魔法氾濫
後ろを見ないで脇目も振らず駆け出した。その次の瞬間。
「っ!?」
目の前にいきなり黒い動物の姿が現れる、影も形もなく唐突に、その場で湧いてきた。
狐のような動物を思わせる真っ黒な獣、狡猾のマジルガ。思わず足を止めてしまう。
「なんでここに!?」
目撃例も珍しい二級のマジルガ、狡猾のマジルガは人前に姿を現すことも少なく小賢しい策をこそこそと企てると評判だ、あんまりにもな評価だがそう嫌われるだけある厄介さなのだ。
「sunraaa」
ただ狂態に嗤う、顔は無くとも引き裂かれるように開かれた口が、ひたすらにおれを嘲笑う。
狡猾のマジルガが嗤う時、それは相手が罠に嵌まった時だ、基本姿を見せないがこの罠に嵌まった瞬間だけ姿を見せる悪辣なマジルガだ。
「手遅れかなあ……」
つまるところおれは罠にかかった愚かな獲物、蜘蛛の巣に引っ掛かる哀れな蝶と同じ存在だ。
ただ立ち尽くし、諦観がおれを支配する、自分でも驚くほどあっさりと受け入れた運命が牙を向く。
「いやまだ……」
諦めるには早いと活路を見いだそうとして動こうとするもぴくりとも動かない、現実に抗おうにも硬直した、意思に反して体は言うことを聞かない。
「あっ。」
目の前に見えたそれに僅かに声がでる、ネズミのような角の生えたマジルガだ、狡猾のマジルガの足元に横たわるそれは、諦念のマジルガだった。
諦めさせる、それだけのマジルガ、諦念の通り何もしない、全てを諦めているその存在は危険度事態は三級の普通のマジルガである。
だが近づいてしまうと諦念に駆られる、近づけば近づくほど強い諦念に襲われる、目の前にいるところまで近いと体を動かすことすら諦めてしまう。
こいつが原因か!
「おぇ?!」
無防備なままの腹部に強い衝撃が走る、内臓をひっくり返した痛みが襲う、何も理解出来ないままえずく。
「うう……」
何かいる、そう気付いたのは一撃を貰って数秒経ってからだった、だがその姿は見当たらない。
「うあ……」
痛みが諦念を超えて思わずうずくまる、地面に転がってできた擦り傷なんかよりずっと重く響く、腹の中を暴れ回る不快感に苦しめられる。
それでも痛みを抱えて動ける内に動き出す、諦念のマジルガから離れようと足を伸ばす、立たなければいけない、止まってはいけない、諦めるにはまだ早い。
「うううあああ……」
情けない叫びをあげながら、顔を上げる、頭を回す、狡猾のマジルガと諦念のマジルガ、あと見えない何かがいる。
諦念から離れようとずるずる腹を抱えて歩く、そのまま周囲を警戒しようとして気付く、辺りの景色が違う、さっきまでおれのいた場所じゃない、どこだここは。
「まずい……」
詰まる所いきなりマジルガが現れたわけでもなくおれが瞬間移動した、そういうことだろう。
なぜ、とは思わなかった、物理に喧嘩売りすぎているこの現象、魔法だろう。
その何でもありな魔法に常識は通用しない、瞬間移動する魔法の一つや二つある、光さんの光速移動もその類だ。
「一人で……」
漸く現状を理解する、いきなり見知らぬ地に飛ばされ、マジルガに囲まれ大ピンチ。
何よりまずいのは頼みの綱の光さんのいない、へなちょこ貧弱魔法少女のおれがマジルガをどうこうできるだろうか。
「一人でも……乗り越えなきゃ!」
ああ、それでも、それでもやるしか無い、嘆こうが喚こうがここにいるのはおれだけだ、
光さんから逃げ出したのに頼ろうなど虫のいい話など決して無い、おれの弱さが迷惑をかけるならおれは一人でいい、腹を括れ影の魔法少女。
「よし!」
心を決めてマジルガに向き合う、どうしてこんなことに、なんて言葉を飲み込んで今はただ目の前の現状を切り抜けることに集中する。それと次に光さんに会った時はちゃんと謝ろう。
「sihuaaaa」
だが対峙するも気味の悪い笑い声だけが響き、ただ時間だけが刻一刻と過ぎていく、じっと観察をしてみるもマジルガはその場を動かないでいるのが分かる、こっちに来ないのは何かあるからだろうか。
