017 後始末 (4)
ゴォォォォォォ!!
天高く立ち上る巨大な炎の竜巻。
ファイア・ストームの名に恥じない、それはそれは見事な竜巻で……。
「………………はっ!?」
あんまりの状況に呆然としてしまったけど、状況はそんな悠長なものじゃなかった。
わたしの顔を炙る熱量はかなりの高温で、雨に濡れていた周囲の草も一瞬で乾燥。
更には自然発火して燃え広がり、一気に野焼き状態である。
これ、わたしたち三人だから無事だけど、普通の人間だったら、火傷して死んでるよ!?
「ゆ、紫さん!? ちょっと強すぎです!」
「わ、わたし、ここまでやってないよ!? た、たぶん!」
「藻は結構油を含んでいるんですよぅ」
「それ! きっとそれ! わたし、悪くない!」
藻から油の抽出とかできるんだもんねぇ。
ちょっぴり現実逃避気味にそんな事を思い出している間も、炎は収まる様子を見せず燃え続け――。
「いくら何でも、燃えすぎじゃないかな!?」
「普通の藻なら、ここまでにはならないはずですよぅ」
「くっ、この藻はどこまでも祟る!」
「どうでも良いから、消火してください!」
「だ、だよね! えっと……」
な、何の魔法を使えば良いかな?
ウォ、ウォーター……。
「紫様、わっちがやりますよぅ」
とっさに魔法が出て来ないわたしに代わり澪璃さんが手を振ると、湖から水がシュルシュルと宙を伸びてきて、未だ渦巻いている竜巻を囲むように輪を作る。
そしてそこから雨が降るように周囲を濡らし、燃えていた草木を鎮火させた。
「あ、ありがと、澪璃さん」
「お安いご用ですよぅ。水に関しては、お任せ! ですよぅ」
にっこりと笑って、片手を上げて拳を作る澪璃さんに、わたしもホッと笑みを漏らす。
これで周囲への延焼は防げたけど、本体の方は未だに轟々と音を立てている。
既に魔力供給はしていないし、燃料は藻だけだから、そのうち収まるはずだけど……大丈夫だよね?
だよね……?
結果的に炎の竜巻は、三〇分ほども燃え続けた。
確かに大量の藻はあったけど、山積みにした表面に火を付けたわけでは無く、竜巻で巻き上げて一気に燃やしているのだ。
それでここまで燃え続けるとか……実はこの藻って、燃料として凄く優秀なんじゃ?
ブロック状にして乾燥させたら、便利に使えたかもしれない。
ちょっと取っておいて、気が向いたら研究してみようかな?
「ただ……無事に収まったけど、ちょっと広範囲に燃えちゃったね」
「まぁ、この程度なら問題ありません。すぐに元に戻りますよ」
うん。宇迦の時間感覚ではすぐかもしれないけど、人間的感覚だと、かなり時間が掛かりそうだよ?
特に、竜巻の中心部分。
表面が燃えただけの周囲に比べ、長時間高温に曝されていたからか、かなり堅く焼き固められてそうだし。
適当に掘り起こしておこうかな?
後は、残った灰を回収して……。
「よし、これでオッケー」
「おや、焼却処分はもう終わりですか?」
そろそろ帰ろうか、と言うわたしに、宇迦が少し小首かしげてそんな事を言う。
宇迦もさっき焦ってたのに、それを言う?
「さすがにあれを目にして、もっかいやろうとは思わないよ。焼却するにしても、なんらかの方法考えてからだね」
燃料ペレットか何かに加工するか、専用の焼却炉でも用意して、少しずつ焼いていくか。
――う~ん、焼くのは無しかな?
