007 お風呂に入ろう
前回のあらすじ ----------------------------------
調理器具はあったが、コンロが無いので簡単な串焼きを作る。
調理スキルのおかげで、味は絶品。
「さて。お腹もくちくなったし、次はお風呂、だよね」
少し食休みを取り、お腹が落ち着いたわたしは、身体を起こしてお風呂へと向かう。
この家のお風呂は所謂、五右衛門風呂である。
ただし、形は丸形ではなく長方形なので、足を伸ばしてゆっくりと入ることができる。
家の外に焚き口があり、そこで火を焚いて浴槽に入れたお水を沸かす形だ。
神様曰く、『この国では、一般家庭にお風呂は無いけど、頑張りました!』とのこと。
現代人としては、お風呂の無い生活はあり得ないので、神様の評価大幅アップだったよ!
蒸し風呂とかじゃなくて、きちんと湯船があるのが更にグッド。
「……とはいえ、ボタン一つで適温、とはいかないんだよね」
釣瓶式の井戸からお水を汲んで風呂桶を満たし、薪を燃やしてお湯を沸かさないといけないのだ。
それを昔の人は毎日やっていたかと思うと……凄いね!
面倒くさがりなわたしには到底無理な作業なので、手抜きを考える。
「魔法を使えばなんとかなるよね。魔法だし!」
根拠無しだけど、成せば成る。きっと!
水系統で一番弱い魔法は『ウォーター・ボール』。
水の塊を作って敵にぶつける魔法だから、これで水を溜めよう。
「それでは……『ウォーター・ボール』!」
ぶっしゃぁぁぁぁ!!!
「ぶはっ! げほっ、げほっ。は、鼻に……」
起こったことをそのまま言うと。
わたしの手から飛び出る水の球。
風呂桶の底にぶつかり、思いっきり飛散。
わたしに水が降りかかる。
――喩えるならば、水道の蛇口の下にスプーンを差し入れたような感じ?
見事に周りに飛び散って、ちっとも水が溜まっていない上に、わたしはずぶ濡れ。
思いっきり鼻に入って「けほけほ」と咳き込む。
「甘かった……えーっと、速度調整、出来るかな……?」
何も考えずに使ったのは、やっぱりマズかったみたい。
今度は、『速度ゼロ、速度ゼロ』と心の中で唱えながら、『ウォーター・ボール』を使う。
「よしっ!」
手のひらの下に現れたバケツ一杯ぐらいの水の塊がそのまま落下、風呂桶の底に少し溜まる。
「良いじゃん、良いじゃん! 今度は……速度はゼロのまま、水の量は倍で……」
再び成功。
ふっふっふ。これで水に困ることは無いよ!
一度に出す水の量を徐々に増やしていくと、一分足らずで風呂桶は水で一杯になった。
うふふ、もしかしてわたし、才能ある?
数回魔法を使っただけで、ここまで調整できるようになるとはっ!
MPの消費も微々たる物だし、これなら毎日お風呂には入れそうだよ。
次は加熱だけど……。
「『ファイア・ボール』で良いかな? 速度は極ゆっくりと……」
もう同じ失敗はしない。
普通の速度で打ち出したら、風呂桶が壊れるかも知れないからね。
ゆっくり、ゆっくりと念じながら、湯船に手を向けて呪文を唱える。
――もし戻れるのなら、考えの足りないこの時のわたしを殴りつけてやりたい。
ドパンッ!!!!!
