1 復讐を果たさんとする者
「これで最後にしようか、フィスト。【千人殺しの拳】」
勇者幹部ーーー四天王ーーー最後のひとり、シギトのスキル【完全模倣】は、相手の能力を完全にコピーして使えるものである。
「たとえあんたが【完全模倣】を使おうが、所詮俺の模倣にすぎない。本物を見せてやるよ」
「来い」
握った右の拳を、ゆっくりと体の前で回していく。拳を回した跡が、刃となって現れる。シギトはこちらの動きを真似ていく。
体の前を一周したことで、刃は一つに繋がり、スピードを増しながら回った。
「アークフィスト。拳を己の物に。拳に全てを捧げる」
拳闘族の詠唱をおこない、術式を放つタイミングを伺う。
「シギト。刀は相手を斬り、心の邪念を斬りさくもの。刀とともに」
刀剣族の詠唱を終え、どちらも術式を放てるようになった。
間を取り合う。
同じ技の応酬は、先ほどまでもおこなわれていたが、攻撃が同威力のため、決着が一向につかなかった。
この技は違う。【完全模倣】とはいったものの、術式は種族によって違いがでるため、技に違いが僅かに生まれる。
そのため、確実にどちらかに攻撃が入る。【千人殺しの拳】は当たると確実に死ぬ範囲攻撃。刃が発動者とその仲間以外を巻き込み、数多くの者を絶命させるため、この名がついた術式。
「「【千人殺しの拳】」」
同時に、刀が同心円状に広がっていく。ついに、ふたつの【千人殺しの拳】は衝突した。激しい光と刀どうしがぶつかりあう音だけが王城を揺らしていく。
「なかなかやるな、フィスト。なあ、オリジナルはそんなものか」
さらにシギトは力をこめていく。刀同士が、押しあい、どちらに当たってもおかしくはないようになっている。
「その程度でフィストに勝てるはずがない。ここからが本番だ」
「何をする気だ」
もう一度、同じように体の前で腕を回す。
今回が詠唱はない。
「波動拳、改」
右腕を強く差し出した。拳の先から、空気に伝え、シギトに向かっていく。
「まさか。いや、この【千人殺しの拳】を貫通してまで、技が通るはずは」
シギトの【完全模倣】は、強力であるかわり、一つ弱点があった。相手と同時にしか同じ技をくりだせないこと。そして、二つ以上の技を同時に模倣できないこと。
「これで終わりだ」
シギトの【完全模倣】の威力は、彼が気を抜いている間に、若干落ちていた。それでフィストにとっては十分だった。
ぶつかりあう【千人殺しの拳】の間を通り抜け、波動拳は、シギトの心臓を居抜ききった。
「ここまで、か」
ばたりと倒れ、床を彼の血が染めていった。
シギトの姿を一度だけ確認し、次の階へと急いだ。
ここは王城四十一階。ここに来るまで、数多くの命が【千人殺しの拳】で消えていった。
王城に乗り込んだ理由は単純だ。
ここにいる、腐った世界を作り上げた王をこの手で抹殺するため。
彼が王にならなければ、自分はここまで戦いに目覚めなかっただろう。彼に人生を狂わされなければ、今頃、村で幸せに暮らしていたに違いない。
螺旋階段を早足で上っていく。四十九階に、彼はいる。
ついに最上階へと到達した。王室への扉は既に開いていた。
「ケンギ・シュウト。そこにいるんだろう。俺は知っているぞ。早く顔を見せてみろ」
遠くにある王座に、彼の姿はなかった。
「ここだよ。振り向いてみるといい」
背後に、あの顔があった。重厚な装備で待ち構えていた。きっと重くてたまらないはずだが、重さを感じているようには見えない。
自分の装備が黒い羽織に作業用のズボン。対照的だ。
「よくここまできたじゃないか。まさか四天王まで破られるとはね。まずはその功績をたたえようじゃないか」
心のこもっていない拍手が、広い王室に響きわたる。
「あんたがこの世界の形を変えなければ、俺の弟をあんな目にあわせなかったら。すべておまえのせいだ。おまえさえこの世界に来なかったら」
