動きだす影
「エイナさんはどんな生活をしていたんですか?」
ショッピングモールを出て両手に荷物を抱えながらぶらぶらと道を歩いていると、ふと光さんから質問が。
「普通の生活でしたよ、特別なことは特にしてませんでした。」
「その普通は多分普通じゃ無いですよ。」
こちらを訝しげに伺っている光さん、心外だ。
特に何か心当たりがあるとこもないので首を傾げる。
「だって特に思い当たる節はありませんし。」
「普通の人はもっと外出しますよ。予定とかなかったんですか?」
まだ普通の範囲だと思うが、予定なんてある訳ないし、外にでなきゃ死ぬとかならともかくなんでもないことばかりなんだから全て家で済む話だ。
「でなきゃいけないこともなかったですから、生活は全て親が用意してましたし。」
「それでいいなんて話じゃないと思いますが。」
でもそうなんだからしかたない。おれには不要だっただけの話なんだから。
「困ることもなかったのでいいでしょう?」
「ブラも着けられなかったのにですか?」
「うぐっ。」
それは何も言い返せない、だっておれ男だったので必要なかったんです、知らないのも仕方ないんです。
誰に向かってもない言い訳を心の中に振りまく。
「ああいうランジェリーショップに行ったことないとは思いましたがブラジャーを着けるのも初めてだとは思いませんでした。」
「これはちょっと複雑な事情があるといいますか、いっても仕方ないことですけど……」
少し反省しつつ振り返る光さん、これは四日前から起きたことを話さないと説明つかないので今だらだら話すわけにもいかない。
それと話してしても何も変わらない確信がある。
「まあいつかその事情は話してほしいですが良いでしょう。エイナさんをほっとけないことが分かっただけでも十分です。」
光さんの中でおれはお世話が必要な人らしい、そんなことはないと思いたい。
「一人で居ても大丈夫ですよ?」
「エイナさんのいうその大丈夫は絶対に普通のことじゃないです。こんな話聞いてエイナさんのこと信じれませんよ。」
ジトーっとした目で視線を送る光さん、着実に負の信頼が積み重なる、どこから間違えたのか。
「信用してもらえるようやって見せます。」
「そうだととても嬉しいですね。」
ふんすふんすと息巻いて荷物ごと拳を胸の前にやり、全身全霊を持って臨むアピールをする。
そんな様子を見て光さんは苦笑した、任せて下さい。おれは有言実行の男ですから。今は女の子だけど……
「あっ、家が見えてきました。」
歩きながら喋っていると少し遠目に家が見えてくる。
無事に家に帰ってきたようだ。
「今日は長かったですね、随分楽しみました。」
ただスッキリした顔で語る光さんは、やり遂げたことを噛みしめて思いに耽る。
「大変でした……」
おれはかなり疲労しており、もうくたくただ。
何か大切なものを失って新たな世界に踏み入れたのは、果たしてこれで、よかったのだろうか。
「ただいま帰りました!」
「ただいま……」
誰もいない玄関を開けて元気よく帰宅の挨拶が響いた。
おれも追従して挨拶して光さんと共に家に入っていく。
「さて、エイナさんの荷物を使っていない部屋に移しますか。」
沢山抱えた荷物をリビングに降ろして光さんが提言する。
「頑張ります……」
へとへとになりながらも光さんの後ろについていく。
「エイナさんは座ってて大丈夫ですよ。このくらいは一人で十分です。」
「すいません、お願いします……」
光さんはまだまだ元気な様子で荷物をすぐそばの空き部屋に移動させていく。
情けなくソファーに座るおれとぴんぴんした光さんでは体力の違いを身に沁みて感じる。
「ほら、移しましたよ、エイナさん。ついてきてください。」
おれを手を持って立ち上がらせて連れていく光さん、ふらふらとあとを追う。
「ここが今日からエイナさんの部屋です。」
何も無い中荷物が置かれた広めの部屋で光さんは両手をひろげる。
「ありがとうございます……」
「今日はゆっくりしてください、晩ごはんになったら呼びますから。」
「なら少し寝ます。晩ごはんには起こして下さい……」
「分かりました、ではまた晩に。」
あまり思考をせずにおれは寝室に向かい、光さんはリビングに戻った。
「少し寝よう。」
明るい電気を消してに布団に入る。慣れないことをして大分疲れた。
溜まった疲れに身を任せ泥のように眠る。
「あんまり無茶するもんじゃねーぜ、箱入りお姫様のオレよ。」
エイナそっくりな影の少女がエイナの中から飛び出したことは誰も気づかなかった。
繋ぎのため短め
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