第三話
俺は通学路というのがどうにも嫌いだ。
ただでさえ学校に行くのが億劫なのに、着くまでに体力も使わせられ、精神的にも身体的にも辛いからだ。
学校に三十秒くらいで着けば、どんなに楽か……
そんなことを思っていると、ふと視線を感じて周りを見た。
近くを歩いてる大半の人がこっちを見ていた。
正確には俺の前を歩いている二人に、だ。
「はぁ……だからコイツと学校に行きたくないんだ」
「ん?なんか言った星斗?」
俺の独り言が聞こえたのか、それまで美晴と話してた綾姫が振り返った。
「なんでもない」
俺は素っ気なく返答した。「あっそ」と綾姫も素っ気なく返して、また美晴と話し始めた。
昔から綾姫と学校に行くと、視線が集まる。というのも大体、綾姫の容姿のせいだ。
そこら辺のモデルや女優なんかより、スタイルと顔が良く、それが人の目を引きつける。
「まったく、いい迷惑だ」
さっきよりも小声で呟いた。
こうも色んな人から、自分じゃないとはいえ、見られ続けるのはいつまでも慣れないものだ、と思った。
「えっ!テニスしないんですか?綾姫さん」
前から美晴の驚いたような声が聞こえた。
「うん、高校では別のことしたいなぁ、と思って」
「そうですか……それなら仕方ないですね。あんなにうまかったのに」
実際、綾姫はうまかった。運動ならなんでも出来るコイツだが、特にテニスはピカイチにうまかった。
全国大会に出場するくらいに……
「次は何をするんだ?」
そこまでただ聞いていた俺だったが、気になったので問いかけた。
「うーん、まだ決めてないけど、次は文化系の部活でもやろうかな」
俺は少し驚いた。てっきり別の球技をするものだと思っていたからだ。
「へぇー、以外だな」
「まぁね、そういう星斗は何をするの?またサッカー?」
聞かれてドキッとした。
実際、俺も何に入ろうか迷っていたからだ。
中学では何となくサッカー部に所属していたが、正直そこまで楽しくなくて、試合にもあまり出ていなかった。
「あー、俺も別のやつにすると思う。」
適当に返してその場をやり過ごそうとした。
「じゃ、じゃあさ私と一緒に――」
「おーい」
綾姫が何か言いかけたところで、後ろから声が聞こえた。
立ち止まって、その声のする方を振り返った。
背の高い短髪の男が手を振りながら走ってくる。
「おっす!彦星織姫とみはるっち!」
ニカッと笑いながら俺たち三人に挨拶してきた。
朝から爽やかで暑苦しい男だ……
それは置いとくとして、俺と綾姫は不満を押し殺せず、二人同時に言った。
『その名で呼ぶな!』
「おはようございます。夏さん」
美晴は俺たち二人とは対照的に普通に挨拶した。
「ハハッ、今日もいつも通りだな!ウチの織姫彦星コンビとその妹は」
また爽やかに笑って、その名を呼んだ。相変わらず言うことを聞かないヤツだ……
「朝からお前に会うなんてな、今日は良くないことが起きそうだ」
「だーかーらーその名で呼ぶなっての!」
「もういい加減慣れましたよ」
熱の冷めた俺と、元から冷めていた美晴を他所に織姫様の熱はさらに上昇していた。
視線の数が増えた気がした。
「ごめんごめん、名前に彦星と織姫が入ってるなんて珍しいから呼びたくなるんだよ。許してくれや」
「はぁ……まあいいわ。さっさとその、人をあだ名で呼ぶ癖治しなさいよねー」
俺も綾姫の意見に同意だ。
コイツは昔から人をあだ名で呼ぶ。終いには先生もあだ名で呼ぶほどだ……
「まぁでも確かにこういう名前はにそういないだろうな」
うっかり助け舟を出してしまい、少し後悔した。
「だよな!そうそうお目にかかれないって」
だからと言って呼んでいい理由にはならないが……
「あの、お、おはよう、天彦くん、綾姫ちゃん、美晴ちゃん」
一段落して、歩き出そうとしたところで、夏の背後から小さな声が聞こえた。
突然の声に夏以外の三人がビクッとした。
夏の背後に回る。
あたふたして、周りをキョロキョロ見ている北野琴夜がいた。
「なんだ、琴夜かぁびっくりさせるなよ。おはよう」
「おはよう、琴夜ちゃん、今日も小動物みたいで可愛いね」
「おはようございます。琴夜さん、ちょっとびっくりしました」
三人が琴夜に挨拶を返す。
「ご、ごめんね。た、タイミングがわからなくて」
耳を赤くしながら、か細い声で謝ってきた。
「いいのよいいのよ、全部夏が悪いから」
「ええっ!全部俺のせいかよ」
確かにあれは夏だけのせいだけではない気がしたが、口には出さないようにした。代わりに俺は、この場を終わらせにかかった。
「まぁとりあえずその話は後にしよう。そろそろ時間もやばいからな」
俺の進言に全員が同意したようだった。
時間がないのは本当だ。
