に触れられない。通り抜ける。

 しかし、霊体は念を集中すれば何でもできる。手に集中する。

 霊は基本的に限界はない。基本的な魔力、集中力、知識と経験がものをいう。

 加えて言えば、信仰がある人間は、自分の壁・限界を越えられる。神の力を意識すれば良いのだ。

 霊は『出来る』という信念のレベルで限界が決まる。だからいくら限界がないと言っても『神になりたい』と願ってもすぐになれるわけではない。普通はそれを信じることはできないし、信じられたとしても、多くの場合それは『自分なりの神』でしかない。

 なかなか短剣に触れられない。集中が足りない。信念が足りない。

 多くの人が信じている常識の変更には力が要る。信じる者が多ければ多いほど、それは強固な『現実』になる。魔法を信じない現代日本で魔法が使いにくかったのはそのためだ。

 やっとノルーリアの短剣に触れることが出来た。

 ようし。では土魔法で短剣の刃を折る。

 ま、いいからやる。

 単純な魔法だが唱える。時間停止の世界で使うのは初めてなので慎重になった。

 「創造主エルよ。魔法神モーリーンよ。大地の精霊たちよ。その力を与えたまえ。短剣よ。汝に命ず。刃の金属の結合よ。その手を離せ。」

 ブチッと短剣の刃が基から折れた。折れた刃を床に置いた。

 では、体に戻る。そして時間を動かす。

 「時よ。もとに戻れ!」

 ノルーリアの腕がブンと顔の下を過ぎた。

 同時に横に剣を振ってその腹を斬った。

 ノルーリアは声もなく膝をついてうずくまった。血が床に流れる。

 膝をついて見ていたキャルが言う。

 「何その魔法!」

 ノルーリアが「うわ!」と叫んだ。

 その顔は黒くなってきた。床に落ちていた右腕も急速に黒く腐食してゆく。

 キャル「はあ。やっと効いてきたね。私の剣魔法『ネクロソード』。でも魔法じゃなくて呪いと言ったほうがいいかな。エラの剣撃のダメージで回復魔法が弱まったせいだ。」

 床の右腕は肉が腐食して溶け落ちて骨に変わった。

 ノルーリアはうろたえ、ひざまづいたまま、左手を祈るような形にした。

 急に顔色が白くなった。黒いオーラがグルグル巻いて右腕になった。

 ノ「あっはっはっはっは!みんな死にそうにならないと私に頼らないんだね!」

 ノルーリアは立ちあがった。

 「治癒回復魔法?かなり強い力。」

 ノ「人魔戦争の時もそうだった。呼べば行ってあげたのに。あの二人も早く私を呼べば死ななかったのに。私は裏で当時はローデシアの教皇を殺してたから間に合わなかったんだよ。戦前のローデシアは教会の教えが強かったからそれは上手く弱めることが出来た。あとは戦場でなるべく多くの奴らが死ぬように導いてた。魔族の役割は『間引き』だからね。でもアクサビオンの魔族が八割から九割殺されたのは失敗だったわ。まあ魔族はまた増やせばいいけど。」

