1.いつもと変わらない朝、新しい朝
ちゅんちゅんと鳥の囀りとホーホーという低いフクロウの鳴き声が入り混じる早朝の街に響き渡る中、目が覚めた。窓の隙間から入り込む風の不愉快な寒さが眠りを妨げた。
まだ寝ぼけた頭で枕もとの携帯を確認する。淡く照らし出された画面には6:50と示されていた。昨夜かけたアラームが鳴りだすには10分くらいのタイムラグがあった。
もう一度目を閉じようと試みる。重い瞼は抗いようもなく無抵抗に閉じた。
しかし、隙間風がやすやすと二度寝を許さなかった。布団を深く頭まで被ったにも関わらず執拗に隙間風が邪魔をしてくる。布団の小さな隙間から冷たい空気が滑り込み体を冷やし、安眠を妨げた。
「眠れねぇ...」
確実に冷気にさらされ続けた身体は心地よい睡眠をするには熱が足りなさ過ぎた。
まだ眠れる時間が残されているのに起きるのはもったいない気もするが、なんだか目がさえてしまったので朝の支度を繰り上げることにした。
朝には格別に弱く、毎朝起きるのだけで精いっぱい。低血圧の症状が顕著だった。
「なぁんで夜は眠くないのに朝はこんな眠ぃんだよ...」
このせいで何回も昨日は早く寝ればよかったと思わされる。こんなにも後悔を繰り返してなお学習できないんだから学校の始業時間がいけないんだと思うんだ。高校生になって何度思ったことか。
中学生の時に部活動で早起きするのはさほど苦に思わなかった。体がおじさんになったのか部活動がすごかったのか。
まぁそんなことはどうでもいいか。
ベッドから飛び降りて腕を胸の前で組みその腕を頭のてっぺんに持ってくる。グッと背筋を伸ばし寝ぼけた頭をすっきりとさせた。毎朝無意識のに伸びをするのはルーティーンといっても過言ではないのだろうか。
次いで窓際のほうへ歩みを進め、外からの光を遮っていたカーテンに近づいた。左右から閉じられたカーテンの真ん中に立ち両の手でその端をつかみ、‟シャッ”と音を豪快に立てて太陽を拝む。
東向きのこの部屋には朝日がまっすぐ部屋に差し込んでくる。日の光を浴びて身体が光合成をしているかのようにすっきりとし、眠気がきれいさっぱりと吹っ飛んでいく。
いつもこの瞬間、親からもらった太陽という名前がすこしだけ誇らしく思えるから不思議だ。
生き物に希望を与え、植物たちに命を授ける太陽。永久に輝く存在になってほしいというのが名付けの由来だと聞いた。
俺もいつかはそんな人間に成れればな。
窓の前でじっくりと光を浴びて身体がポカポカと温かくなるのを感じ取り背を向け、支度を始めることにした。もちろんいつもはこんな余裕はないが今日は特別だ。
リビングに移動して朝食の準備と制服の準備をボチボチとはじめた。
クリーニングから帰ってきたばかりのシワ一つないYシャツの袖に腕を通し、学校指定のズボンを身に着ける。
そのあとはバッグに筆箱やらを詰め込み準備は終わりだ。
簡易的な朝食の支度も終え、口に詰め込むように急ぎ食事を終わらせた。
「完全にこの食い方が癖になってんな」
いつもより早く起きたのにいつもみたいに忙しなく食事をとる自分に自分でおかしくて笑ってしまった。その声が一人の部屋に響き渡り、少し寂しくなった。
親元を離れ、このマンションを借りて1年近くが経った。初めのころは一人で起きるのもままならなかったし、タイマーをかけてたはずの携帯が鳴らずに遅刻しかけたことや鍵が見つからなくなって焦り散らかしたことだってあった。
憧れた一人暮らしに何度も後悔したっけ。責任だったり、自立ってのは案外面倒なことなんだって気づかされた。
でも、知らないことだったり新しい発見だったり。見えないこともたくさん見えてきた気もする。
「はぁ...」
とにかく、食べ終わった皿を流し場にほっぽってブレザーを着て支度を整えた。
今日から新学年一日目なのだからポジティブにものを考えなくては勿体ない。心機一転のいい機会だ。
ローファーを履いてつま先を地面にコンコンと二回たたいてドアノブに手をかけた。
バッグの中のお守りを一瞥し、新たな気持ちを胸に外界へと足を踏み出した。