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異世界神社の管理人  作者: いつきみずほ
第二章 雨天の来訪者
31/50

002 訪れたのは (1)

「間に合ってます」



 ガラガラ。ピシャ!



「なんで閉めるんですかぁ~。間に合ってませんよぅ。開けてくださいよぅ」


 カシャン、カシャンと扉を叩く音に耳を塞ぎ、わたしは静かに部屋に戻る。

 そして畳に腰を下ろして「ふぅ」と息を吐くと、宇迦から訝しげな視線が。


「セールスだった」

「……なんですか、セールスって。どう聞いても違うじゃないですか」


 どうやらここまで声が届いていたらしい。

 その可愛いお耳は飾りじゃないんだね。

 でも、断じてわたしは認めない!


「ううん。あれはきっとセールス。何を売るのかは知らないけど、あのままお帰り頂くのが正しい対応」


「お話、聞いてくださいよぅ。開けてくださいよぅ~~。わっちですよぅ」


「泣き出してますよ?」


 耳を澄ませば確かにシクシクと、わざとらしささえ感じられる声が聞こえる。

 でも、『わっち』とか言われても……。


「宇迦、お知り合い?」

「えっと、たぶん……?」


 当然わたしは知らないし、可能性があるのは宇迦なんだけど、宇迦の方もやや自信なげに小首をかしげる


「たぶんって……やっぱり放置すべき?」


「いえ、入れてあげましょう。雨の中訪ねてきてくれた、久しぶりのお客さんです。――ちょうど暇でしたし」


「うん、そっちが主な理由だよね?」


 確かにする事も無くゴロゴロしていたのは、否定できない。

 わたしが再び立ち上がると、今度は宇迦もわたしの後についてくる。

 そして、ガラガラと扉を開けると、やはりそこにはずぶ濡れの女性が。


 さっきまで『シクシク』言っていたけど、ずぶ濡れなので、本当に泣いているのかどうかは判らない。


「あ、戻ってきてくれましたよぅ」

「えっと、上がりますか?」

「はいぃ、お願いしますよぅ」


 ちょっと気弱そうな笑みを浮かべて、玄関の中に足を踏み入れる女性だけど――。


「でもちょっと待ってください。さすがにそのまま上がられるのは……床がぬれちゃいますし。タオルを……」


「あ、そうですねぇ。大丈夫ですよぅ。えいっ」


 女性が軽く手を振ると、見る間に着物から水気が失われ、少し青みがかかった長い髪がさらりと流れる。


 ――うん、なるほど。

 確かに宇迦のお知り合いだね。これは。


 怪しげな人物から、綺麗なお姉さんにクラスチェンジした女性を中に招き、わたしたちが普段ゴロゴロしている居間へ。


 女性に座卓の座布団を勧め、少し待っていると、台所へ行っていた宇迦がお茶を手に戻ってきた。


「粗茶ですが」

「恐れ入りますぅ」


 お茶を差し出した宇迦に、彼女は恐縮したように、座卓に額がつくほど頭を下げる。

 そしてわたしの前にもお茶が置かれ、宇迦も座ったところでお話再開。


「それで、宇迦。こちらの女性は? なんだかとても、腰の低い人だけど」

「この人は、えっと……、み、み…………」


 何かを言いかけた宇迦がしばらく沈黙。

 ゆらゆらと尻尾を揺らしながら考え込むが、それに焦れたのは女性の方だった。


澪璃みおりですよぅ。覚えていてくださいよぅ」


「あぁ、そうでした。澪璃でした。言うなれば、部下、みたいな物でしょうか。私……いえ、祐須罹那が弱った後は、ずっと御見限りでしたけどね。――元部下?」


 ちろりと少しだけ非難するような視線を向ける宇迦に、澪璃さんは情けなさそうに眉を下げて弁明を口にする。


「仕方ないんですよぅ。わっちみたいな弱小神霊にできる事なんて、強い御方の所に赴いて、頭を下げる事だけなんですよぅ。なのでこうして、えっと……」


 澪璃さんは口ごもると、少し迷うように、宇迦と本殿の方向を見比べる。


「あぁ、私の事は宇迦と呼んでください。あっちの本殿にいるのは祐須罹那です。判ると思いますが、分け御魂です」


「宇迦様と、祐須罹那様ですねぇ。拝承いたしましたよぅ」


 あぁ、いるんだ、本殿に?

