序章・第四話
さて、困ったことになった。
何が困ったって?
「ここはどこか。」
普通に迷ってしまった。
まあとにかく広すぎる。何なのかこの広さは。廊下の幅が100mぐらいはある。とにかく広すぎて迷った…………
そういえば、月詠様からスマホみたいなものを貰ったんだった。早速、ポケットから出し、画面をつける。何度か電源らしきボタンを押しているが、出てくるのは赤いバツマークのみ。
うん、これは……………
…………充電がない!
まさかの充電切れである。
月読様の部屋の場所も、もうどこかわからないし、どうしようか…………
充電がないので、どこに部屋があるかもわからない。誰かいないかな?だけれど、靴の音何て、しない…………
コッコッ
………………ことはない。
タイムリーである。なんともすごい偶然だ。
どこからだろうか、一人…いや、二人かな?
こちらに近付いてきている。
一人はピンク色の髪で、腰に刀を差している。
もう一人は金髪で、片手………いや両方の手に、あれは桃か。
それを沢山積み重ねて持っている。
あれどうやって持っているんだ?
そうやって見ていると、急に目があった。
え?ちょっとまって、ピンク色の髪の方の人が刀を抜いて、むかって来てるんだが!?
「ちょ、ちょっと待ってくれぇっ!」
私はいつもどうり、月詠様の屋敷を巡回していた。そこに偶々であった、お姉様が乱入してきた。月詠様の屋敷の中でも気にせず私の横で、桃を食べる。全く、いつでもどこでも桃を食べたがる癖は直すように、言っているのに、全然直す気がない。
ちなみに桃は月で最も有名な果物だ。森に入れば、桃の木で溢れかえっていて、いつでも桃を食べることができる。あの取れたてを食べると、いつでも食べたくってしまう気持ちもわかるけれど。
私はいつも屋敷を巡回しているが、いつも特に変化などない。
今日も、いつもと同じルーティンをこなすだけだと思っていたが、どうやらそうにもいかないようだ。
何の連絡もないのにいる1匹の玉兎。服装は、ゆったりとした浴衣。体躯も小さく、イーグルラビーではなさそうだ。迷ったなどの理由はあるかもしれないが、結局は侵入者。それに月詠様のお屋敷は蟻1匹も入れない程の厳重な警備なのだ。ただの玉兎が入ってこれるはずもない。私は刀を、問答無用で引き抜く。
一瞬で玉兎の目の前に移動。そして、峰打ちを狙い首元めがけて刀を振るう。
だが、その刃が届くことはなかった。
何故か?理由は簡単。
何故か刃が届く前に、刃が『止まって』いるのだ。もちろん、ピンク色の髪の彼女、綿月依姫が刃を止めたわけではない。刃が当たりそうになったときに、急に刀が動かなくなった。
「え?」
これには月の使者の依姫も、ただただ驚嘆の声をあげるしかなかった。
○
何で刀が止まったのだろう。目の前の人が止めたとは考えにくい。しかも、不自然に動きが止まっていた。誰かが止めたのか?
「はいはい、そこまでよ依姫。」
「お姉様!?侵入者ですよ?」
「まったく、まだまだね依姫も。その玉兎を良く見てみなさい。」
姉らしき人にそう言われて、ピンク色の髪の人が俺の方を見て来る。
「…………あ、」
「ね、ちゃんと持っているでしょう。通行証。」
通行証?そんなもの貰ってないが…………
金髪の人の視線を追ってみる。彼女が見ているのは、俺が月詠様から貰ったスマホだった。まさか、これ色々な権限の詰まっている物なのだろうか。
………まあ電源切れてるけど。
「すみませんでした!」
ピンク色の髪の人が謝ってきた。
「えっ、あぁ、いえ、何か怪我とかをしているわけではないので、大丈夫ですよ。」
少し慌ててしまったが、
「本当にすみませんでした。」
特に怪我はしていないので、問題はない。かなり、ビビったが。
「ねえ、貴方、桃は好きかしら。」
金髪の人が聞いてきた。唐突すぎではなかろうか。まあ、いいか。それで、桃か……甘くて、あの果汁が堪らなく美味しいので個人的には好きである。特に否定する理由もないので頷くと、目の前に桃が1つ迫っていた。
「あなたにも、1つあげるわ。たくさん持って来すぎて困っていたから。」
「え?あ、はい、ありがとうございます。」
何か急に桃を渡された。月詠様の部屋から結構歩いて疲れていたので貰わない手はないと思い、手に取る。とりあえずかじってみる。
…………うまっ。
なんだこれ、うまい。噛んだ瞬間、果汁が溢れんといわんばかりにでてくる。その果汁は、とても甘くて美味しい。かといって、甘過ぎない。しかも、それに加えてこの身の柔らかさだ。この桃はとても美味しい。それはわかる。食べた瞬間に、頭の中に桃園が展開されるほどうまい。
「美味しいって顔しているわね。」
それに対し激しく頷く。しかし、しかしだ。何でそんなに桃を持ってきているのか。
両手には、垂直に詰まれた桃が5個ずつ。どうやって持っているのだろう。不思議でならん。まあいいや、とりあえず部屋の場所を聴かなくてはいけない。
「それで、あなたはここでなにをしていたのかしら?」
当然の疑問だろう。何をしていたのかは、確認しなくてはならないだろう。ちょうどいいので、部屋の場所を教えて貰おうとあの鍵を出す。
「あの、この鍵の部屋に行きたくて。」
「少し、見せて貰えるかしら?」
そう言って鍵を渡す。
ピピッ
例のスマホをポケットの中から取り出し俺の鍵をスキャンする。今さらだけど、カードキーである。
「あーここね、後12部屋ぐらい、先ね。」
おーう、少し遠いかな。でも、まあそんなに急いでいるわけではないので、ゆっくり行こう。
「ありがとうございました。」
感謝の意を伝え、部屋に行く。切られなくて良かったと思いながら。
それから、何事もなく俺の部屋?に着いた。鍵を使って、中にはいる。内装は、ごくごく普通の部屋で和洋冷暖房完備。しかも、風呂や、キッチンまで着いている。ビジネスホテルみたいな感じで、部屋真ん中にそこそこ大きなベッドが鎮座している。ボフッといい音を立てて、ベッドに突っ込込む。旅行とかに来たときに毎回毎回やりたくなってしまう。
まあ、旅行気分にはなれないが。
「うお」
なんてこったい、顔がベッド突き刺さってしまった。なんて柔らかさだ!俺の部屋にあった某人をダメにするソファよりも食い込みがすごい。そのせいでなんとか抜こうと引っ張ったり、足をバタバタさせてみるが全くもって動かない。
「…………………………………」
なんか眠くなってきた。やばいやばい、このベッド絶対、眠らせに来ている。地味に温かいもん、このベッド。これが月の科学か!そんなことよりこのベッドから出なければ。スマホも充電しなきゃならないし、風呂にも入りたいのだけれど…………
そんな、意志も眠気と転生やら切りつけられかけたりした疲れも相まって消えていく。月の使者や月の賢者でさえも眠らせてしまう魔のベッドの前では、無力だった。
あれ、座ってたら眠たくなりますよね。