序章・第九話
「ふっ!」
前、後ろ、上、横、四方八方。至るところから斬擊がとんでくる。いつもと同じように刀と身体に妖力を纏わせ、それをしっかり空中で刀に当てて弾く。簡単に弾け、どこかにとんでいく。飛んでいった『弾幕』は壁にあたり光を出しながら消えていった。
俺の能力を使い、回りの『弾幕』を感じる。感じるとはどこぞの『見るんじゃない…感じろ!』等とほざく熱血教師がいいそうなその感じるではなく、実際に感じているのだ。俺の能力は『波長を操る程度の能力』と言われるもので玉兎共通の能力だそうだ。
これで飛んでくる『弾幕』の位置を特定し、刀で捌く。要はレーダーみたいなものだ。自分から波長を飛ばしその帰ってきた波長から距離、位置を特定する。ちなみに向こうからも空気の振動という一つの波長、要は音も感じることができ、自分から波長を出すより簡単に位置を特定することができる。ちょっとラグはあるけれど。
相手の攻撃の波長を感じることができるなら、自分から波長を出すことはないのではないかと疑問に思い、月詠様に聞いてみた。すると、『波長を出す攻撃を常にしてくる相手とは限らないからね。』と帰ってきた。まじで?と思ってしまった。波長を出さないってことは曰く気配がないのだとか何だとか。
そんなことよりも、なんでこの能力が使えるようになったかと言うと、使えるようにならされたという表現があっていると思う。初めて月詠様と手合わせした次の日にいきなり『レイには玉兎の基本の能力の使い方を覚えて貰うよ。』と清々しい顔で言われた後、目隠しをかなり強く結ばれ、それを付けたまま前日と同じことをやらされた。
あの時は泣きそうになってしまった。だってそうだろう。目の前真っ暗、どこからか飛んでくる『弾幕』。もう恐怖でしかない。その時、最初から無意識にだが俺は能力を使っていたらしくある程度は避けることができたが、結局すべては避けきれずに気絶してベッドの中だった。あの時の月読様の顔は今でも思い出すとぞっとする。その訓練のおかげで能力の使い方はもちろん、空も飛べるようになった。
最初空を飛ぶことを教えてもらった時、ワイヤーとかを付けずに宙に浮く月読様を見て『物理法則無視してないか?』という風に思ったが、前世とは全く違う世界なのだからと自らを暗示して月読様の言う通りにやってみたら簡単にできた。タケコプターもこんな感じなのだろうか?
ほかにもできるようになったものがある。『弾幕』を撃つことが出来るようになった。『弾幕』はいわば力の塊で、俺は妖力を適当な形にしてできた玉をぶん投げるくらいしかできないが。
月読様の『弾幕』は人を気絶させるぐらい強力な攻撃なのだが、道場の壁に当たっても壁を傷つけることなく『弾幕』は消えてしまう。この道場の壁はどういう物かは詳しくは分からないが、ある結界が張っていて、月詠様いわく道場の壁はある程度の衝撃が加わらないと壊れないというもので、月読様も本気でやらないと割れないらしい。
さて、月の世界のワケわからないものと月読様の鬼訓練よりも考えなくてはならないことがある。なんでも俺が転生をしてもう100年が経ったらしい。え?二桁多くないって?いやいや、合っているんだなこれが。別になにかタイマーで測っていたとかカレンダーを見て確認しただとかそう言う訳ではない。今さっき『いやー、時が経つのは早いね。』と月詠様が急に言い出すので気になって、『何がですか?』と率直に聞いて見ると『レイがここに来てちょうど100年なんだよ。』と言われ、かなり驚いてしまった。だって100年って普通の人間は寿命で死ぬ。まあ、今人間じゃなくて兎なんだけれど。100年という年月を生きていることに驚きはない。だっているもん近くに、億歳越えがいるもん。
