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線香の香

作者: なと

月をも煙草の先で焦がせる旅人は

そのコートの下に

星々の散らばる夜を隠している

万能人間なんだよ

そう飲み屋で言われたが

ウヰスキーのグラスに映った

羽化したばかりのヒヨコは

可哀相で隠せられないという

そのコートどうなってるんだ

さあね昔話を聞きたいかい

能面の大阪商人がね…

旅人は云う




蛙のお玉杓子が

レンコン畑の水瓶で泳いでいる

小雨は何時までも止まず

紫陽花に雫が煌めいている

夢うつつに如来様が

蛍石の欠片をあそこの神社の

玉砂利に混ぜたというから

宝探しの遊びだ

壁に見覚えのない電話番号

黒電話でルルルと

厳かな声の般若心経が

線香の香

日溜まりの

布団に沁み込んでる




金魚の恋は夢うつつ

綺麗な青年と口づけを交す夢を見る

起きると枕元に山神神社の鈴が落ちていた

ははあ

神様も恋がしたい

梅雨の霧雨の中を

神社への寺町通りに向かって歩く

檸檬のカキ氷が食べたくなってくる

綺麗なおべべの娘さんは

寺の池の中を泳いでいる

鱗の生えた怪異が

雨傘を貸してくれた



カラスが鳴いている

夕暮れ時は逢魔が時だ

黒猫が妖しげににゃあと鳴くと

僕はいつの間にか

旧校舎のグラウンドに立っていた

嗚呼、あそこの窓に

血まみれの兵隊さんが立っているぞ

夕暮れの太陽は

ページをめくる二宮金次郎を赤く照らす

朝顔、毬、手鏡、夕立、入道雲

かすかに、指に残った痣






雨に濡れた小京都に

京友禅の娘が

にいっと嗤いながら

通り過ぎる

紫陽花は頃合いかと

遠き寺から鐘を突く音と

赤子の泣く声が

道端の真っ黒のお地蔵様に

驚きながら

宿の夜は更ける

黒い不気味な色の温泉につかり

鄙びた部屋で眠りにつく頃

山間にざんざぶんと

潮騒の音

家主が海で亡くなったんですと




そろそろ夏ですか

道行く老婆に話しかけられて

老婆の口の中に

小さな赤子の顔が見えて

速足で通り過ぎる

宿場町は不思議な怪が眠る

梅雨の水たまりの中に

見知らぬ男の顔が見えて

慌てて自分の顔を確かめる

灯篭と提灯が呼んでいる

鬼も閻魔も

山で踊って

遠くから笛の音がするから

毎夜祭りなのだ




縁側で祖父が独り寂しく

花火をしている

死んだ弟が好きだった線香花火

もうすぐお盆ですね

僧侶は母を地獄から救えたか

呪いモノはここに

開かずの扉をちょっと開けたら

包帯だらけの木乃伊の手が出てきて

呪いの藁人形をすっと持って行った

独りぼっちで古屋敷にお留守番の夜の

机の下の貧乏ゆすり




小さな電球に

灯りが燈る午後七時

ナイフで蛙の解剖をした記憶が

忘れられない思春期の悩みは

小指の赤い糸がいつ

運命の人に出会えるかと

ただそればかり

暗がりの神社には

ぼんやりと明るい処に

狐の面の青年が立っていて

君の花弁を頂きにまいりましたと

理科の授業のミドリムシが

忘れられないまま




夢の跡先

もうすぐ梅雨

雨の合間は暑くなる

来る夏に供えて

こっそり机の下に

鼠花火を忍ばせる妹

誰もゐない夏の校庭で

遊具に乗って遊ぶ

ただ夕暮れには

気をつけなさい

黒マントが攫いに来るよ

お風呂の中で

なかなか落ちない泥を擦りながら

どうしてミミズにおしっこをかけると、と

悩み多き思春期




俺は懐かしさの塊を持っている

そう笑って兄貴がポケットから

蟻の閉じ込められた琥珀を見せてくれた

余命いくばくの祖母

確かにあそこの古い家で

毬をついていた

裸足で道を歩く狂い女の

美しい肌着襦袢と真っ赤な紐

古箪笥から蛇がしゅるりと

古時計はいつまでも逆さに廻り

古い抽斗には小さな骨




夢の主は

巨大な蛙の煙管からくゆる煙

もうすぐ梅雨ですねえ

そうめんは揖保乃糸

そんな宣伝が

ブラウン管の中からします

懐かしいカルピスのCMに

こぞって出てる狐の娘たち

くるぶしが痛むんです

そこに張り付く

人面相がしゃべりだす

煙草を吸う兄貴が

懐かしい唄を歌っている

嗚呼、海へ行きたい




夏来る

部屋中に散らばる向日葵の花弁と

万華鏡の様な京友禅

祖母が大事そうに抱えている

信楽焼の壺に蛇の漬物

二階には上がってはいけないよ

殺したはずの狐の青年が嗤ってる

黒マントが子供を攫う

あの宿場町の日陰の公園

子供達の匂いは太陽のよう

陰と陽、両方の匂いがするから

辻占の婆や







暑い夏に君は何をしている

瓦屋根に夢見る乙女

空の青さになに想ふ

あの川に龍は泳いでいたね

夏は暑いからと

灼熱の炎天下を歩き続ける薬屋

貰った正露丸を飲むと

布団の中で病に苦しむ君の横顔

酷く苦しいから早くモルヒネを

死んでしまいますよ

迷子が蜃気楼に揺らめいて消えてゆく

影は化け物だ




闇鍋に父親のネクタイ入れる奴

ドリフターズを見ていると

故郷を想い出してお茶と饅頭

あの駅であなたを待っています

セピア色の向日葵と柳行李の娘

柱の模様が人の顔に見えて

ひょっと物陰に隠れたら

遠くからお祭りの練習の笛の音

お座敷の隅の方が

怖くて仕方ない夕暮れの頃

お風呂で歌を歌う夕暮れ





その通り道に立つと

過去の自分が追いかけてくる

白昼夢のリフレイン

想い出という記憶が

嗚咽の様に喉元をせりあがってくる

故郷という名の地蔵菩薩

線香の香のする仏壇に

そっと念仏を唱えて

あの通りに立つ

昔の儘の自分が

得も言えぬ郷愁の鼓動が

心臓をドクドクと脈打ち

まるで祭りの太鼓のように

黑い影が追ってくる

いつもそんな夢で目が覚める

午前六時

夢引き時と云って

魔物に逢う事の多い時間

友引先負仏滅

そんな日に限って

賽の目は弌のしるし

家から出ると一つ目小僧が

右目を持って行ってしまった

あとで冷蔵庫のそばで

落ちていた右目には

「馬鹿」と書いてある

縁側で子守歌




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― 新着の感想 ―
[良い点] 古き良き時代を思わせる描写の中に、ほんの一歩はみ出せばそこには怪異が棲む逢魔が時が忍び寄る、そんな日常と非日常が交錯する世界観が、他にはない筆致だと思いました。怖いもの好きなので、引き込ま…
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