写し身
メリーゴーランドの中にいた、あの得体のしれないモノはなんだったんだろう?
それに慌てて走ってきてしまい、三人とも離れ離れになってしまったし、どうやって三人と合流しようか?
ポケットの違和感を感じ、中の携帯を思い出して急いで取り出したが、
「はあ……」
携帯の画面には、赤い×がついていた。
「どうしたの? おねえちゃん?」
あすかちゃんが覗き込むように見てくる。
「ううん、何でもないよ」
私は、出来るだけ彼女を不安がらせないように話そうと心がけながら喋る。
「じゃあさ、じゃあさ。あれ! あれに行こうよ!」
彼女の指差す方にある物、それはまるでサーカスのテントのような建物だった。
その入り口のような場所に、
「ミラーハウス?」
大きな文字で、そう書いてある。
「けど、みんなと合流しないと……」
辺りを見回す。さっきまで視界の悪かったのが嘘のように晴れて、少し離れたここからでもメリーゴーランドの様子を窺う事が出来るのだけど、ここから見える範囲にそれらしい人影はなかった。
不意に、私の手に何かが触れた。
「……ダメ?」
なんだか、この子の大きな目でお願いされると断れなかった、これが母性なんだろうか?
「うん……分かった。じゃあ、一緒に入ろうか」
「やったぁ!」
ぴょんぴょんと跳ねその喜びを全身で表現する。
(私にもこんな時があったんだろうか?)
私の記憶はポロポロと抜け落ちている。
小学生くらいからは二人との出会いを含め覚えているのだけど、その前の幼稚園ぐらいの事を思い出そうとするとどうしても何か大切な物が欠けているかのような感覚を覚える。
だから、自分が小さい頃どんな子供だったのか……なぜ両親は仲が悪いのか。その理由が思い出せなかった。
「おねえちゃん、いこう!」
「あ、うん!」
握られた手に引かれ、駆け足で入口を抜けた。
「わあ~! すご~い!」
「そうだね……」
入ってすぐ左側と正面に鏡があった、そこには私とあすかちゃんが並んで写っている。
「うわ~!」
あすかちゃんはその鏡に手をペタリとつけて触れている。
右の方には通路とまた鏡、迷路になっているみたいだ。
「あすかちゃん、先に行こうか」
「うん!」
「危ないから走らないでかたっぽの手は鏡に触れながら行こうね」
周りを見ても鏡しかない、それはそうかミラーハウスなんだし。
「いたっ!」
周りを見ながらだったせいで、正面に鏡がある事に気づかず頭をぶつけてしまった。
「おねえちゃん、だいじょうぶ?」
「う、うん。平気だよ」
ふと、ぶつかった鏡の中の自分と目が合った。鏡だから当然合うのだけど。
「あ、おねえちゃん! あっちみたいだよ!」
と、あすかちゃんは私の手を離れスタスタと先に行ってしまう。
「あ、駄目だよ。あすかちゃん」
先ほどぶつかった右手の鏡に写る自分が目の端に見えた、それは歪んだ口で笑みを作っているような気がして振り向く。
けどそれは思い過ごしだったようで、普通に私がその鏡を見ているだけのいつもの私だった。
「いそがないと。待って、あすかちゃん!」
変な顔の自分が見えるだなんて、メリーゴーランドでおかしな物を見てしまったからだろうか?
それにしてもあれは何だったんだろう? 人……だったのだろうか?
「アッ……!」
今度は正面に鏡があることに直前で気づき、手をついて止まる事が出来た。
「ふぅ、よかった」
ガシャリ。
「ん?」
足で何かを踏んでいる事に気がつく、それは青い色をした何かの破片だった。
手に取ってみる、裏返すとそれは割れた鏡の一部だった。使わなくなって数年経っているなら破損もしているのは当然だろうと、その破片を捨てた。
けどそれは、一部じゃなかった。
足元にあるのは大きな鏡そのもので、まるで真っ直ぐ前に倒れて割れたかのような形だった。
なら、この鏡がついていた場所は……?
目線を正面に向ける。
口が裂ける程大きく開けられて作られた笑みは、不快で恐怖しか生まないとソレを見て知った。
「ねえ? あなたの体、私にくれない?」
私は急いでその場から逃げる。
「何処に行くの? 私はここよ?」
左右に写る自分がゆっくりと手を伸ばし近づいてくる、方向感覚が失われどこに向かえばいいのか分からなくなる。
闇雲に走ったせいで、正面に鏡があることに気づかずぶつかった。
「さあ、こっちよ」
伸ばされた手は、鏡とこちら側の間寸前まで近づく。
私は急いで立ち上がり、その場を逃げるように離れた。
「おねえちゃん?」
「あすかちゃん……?」
その声のおかげで、彼女の居場所が分かった。
「おねえちゃん! こっちだよ、ここが出口!」
その声は思ったより近くだった、ガラスの壁を数枚隔てた所のみたいだ。
(たぶん、ここを抜ければ!)
角を右に曲がる。
しかしそこは、さっきまでの現実をそのまま映す鏡ではなく、黒い何かが写っていた。
まるで黒い幕でもあるようかのように鏡に写っている。けどそれは、鏡で無いとも思えた。
「おねえちゃん!」
声はその奥から聞こえる。
怖さよりも、私はあすかちゃんに会いたいという気持ちだけで足を前に進められた。
ただ、その足は思ったよりも恐怖を感じているらしく、なんだか異様に重く進んでも進んでも周りの闇から逃げられない。
「早く! こっちだよ」
正面に女の子の背中が見えてくる。
「あすかちゃん!」
けど、それと同時に左右の暗闇から何かが蠢いているのが見え始めた。
「クレ! ソノカラダヲ!」
「オレハシンデナイ!」
「ソレハワタシノダ!」
ひとつの塊となっても腕を伸ばして迫ってくる私に似た何かが、どんどん迫ってくる。
異様に臭い。メリーゴーランドで嗅いだ臭いとはまた違う不快な臭い、まるで腐った生ゴミのようなような臭いで、口から何かが飛び出しそうになるが、そんな事で足を止めるわけにはいかなかった。
「おねえちゃん!」
暗闇の中に白いワンピースが光って見えた、私はその肩を掴んだ。
「あすかちゃん!」
瞬間、周りの闇が消え去るように光が溢れる。
「アア!!」
断末魔のような声が光の中で広がり、消える。
「あすかちゃん!」
彼女の肩を掴み、私の方へ顔を向けさせた。
「あすかぁ……出てきてよぉ……」
あすかちゃんではないその子は、顔が黒く潰れていたが涙だけが流れているのは見えた。
※
「……ちゃん」
ひどい頭痛がする。
「……えちゃん」
重い頭を上げると、そこには白いワンピースを着た女の子が泣きはらした顔でへたり込んでいた。
「おねえちゃん……」
ゆさゆさと揺らされる体。
「おきてよぅ……おねえちゃん……」
私は意識がはっきりすると同時に、彼女の細い体をギュッと抱きしめていた。
「よかった……!」
「おねえちゃん……」
ふたりともお互いの涙で服が汚れてしまっているが、そんな事構わなかった。
私は何故泣いているのか分からなかったけど、それは恐怖でないことは心地良さから理解できた。