俺にとってはここに転生してまだ10年位の感覚で、100年も経っていたことの方が驚きだ。それに兎の寿命だって、本来であればとっくに死んでいるはずだ。今さらだけどやっぱり俺の前世とはまったく違う世界なのだと、再び思い知らされる。おっと目から汗が。
そんなことよりも………
いろんなところから飛んで来る『弾幕』を捌くことに集中しないと当たってしまう!『弾幕』に当たってしまうとかなり痛いのだ。当たってしまうと何かに殴られたように衝撃が走る。昔はまともに受けることができなかったし、妖力による防御はお粗末なものであったために毎回毎回訓練が終わったころにはベッドの中だった。あの時みたいになるのはごめんだ。
〇
「ありがとうございました。」
無事弾幕に当たることなく訓練を終えることができた。いつも当たりそうになってしまうので、ちょっとでも気を抜いてしまうとすぐさまベッド行きだ。まあ、最近はそういうことはないのだけれど。
訓練が終わるタイミングはいつもランダムで1時間の時もあれば、5時間というとんでもない長さになってしまう時もある。短いときは普通に避ける事ができるが、長い時間避け続ける時には波長を出すのを途切れさせてしまう時があり、数発くらってしまう。やっぱり、まだまだ未熟だ。能力を使えるようになったり、空を飛べるようになったりしてもできないことがある。そういうのは、かなり悔しい。
ちなみに訓練の内容としては、まず午前中に刀の素振り1000回。そのあと道場内を100周して、休憩でお昼ご飯を食べる。食べ終わると今度は実践訓練で弾幕回避や剣術の手合わせをして訓練は終了。最初聞いたときはかなりきついと思ったが、妖力で身体強化をしていると案外簡単だった。実践訓練は強化しててもつらいけれど。
さて、今日の訓練は終了したのであとは部屋に戻って夕飯の準備をするとしよう。あと、刀の手入れもね。少しでも手入れをおこったってしまうと、刀はすぐに錆びてしまうので気を付けなければならない。月読様も1度だけ錆びらせたことがあるらしく、念を押して言われた。
そういえば、冷蔵庫の中には何があったかな?人参は昨日の残りがあって、魚もいくつかあったな。今更だけれど、献立を考えるのが楽しみになってしまっている。大学に入っているときも弁当は作っていた。あの時はたまたま寝坊して弁当を作ることが出来なくて、良く寄るコンビニに買いに行って、それでトラックに轢かれるとは思わなかったなぁ………今世では寝坊には気を付けようと思う。まあ、なるべく………
とりあえずは部屋に戻ろう。まさかの100年以上も住んでいるとは思いもよらなかった。100年たっても、俺が来たときと全く変わらず、劣化していないように見える。これが月の科学だ。何度も月の科学力に驚かされてもう大分慣れたのだけれど。そんなマイホームに戻るとしよう。
「では、失礼します。」
一礼をして道場を出る。さあて、夕飯は何にしようかな。
〇
レイが強くなっている。この100年間見てきてここ最近かなり成長してきている。ちょっと前までは私の弾幕を受けて吹っ飛んでいたのに、今では打ち消すことはできないみたいだがはじけるようになってきた。今の弾幕は以前のとは違って威力を高めて撃っているのに弾かれる。
最初の頃は刀もろくに持てなかったのに、今では私に負けないぐらい早く振れるようになっている。まだまだ負ける気はないが。目隠しだって、あれは『波長で相手の場所わかるかな。』なんて言う思い付きでやったのに悠々とやっているすがたを見ると私でもすごいと思ってしまう。
私は目隠ししながらなんて出来ない。『神眼』を使えば何とかなるかもしれないが、それでも少しやりずらいと思う。妖力の量も増えてきているので術の扱いを覚えてもらったらいいかな。努力がすごいからねレイは。言われてないのに素振りしたり、道場内を走ったりしている。
このままいくと、依姫や豊姫と戦ってもらうのが少し早くなりそうだね。