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第2話 信頼の理由?

「こんにちは、立花先輩」


「おー、おつかれ星名」


 偶然の邂逅から三日が経った。


 当初は、もう来ないだろうなと思っていたのだが、想像以上にこの空き教室の環境が気に入ったのか、星名は毎日顔を出している。


 これまでは気が向いたときだけ適当に訪れていた悠斗だが、翌日からいきなり来なくなったと思われたら気まずいなぁとか、あの先輩わたしが来た途端に顔を出さなくなったのかなもしかして見た目だけ派手で中身はコミュ障なのかもなんて思われるのは癪だとか、よくわからない意地で、毎日顔を出す羽目になってしまった。


 星名は、勝手知ったる様子で教室の後ろから机と椅子をズルズルと引っ張ってくる。心なしか定位置が1cmずつくらい近づいてきているような──


「なにジロジロと見ているんですか。大声あげますよ?」


 ──いや、気のせいだな。


 それにしてもこの後輩、先輩への態度がなってなさすぎじゃないか?


「おまえさー、俺のことが怖くないのか? 自慢じゃないが、この学校の奴らで俺と普通に接してくれる奴って、二桁いるかいないかぐらいだぞ」


 伊山高校はこの辺りでは有名な進学校だ。県立高校としては県内随一と言ってもいいほど生徒の学力は高く、隣の市からはもちろんのこと、そのさらに奥の町からも電車で1時間以上かけて通学する猛者がいると聞く。


 そんな中で悠斗の見た目は非常に浮いており、いわゆる”落ちこぼれの不良”という噂が広まった結果、他の生徒から避けられているというわけだ。もちろん、京介をはじめとして人を見た目で判断しない奴らとは普通に友達関係を築けているから、悠斗としてはそれでいいと思っているのだが。


「ほんとに自慢じゃないですね。……別に、怖くないですよ。先輩が本当に悪い人なら、京介先輩が友達でいるわけないので。ただ、その見た目は高校生としてどうかと思いますが」


 肩に提げていた学校指定のスポーツバッグを机の上に置きながら、星名は落ち着いた口調でそう答えた。


「なるほど、あいつの人を見る目を信用しているが故、か。それなら納得だな」


「だから立花先輩がどれだけ凄んでも無駄ですよー。先輩が本当は見た目ほど悪い人じゃないっていうのはバレてるんですから。…………あいたっ」


 調子にのってニタリと笑っている後輩を脳天チョップで黙らせ、手元の本に目を落とす。


 「暴力反対です……」と言いながら頭をさすっていた星名も、スポーツバッグから本を取り出した。


 ちらりと横目で確認すると、今日はブックカバーをつけていない。タイトルは……『銀河鉄道の夜』。どんだけ宮沢賢治が好きなんだよ。




 三十分くらい経っただろうか。


 グラウンドから聞こえてくる野球部の「いーちにーさんしーごー」が、「ばっちこーい!」カキーンに変わった頃。


「先輩……少し話しかけても大丈夫ですか?」


「んー? 別に構わんぞ」」


「ありがとうございます。えっと……先輩は、どうやって京介先輩と友達になったんですか? 京介先輩は真面目だし、優しいし……かたや立花先輩はなんというか、タイプが全然違うじゃないですか」


「表現に気をつかってくれるのはありがたいがな、ぼかす方が余計に酷く聞こえるぞ」


「失礼しました。立花先輩はどこからどう見てもちゃらんぽらんじゃないですか。普通にしてたら友達になる二人ではないでしょう」


「はっきり言い過ぎた。……ったく」


 悠斗は、チラリと横目で星名を観察する。今日も白いリボンで纏めている艶やかな黒髪。その下のツリ目がちな瞳は、幼い見た目とは裏腹に理知的な光をはらんでいるように思えた。少なくとも、人から聞いた話をむやみに言いふらさない程度には。


 少しの逡巡。だが、悠斗は読んでいたページに栞をはさんで本を閉じ、思い出すようにぼんやりと上へ目線を動かした。


 星名もパタンと本を閉じて、話を聞く体制になる。


「……最初に話したのは、確か掃除の時間だったな、化学室の。当番の班が一緒だったんだ」


 伊山校の掃除の時間は終礼の後に設定されている。基本的には自分のクラスの掃除だけなのだが、持ち回りで特殊教室や廊下の掃除などをしなければならないのだ。


 その日は悠斗たちのクラスが化学室の担当だったが、放課後に化学室に現れたのは悠斗と京介の二人だけだった。


「部活の会議だかしんねーけど、来れねーなら代わりを寄こせってんだよな。そんな感じで俺が文句を言ったらさ、あいつは笑顔で、『困ったときはお互い様だよ』なんて言うわけだ」


「あぁ、京介先輩らしいですね」


「口先だけの奴はいくらでもいるが、直観でそうじゃねーってわかった。高校生ぐらいになると、みんなどっか擦れてきて、世間なんて上手くやったもん勝ちだってズル賢くなるもんだ。そんな中、ああいう純粋さが眩しく感じた」


 ──それに、少しだけ怖くなった。


 そうも思ったが、口にはしなかった。自分の勝手な考えだったし、そもそもの本題から外れているから。


「まっ、そんなわけで話すようになったら、意外に気が合ってな。一緒につるむようになったってわけだ」


「なるほど……ありがとうございます」


 可愛らしい頭をぺこりと下げる星名に、思わず戸惑ってしまう。


「なっ……いきなりどうしたんだよ? 礼を言われるようなことでもねーだろ」


「今のお話……会って間もないわたしにしてくれる以上の内容だったと思います」


 ──だから、ありがとうございます。


 そう言ってもう一度頭を下げる星名を見て、悠斗は自分の観察眼は間違っていなかったと悟った。こいつは今の話を誰にも話すことはないだろう。


「星名は真面目だなー。京介の奴といい勝負なんじゃねーの?」


 だから、安心してヘラヘラと茶化すことができた。


「なっ! もうっ知りません!」


 顔を赤くして本に目を落とす星名に、どういうわけか笑いがこらえきれなかった。

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