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第1話 非公式同好会、設立?

 立花悠斗がその穴場を見つけたのは偶然だった。


 自分のことを目の敵にしている古典の岩蔵教諭の授業を光源氏のごとく華麗にボイコットし、どこか落ち着ける場所は無いかと旧校舎──その実態はいまや文化系部活の部室棟だ──を散策していたときだった。


 3階の西端。


 昔は教室として使われていたと思われるそこは、しかし昨今の少子高齢化のあおりを受け、本来の用途で使われることは無くなってしまった。すなはち、ただの空き教室である。置かれている物が古い机と椅子、ロッカーぐらいなものだからだろう、施錠はされていなかった。少々埃っぽかったが、退屈な時間をしのぐには十分すぎる場所だった。


 以来、悠斗は出席日数を気にしつつも古典の授業中や放課後に時間を潰したい時など、隠れ家のように使うようになった。



 そんなある日の放課後。


 いつものように自分専用に見繕った机と椅子を窓際まで移動させ、窓を開く。


 初夏の心地よい風とともに、野球部の「ばっちこーい」や合唱部の「あえいおう~」、ブラスバンド部の「ファ~~~」が入ってくる。しかし、グラウンドや特別教室棟からは少し距離があるため、耳に優しい音量だ。


 悠斗は満足気に息をつき、鞄から取り出した文庫本を読み始めた。



 どれくらい経っただろうか。不意に、がらり、と教室のドアが開く音が響いた。


「ん……?」


 悠斗が音の方に目を上げると、女子生徒がひとり、驚いた表情でこちらを見て固まっている。


 身長は150cmくらいだろうか、随分と小柄だ。艶やかな黒髪は肩下まで伸びており、左後頭部で結ばれているリボンの白がよく映えている。その下の顔は、およそ高校生には見えない幼い顔つきで、ややツリ目なのが幼さに拍車をかけている。


 その顔には、見覚えがあった。友人の京介とつるんでいる時によく話しかけてくる後輩だ。誰がどう見ても京介に気があるのだが、肝心の本人が朴念仁とくれば、傍から見ていて可哀想という他ない。


「お前、よく京介の奴に会いに来る一年坊か」


 金縛りにあったように固まっていた少女は、悠人の言葉で初めて気づいたように驚きから立ち直り──


「ああ……誰かと思えば京介先輩の傍にいっつもくっついてる不良みたいな人でしたか」


 ──代わりに軽蔑という言葉を張り付けたような顔でそう言った。


「ふ、不良って……お前、ろくに喋ったこともない先輩に向かってよくそんな口聞けるなぁ」


 そうは言うが悠斗の見た目は悪い。容姿が、ではなく、服装が、だ。


 地毛というには無理があるほど明るい茶色に染めた髪の毛、カッターシャツの裾はダラリと下がり、おまけに耳にはピアスと、三拍子揃った出で立ち。古典の岩蔵教諭曰く、「伊山高校始まって以来の悪童」とのこと。


 であるにも関わらず、悠斗はどこ吹く風でうそぶいてみせる。昔はどうだったのか知らないが、このご時世、髪の毛の色を統一させることの意味がどれほど残っているのか。


「その見た目で不良じゃないっていう方が無理あると思います。それで、こんなところで何して……まさか、タバコとか」


「ちげーよ! こちとら未成年だぞ、タバコなんかやってねーって。ただ本読んでただけだっつーの」


「読書、ですか?」


 少女は怪訝な顔をして、おそるおそるこちらに歩いてくる。どれだけ警戒されてるんだ、と落ち込みながら悠斗は、「んっ」と手に持っていた文庫本を見せる。


「メルヴィルの『白鯨』って。不良と対極にある本じゃないですか」


「うるせー。っていうか、読んだことあんのか?」


「途中で挫折しました。文体が冗長で、話もよく脱線するし」


「ばっかお前、この厳かな文体がいいんじゃねーか」


「不良先輩の好みなんか知りません。……それで、どうして図書室とかじゃなくてこんなところで読んでるんですか?」


 聞かれて、悠斗は答えに詰まってしまう。特に明確な理由があったわけではないのだ。その証拠に、入学してしばらくした頃は普通に図書室で読んでいたこともあった。けれど、なんとなく──。


「……先輩?」


「ああ、すまん。あらためて訊かれると、なんでだろうなーって考えてた。図書室、なんか居心地悪くてさ。たまたま見つけたんだよ、ここ。いーだろ?」


 教室の後ろ側に机が集められているからか広々と感じる部屋、開けられた窓からは中庭を抜けてきた初夏の風が流れ込み、遠くからはブラスバンド部の練習音が程よいBGM替わり。我ながらいい穴場を見つけたもんだ。


 思案するように部屋を見回していた少女は、けれどくるりと背を向けて入口の方に歩いていく。


 ……まあ、こんな見た目の先輩なんて、怖くて一緒にいたくないわな。


 などと思っていたら、開けたままだったドアを閉め、こちらに戻ってくるではないか。しかも自分用の机と椅子のおまけつきで。


「たいへん不本意ですが、この場所を見つけた不良先輩のセンスは慧眼だと思います。ということで、ご相伴にあずからせていただきます」


 言うや否や、悠斗の机から2mほど離れたところに自分用の机をセッティングし始めた。


「おいおい、ここは俺の──」


 慌てて止めようとしたが、生意気な後輩が鞄からブックカバーのついた文庫本を取り出したのが見えた。ちっ、ブックカバー派か。


「……なに読んでんだ?」


「さて、なんだと思います? 当ててみてください」


「わかるわけねーだろ。ヒントくれ」


「えー? そうですねぇ……『もしもおまえが よくきいてくれ ひとりのやさしい娘をおもうようになるそのとき おまえに無数の影と光の像があらわれる おまえはそれを音にするのだ』」


「宮沢賢治か」


「……正解です。詳しいんですね」


「一年坊よりは長く生きてるからな」


「たった一年じゃないですか……あと、星名です」


「あ?」


「だから、名前です。星名あかり。一年坊って、女の子に向かって失礼ですよ」


「いつまでも人を不良呼ばわりしてる奴に言われたくねー。……あー、俺は立花悠斗だ」


 後から聞いた話だが、どうやら星名も図書室の空気が肌に合わず、落ち着いて読書できる場所を探して校舎内をぶらついていたらしい。


 こうして、県立伊山高等学校に非公式読書同好会が誕生したのだった。

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