「ずわぁちゃちゃちゃ!!!!」
轟音と共に風呂場は真っ白な湯気に包まれ、高温の水蒸気と熱湯がわたしに降りかかる。
「ウォ、『ウォーター・ボール』――ぐふっ!」
慌てて、でっかい『ウォーター・ボール』を自分にぶち当て、速度を殺すことを忘れて、その衝撃に悶絶、風呂場の床にぶっ倒れる。
「ぐおぉぉぉ……し、死ぬ……」
めちゃめちゃ痛い。
いや、この身体じゃなかったら、本気で死んでいたかも。
しばらくの間、痛みにうめいていたわたしは、湯船の縁を掴んで立ち上がると自分に『キュア』をかける。
みるみるうちに赤くなっていた肌が元に戻り、痛みが治まっていく。
「あ、危なかった……アレって、水蒸気爆発とか、そんな感じのだよね?」
良く考えれば、冷水に超高温の物体を放り込めば、一瞬で大量の水蒸気が発生するのは当たり前。
自分で言うのも何だけど、あまりにも考え無しである。
天狗になった鼻が見事にポッキリと折れた。
と言うか、あの爆発。
『ファイア・ボール』って、思った以上に超高温で保有熱量が大きいんだね……。
わたしのレベルのせいかもしれないけど。
「……しかも、ちっとも温かくなってないし」
手を突っ込んでみたお風呂のお水は、ほんのり程度しか温まっていない。
完全な草臥れ儲けである。
「うーん、どうしよう……」
ストレージの中身や使える魔法を走査しながら考える。
『ファイア・ボール』より弱い火系統の魔法としては『ティンダー《着火》』があるけど、これで水の表面をちまちま焙るのは現実的じゃないし……『ファイア・ボール』の威力を調節する?
失敗したら大事故なのに?
「熱くなれば良いんだから……熱源、熱源……あ、これならいける、かも?」
わたしがストレージから取り出したのは一本の鉄棒。鍛冶用の素材である。
それを握り、かけた魔法は『ヒート・ソード』。
土系統魔法の武器へのエンチャント。
火系統の『ファイア・ソード』の場合、燃えさかる炎が剣を取り巻いてとっても派手なのだが、こっちは少し赤くなるぐらいで見た目にはほとんど変化が無い。
ただ、その地味な見た目に反して効果は十分。
『ファイア・ソード』が効きにくい一部の敵に対しても威力を発し、『ファイア・ソード』より火傷の状態異常が発生しやすいという玄人好みの便利魔法なのだ。
ちなみに、『ファイア・ソード』の場合は、燃焼の状態異常が発生する。
「そーっと、そーっと……」
さっきの二の舞はごめんである。
先っぽをちょこっと水に浸けて様子を見ると、ジュウジュウ、ボコボコと音を出しながらも爆発する様子は無い。
それに安心したわたしは、もう少し深く浸けて、もう片方の手でお風呂のお水をかき混ぜる。
みるみるうちに水温が上がり、少し熱いかな? と言う時点で鉄棒を引き出してエンチャントを解除、ストレージに片付けた。
「ちょっと失敗したけど、これで手軽にお風呂には入れるようになったね」
はい、そこ。
ちょっとじゃないとか言わない。
わたしだって、お風呂の準備で死にかけるとは思わなかったよ!
やっぱり使ったことがない魔法は、慎重に使わないと危ないね。
わたしだから生きているけど、一般人が傍にいたら、大火傷は確実。
下手したら死んじゃうよ。
更にその後、『ウォーター・ボール』をぶつけたせいで、ジャージだけじゃ無くて下着までびしょ濡れになっちゃったし。
このままじゃ脱衣所に戻れないので、その場で全部脱ぐ。
ジャージを広げてみると、何カ所か擦れているけど、幸い穴は空いていない。
うーん、学校指定のジャージって案外丈夫だよね。
値段はちょっと高い気がするけど、石段落ちを披露しても破けなかった根性は賞賛すべきだよ。
元々はお兄ちゃんのお下がり……というか、ぐんぐんと成長して、すぐに着られなくなった物だから、ほとんど傷んでいなかったというのもあるとは思うけどね。
ジャージはひとまず洗い場に置いておいて、わたしは湯船に浸かる。
「……っ、はぁぁぁぁ~~」
大きく息を吐いて身体を伸ばす。
やっぱりお風呂は重要だよね。心の洗濯だよ。
飛ばされてきた世界が、中世ヨーロッパみたいな所じゃなくて本当に良かった。
汚物は窓からポイ捨て、風呂にも入らず、臭いは香水で誤魔化す様な国だったら、たぶん初日で挫折していたと思う。
わたし、メンタル弱いし。
そのままぼけーっとお風呂に浸かることしばらく。
十分に暖まったわたしは湯船から出て、残り湯でジャージと下着の洗濯をする。
「手洗いなんて、生まれて初めてだなぁ」
いや、下着とか、ちょっとした物なら洗うこともあったけどね?