 キャル「グジャグジャ喋ってんじゃねええ!」

 キャルが燃える剣で斬りかかる。

 ノルーリアは左手でつまんで剣を止めた。

 「あらキャンディジョン。傷は治ったのね?回復魔法も強いね。全く。魔族ってのは殺しを楽しむから負けるのよね。最初に一気にやっとけばいいのに。でも私も同じか。」

 剣がみるみる錆を噴いて、キャルの手の皮がめくれ始めた。

 キ「うっ!」

 ノルーリアは開いた右手を軽く握って、猫の手のようにしてキャルの胸の真ん中を「コン」と突いた。

 バグッ!と、ものすごい音がしてキャルは十メートル跳ね飛ばされた。着地は出来ず、さらに五メートル床を転がった。

 ノルーリアの周りの床板が黒く変色してゆく。

 倉庫の中の空間が暗く、黒く変わった。その上、ノルーリアの周りが穴が空いているように黒い。これでは霊眼も役に立たない。

 さらにものすごい圧迫感。普通の騎士や魔導士では立っていられないだろう。

 倒れたキャルが立ちあがろうと腕を動かしたが、痛みにまた伏した。

 「ああやるね。一瞬でも対抗防御魔法が出せたんだ。でも胸骨と肋骨折れたでしょ?」

 この余裕。夢で見た。

 「フィリア?」

 「フフッ。さすがポーラの生まれ変わり。よく分かったね。褒めてあげる。」

 ノルーリアは左手に摘んでいた剣を浮かして回し反対側の柄を握った。

 そして赤錆が出たその刃を見て語り始めた。

 「やるじゃないの。四工程・・・って、昔は第四位階魔法とか言ったんだけど、人間たちがいつの間にか四工程とか呼んじゃって、昔と意味違ってるのよね。人間って早く死んじゃうからそういうところいい加減なのよね。でも多重重複詠唱からの無詠唱イメージ法、多重魔法陣形成術?属性融合術からの魔力誘導?確かに四工程と言えなくもないけどね。その段階的魔法発動法の考え方は褒めてあげるわ。試しに知能の低いゴブリンに教えてみたら第三位階まで使えた奴もいたよ。」

 「詳しいわね。やっぱりカトリーヌの分身なのね。」

 「分身?なめんなよ。それは出自であって、何回も私として転生しているからもう私の方が本体と言っていいんじゃないの?あいつだって私に吸収されるのを恐れて、めったに現れないくらいだからね。」

 「それ、ほんとにそうなのかな。」

 「それは知らないけどさ、ガブリエラ?時間停止魔法なんて四工程はある大魔法よ。キャルの腐る剣だって、二工程はある。合わせ技で大魔族を屠るとはすごいねえ。それも褒めてあげよう。」

 「偉そうだねえ。あんたにも今からやってやるよ。」

 「フフッ。私は魔族のトップよ。六工程ぐらいじゃ死なないと思うよ。私が憑依した瞬間、それだけでその周りの人間は腐って死ぬ。まあ、腐らなくも出来るけど、二人ともさすがね。何種類もの防護魔法が何重にも体を守っている。」

 「ファルが言ってた。あんたを召喚しようとして魔導士たちが色々やってるって?」

 「ハハハッ。人間ってバカだよね。そんなお膳立ては必要ないのに。私と考えが似た人が居れば憑依できる。憑依したら、そいつの人格を奪えば復活よ。」

 「それって酷いことだよね?」

 「ひどいと思う?でも憑依される側も悪いんだよ。大魔族とか魔王帝とかと同じ考え方してるような奴なんて、何されたって自業自得よね?」

 「よく喋るわね!魔導士会が色々やってることって何?」

 「ゴブリンに魔法薬を飲ませて魔王の肉体を作ったり、そこに魔王の霊を召喚したりとか、聖女を殺してその血を儀式に使うとか、まあ邪教よね。でもそいつら私のこと信じてるんだよ?あは。人間ってバカね。」

 「なんかあんたって呆れるわ。責任とかって考えないの?」

 「知らんけどさ。上級魔族は霊体だけでも強いし、苦労して探し出した肉体をあけ渡したりしたくないから、普通は私を呼んだりしない。でも、下手に死ぬと魂は地獄に封印されちゃうから、死にそうになると私を呼ぶのよ。そういう霊たちを吸収して私は強くなる。ポーラは懐かしいだろうけど『魔王四将』の後の二人は吸収しちゃったのよね。この子ビニーリエは三人目。元の肉体の持ち主はビニーリエに吸収されて魔力になってる。まあ二人とも今は私の魔力になってるけどね。ベンザニールもそのうち来るよ。こういうの何回かあったからね。」

 「あんたって地獄の悪魔じゃないの?封印されてないの?」

 「うん。たぶん悪魔だね。魔王、かな?憑依したりして目立ち過ぎると天使たちに見つかって地獄に封印されるけど、さっき言った『似た考え方の人』が、居れば出て来れるよ。でも最近は地上に居ることが多いかな。」

 「地上で何をしているの?」

 「お前たちを見ている。」

 その時キャルが起き上がった。床に座って血を吐き、はあはあ言いながら言った。

 「強いね。」

 ノ「フフッ。悔しい?あんたじゃ私に勝てない。エラほどの実力はないもんね。あんたみたいな奴、好きよ。教えてあげる。エラはドラゴンマスターになったから魔力が数倍になっているのよ。」

 「うっせえ死ねええ!」

 キャルは怒って三十センチの短剣を拾って飛んだ!

