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第3話 星名の失敗

 窓の外には今日も綿雲を浮かべた青空が透きとおるように広がっている。


 野球部の奴らは今日も汗と埃まみれになって練習しているし、ブラスバンド部の練習音もどこか軽快に響いている。梅雨があけて夏に向かっていく高揚感というのか、この季節はどこも浮足立っているように感じる。


 それは悠斗も例外ではなく、こんな日は原付に乗って海でも見に行こうかと考えていたところだったのだ。


 ああ、それなのに。


 伊山高校非公認読書同好会(仮称)の部室(無断占拠中)には、過ぎ去ったと思われた梅雨がUターンして戻ってきたかのように、どんよりとした空気が立ち込めていた。


「どうせわたしなんて何やってもうまくいかないんだ。地味だしちんちくりんだし胸だって全然成長してないし京介先輩にとってはいつまでも近所の妹分みたいなもので恋愛対象の土俵にもあがらなくて、きっと巨乳の女がぽっと現れて京介先輩を取られちゃうんだ……」


「あー、もう。いいかげん気持ちを切り替えろって。京介の奴もぜんぜん気にしてなかったからよ」


 さっきからずっとこの調子で、悠斗の言葉も聞こえているのかいないのかわからない。こんな状態なのに、放課後になったらわざわざ部室にやってくるのは、律儀というかなんというか。

 

 事の発端はこうである。


 昼休み、悠斗が京介と昼食を買うために購買に向かおうと中庭を歩いていたところ、大きい手さげ袋を持った星名がトコトコと歩いてきた。京介に振る舞うため昼食にサンドイッチを作ってきたらしい。遠くからこちらを見つけると、小走りで駆けてきた。小さな体で、手提げ袋が揺れないように両手で抑えながら走ってくるその姿は危なっかしく、


 ──あんまり急ぐと転ぶぞ。


 そう注意しようとした時だった。


 中庭の通路に設けられている小階段に盛大に蹴つまづき、星名のちいさな身体が宙に浮く。ふわりと広がる艶やかな黒髪、驚き見開かれた目、手提げ袋だけは死守しなくてはという思いがあったのだろうアメフトよろしく両手でがっしりと掴んでいた。


 このまま時が止まってくれたら。


 そんな淡い願望も空しく、重力に引かれるがまま、べちゃり。


 不幸中の幸いか、中身が飛び出ることはなかったが、勢いよく床に叩きつけられたため、紙箱に詰められたサンドイッチは無残な姿になってしまっていた。


 そこから先の悠斗と京介の連携は見事なものだった。


 すみませんすみませんいいんです持って帰りますから、と涙目になっている星名をなだめつつ大急ぎで手提げ袋をひろいあげ、美味い美味いこんなに美味いサンドイッチは初めて食べたレタスもしゃきしゃきだぞハムたまごうめえとサンドイッチを頬張り続けた。そこから購買に向かい、ずびずびと鼻をすすっている星名にメロンパンとコーヒー牛乳を買い与え、中庭のベンチで食べさせながら、誰だって失敗はあるよそうだ俺だって中学の時にあんなことがあってな、いやいや僕だって最近こんなことがあって、と失敗談を披露。昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴るころには、ようやく泣き止んだ彼女を教室前までエスコートしたのだった。


 放課後、さすがにもう落ち着いただろうとは思ったが、悠斗はこっそりと星名の教室前まで出向き、中を確認しようとしたところ、突然出てきた彼女に袖を掴まれて無言でいつもの部室に連行され……今に至る。


「京介先輩、何か言ってましたか……?」


「あの後もずいぶん心配してたぞ。放課後だって、部活がなけりゃお前の様子を見に行くつもりだったし。自分の代わりに頼む、って俺に言うんだぞ。……悪かったな、俺なんかじゃあいつの代わりにはなんねーけど、一緒にいて話ぐらいは聞いてやる」


 星名と面識があったから良かったものの、ろくに話したこともないような金髪の上級生を自分の代わりに向かわせようだなんて、あいつも大概どうかしてやがる。


「そうでしたか……ありがとうございます。……立花先輩がいてくれると落ち着きますよ」


「ん? なんて言ったんだ?」


「なんでもありませんっ」


 星名は気持ちを切り替えるように、んっ、と両手で軽く頬を叩く。そうしてこちらに向けた顔は、少しだがすっきりしたような表情になっていた。


「ご心配をおかけしました、もう大丈夫です。……そういえば、食後にでもと思ってコーヒーを淹れて来たんです。無事だったんで、よかったら飲みますか?」


「ん? おお、それじゃあいただこうかな」


 星名は鞄から魔法瓶と紙コップを取り出し、コポコポと注ぐ。ふわりと


「いただきます……んっ、美味いな!」


 インスタントばかり飲んでいる悠斗でもわかるほど、星名が持ってきたコーヒーは味わいが違った。鼻を抜けていく香りが、華やか、とでもいえばいいのだろうか。同じ飲み物のはずなのに、豆や淹れ方でまるで別物だ。


「これ……すげえ美味いんだけど。どこで買ったんだ?」


 コップを眺めながら驚きを隠せない様子の悠斗を見て、星名は照れたように、


「実はうち、喫茶店なんですよ。たまに私も店を手伝うことがあって、まだお客さんに出すコーヒーは淹れさせてくれないんですけど、こうやって友達とか先輩にふるまう分には使わせてもらえるんです」


「なるほど……ってことは、これは星名が淹れたのか!? やるなぁ、普通に店で出てきてもいいレベルだと思うぞ」


「それはきっと先輩がコーヒー素人だからですよっ。お父さんに言わせると、まだまだ修行が足りないらしいので……」


 謙遜する星名だったが、おかわりを催促されるとまんざらでもない様子で「仕方ないですね~」と言いながら汲んでくれる。


 なんにせよ、星名が元気になってくれてよかった。

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