 わたしにはまったく感じられないけど、澪璃さんには感じられるのかもしれない。


 祐須罹那様が宇迦を生み出したのはわたしが来てからだし、そうじゃないと『知り合い』も何もないか。


 深々と頭を下げた澪璃さんは、今度はわたしの方に視線を向ける。


「それで、こちらの方は? 眷属の方ですかぁ?」


「いえ、紫さんは眷属ではありませんね。どちらかと言えば協力者? 分類としては、一応、人間……?」


「一応って何かな? わたし、普通の人間のつもりなんだけど」


 まるでわたしの事を、人間辞めてるみたいに言わないで欲しい。

 とても繊細な乙女なのだから!


 でもそんな宇迦の返答に、澪璃さんは少しほっとしたような表情になって、口を開く。


「あ、そうなんですねぇ。じゃあ、紫ちゃんで――」

「ちなみに紫さんは、澪璃なら簡単に潰せるぐらいに強いですけどね」

「全然普通じゃなかったですよぅ。紫様、どうか命ばかりをはお助けくださいよぅ」


 ――あまりにもスムーズな土下座を見た!


 すすすっと滑るように座卓から体を離すと、畳にぺたりと額をつけてしまう澪璃さん。


 すごく綺麗な姿勢――じゃなくて。


「い、いえ、そんな気にしなくても。頭を上げてください。別に紫ちゃんでも良いですよ? わたしの方が若いですし?」


 たぶん。

 外見的にはもちろん、実年齢は言うまでも無いよね?

 弱小とか言ってたけど、神霊とも言ってたもんね?


「とんでもありませんよぅ。紫様、どうかご容赦くださいよぅ」

「えぇ? でも……」


 わたし、様付けで呼ばれるほどの人間じゃないんだけど。


 村の人には『紫様』と呼ばれているけど、あれはわたしのことを眷属と思っているからだし。


 澪璃さんはどっちかと言えば、こっち寄りの存在だよね?

 あんまり畏まられても、やりづらいんだけど。

 頭を上げない澪璃さんに困惑するわたしに、宇迦が苦笑して助け船を出した。


「紫さん、澪璃も落ち着かないでしょうから、受け入れたらどうです?」

「そういうものなの?」

「そういうものなんです。この界隈では」


 そういうものらしい。

 宇迦に重々しく頷かれては、わたしとしてもそれ以上は言えない。


「解りました。では、好きに呼んでください」

「ありがとうございますよぅ、紫様」


 わたしがそう答えた事で、澪璃さんはやっと頭を上げて、ホッとしたように息を吐いた。


「それで澪璃、今日は何の用ですか? 雨の日にわざわざ」


「わっちにとっては、過ごしやすい天気なんですけどねぃ。今日は、祐須罹那様の御本復を言祝ぎに参りましたぁ。誠に、おめでとうございますぅ」


 澪璃さんは再び、すすっと身体を引くと、宇迦と本殿の方に向かって、深々と頭を下げる。


 御本復……つまり、快気祝い?


 祐須罹那様が病気だったのかは議論の余地があるけど、最近、力を取り戻しつつあるのは間違いないみたいだし。


 その言葉を聞いた宇迦は、納得したように頷く。


「なるほど、それですか」


「どういうこと?」


「澪璃の住んでいる場所――つまり神域は、祐須罹那の領域の中にあるんです。自分の領域の中に他の神霊がいる事を許さない神もいますが、祐須罹那はそのあたりをあまり気にしないので、差し障りがなければそれを許していたんですよ、昔から」


「……地主みたいな感じ?」


 神域は神にとっての力の源。自宅のような物。


 つまり祐須罹那様は、自分の土地を貸し出して、他の神霊に自宅を建てるのを許しているみたいな?


「そんな感じでしょうか。追い出すこともできたのですが、従うと言うのなら、と。まぁ、紫さんを喚ぶ頃には、追い出す余裕もなくなっていたんですけど」


 そう言って苦笑する宇迦を見ながら、わたしはその説明を咀嚼する。


「えっと……解りやすく言うと、『落ち目になった本部から独立したけど、本部の力が強くなったので、また戻ってきたい』、そんな感じなのかな? 祐須罹那様が困っている時には何もしなかったのに?」


「うぅ……申し訳ありませんよぅ……ごめんなさいですよぅ……」


 頭を下げたまま、澪璃さんは嗚咽を漏らし始めた。

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