 急にポーラの声が聞こえた。

 『硬性!』

 急いで答える。「防護魔法!」

 ヴァン、と自分の周りに金色の透明の球が出て私を包む。

 ノルーリアが軽く剣を振っただけで倉庫がバリバリ音を立てて吹き飛んだ。

 衝撃で金のシールドが揺れる。

 剣魔法?なんちゅう威力?キャルがどこに行ったか分からない。

 「風魔法だよね。まあ、死なない程度にしてあげた。あの子使えそうだからね。さあて、ポーラの生まれ変わりは剣魔法が好きなのよね?お手本を見せてあげるよ。」

 ノルーリアは、剣から炎の竜巻を出して一振りした。炎の竜巻は横ロールで地面をひと舐めし、周囲の瓦礫と倉庫群を炎上させ、破壊し、熱風で舞いあげた。横ロールの竜巻の長さは二百メートルを超えている。

 硬性防御魔法の球に当たった飛び交う瓦礫は次々に蒸発する。その中の自分はキャルを探す。

 ノルーリアがもう一度、逆に剣を振った。数えきれない尖った氷が、また竜巻になって横ロールで吹き付ける。それは燃える倉庫の瓦礫の、薄い金属の板に大量に穴を開け、ジャリジャリと金属を削り、ザアッと薙ぎ払い、遠くに押しのけてゆく。

 あたり一面が更地になった。

 ノル「ねえ!どこまで行ったっけ?風と火はやったでしょ?今のが水。あとは土か。」

 ノルーリアが正眼に構えた剣に土煙が集まって固まり、鈍く光る特大の剣になった。長さ二百メートル。

 「短剣をたくさん出しても軍隊相手なら有効だけど、まあ同じだからね。私はこっちの方が好き。」

 ノルーリアはそれを振り下ろした。

 バアアン!と地面が裂けた。

 大剣は私の防御魔法に当たって、ちぎれた先が飛び、どこまでも転がって遠くの倉庫を裂き、中の荷物を空に跳ね上げた。

 「桁違いだわ。これが魔王帝の魔力・・・」

 ノル「でも全然効いてないね。私もそれやってみようっと。」

 ノルーリアは大剣を捨て空中に浮かんだ。

 大剣が落ちたところが爆発して土が王宮の塔の高さまで舞い上がった。周囲には衝撃波が広がってゆく。

 地面がゆさゆさ揺れて倉庫群の向こうの建物が倒壊した。

 王宮のアンテナも左右に揺れている。

 浮かぶノルーリアは両手を開き目を閉じた。魔法陣が幾つも出て、ヴァンと金色の透明の球に包まれた。

 ノ「でもこれ便利よね。七工程も必要だけどあらゆる攻撃が効かなくなる。物理魔法も精神魔法も効かない。でも欠点は細かい魔法が使えなくなる事かな。この状態で使えるのは七工程以上のやつ。なんだと思う?」

 「絶界魔法・・・」

 「正解。よく分かりました。フフフ。まだ何回もやった事ないからポーラほど早くはできないけど、止められないよね?今の私の魔力だと王都が全部光になって消える。でもその方が一対一の戦いにはいいよね?」

 「ちょっと何考えてんのよ。」

 「ドラゴンの火を使って止めてみたら?まあ王都が消えるのは同じ事だけど。」

 ノルーリアは両手を合わせて手の指を変な形に結んだ。

 魔法陣が一つ出て黄金の球の周りを土星の輪のような形で回る。

 あれは、大学の宗教科の講義で教わった密教の『印を結ぶ』というのに似ている。

 ノルーリアは私の思いが聞こえたのかニヤッとした。やつも心を読むらしい。

 ノ「あんた異世界人か。へえ。」

 長引くと魔力切れする。防御魔法のまま加速して体当たりしてみる。

 ボール同士が当たったように球は互いに歪んでから上に弾け飛んだ。

 二人ともブレーキをかけて空中に止まった。二十メートル離れたノルーリア。黄金球も魔法陣も消えていない。

 横には王宮の塔が見える。

 ノルーリアはまた違う形に手指を結んだ。二つ目の魔法陣が出た。

 どうする?

 『メルのやつやってみ。』

 「はあ?難しいこと言わないで。」

 またノルーリアは違う形の印を結んだ。三つ目の魔法陣が出た。

 「しょうがないなもおおお!」

 黄金球の中で剣を抜いた。

 「剣魔法ぉ!硬性絶対尖突剣!はああああ!」

 黄金に光る剣を腰の位置で水平に構えて黄金球のままそのまま突っ込んだ。

 バイン!と二つの黄金球はさらに空中に弾け飛んだ。

 止まってから剣を見た。剣先が溶けているが血がついている。

 「届いた!」

 ノルーリアは腹を手で押さえて、確認するように手を見た。その手に血がついている。

 その顔は唖然としている。でも黄金球は消えていない。魔法陣は消えた!