あれだけ大規模に燃やしても、僅か500トン。
普通サイズの焼却炉で燃やすなら、一年間投入し続けても、半分も燃やせないだろう。
燃料ペレットの方は、魔道具のコンロがあるウチではあまり使い道が無いけど、村人に配ればそれなりに喜ばれるかもしれない。
それにしても、燃料ペレット製造装置でも作らないと、どうしようも無いけど。
放置していたら、ストレージの中で忘れ去られることになりそうだからと、燃やしてみたんだけど、これは無理だね。
ま、三〇〇年もあれば、いつか処理するさ。……未来のわたしが。
「それじゃ、今日は帰りますか?」
「うん。また藻が発生したら、もう一度掃除するとして、今日は終わりだね」
「はい、帰りますよぅ」
さて、と神社へと向かおうとしたわたしたちに、普通に付いてくる澪璃さん。
「……あれ? 澪璃さんも来るの?」
「えぇ! ひどいですよぅ。仲間はずれは寂しいですよぅ」
そんなっ、みたいに悲しそうな表情になる澪璃さんだけど――。
「いや、別に良いんだけど、澪璃さんのお家ってここだよね?」
「澪璃、自分の神域は放置していても良いのですか?」
「構いませんよぅ。ちょっとぐらい留守にしても、問題ないですよぅ」
「……今し方まで問題が起きていた所でしょうに」
少し呆れたような宇迦の言葉に、澪璃さんが視線を逸らす。
「まぁまぁ、本人が良いというなら良いんじゃない? 問題と言っても、藻が発生していただけだし」
「そうですけど……」
「紫様……!」
嬉しそうにわたしを見る澪璃さんに頷き、わたしは宇迦の手を取る。
「それじゃ、飛んで帰ろう――って、あれ?」
それは、数十人ほどの集団だった。
抱え上げようとしていた宇迦から離れ、目をこらしてみれば、それは先ほど澪璃さんが追い返した人たち……かな?
あんまり注意していなかったので、はっきりとは顔を覚えてないけど。
ただ、人数は増えているので、あの時いた人たち以外も加わっている事は間違いない。
澪璃さんのあの姿を見て、まさか戦いに来た、なんてことは無いとは思うけど、悲壮感の漂ったその表情は、『あの時、落としてしまった鍬を拾いに来ました』なんて、簡単な話でも無さそう。
一応、鍬は少し離れた場所にまとめて置いてあるけど、それを探す様子も見せず、まっすぐにこちらへと向かってくる。
目的は明らかにわたしたちみたいだし、この状態で無視して飛び立つ、というのもマズいよね?
どうしようかと、宇迦と澪璃さんに視線を向けると、宇迦はため息をついて首を振り、澪璃さんは不思議そうに小首を傾げた。
「……? 紫様、帰らないんです?」
「えぇ!? あんな、あからさまにこちらに話がありますって集団が来てるのに!?」
「……あぁ、あれですか。邪魔なら、追い散らしてきますよぅ?」
「いや、いい、いいから! とりあえず、話を聞いてみよう? ね?」
ちょっとやってきましょうか? と気軽に言う澪璃さんを慌てて止める。
思った以上に、澪璃さんの人間の扱いが雑だよっ!
これが一般的な神様クオリティーなの?
……なんだろうね、たぶん。
「紫様がそう言うのなら、是非もありませんよぅ」
「うん、お願い」
その言葉通り、わたしが言ったからか、澪璃さんは特に不満そうな様子も見せず、その場で彼らを待ち受ける。
立ち位置としては、わたしがいて、右隣少し後ろに宇迦。
澪璃さんは左手の後ろ。
そんなわたしたちに対して、彼らは一瞬、どう対峙するか悩むような表情を見せる。
彼らとしては、水神と崇める澪璃さんが重要なんだろうけど、先ほどの澪璃さんの言葉を聞いていれば、澪璃さんがわたしか宇迦のどちらかを立てていることは理解したはず。
そして宇迦は獣耳があって、明らかに人間では無い。
であれば宇迦を重視すべきかと言えば、宇迦はわたしの傍で控えるような位置にいて、前に立っているのはわたし。
誰が重要人物なのか、悩むのも当然かもしれない。
結果として彼らが選んだ選択は、わたしの前、数メートルほどで足を止め、その場に跪くことだった。
そして、代表者とおぼしき年配の男性が口を開く。
「この度は、水神様のお心を煩わせ、誠に申し訳ございません」
「えっと……」
それって、さっきの事だよね?
謝りもせずに逃げ帰ったような感じだったし、改めて謝罪に来たって事かな?
どうしたものかと、澪璃さんを見れば、完全にわたしに任せるつもりなのか、何も言わずに微笑んでいるだけ。
しかし、所詮小娘なわたしにこんな経験は無いわけで、返答に困る。
気にするなと言えば良いのか、許すと言えば良いのか。
わたしが言葉選びに悩んでいる間にも自体は進み、彼らはとんでもない事を言い出した。
「お詫びとして、こちらの娘を捧げますので、どうかお怒りをお鎮めください」
そう言う村人が押し出すようにわたしたちの前に立たせたのは、一〇歳になるか、ならないかの女の子だった。