ジャージみたいな大きい物は、基本洗濯機にお任せだから。
手洗いマークのセーターだって、専用の洗剤と洗濯機の手洗いコースでなんとかなるし。
ここには洗剤はもちろん、洗濯板も無いので、土汚れを取るのが面倒くさい。
さすがにゲームには、洗濯する魔法なんて無かったからなぁ。
無くなって初めて実感する、全自動洗濯機様のありがたみ。
「乾燥機も無いから、干さないと」
湯船からお湯を抜き、服をしっかりと絞る。
「さて、着替え……あ……」
Oops! 下着が無い!
さて、困った。
ゲームではアンダーウェアが脱げなかったから、下着類のアイテムは一切存在しなかったのだ。
水着には着替えられたんだけど、さすがにそれは着たくない。
幸か不幸か、ブラは無くてもなんとかなるような体型になっちゃったけど、下の方は当然着替えたいし……。
でも、世界観的に、運が悪ければ下着自体、存在していない可能性すらあるよね。
歴史にはあまり詳しくないけど、腰巻きとかそういうのはわたし的に下着とは認めづらい!
ひとまず目に付いた“温泉セット”をストレージから取り出して――浴衣に手ぬぐい、桶と石けんだった――素肌に浴衣を纏い、ジャージを片手に自室(最初に目覚めた部屋をそう決めた)に移動。
ストレージから取りだした適当な槍を鴨居と欄間に引っかけて、そこにジャージを干す。
このへん、和風建築は便利だよね。
「さて。無い以上は作るしかないんだけど……」
コンビニでもあれば買いに行くんだけど、そんなもの(たぶん)無いし、お金も持ってない。
ゲーム内通貨が金だから、それでどうにかなるかもしれないけど、ちょっとした買い物で、見た事も無い金貨を出す客なんて、どう考えても不審者である。
地域住民とは、良い関係を気付きたい。将来的に。
「下着だと……木綿、もしくは絹かな?」
化繊は持っていないし、ファンタジーな不思議素材を使うのはちょっと勿体ない。
「シルクの下着って売ってたけど……着心地はどうなのかなぁ?」
もちろん買ったことはない。
バイトもしていない、ゲーマー女子高生の財布を甘く見るな。
普段着なんて、数枚セットのコットン製だ。
「……取りあえず、木綿でいいや」
着られれば良いのだ。
シルクは片付けて、裁縫セットを取り出し、布をわたしの体型に合わせて裁断していく。
裁縫スキルのおかげか、現実では服を作ったことも無いのに、すいすいと手が進む。
作るのは所謂、紐パン。ゴムがないからね。
いや、正確にはストレージの中にゴムの木はあるし、生ゴムもあるんだけど、服に使えるような紐ゴムは入っていない。
わたしがプレイしていた時にあったのは、生ゴムにするまでのレシピで、それ以降のレシピは見つかってなかったんだよね。
もしかすると、今頃は誰かが紐ゴムのレシピを見つけているかも?
まぁ、紐ゴムがあっても、木綿が平織りで伸縮性が無いので、普通のショーツなんか作れないんだけど。
その点、紐パンならゴムが無くても片側を結ぶだけで済むし、伸縮性が無くてもなんとかなる。
ズロースも作れそうだけど、ドレスを着るわけでもないのにそれはちょっとね。
あとはふんどしも簡単に作れそうだが、それはやはりダメだろう。
女の子として。
……冷静に考えると、紐パンとふんどし、よく似ているようにも思えるけどね?