 「そうだ!その中で細かい魔法は使えない!回復魔法もね!」

 ノ「じゃあやめるわ。やめればこんな傷すぐ治るし。」

 ノルーリアの黄金球は膨らんでパチンと消えた。

 しかしノルーリアの皮膚が黒くなって腐り始めた。

 「キャルの腐る魔法だ!まだ効いてるのね。」

 ノル「フッ、こんなの時間魔法で戻しちゃえば無効だよ。」

 ノルーリアがまた両手を合わせて印を結んだ。

 「隙あり尖突剣!!」

 黄金球のまま剣を向けて突っ込んだ。

 ノルーリアの体は黄金球に当たって蒸発して消えた。

 通り過ぎて振り返ると、空中に黒いドレスの女が浮かんでいた。

 振り返る女。カトリーヌ?いや加藤りのに似た三十歳前後の目と口が大きい金髪美人。違うところは肌が青黒いところ。あれは夢で見るフィリアだ。何か言い始めた。

 『ポーラ。久々だね。硬性絶対防御魔法を誘ったね?』

 私の後ろにポーラがいた。

 『そうさ。お前の魔法を封じるためだ。』

 ポーラは右手の人差し指で自分の頭を指した。そして両手を腰に当てて言う。

 『黄金球の破壊力は内側には通じなくしてある。そのせいで自分の魔法の効力も及ばないのさ。』

 フィリアは腕を組んで言う。

 『おかしいな。大魔法が小魔法を打ち消すんなら『浮遊魔法』も『加速魔法』も効かないよね?』

 ポーラ『バカだねえ。それじゃ地面に果てしなく潜っていっちゃうじゃん。なんのために発動に七工程もあると思ってんの?魔族って理解もできずに魔法が使えるから厄介だわ。』

 『そりゃあんたも同じだろ?』

 『でも八工程目が必要だね。』

 親しげな二人。ライバルなのか?私も思わず感想を言った。

 「フィリア、油断したね。自分より強い奴と戦ったことないんじゃないの?」

 フィリア『お前とは話していない。』

 フィリアの目が怒りに染まった。黒いオーラが周囲に広がり、王都上空が真っ暗になった。

 『私は憑依しなくたって物質化魔法で肉体を作って戦えるんだからね。』

 ファルの比じゃない。フィリア本人の周囲もブラックメテオより黒く空間に穴が空いたようだ。

 『お前はいつでも殺せた。』

 コワ!失言した。調子に乗った。まずい。

 でも、フィリアはファルの時のようにふっと威嚇を解いた。空間が元に戻った。

 『フッ。怯えちゃって。まあいい。私も少し気分が萎えた。またねポーラ。』

 フィリアの霊は黒くなって消えた。

 ホッとして気が抜けたら黄金球を維持できなくなった。浮遊魔法も。下に落ちてゆく。

 当たり前か。時間停止魔法も硬性防御も大魔法だ。魔力が尽きた。

 『大丈夫。僕の魔力をあげる。』

 ブルーがポケットを出て巨大化してその両手で私を抱えた。

 「初めから供給してよね。」

 『ごめん。一定の魔力供給はしてたんだけど、エラが大魔法を二つも使えるなんて知らないから想定を超えちゃったんだよね。次は気をつけるよ。一旦ここを離れよう。監視魔法の念がきつい。』

 その時、黒い目の赤いドラゴンが倉庫の瓦礫の中から出て飛んできた。

 気絶したキャルを大事そうに両手に抱えている。

 「封印解いたんだねキャル。」

 レッドドラゴンの念が来た。

 『僕も王都を離れるよ。』

 「キャルは大丈夫?」

 『直したよ。そのうち目覚める。』

 「そう。ありがとう。」

 レッドドラゴンが照れたような気がした。

 彼は西の山地に向かって加速して消えた。

 「さて、」

 『一旦離れようよ。魔導士たちが集まって何か始める気だ。』

 私の霊眼にも白い服の魔導士たちが集まっているのが視えた。

 「ブルー。エリザを助けたいの。」

 『うん。・・・まあ、とりあえず一旦離れようよ。』

 「え?その沈黙は何?教えてよ。」

 『まあ、いいから。』

 ブルーも西に向かって加速した。


 以下、その6に続く。

 

 

パラレル世界の考え方の参考は映画の『君僕』とか『バックトゥザ・・・2』とかです。あとは細かいネット情報とかですね。

 その6は『浄化編』です。

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