第一話 フリードリヒ1世
「かつてこの大陸にはガリア、イングラッド、リエリア、ダキア、セビア、アーシア、サレマレティア、シェリア、エープトそしてアフェリカを支配した大帝国が存在していた。そして我が神聖ゲルマニア帝国はその西帝国の正当な後継者である。そうであろう?ベアトリスよ」
神聖ゲルマニア帝国帝都ベルーナの中心地にそびえたつ皇帝の城にて神聖ゲルマニア帝国第二王子であるフリードリヒ・フォン・プロイル・ヴィル・ゲルマニア(フリードリヒ1世)は婚約者であるベアトリスに質問する。腰まで届く長い髪を揺らしながらベアトリスは頷く。
「はい、その通りでございます」
「うむ。…だが、ここ最近の帝国は斜陽の時を迎えている。ネーデルランドに続きバルト、ノースウェンまでもが帝国から独立し国家としての態勢を整えつつある」
十五歳ながら才能あふれるフリードリヒ1世はベアトリス以外は外で待機している寝室の中で大きく手を広げ歌う様に話す。
「どんな国でもいつかは亡びる。それは仕方ない。だが!俺が継ぐ帝国をこのまま衰退させるつもりはない!俺が皇帝になれば独立した三か国は勿論かつての大帝国を超える領土を手に入れて見せる!」
立ち上がりこぶしを握り締め天井に向けて叫ぶフリードリヒ1世にベアトリスは笑みを浮かべ話しかける。
「私も、殿下のそばにて微力ながら手伝わせていただきます」
その姿はまるで子を思う母親の様な姿であった。
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神聖ゲルマニア帝国の皇帝オットー4世には五人の男子、十人の女子を持つ大家族であった。その中でも長男のハインリヒ3世、次男のフリードリヒ1世はオットー4世を超える器を持っていた。特にフリードリヒ1世は初代皇帝オットー1世すら上回る力量を有しており斜陽の時を迎えている神聖ゲルマニア帝国を復興させてほしいと願いフリードリヒ1世を皇太子に任命しあらゆる教育を施させていた。しかし、父に愛情を注がれる一方で母からの愛情は全く受けられていなかった。フリードリヒ1世やハインリヒ3世を生んだ母はオットー4世の正妻で国内の有力貴族の出身であった。彼女は優秀な彼らに恐怖を覚え意図的に避けてもう一人彼女が生んだフィリップを溺愛するようになる。その頃には十五を迎えていたハインリヒ3世はまだ良かったが五歳であったフリードリヒ1世は心を大きく傷つけられてしまう。
そんな状態でフリードリヒ1世は十年経つころには性格はねじ曲がってしまう。母親の愛情を手に入れなかったフリードリヒ1世は反動なのかたとえそれが誰の物であろうと様々な物を欲しがり決して他者に渡さないという傲慢な性格となってしまう。それでも優秀な事に変わりなくオットー4世はフリードリヒ1世を皇太子の座から降ろす事は無かった。
そして、それからしばらくもしないうちにオットー4世は急死する。死因はフリードリヒ1世の兄であるハインリヒ3世を推す貴族の暴走である。ハインリヒ3世自身は同じ母から愛情を貰えなかった者同士で中は悪くはなかったがハインリヒ3世を推す者達はそうではなくフリードリヒ1世を皇太子の座から引きずり落としハインリヒ3世になってもらおうと考えていた。
しかし、フリードリヒ1世はそんな状況を正しく理解し常に隙を作らないように、そしてその矛先を父であるオットー4世に向けるように誘導していた。フリードリヒ1世は病に侵され余命幾ばくもない皇帝を殺させることで皇帝になり神聖ゲルマニア帝国に巣くう害虫を兄もろとも一掃するつもりであった。その為の準備も完了し後は貴族が暴走するのを待つばかりの状態であった。それをフリードリヒ1世は十三の時にはじめそれを二年かけて完了させており初代皇帝すら超える力量の持ち主と言われるに相応しい行動を行ったのである。
そしてフリードリヒ1世の誘導にまんまと引っかかり短絡的な行動をとった貴族によってオットー4世は暗殺される。勿論その行動もフリードリヒ1世の前には筒抜けであり結構当日に合わせてオットー4世の周りを手薄にするように細工も行っていた。
