2 記憶にない女 アクミ・キョウト
次に意識がもどったときには、どこか見慣れたベッドの上だった。寝そべりながら体をみると、まだ鍛えられていない体だと実感する。
少しは筋肉がついているが、国王と戦っていたことを考えると、かなり少ない。
「フィスト、起きたの」
横から女の声が聞こえてきた。
「ああ、起きたが」
聞き馴染みのない声だった。三年前、俺は一体何をしていたのだろうか。鍛えていた以前のことの記憶が薄い。
「ほんとにあんた、心配させないでよ。もう二度と生きてかえってこないと思ってた。もうあんな無理しないでね」
「ちなみにさ、俺ってなんでこうやってベッドの上にいたんだ」
過去に戻って来れたというのは理解ができた。
では、どうやって辻褄を合わせるかまではわからない。
「少し記憶がとんでるみたいね。あなたは、ザント円形競技場で、刀剣族の奴と戦って、負けたのよ。それで大怪我を負って」
「大怪我ってどんくらいの怪我だったんだ」
「痛くないのかな。あんたの左腕を、ごっそりいかれたの」
おそるおそる、左腕をみる。
左腕が、なかった。
体を見たときには違和感を覚えなかった。止血され、包帯で巻かれてはいるものの、だいぶ切られている。
腕が切られたことなど、なかったはずだが。
まずは一度、状況を整理しよう。
自分は、今三年前にいる。三年前俺は競技場で試合をした。そして、左腕を切り落とされた。記憶のなかから、競技場にいったことを思い出していく。
もしや。あの日、俺はある刀剣族との決闘をおこなっていたはずだ。
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この世界は、勇者ーーー現在の王ーーーがきてから変わってしまった。異世界からの転生を果たしたという彼は、平和な暮らしをしていた人々を変えてしまった。
勇者の力は凄まじく、力比べで強いのはもちろん、特殊な能力を持ち合わせていた。
王曰く、世界の理を変える能力。
両拳で全てが決まる世界を彼は求めていたという。
転生を果たした当初の彼は、この世界をよりよくするため、争いをなくすため、この世界で両拳にかかる比重を高くしたという。
しかし、両拳によって争い事が決まるというのは、徐々に方向性がかわっていった。
争いごとを全て両拳で解決できるようになってしまったため、体と体でぶつかりあうことが少なくなり、口論をして発散して晴らしていた鬱憤を発散する行き場がなくなってしまった。
どうも活気が人々からなくなってしまったと感じた勇者は、人々に両拳をモチーフにした三つの種族を与えることにした。
一つ目、拳闘族。拳で主に戦う。
二つ目、刀剣族。鋏がモチーフになっており、指や手を刀のように使う。
三つ目、手掌族。防衛に特化している。
この三つの種族は、両拳と同じく、それぞれ相性がある。拳闘族は、手掌族に弱いが、刀剣族に強い。刀剣族は拳闘族には弱いが手掌族には強い。
どの種族になるかは、十歳の誕生日をむかえて以降、自分の手のひらを見ればわかるようになっていた。
赤く光れば拳闘族。
青く光れば刀剣族。
黄色く光れば手掌族というように。
はじめは適当に家柄ごとに割り振られ、隣の家が別の種族、というのもよくある話だった。
種族に関係なく暮らせる時間はそう長くはなかった。小さな争いごとがあったときに、両拳だけでなく、一発だけ相手を殴ることができた。
種族による相性から、喧嘩をする相手を間違えると、確実に負けてしまう。
そういった問題を解決するため、一対一の争いではなく、複数対複数で争えばいいという判断に至った。種族ごとのギルドを作る。
それが対立を産んだ。
いつしか、各種族ではじめにギルドをつくったものが権力を握っていく構図ができていった。
その一族は称えられ、崇められるような存在となっていったのだ。
はじめにギルドをつくったものが権力を握っていく構図ができていった。その一族は創始者と称えられ、崇められるような存在となっていったのだ。
アーク・フィストは、創始者一族の末裔だ。
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その日、いつものように道を歩いていると、刀剣族の創始者の末裔だという青年が決闘を申し込んできた。
ただの力試しをしたかっただけかもしれない。刀剣族は拳闘族との相性が悪いため、この勝負は軽い気持ちで挑んだのだった。
円形競技場で、刀剣族がこの決闘をしきった。
俺は初手から殴りにかかった。
ただ殴ることが、かっこいいと思っていたし、強いと思っていた。刀剣族がその拳を食らうと、ただ殴る以上のダメージを与える。
ただ殴る攻め方をすることは、確実にばれていた。拳を食らう寸前で、指を右肩に差し込み。そのまま俺は倒れた。
ただ、それは夢だった。彼が俺に見せた幻影だった。俺の拳は彼の顔面を捉えていた。すぐに俺は気を失い、この勝負に負けたーーー
これがこの勝負の経緯。そしてそれ以降、彼が俺に関わることを一切やめた。
やはり、片腕を失ったはずがない。
いままで、両腕があったからこそ、【千人殺しの拳】のような強烈な技ができた。
片腕だけでは、威力は半減どころではない。
歴史が変わっている。ここは、自分の知る過去とは少し違う。
「フィストさん、何か考えごとでもなさってたのですか。私が何度話しかけても聞こえてなかったようですが」
あの夢が事実となってしまった世界への生き返り。これなら辻褄があう。
「悪い、そこの君」
「そこの君ってなんですか、フィストさん。私ですよ。わ・た・し」
「申し訳ないけど、記憶が動転しているみたいなんだ。思いだすために、一応名前を聞いておいていいかな」
「私のことを覚えていないんですか。ひどいですよ。教えますけど。その前にベッドから体を起こしてください」
かかっている布団を右腕ではがし、体を起こす。力の入れ方には苦労した。
ぼんやりとしか見えていなかった彼女の顔が、はっきりと見えてくる。
「アクミ・キョウト。あなたの従兄弟で、この店の経営者よ。そんなことも忘れたなんて。変な毒を打たされたせいかしらね」
彼女は、つやのある黒髪を首もとまで伸ばし、つぶらな瞳でみつめてきた。
この女が従兄弟、かつ面識があると思われている。
何かが明らかにおかしい。