その何かを判断できる程実力も経験もないのでどうしようと手をこまねく。
「とりあえず全部試してみよう。」
何ができるがも思いついてないが出来ることはあるはずだ、ならばやるだけやってみよう。
「【影縛り】」
すっかり長時間戦闘で主力技となった【影縛り】を初手に撃つ、というかこれ以外技名のあるものも無い。【影縫い】も派生技なので大体【影縛り】と同じだし。魔法少女成り立ての技のなさが顕著に出ているのが分かる。
それはそうと見えなくとも魔法が影をしっかりと捕えた感触がする。
「sysaauuu」
無抵抗の諦念のマジルガはそのまま捕まるが狡猾のマジルガは一笑してするりと影の拘束を抜け出す。
「うえ?!気持ち悪い!」
捕えていたはずの影が本体がぐにゃりと歪み不安定に婉曲して影もそれに合わせ形を変えて抜けた、だらりと溶けたような四肢を使わず這いずる様は不気味と言う他無いほど不可解な状態だ。
はっきり言ってキショい、ナメクジが可愛く見える生理的嫌悪感がする、動物の形をしているのに不定形に動かないで欲しい。
「こっちくるな!」
そのままこちらに向かってくるマジルガに魔法を撃つ、技もなく単純に相手の影を遠ざける。
影に追従する様にマジルガ自体も引き離され強引に後ろまで持っていく。
「っふん!」
全力で魔法を集中させ影を引っ張るどころかぶっ飛ばす勢いで加速させて目の前から放り出す、自分でもびっくりするくらい速度が乗りすっ飛ぶ。
「あれ?!」
個人的には何十メートルも吹っ飛ぶ手応えだったが、狡猾のマジルガは何か見えない壁に阻まれた様に空中でべちゃりとスライムみたいに張り付く、あと諦念のマジルガは見えない何かにぶつかった時の衝撃で消えた。
「なんでぇ?!」
不可解な物理現象にというよりは、どうしてそうなったかに困惑してしまう、その原因は徐々に姿が見えてくる今まで見えなかった謎の……いや謎でもない、浮かび上がったその姿をおれは知っている。
「Kuiuuu……」
その完全に脱色されたカメレオンという奇妙な姿をしたものは迷彩のマジルガ、危険度では三級でありながらかなり好戦的の意外なマジルガだ、だが突然の衝突事故で洒落にならないダメージを負っているようで半身が消えかかっている、このマジルガは透明になれるがほぼ動けない、つまり回避行動も取れないので気づかずこの惨状だ。
「……え?」
だがそんな思考を驚愕が塗り潰す衝撃を受ける、迷彩のマジルガに気を取られていて分からなかったがそこには亀裂があった。
地面や壁に、ではなく空中にひび割れた裂け目、世界にあってはならない異常現象だ。
「syuuuauuaaaa!」
顔だけ形作る狡猾のマジルガはまるでいたずらがばれた子どものように、とびきりの悪意を持って嘲笑する。
それでも裂けた隙間から覗いた景色からから目が離せない、白いようで黒くも見える光がぐしゃぐしゃになる異空間、余りに深すぎるそれを視認すると脳みそに直接膨大な情報をぶち込まれるように理解してしまう。
それは、それは魔法であった、マジルガでも魔法少女の扱う魔法でも比較するにはあまり足りない濃すぎる魔法、きっとどんな魔法少女でもこの先には行けやしないだろう。
事象の名前を付けるのも生ぬるい足掻くことなど出来やしない暴力的なまでの魔法だ。
「っ!」
少しだけ亀裂の境界が揺らいだ瞬間果てしない世界の内の一mもない亀裂の、針で付いた指程の穴から一滴、流れる血のように漏れた形容出来ない魔がおれの視界全てを呑み込んだ。
モチベーションが湧いたのでメリークリスマス更新
エイナもヒカリも心が強いです、私が前を向いてる方が好きなのでね
そういえばマジルガは暴走した魔法の塊なので体を維持出来ないダメージを負うと消滅するのでグロくは無いです
消え方には種類ありますが
更新は明日




