最高→最低
随分と寒さが厳しくなってきた初冬。
慌ただしい喧騒の休み時間、教室の隅っこでじっとしている。
クラスに馴染めない陰キャオタクの俺が学校に行く唯一の理由。
それはクラスの中心でいつも笑う彼女がいるから。
白い白い髪と金眼が目立つ、日本人離れした容姿。
新進気鋭の魔法少女、白雪光。
クラスメイトとしては世間で言われるほど完璧超人ではない。でも間違いなく優しく、明るく、朗らかな、全てを照らす光のような少女だ。
魔法少女オタクとしてはクラスが一緒というだけで嬉しい。
魔法少女と一緒にいる幸運な日常を噛みしめて過ごす。
「好きです!」
おっと突然の告白。
勇気を出したのは隣のクラスの水野君だった。
相手は当然光さんだ。
「ごめんなさい!」
即撃墜。
さもありなん、光さんは色恋にうつつをぬかさないのだ。
「私は皆を守るために手一杯なので、今はお付き合い出来ません!」
人を守るということに何よりも真摯に向き合う光さんは魔法少女の鏡だ。
というかそもそも釣り合っていないだろう。スクールカーストにおいてぶっちぎりトップの光さんのお眼鏡にかなう人などこの学校にいないだろう。
「気持ちを伝えてくれたのはありがとうございます!私が魔法少女でなくなった時、気持ちが変わらなければあらためて告白してください!」
完膚なきまで振られた水野君は泣き笑いで帰って行く。
御愁傷様である、だが水野君以外にも玉砕した人は五人いるから安心してほしい。
もうクラスの皆は生あたたかい目で見守っている。
水野君には悪いがまた新たに光さんの告白記録が増えるのだった。
少ししんとしたクラスにチャイムがなる、もう授業を受ける意味もないと机に伏す。
こちとら毎日魔法少女について思いを巡らせ寝不足なのだ、こんな下らない授業を睡眠に充てるのが有意義ってもんだろう。
思考が介入することなく深い微睡みの中へと入る。
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「ううん」
優しい光に当てられ思考を意識の底から引き上げられる。
瞼を開けば教室の窓から夕焼けが顔を覗かせていた。
「起きました?」
寝惚け眼を擦り背を伸ばせば、親愛なる魔法少女は隣にいた。
「うぇ!?」
「あまりに起きないから起こそうかと思いましたよ。」
天地がひっくり返ってもあり得ない、光さんと教室で二人きりというシチュエーション。
「ななななんでいるの?」
動揺を隠せ無いまま下らない質問をしてしまった。
「起きた時誰も居なかったら寂しいでしょう!?」
なぜか自信満々に眩い笑顔を向けられる。
二人きりの教室で、鮮やかな夕陽が全てを染めた輝きに勝る笑みは、あまりにまぶしく目がくらむ。
「さあさあ、日も沈みますし帰りましょう。」
「う、うん。」
心臓が爆発しそうなほど高鳴る鼓動、きっと夕陽に照らされていなければ真っ赤な頬、呆気にとられた顔をさらして荷物をまとめた光さんを追う。
「睡眠は取った方がいいですよ?」
名残惜しい教室の戸締まりをして、玄関の靴箱に向かう。
「綺麗な夕陽ですね。」
靴を履き替え正門をくぐり、少し歩いて。
「それではまた明日!」
笑顔でまたねと手を振る。
現実味の無いまま、現実を呑み込み、味わう。
「ええ?」
魔法少女オタクとして14年生きてきた中で比べられるほどのない感情に襲われる。
体が震えるほど嬉しくて、また会いたいと悲しくて、もう何回と感情が廻って、どうしようもなく、焦がれている。
今にも走り出しそうな体を静めて歩く。
日も沈みゆく寒空でもこの熱さは冷えることなく体を熱くする。
突然人生最高の日が更新された場合どうすればいいのだろうか。
