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4. 情には情を

4話目となります。

宜しければ評価を頂けると幸いです。

リリアナ・ガーフィールドは鬱々とした日々を過ごしていた。

他家のご子息の義母に自ら立候補するという大立ち回りを演じてから、10日程が過ぎようとしていた。普段であれば、引っ切り無しに届く親友からの茶会の誘いも、ぱったりと途絶えている。

早まってしまったか。

その後悔が頭を何度も擡げたが、過去の行いをいつまでもくよくよしていても仕方がない。

ただ何度も考えても、あれ以上の選択肢は浮かんでこないのだから、リリアナは最善を尽くしたのだ。どう足掻いても他人であるリリアナがアランの側にいる手段はない。

唯一の方法は他人ではなくなること、つまりアランの父親レナードの後妻に入ることだ。


幸いにして末娘に甘い父親や兄はリリアナの結婚相手はリリアナが選んでよいと言っている。勿論、どこぞの放蕩息子は駄目だろうが。多少家柄に不足があろうとも十分な持参金を持たせ援助するからという破格の保証も得ている。

翻ってヘルマン家と言えば円卓会議の一席を任された、帝都に近い領地を賜る由緒ある家柄で、客観的に見てリリアナの結婚相手としては申し分ない。年齢は十離れているが、その程度の年齢差はよくあることである。

しかし何よりも、その人柄はメリッサやアランの折り紙付きである。リリアナからの申入れは冷たくあしらわれたが、よくよく考えてみれば世間知らずな妹の友人を諌める、誠実で実に大人の対応である。

唯一の欠点は前妻との間に嫡男がいることであろうが、リリアナにとってはその嫡男こそが目的なのであるから何の支障にもならない。

レナードさえ首肯してくれれば、と思うものの頭を過るのはあの日の彼の言葉である。


『君は私の妻となりたいというのかい?』

『お父様はリリアナ嬢がお嫌いだな』


確かに、リリアナにとってレナードの妻となることは手段であって目的ではない。いわばオマケの様なものだ。

しかしケヴィンの話を聞くに、レナードにとっての結婚はリリアナと同じく手段であって、目的はアランの母親を得ることであり、この点の利害は一致している。

問題は既に嫌いと公言したリリアナをレナードが妻として受け入れられるかということである。ヘルマン家にはまだ子供が必要だという厳然たる事実を考えた時に、嫌悪というレナードの感情は大きな障害だ。

もう少しレナードとお近づきになってから交渉すべきであったかもしれない。

そんな後悔が去来するが、ではどうやって屋敷にもおらず、社交にも滅多に出てこない年齢も異なるレナードとお近づきになれたかと言われれば、端から無理な話である。

知らず知らずのうち溢れるため息の中で、心配なのは年齢に似合わず大人びて振る舞うアランの事であった。



***



そもそもリリアナがアランと出会ったのは2年ほど前の事になる。

共通の友人に招かれた茶会で知り合ったメリッサ・ヘルマンと意気投合し、親しい仲になるまでに大して時間はかからなかった。招き招かれ交友するメリッサとの仲はどんどん深まっていくが、気がかりなことは朗らかな友人とは対照的なヘルマン家の暗い雰囲気であった。メリッサの義姉にあたる女主人が亡くなって数年は経過しているはずであったが、きめ細かな差配人を失った屋敷は活気を失って久しかった。


ある日、咲き誇る季節の花々を眺めながらと誘われてヘルマン家の庭園に設けられた東屋で友人といつもの様に他愛無い会話を楽しんでいると、思わぬ闖入者が現れた。乳母と一緒に庭の散策に現れたアランである。

茶会の邪魔にならない様にと引き留めようとする乳母の静止の声を後目に、花に誘われて集まった蝶を追いかけ2人の元にたどり着いた様であった。

陽の下でつやつやと煌めく茶褐色の髪に、鳶色の瞳、僅かに紅潮した頬は、幼子の愛らしさを周囲に振りまいていたが、対照的に身に着けた衣服は影を落としたような暗い色味で、未だ女主人の喪に服している事が容易に知れた。


「あら、アラン。いらっしゃい―――」


その台詞をメリッサが言い切らぬ内に、2人の前でアランは盛大に転倒した。

先に行動に移ったのはリリアナである。すぐさま茶器を卓におくと、立ち上がって地面に臥せったままのアランの元へと駆け寄る。幸いな事に庭園は庭師の手入れが行き届いており、柔らかな芝で覆われている。


「大丈夫?痛いところはない?」

「…ないです」


膝をつきアランを助け起しながら声をかけると、小さく首を横に振りながら返答があった。掌が少し赤くなっている様だが、小石も丁寧に取り除かれた芝の絨毯が広がるだけである。念のために衣服も捲ってみたが幸いにもかすり傷一つなかった様であった。


「怪我がない様で良かったわ」

「アラン、あんなに走っては危ないわ。貴方が怪我をするとお父様が悲しんでよ?」


東屋を出て、リリアナたちの元に近寄ってきたメリッサも、アランの無事を見て取った後、髪についた芝を取りながら心配げな表情で声をかける。けして攻める様な響きの言葉ではなかったが、アランは俯いて小さく「ごめんなさい」と言う。

