6 ミサミの性癖とフィストの目的
「フィストくん、大丈夫かな」
次に目が覚めたのは鍛冶屋だった。どうやら無事に戻ることができていたようだ。
鍛冶場に住む刀剣族のミサミが、長椅子に横にさせてくれたらしい。
「ありがとう。術式を使った反動でこうなっただけなのだが。心配をかけて申し訳ない」
「いいから。こっちはあんたたちが飛竜の討伐をしてくれて助かってるわけだから。あと事務局に報告しないとね。と、討伐の話はここまで。さあ、私に今回の依頼を教えてもらえないかな。鍛冶をしたくてたまらないの」
早くしたくてたまらないのが、体にもあらわれていた。
むずむさと足を震わせて、こちらをじっと見つめてくる。
「ミサミ、今日はフィスト君の義手の強化をしてほしいんだ。私が形にはしたんだけど、あと何日もつかわからないような脆さだから。長く持つものに作り替えてほしいんだ」
「彼、義手だったんだ。となると最近?」
「円形競技場で、戦っていたときに」
あのとき、俺は腕を刀剣族によって切断された、ということは出来事としては記憶している。
では、そのときのことを頭に思い浮かべてみろ、といわれるとできるかどうか怪しい。
五年以上も前のできごと、かつ事実が今ここにいるところとは異なっていること。仕方がないかもしれないが、記憶が薄い。
「ミサミが俺の義手を鍛冶してくれるっていうのはだいたいわかった。じゃあ、俺の腕をどうやって鍛冶するっていうんだ。体ごとやってもらっちゃ熱すぎるわけだし・・・・・・」
「体をそのまま持っていってもらうよ。フィストが腕を鍛冶をするところに差し出したまま」
「アクミ、これはおかしくないか。ミサミは熱いのに慣れているかもしれないけど、熱さに耐性のない俺が熱に耐えられるのか。大丈夫かよ、この鍛冶場」
安く依頼を引き受けてくれるとはいえ、モンスターの討伐をしなければいけないというところから、普通の鍛冶屋ではないところは薄々感づいていた。
義手をとっておこなえば問題ないが、そういった趣旨のことをいわれていないので、不安が募る。
腕をさしださないといけないために、極度の熱さに耐える必要があること。考えたくなかった。
「腕をさしだして鍛冶をするからには、もちろん対熱の術式を施しておくから安心して。生産職の名にかけて、フィストをつらいめにあわせるような鍛冶仕事はしないから」
「それだけでもきけてよかった。かなり不安に思っていたところだったからな」
「ミサミは適当に仕事をするような人じゃないんだから。このアクミが勧めるくらいのお店なんだから。私のお墨つきよ」
このアクミが勧める、という言葉にすら違和感を覚えてしまう自分がいる。
五年以上前の自分と、アクミとでは全く接点がない。
生きていないと思っていた従兄弟にいわれても腑に落ちないというか、しっくりこないというか。
五年前、ここの時間軸で俺はアクミとどんな接点があったのだろうか。
「そうだな、アクミが勧める店だもんな。いい店に決まってるな」
「そんなに店のことを褒めてくれると、なんだかやる気、でてきました。さあ、今からやりますよ。その前に、鍛冶をしている間、この耳栓をつけてもらえますか」
「どうして耳栓なんか。ただ鍛冶をするだけじゃ」
ミサ三が顔を赤く染め、せわしなく体を揺らす。
「実は、鍛冶をしている間・・・・・・」
耳もとで、残念な性癖をいわれる身にもなってほしい。
「・・・・・・それは聞きたくなかったな。わかった。耳栓をしよう」
アクミが耳元で囁いたことはーーーーーー
「さあ、やりますよ」
作業台に体を乗り上げられ、腕だけをさしだして待つ。ちょうど、アクミさんを見上げる構図になる。ぼうっと燃え上がる音が聞こえ、耐熱術式を施されているがやや熱さを感じる。それは仕方のないことだが。