世界が明るく見える帰路につき、安息の家へと帰る。
「ただいま」
いつも道理鍵を開け、届く帰りの挨拶に返事はない。
「あれ?」
悪寒が背筋をなぞり、致命的に食い違った違和感に気づいて最悪な予感を振り払い、リビングに駆け込む。
「お母さん?」
異臭を放ち、物言わぬ肉塊と呼べるほどぐちゃぐちゃに挽き潰された遺体、母だったものの顔が張り付けられていた。
「うぉ、おぇぇぇ」
拒む現実、擦りきれる精神に耐えられず嘔吐する。
「なんで」
理解出来ない恐怖が忍びよる。
「Ghuuugeiiii」
それは、人類の願いの成れの果て。
魔法に触れた人類が無意識に産み出した魔法、マジルガ。
制御なく暴走する魔法だが、大多数が美味しい物を食べたい、たくさん寝たいなどの平和な願いのマジルガが生まれるものだ。
だが稀に人を傷付けたい、殺したいと願う悪性の願いによるマジルガが生まれる。
ここに生まれたのは不運という他ない。
一級の危険マジルガ。
人類に仇なす不定形の欲望の魔法
「『惨劇のマジルガ』……」
足がすくむ、なにもできない。
理性も本能も恐怖に塗りつぶされ、抵抗などできるはずもなくただ命が潰えるのを待つばかりだ。
嗚呼、魔法少女は助けてくれるだろうか。
「Zygugeee」
グチャリ。
右足が喰われる、焼ける痛みと零れる命。
「っっっ!?!!!」
声にならない悲鳴に溢れた涙、体を動かせぬ寒気。
風前の灯火の死に体に駆け巡る走馬灯。
脳裏に過る幼年の記憶。
一度、こんな風にマジルガに襲われたことがあった。
親と旅行ではぐれて泣いていた時、誘拐のマジルガに拐われたおれを助けてくれた魔法少女が居たんだ。
おぼろげながら思い出す。
「大丈夫か」とぶっきらぼうに救い出してくれたお姉さんが魔法少女だと知った時、おれは魔法少女に……
憧れたんだ。
「Gyeeegooo」
ここにいたのが俺じゃなく魔法少女であればこの惨劇は防げただろうか。
いや、多分防げなっただろうが、このあとの惨劇は防げるだろう。
俺はもう助からない、だから。
嗚呼、願わくばここに魔法少女を。
こうして一人、魔法少女オタクの少年は死んだ。
然りとて、彼が紡いできた物語が終わるわけではない。
「Gyuugeziii」
惨劇のマジルガは次の獲物を求め歩み始める。
これより凄惨な殺戮をはじめようと「止まれ」
「Gey?」
惨劇のマジルガは止まれと言われて止まった訳ではない、そも体を動かせない。
「オレはお前を許さない。只永劫の苦悶を。【影怨の咎】」
惨劇のマジルガが影に沈む。
「GyyuuuuzgaaaaAAA」
足掻きも空しく呑み込まれる。
「じゃあなマジルガ」
そうして、ひとつの家族とマジルガが消え新たな魔法少女が生まれた。
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「これがおれ?」
死んだはずが魔法少女になってしまっていた自分は洗面台の鏡の前で途方にくれていた。
なぜか家族とマジルガが消え、おれに残ったのは魔法少女の体だけだった。
と言うか凄く美少女である。
艶やかな濡羽色の髪に珠のような真ん丸おめめ、重度の隈は治ってないが美しさを損なう物ではない。
衣服も過度な装飾はないがゴスロリに分類される物だろうか。
髪飾りに黒い薔薇を付けているのと。
スカートは膝下だけど丈が足りなくてへそ出てるしノースリーブで裾が独立してる。
魔法少女っぽいデザインではある。
ともあれ。
「なにをどうすればいいのかな」
喪失感と、悲壮感と、安堵によって自然と涙が溢れた。
一話に名前出てないけど影奈君改めてエイナちゃんですよろしく。
次は明後日までに更新