「いや、前世では虚しく生き絶え、転生した世界でも虐げられて生きる。そういう生き方が嫌だっただけさ。ここではいくら人が命を奪われようとも、現実ではないと思えるから躊躇なく殺められる。君もこの世界の住人でありながら、私の部下たちを躊躇なく処分しただろう。現に君も私を殺めようとしている」
右手に持っている杖を振り回し、こちらの心を揺さぶりにかかる。
「確かにあんたの部下は処分した。だが、これはやらなきゃいけないことだったと思っている。あんたが奪った数多くの命のことを考えれば、その犠牲は仕方がないことだ」
「なるほど。どうしても私を殺したいんだな。どうだ、君のスキル、【千人殺しの拳】でも撃ってきたらどうだ。それで私にかかってくるといい」
「ふざけるな」
すぐに腕を体の前で回し、【千人殺しの拳】を構える。
「アークフィスト。拳を己の物に。拳に全てを捧げる」
「ケンギシュウト。ここに森羅万象をしめしたり。失われた命に捧げる」
杖を前に差しだし、力をこめていく。
「同時にいこうか」
「望むところだ、ケンギ」
さきほどよりも、強く。激しく。
失われた命のためにも、ここで決着をつけなければならない。
「【千人殺しの拳】」
「【死の膠着】」
こちらの術式のほうが一瞬、早かった。すぐに同心円状に刀が広がっていき、彼の首もとに近づいていく。やるときは、首を居抜くと決めていた。
時が遅くなったように感じる。徐々に、彼の首もとに刀が近づくのがはっきりとみえる。その瞬間は、目にはっきりと映った。
首が、切れる。
「なんてな」
「何」
それは、たった〇コンマ何秒という時間だったはずだが、そのセリフは、はっきりと耳元に伝わったような気がした。
それが、最後だった。
「【変幻自在】」
【千人殺しの拳】は、突然生み出された壁により、跳ね返されていった。
「兄弟というのはあまり変わらないものだね。後少し、足りなかったみたいだね」
彼に刺さるはずの、【千人殺しの拳】は。
俺の首を跳ねていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「フィストさん、起きてください。フィストさん」
俺はさっき、国王に【千人殺しの拳】を返されて。
死んだ。死んだはずだ。あの後の記憶がない。と、なると。
「残念ながら、アーク・フィストさんは亡くなられました。あれは二十五歳のことでしたね」
女神は、そういった。
「そうだ、なぜあなたがそのことを」
「いまはそんなことはいいんです。あなたにチャンスを与えるため、今話しているんです。志半ば、あなたの人生は幕を閉じた。もう一度だけなら、蘇生させてあげましょう。あなたの少し先にある扉を開ければ蘇生されます」
指を指した方向に、暗いなかで唯一光っている扉があった。
「蘇生、だと。また生き返ってあの王城に戻れるのか。またあの国王と戦えるのか」
女神は首の後ろをかきはじめた。
「そうではなくてですね。その、あなたが死んだときから、三年前にしか蘇生できなくて」
「三年前、か」
まだ【千人殺しの拳】も習得しておらず、弟もまだ生きていた頃。あのときから、何もかもかわっていった。
「こうやってもう一度蘇生する、というのも滅多にないことなんです。生き返らず、記憶を無くして新たな人生をはじめることもできますが、いかがなさいますか」
それも手だ。しかし、国王に一方的にやられたままでいるのを考えれば、答えは単純だった。
「もちろん蘇生の方を選びます。三年前だとしても、また国王を殺めるチャンスがあるのなら」
「ですがそれには条件が・・・・・・」
即決だった。女神のいうこともきかず、すぐさま扉に手をかけていた。
「待っていろよ、国王」
さらに強い光が全身を覆っていく。これから、国王へのリベンジがはじまる。
光から目の前が暗転し、いつのまにか意識を失っていった。
ブックマークもポイントも、ログイン中に一回タップすればできます。
感想は一言でもいいです。「面白かった」「面白くなかった」でもいいです。
ぜひ楽しんでください。