そんな2人のギクシャクとした空気を感じ取ったリリアナは、わざと明るく声をあげた。


「謝ることはないのよ!そうだわ、焼き立てのお菓子があるのよ!アラン様も一緒に食べましょう」


そう言うと、アランの手を取り東屋に向かって足を進める。勿論、歩幅が小さいアランに合わせてゆっくりと。ちょうど追い付いてきたアランの乳母に、アランの分の茶器を用意する様に頼み、小さなお客も交えた3人でのお茶会が始まったのであった。

最初はリリアナから差し出される焼き菓子を「美味しい」と言いながら1つ2つと食べていたアランであったが、しばらくすると手をつけなくなった。そして心なしか顔色が悪い様にも思える。


「アラン様、どうかなさいましたか?」

「…お腹がいっぱいなんです」


そう満腹を理由に挙げたアランだったが、リリアナにはその様には到底思えなかった。日陰の為分かり難いが、最初に比べて明らかに顔色が悪く見える。リリアナの声掛けでアランの様子に気が付いたメリッサに視線で断ってからアランに手を伸ばす。


「失礼しますね」


そうして触れたアランは、熱は無い様であったが、黒にも見える茶褐色の髪に手を差し入れるとびっしょりと汗で湿っていた。穏やかな気候に似合わぬ量の汗である。はっと気が付き、抵抗する気力もないアランの足元の着衣を捲ると、先ほどは異常がなかったはずの右足首が真っ赤に腫れあがっていた。


「ひどい!さっき捻ったのね…。メリッサ、お医者様が必要よ」

「わかっているわ。すぐに手配するわ」


せめてもの応急措置にと卓上にあった水差しの水で己の手布を濡らし、腫れあがった足に巻いてやる。使用人に医者の手配を伝えるメリッサを尻目に、腕の中にアランを抱きかかえる。わずかに身じろぎして抵抗しようとしたアランを安心させる様に微笑むと、そのまま東屋を出てて屋敷に向かう。既に何度か訪れて勝手知ったるヘルマン家の屋敷へはすぐであった。

道すがら、アランに話しかける。


「アラン様、どうして足を捻った事を黙っていらっしゃったの?」

「…お父様に心配をかけてしまうから」

「アラン様のお父様はアラン様がとっても大切なのね」

「僕が体調を崩すとお父様がすごく心配するんです。寝る間も惜しんでついていてくれるけど、僕はお父様の方が心配なんです」

「それはどうして?」

「だってお父様はすごくお忙しいし、僕よりお父様が倒れてしまいそうで…」


何とも健気で良い子である。

だがしかし、同時に一種の憐憫の情を抱いてしまったことは否定できなかった。まだ母親に甘えたい盛りの幼子が、父親を気遣い己の体調の悪さすら言い出しにくいというのであるから。そして子供の好みそうにない暗い色味の服装は、そんな意図はないのだろうが、どこか責のない幼子を非難しているようにも思えたのだ。

唯一その事に心配りが出来そうなのはメリッサ位であろうが、彼女は養子であること、そう遠くないうちにヘルマン家を離れることを考えると、この父子との関わり方に悩みがある事は既に聞いていた。


「あら、けれど黙っていて悪くなってしまったら、お父様はもっと心配してしまうわ」

「すぐに治ると思ったんです」

「なかなか頑固ね…」

「がんこ…?」


痛みに顔を歪めながら、言葉の意味を問うてくる。

泣き出しても当然なほどに痛いであろうに、泣く事すら耐えるその様子を見ていると、リリアナの胸に湧き上がってきたのは強烈な愛しさと己が守らなければという使命感だった。

そうして次の瞬間には言葉は口をついて出てきていた。


「そうね、じゃあ、私になら言えるかしら?」

「リリアナ様に?」

「ええ、わたくしに。私はよくここに来るのよ」

「メリッサお姉さまに会いに?」

「そうよ!だから、アラン様が誰にも言えなかった事があったら、私には言ってほしいの」

「…お父様に言わない?」

「どうしてもお父様に言わないといけない事以外はね」


しばらくの逡巡の後、アランはこっくりと首肯する事でリリアナの提案に諾を返した。


「ありがとう。これは2人だけの約束よ」

「はい、リリアナ様」

「様はいらないわ。リリアナと呼んでちょうだい」

「…リリアナ」

「そうそう。じゃあ早速だけど、足はどの位痛いの?」

「…とても痛いです」

「本当は泣きたい位痛いんじゃないかしら?」


そのリリアナの言葉が、アランの周囲に張り巡らされていた見えない枷を取り除いたのか、鳶色の瞳に見る間に透明の涙が浮かび始めた。


「…すごく痛くて、っずきずきして…っ」

「そうね、とっても痛いわね。泣きたい時は泣いていいのよ」


甘える様にひしとしがみついてきた小さな手がとても愛しく感じられ、抱き締める腕に力を込めると、リリアナは足早に、しかし慎重に、アランを邸内に運び入れた。

滅多に泣かないアランが涙を零し、リリアナにしがみつく姿に使用人達は大騒ぎとなったが、事態を把握すると皆テキパキとなすべきことをし始める。

素晴らしい使用人達だと思ったものの、アランの父親の姿らしきものは見当たらない。


「アラン様のお父上は?」

「レナード様はあと10日程はご不在です」


その返事を聞いたリリアナは明日もヘルマン家を訪うことを决めた。痛いのに痛いと泣けない幼子の為に。



尺には尺を、からタイトルを頂きました。

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