ただ、視線が集まりすぎて、早くこの場から離れたいとかそういうのじゃない。決してそんなんじゃない……
校門のところまで来て、美晴と別れた。
というのも、うちの学校はここら辺じゃ珍しい中高一貫校だ。つまり、高一の俺たちと、中三の美晴は校舎が別々となる。
「ほら! 早く教室行こうぜ」
夏が俺達三人を急してきた。
「分かってるわよ。」
綾姫が答えて、後に続いた。
俺と琴夜も二人の後を追いかけて、四人一緒の教室へと足を運んだ。
教室に入ると、妙にざわついていた。
俺と綾姫の席の隣に空席があった。
金曜日にはなかったはずだ。
「何これ?」
綾姫が指差して俺に問いかけた。
「さぁ? 俺にも分かんないな」
誰かのイタズラということでもないだろう……
夏と琴夜を見たが、二人も知らない感じだった。
「あ! おはようみんな。グットモーニン」
ふざけた挨拶をしてきながら、一人の女子が近づいてきた。
「おっはーワアイ。」
夏がその挨拶に答えた。
ワアイってお前、いくら名前が川渡和愛だからってそれはないだろう、と思った。
同時に俺も、最初はわあいと呼んでしまった時のことを思い出して、少しの罪悪感が湧いた。
「おはよう和愛。それで何か知ってるの?」
「うん、知ってるよん。姫様。それはねぇ、転校生が来るんだって!」
「姫さま言うな。えっ、でも待って、今日?しかも二人?」
「そだよん、なんか入学式には間に合わなかったみたいだね」
綾姫が驚くのも無理はない、入学式は先週の土曜日にあったのだ。
つまり、まだ二日しか経っていない。
「何も聞いてないわね。」
「テンさんのことだから言うの忘れてたんじゃね?」
「確かに、あの担任ならありえるわね」
うちの担任は適当な人で、中学の頃から有名だった。その担任をみんなテンさんと呼んでいる。
勿論広めたのは夏だ。
「まぁさっき、職員室でそのテンさんと知らない顔の男女が話してたからねー」
「なるほど、だからお前が知ってたのか」
「そういうことだよん。ご理解頂けたかな?」
「理解したよ」
そう返した時に教室のドアが開いた。
みんな会話を終了して席に着く。
「よーし、全員揃ってるようだなぁ。あー眠い。」
ボサボサ頭のひょろ長い体型の男が教壇に立った。
「テンさんシャキッとしてくれよー」
夏がそう言うと、ケラケラと笑いが起きた。
「うるさいぞー。鷲尾、十字屋先生だろー?」
全然覇気のない声で訂正した。この様子にまた少しの笑いが起きる。
「まぁいい、それより今日は転校生を紹介する。金曜日言うの忘れてた。すまん。お二人さん、入ってこい」
夏の言ったことは当たっていたようだ。テンさんは適当に謝った後、転校生を呼んだ。
二人の男女が入ってきて、教壇の前に立った。
教室が一気に静かになる。
男の方は少女漫画に出てきそうな、爽やかなイケメンだった。
クラスの女子がキラキラした目で見ている。
女子の方は少し冷たい雰囲気がしたが、綾姫とはまた違った美少女だった。
正直、ドキッとした。
[星野一彦] [白鳥結友]
テンさんが黒板に名前を書いた。
驚いた。自分と同じで彦星と名前に入っていることに……
夏も少し驚いた顔をしてこっちを見てきた。
「はい、じゃあ自己紹介よろしくー」
そんな事はお構いなくに自己紹介は進んだ。
「じゃあ、僕から言いますね。星野一彦です。趣味は天体観測で、前の高校ではカズって呼ばれてました。どうぞよろしく」
見た目通りの爽やかな自己紹介だった。と同時にコイツとは仲良くなれそうだ、と思った。
特に趣味の部分で仲良くなれそうだ。
「白鳥結友です。これからよろしくお願いします」
星野と違って簡潔な自己紹介だった。でも、すごく透き通った綺麗な声だ、と思った。
二人の自己紹介の後に、歓迎の意味を込めて拍手が送られた。
「じゃあ、席は天彦と織橋の横な」
と言って、俺と綾姫の隣を指差した。
意外だった。
綾姫の名前はともかく俺の名前も覚えているとは思わなかったからだ。
「初めまして。俺は天彦星斗。これからよろしく」
とりあえず名を名乗った。
「天彦?」
俺の名前が珍しかったのか、聞き返してきた。
「俺の名前がどうかした?」
「ううん、なんでもない。珍しいなと思っただけ」
そう素っ気なく言うと、すぐに前を向いた。
やっぱり少し冷たいな、と思った。
ふと綾姫の方を見ると、星野が綾姫の席の前に立っている。
「何してるんだアイツ?」
ボソッと声が出た。
教室のみんながそっちの方を見ていた。
「あ、あの! 織橋さん。一目惚れしました。だから僕と付き合ってください!」
机ごと倒れそうになった。
「ええーーー!?」
数瞬後、教室から困惑と驚きの声が上がった。
さっき思ったことは取り消そうと思う。コイツとだけは仲良くなれなさそうだ……