オットー4世が殺されるとフリードリヒ1世はこれをハインリヒ3世を推す貴族の仕業と直ぐに糾弾しハインリヒ3世に対して城内での軟禁と決行した貴族に対する処罰を命ずるが処罰される方は抵抗し兵を集め始める。それに便乗しハインリヒ3世を推す貴族やフリードリヒ1世を皇太子から降ろしたい者たちが集まり本人の意志とは全く関係なくハインリヒ3世を旗頭にゲルマニア北東部を中心に反乱を起こすのであった。フリードリヒ1世の思惑通りに。
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「それで?一体どのように鎮圧するつもりですか?」
ベルーナの郊外に集められた十万を超える軍勢を率いる将軍リーンハイド・フォン・マルブルグは総大将であるフリードリヒ1世に尋ねる。若干十六歳のフリードリヒ1世であるが皇帝のみが着用を許される鎧を着込み剣を持つその姿はお伽噺に出てきそうな勇者を思わせるオーラが出ているようでありその姿を見た兵士たちに絶対なる忠誠心を植え付けていた。リーンハイドもその一人でフリードリヒ1世の姿を見た時から心を奪われていた。
「無能な反乱者共はウィンドボナに集まりここベルーナに攻め入る準備を行っている。先ずはそこを叩く」
「成程」
反乱軍は予め軍の予行演習と称してウィンドボナに集まっていた。しかし、予想以上にフリードリヒ1世の行動が早く準備不足状態であった。
「反乱軍の兵力は報告当時で五万。ウィンドボナに到着するころには八万程度にはなっているだろう。対する我が軍は十万。質と量で圧倒している」
「楽な戦いとなりそうですな」
早めに鎮圧出来ると思ったリーンハイドはそう呟くがフリードリヒ1世はその言葉を聞きリーンハイドを睨みつける。
「楽な戦い?当たり前だ。そうなるように俺が三年もの時間をかけて入念に準備を行い決行させたのだからな」
フリードリヒ1世のその言葉にリーンハイドは驚愕のあまり目を見開く。現在のフリードリヒ1世は十六歳。まだまだ子供と言われて通用する年齢よりも前の十三の時からこの事を予想して準備を重ねていたと言うのなら驚くべき才能である。リーンハイドの中でフリードリヒ1世に対する忠誠心が更に上がった。
「戦争とは始まってから勝敗が着くのではない。始まる前の準備で勝敗が決まるのだよ」
「はは、その言い方はまるで智将の様ですな」
フリードリヒ1世の言葉にリーンハイドは軽く答える。リーンハイドの言葉に笑みを浮かべると載っている馬の手綱を思いっ切り引き馬を後ろ立ちにすると叫ぶ。
「全軍!前進!反乱者共を根絶やしにしろ!」
「「「「「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」」」」」
フリードリヒ1世の言葉に十万の兵士は雄たけびを上げ前列から順にウィンドボナに向けて前進を開始した。ベルーナを囲む城壁の上から守備兵が十万の兵達に向かって手を振ったり叫び声をあげていた。彼らも本心ではフリードリヒ1世とともに戦場を駆け巡りたい気持であったが帝都であるベルーナの防衛も大切だと分かっている彼らはせめてものとエールを送っていたのである。
守備兵達のエールはそのまま兵たちの士気を上げその高さは戦場にて現れる。フリードリヒ1世は思わぬ守備兵の行動に笑みを深めた。守備兵たちに強制しても兵達には分かる。それでは士気を上げる事は出来ない。故に今回は見送っていたのだが守備兵たちは自発的に行ってくれたのである。
「(戦う前からいい方向に向かっている。後はこの調子を崩さず敵に反撃の機会を与えず最小限の国力の消耗で決着をつけるのみ!)」
フリードリヒ1世は心の中でそう叫ぶのであった。
