第十四話 激化する攻防戦
ライマーの慢心ともいえる行動で窮地に陥った第三分隊であるが流石に歩兵戦を得意とするだけあって今のところ陣形を保ち対処しきれていた。今まで対峙していた兵を千五百の兵で任せ残りの五百で新たに出てきた兵の対処にあたった。実質倍以上の兵を相手にする事になったがそこはライマーが直接指揮を執る事によって対等に戦えていた。
しかし、窮地に陥っていることに変わりはないためライマーはこの状況を打開すべく策を練っていた。しかし、その策を練る前に敵が先に動いた。第三分隊と対峙していた兵が突如として引き上げ始めたのである。それをきっかけに新たに出てきた兵も門の方へと向かって行く。本来なら追撃するべきであるがライマーは何故敵がいきなり引き上げたのか分からず追撃を禁止し兵に一旦レーゼクネから離れるように指示を出し損害の確認を行った。
一方、反対側を任されている第二分隊は第三分隊と違い順調そのものであった。第二分隊は第三分隊と同じく二千の兵で構成されていた。しかし、練度は第三分隊よりもはるかに上であり既に城門を凹ませ城門に隙間を作っていた。
「よし! このまま城門をぶち破るぞ!」
「「「「「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」」」」」
第二分隊長エーミール・フォン・シュナーベルはクマの如き体躯から発せられる大音量で味方兵士に激励していく。分隊長の激励に力を貰い城門に打ち付ける破壊槌に力が入る。今度の一撃は攻城戦のなかで一番の威力を見せた。
「フハハハハハ! 今の一撃はなかなかよかったぞ!」
エーミールは豪快に笑いながら城門の攻略を行っている兵達を褒めていく。そんな豪傑ともいえる分隊長に副長は深くため息をついた。彼はカミラが団長を務める前、前団長の頃からいる古参兵である。その後功績をたてて第二分隊副長にまで出世することが出来たのだがその時からいる分隊長であるエーミールに悩まされていた。
エーミールは豪快であるがそれ故に兵の指揮や補給、訓練なども大雑把であった。その為それらすべてを調整し第二分隊が分解しないように頑張ってきた影の功労者である。それをエーミール含めた第二分隊どころか第一分隊や本隊も知っているためとても信頼されていた。しかし、信頼されたからと言ってエーミールは前と変わらず、いや、前よりも副長に任せるようになりここ最近は毛の後退が始まっていた。
「…分隊長。兵に激励するのは構いませんがもう少し身を隠してください。それでは危険です」
副長とエーミールがいる本陣はレーゼクネからの矢が届かない位置にいるが万が一と言う事もあるし敵が打って出てきた場合の事も考えいさめようとするがエーミールは大きく笑うだけであった。
「フハハハハハ! 心配いらんぞ! この儂の体を軟弱者どもが傷つけられるはずがなかろうて!」
エーミールの言葉に副長は頭を抱えため息をつくがそんな副長とは違いエーミールは終始ご機嫌で兵に激励していくのであった。
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「分隊長! 後少しで城門を突破できます! 突入の準備を!」
「…ん」
部下の言葉を受けて第一分隊長イルメラ・ヘルビヒは重たい瞼をゆっくりと開けながら寝ぼけた様子で返事をする。いや、あまりに小さく言ったためただ声が出ただけかもしれない。それでも手綱を使い少しづつ馬を前に動かしていく。その後ろを五百の兵がついて行く。その五百の兵は他の兵とは違い皆纏う雰囲気が別格であった。彼らを知っている者ならそれを当然と考え知らないものはその雰囲気に呑まれ恐怖を感じる。
やがて第一分隊が担当する北東部の門が盛大な音を立ててへしゃげ、門としての機能を失った。第一城壁を破った瞬間であった。
「…前進。続け」
イルメラはいつも通り無表情で口数少なく命を下し馬を一気に駆けていく。それに続くように五百の兵はイルメラの背中を追いかけた。そしてイルメラが城壁付近で必死に防ごうとしている兵士に矛を振り下ろした。瞬間まるで爆発が起きたかのように周辺を衝撃が襲い一部の兵士を宙にあげた。そして、そのもの達をよくみれば宙に上がった兵士は皆部位ごとになるほどまで粉砕されていた。レーゼクネの守備隊の上に血の雨が降る。
そんな様子に守備隊は恐怖で顔を真っ青にするがイルメラはそんなことお構いなしとばかりに城内に入っていく。その後ろから五百の騎馬隊、重装黒騎兵が追いかけるように入っていく。既に門の付近に生きている守備隊はおらず次の門へと向かっていた。