仕事をはじめや否や、ミサミの態度は豹変していた。彼女が耳栓をつけさせた理由。それは。
「・・・・・・そんな、激しい・・・・・・熱っくて気持ちいい・・・・・そこは・・・・・・んんっ・・・・・・」
鍛冶をはじめると、快感から大声でやましいことをいってしまうことだった。
ボーイッシュな彼女が、女性の目をしている。耳栓をつけているのに、半分以上はきこえる彼女の声。
こんなことなら、腕を外して加工してもらえばよかったように思う。
鍛冶を愛してやまないミサミは、まだ彼氏がいないらしい。アクミ情報。こんな性癖がある女とは男からすると、男女として付き合いたいとは思えなくなる。
いわくつきすぎる、この鍛冶屋。
「はあ、はあ。さて、これでいいかな。お姉さんの実力、ぜんぶ君に出したから。すっごく気持ちかった」
「その言い方やめてもらえますか。もう鍛冶、終わりましたよね」
「ミサミ、こっちの世界に戻ってきて」
アクミが彼女の体を激しく前後に揺さぶってやると、こっちの世界に戻ってこれたようだった。
「失礼。この短時間で鍛冶のモードに入ってたな。では強化された義手の能力を説明しよう」
「頼むね」
この豹変ぶりだと、彼女の精神を不安に思うのだが。
「いままでの即興の義手では、あと数日もつかもたないかといったところだった。
特に困ることはないが、これといった機能を持ち合わせていなかった。
なにか術式を使ったのか、もとから焦げ目がついていたね。コーティングをしっかりした上に耐久性も上げたから、うまくいけばあと半年持つ性能までいったはずかな。
刀剣族の私は正直どういう術式をフィストが使うのかよくわからないから、そこはまだいじってないね。ひとつだけ、なにか特殊機能を備えさせようと思うんだけど、フィストはどういうのがいいかな」
「術式から詠唱まで、私とアクミは拳闘族に近いものがある。だから、刀剣族のような技、そうだな。刀を使ったブーメランを頼みたい。今持っている術式似たようなものが多いのだが、実体のあるもので攻撃してみたくて」
「なるほどね。いまの義手は普通の腕と何ら変わりなく使えているみたいだから、肘から取り出せるような形にすればいいのかな」
「その通りで頼みます」
俺の左腕にミサミが手を当て、術式の情報を体に送り込む。それによって、修行なしに術式を使うことができる。情報を送り終えてすぐに、店の中から手頃で腕に取り込めるサイズの刀を探す。
「これでいいかな」
高くもなく安くもないものを選んだ。
「アクミちゃん、頼むね」
アクミが詠唱をし、術式を放つ。
「加工」
ブーメランの形に変形させていく。それを鍛冶でミサミが微調整すれば。
「これでいいかな」
金属光沢を放つその姿は、自分の相棒といってひけを劣らないものだと思えた。
「さて。腕に取り込もうとしたんだけど、だめみたいだった。手持ちでこれは持ってほしいな。はい」
「どうも。大事に使います」
「いい心構えじゃない。じゃあ、この調子で・・・・・」
「ちょっと失礼。フィストはさ、何を頑張りたくてここまできて、飛竜の討伐までしたの、ごめんこれだけは聞かせて」
会話の途中で、アクミが遮ってくるなんて。そこまで、尋ねたいことだろうか。
今の自分が強くなる目的。あの憎い、俺の命を奪った魔王への再挑戦。殺された兄弟を未然に救うため。そして何よりまずは。
「元勇者護衛人、通称四天王を倒すことが、強くなりたい目的だ」
声を出して驚く、というよりか何もいえることがないという表情だった。
四天王を倒すこと。それはつまり国家に背くことになるから他ならない。
「四天王を、倒すって。正気なの、フィスト」
アクミの話す口調は、明るさを全く纏っていなかった。