一方反乱軍の名目上の総大将であるハインリヒ3世が治めるウィンドボナに反乱に参加した貴族たちの兵が揃いつつあった。その数は六万。反乱軍にしてはかなりの数の兵を集めていたが兵たちの表情は暗い。既にフリードリヒ1世が放った者たちによってウィンドボナに十万の精鋭軍が向かってきているという情報がばらまかれていた。そんでなくても大陸の殆どで信仰されているキリシアン教の大陸の守護者である神聖ゲルマニア帝国に逆らうのはキリシアン教を敵に回すのとほぼ同義であった。ゲルマニアは基本的にキリシアン教の布教は進んでいないがそれでも一定数の信者は存在している。彼らが敵に回れば反乱どころか領地の防衛すらままならない状態となってしまう。その為兵士たちの士気は平時と比べても酷い状態であった。
「全く、これではフリードリヒ殿下の即位前の掃除になってしまいますよ」
ウィンドボナに集まる反乱者の貴族たちはハインリヒ3世の居城である城の一室に集まっていた。理由は十万の兵を率いてこちらに向かってきているフリードリヒ1世への対処をどうするかという会議である。しかし、反乱者の貴族の中でも力量のある者は現状がかなり不味いことに気付き何とか今からでも反乱軍から抜け出しフリードリヒ1世に合流できないか考えていたり逃げようと考えていた。一方の力量が乏しいものは現状を理解せずに「籠城し敵が疲弊するのを待つのだ!」「討って出よう!我々はフリードリヒを倒し平和な帝国を築き上げるのだ!」と好き勝手に騒ぎ立てていた。
そんな状態の中大陸の北部にあるノースウェン半島に領地を持つヨウル・ツー・カルネウス辺境伯はウィンドボナに来た時から反乱に加わった事を後悔していた。代々カルネウス辺境伯は北方から度々侵攻してきたスオミ連合王国への防衛線として機能していた。しかし、ここ数十年スオミ連合王国は神聖ゲルマニア帝国以上に斜陽の時を迎えており帝国への侵攻を行う国力がなくなりつつあり辺境伯の役目は形骸化しつつあった。それに加えて一族から裏切り者が出て勝手にノースウェン王国として独立してからは皇帝からの信用も失い存続の危機を迎えていたのである。
もっとも、ヨウル自体はとても優れた領主でありオットー4世はともかくフリードリヒ1世は辺境伯をどうこうするつもりはなかったのだがそれは今となっては後の祭りであった。
「兎に角ウィンドボナから出て領地へ戻らなければ」
ヨウルは密かにそう決意するとそれに向けてすぐに準備に向かって行く。しかし、それを聞いている者がいた。
「カルネウス辺境伯」
「っ!コルド侯爵様何でしょうか?」
ヨウルに話しかけてきたのはハインリヒ3世の領土の北部に領地を持つルボル・フォンコルド侯爵であった。ヨウルと同じ30代であるが老け気味で一回り、二回り年上に見えた。それに伴ってか30代が出せるとは思えない貫録を醸し出している人物である。
コルド侯爵は自身の立派な顎髭を撫でると真剣なまなざしでヨウルを見ると口を開いた。
「…陛下と合流するつもりか」
「っ!…何を言っているのですか?我々は既に反乱者としてここに集まっているのです。ここに集まった者は一蓮托生。ハインリヒ様を皇帝にするまで揺らぐことはありません」
ヨウルは取り繕う様に言うがコルド侯爵は一瞬目を閉じると口を開いた。
「…別に咎めようとしているわけではない」
「…何?」
ヨウルはコルド侯爵の思わぬ発言に耳を疑う。コルド侯爵はハインリヒ3世の重臣として仕えてきていた。そんな者がまさかこのような事を言うとは思わなかったのである。
ヨウルが混乱している間にもコルド侯爵は続ける。
「ハインリヒ様に先ほどお会いしてきた。今はまだ反乱軍とフリードリヒ様が戦ってはいない。離脱するなら今しかないと仰られた。既に何名かと連絡し直ぐにでも離脱できるようにしている」
「なっ!?」
驚くべき事実にヨウルはただただ驚愕する。
「…どうする?俺たちは直ぐにでも動くことが出来るがお前はどうだ?」
コルド侯爵の言葉に思考が停止しかけていたヨウルはハッとすると頷くのであった。
こうしてコルド侯爵を含む数名の貴族とヨウルはウィンドボナを離れフリードリヒ1世の元へと向かうのであった。それと同時に彼らが率いていた兵約二万五千も離脱し反乱軍は戦う前から戦力が削られていくのであった。