しかし、門の周りの兵を全滅させたとは言え未だ守備隊は二千以上いた。さらには敵の本隊がいる方面と言う事もありレーゼクネの守備隊の中でも精鋭が配置されていた。その精鋭部隊とイルメラ率いる重装黒騎兵が正面から激突した。当初は圧倒的な力を有する重装黒騎兵が優勢であったが段々と数で勝るレーゼクネ守備隊に押され始めついに半包囲を行われ一気に窮地に立たされ始めた。しかし、そこへ後方からついてきていた二千の兵が合流した。新たに表れた兵を見て守備隊は半包囲の陣形を解き内門の付近まで一気に撤退した。
「隊長! ご無事ですか!?」
「…ん」
後方から二千の兵を率いていた部隊の指揮官がイルメラの元に駆け寄る。ここに来るまでに守備隊と戦ったのか彼の持つ槍の穂先には血が付いていた。
「外門と内門の間はほぼ制圧を終えました。残るは内門のみです」
「…ん、分かった。ついてきて」
イルメラは指揮官の言葉に簡素に答えると重装黒騎兵をまとめ上げ一気に内門に迫っていった。たった一言声をかけられただけの指揮官はしっかりとイルメラの命令を聞き自身がイルメラの代わりに率いている二千の兵を連れて後を追っていく。
先頭に立ち重装黒騎兵を率いているイルメラは一切馬の脚を止めることなく内門に迫った。やがて外門と比べる事すらできない木製の門が姿を現した。その門を見たイルメラはゆっくりと重装黒騎兵の足を止めた。重装黒騎兵の弱点でもある急激な停止に弱い点に気を付けながら重装黒騎兵は内門がある内壁の上や内門の前で盾を構えている守備隊の矢が届かない位置で停止する事に成功した。イルメラは付近の奇襲を警戒しながら二千の兵を待つ。
時間はそれほどかからずに二千の兵がやってきた。イルメラは指揮官を呼び出すと指示を出した。
「…内門、木、やって」
たった三つの言葉を言っただけの指示とは思えない指示に指揮官は特に何も言うことなく内門の方を見て「了解しました」と言い兵に指示を飛ばしていく。イルメラと付き合いが長い指揮官だったからこそ身に着けたスキルであった。
「各隊敵の矢に気を付けながら前進せよ!」
指揮官の指示のもと兵たちが内門に進み始める。無論それをただ見ている守備隊ではなく内壁の上の兵や門の前で盾を構える兵の後方から矢が雨の如く振ってくる。それは近づけば近づくほど酷くなっていき半分ほど進んだだけで二百以上の兵が矢によって倒れていた。
しかし、そこまで近づいたのを確認した指揮官は旗による指示を前線に送る。それを見た前線の部隊長は弓兵に指示を出し一気に門に向けて放った。その矢には火が付いておりそれを見た守備隊は慌てて火矢を防ごうとするが上手く行くわけもなく複数の火矢が内門に突き刺さった。木製と言う事もあり内門は勢いよく燃え始めた。守備隊は上から水を駆けて鎮火しようとしていくがその隙を付く形で気付かれないように少しづつ近づいていた重装黒騎兵によって門の前で盾を構えていた守備隊が奇襲を受けた。
重装黒騎兵が付近にまで来ていることを知らなかった守備隊は一気に混乱に陥り中には門を開けて中に逃げようとしている兵もいるが今開ければ敵が雪崩れ込んで来ると言う事もありそれは阻止されるが木材で出来た門など破壊されるのは時間の問題でありどちらにしろここの守備隊の命運は決まったも同然であった。
「く、くそ! 反逆者の軍勢に背中を見せるな! 最後まで帝国の為に戦うぞ! 全軍突撃だ! 前にっ! 前に進めぇ!」
門の外に出ていた部隊の隊長がやけになったように叫び兵に突撃を命じていく。そんな隊長の様子に兵は一瞬戸惑うも直ぐに覚悟を決めイルメラ率いる重装黒騎兵に突撃していく。
そんな兵達を塵の様にイルメラは吹き飛ばし配下の重装黒騎兵も瞬殺していくが敵は数を生かして攻撃を仕掛けてくるため開戦当時は五百いた重装黒騎兵は半数近くまで減っていた。しかし、後方から火矢を放っていた部隊が到着し無謀な突撃を行った守備隊は全滅した。
そして重装黒騎兵と交代した兵達は破壊槌を使い燃える内門に打ち付けていく。一方内壁の上にいる守備隊も絶対にやらせないとばかりに破壊槌を持つ兵達に向けて矢を放っていく。しかし、内門は燃えており強度も鉄門とは比べ物にならない程強度は貧弱であっという間に内門は破壊された。待機していた兵達は最後の内壁の中に雪崩れ込んでいく。
暫くは守備隊の防衛は上手く行っていたが第二分隊が入ってくると戦線は支えきれずレーゼクネは陥落した。この戦いで第二騎士団は約千五百のみの被害で済み騎士団は占領後すぐに門の修復を行うと同時に次の攻略の準備を始めるがそこへ第一騎士団からの手紙で一時中断となった。
手紙には『リガに向かっている敵を迎撃せよ』という物であった。