シートベルトをお締め下さい
「おい、弥宵? どこだ?」
メリーゴーランドが途中で止まってしまった。敷谷さんが言うには老朽化で故障したのだろうという事だった。弥宵と敷谷さんの娘さんであるあすかちゃんのいた席に来たのだけど、そこには誰も居なかった。
たぶん、さっき出てきた霧のせいで俺達を見失ってしまったのだろう。
「どうだ、涼太?」
反対側から回っていた礼二が、顔を見せ聞いてくる。
「やっぱ居ない」
「そうか、困ったな」
「どうですか、お二方?」
外周を見ていた敷谷さんが、メリーゴーランドの下から声をかけてくる。
「見当たりません」
「そうだ! 携帯で連絡してみるか」
俺はポケットから携帯取り出し、確認する。
「……圏外だろ?」
まるで分かっているかのような口ぶりで礼二が言う。
「本当だ」
「さっき、僕も確認したんだよ。そうしたら、ほら」
そういって自分の携帯画面を見せる、左上にバツ印がついている。
「敷谷さん、園内放送かなにか無いですか?」
「すみません。マイクの調子が悪くて、変な音しか鳴らなくなってしまっているんです」
「……そうですか」
礼二が困った顔をする、打つ手なしか。
「どうする? ここで待つのか?」
礼二は少し下を向き、口に手を当てたまま固まっている。いつもの考えている時の姿だが、これは行き詰っている事の表れでもあった。
「……弥宵だけならここに戻ってくるだろうけど、あのあすかという子にあちこち連れていかれているなら、ここに戻ってくる可能性は低いかもしれないな」
いつもの独り言だ、これもコイツの癖だ。
「では、こうしませんか?」
手をこまねいているだけの俺達を見て、敷谷さんが提案をしてくる。
「他の場所に行って確認するのはどうでしょうか? 私としては、その方が仕事が早く片付くので助かるのですが……」
たしかにこの状況で、どうのこうのとココで考えていても何も始まらないのだが……。
「まあ、なにもしないよりはましかもな」
「おい、涼太」
「なら、なにか他に思いつくのか?」
「それは……」
と、礼二が悩んでいる。
「だろ? なら、行こうぜ」
こういう時の礼二は、誰かが引っぱって行かないと動きを止めてしまう。それは悪い事じゃないし、礼二のいい所でもあるのだけど、今はその時じゃないと思えた。
「……分かった」
敷谷さんは眼鏡を直し、
「では、次のアトラクションへご案内します」
彼は先頭を歩き、俺達を案内してくれた。
※
「ここです」
メリーゴーランドから少し奥に入った所、それが案内された場所だった。
「これって……」
「ジェットコースターだな」
長い階段の先に、小さな屋根ついてる小屋の様な場所が中空にあった。そこには八台のふたりで座れる大きさがある椅子がついた列車のような物があった。
敷谷さんは、その操作盤があるらしい小さな机のようなところで何かをしているようだった。
「これを、こうして」
彼はぶつぶつと何か言いながら操作していると、レールに明かりが灯る。
「よし、これでいい。さあ、乗ってみて下さい」
と、俺と礼二を促した。
「大丈夫なんですか? その……安全性とか」
「ええ、問題ないですよ」
笑ってそう言った。
しかし、俺はある事を思い出していた。それはここへ来る前に友達から聞いた話、その中にジェットコースターの話があった。このジェットコースター、過去に何名かの犠牲が出ているという話。けど、実際にここで起きた死亡事故のニュース記事は一件だけ。それなのに、何故か「ブレーキの故障とシートベルトの故障が重なり、コースターから飛び出した」や「偶然生えていた枝で首を折った」、「急加速で気絶し、戻ってきた時には泡を吹いて死んでいた」など、どうしてか統一性がない。
新聞記事の方も「死因は現在捜査中」としか書いてないのを、ここに来る前にインターネットで検索して見つけていた。
「本当ですか?」
その事が頭に浮かんだ俺は、無意識に再確認した。
「はい」
にこやかな笑みのまま、彼はそう言った。
「さあ、どうぞ」
ガシャンと、一斉にシートベルトが上がる。
「分かりました」
礼二は一番先頭の場所に座る、俺もその隣に腰を下ろした。
「では、行きますよ」
ブーと音が鳴り、ガコンと言う音と共にゆっくりと進みだした。
ガタガタ、と急な坂を昇っていく。暗い中を上がって行くのは初めての体験で、異様に緊張し手前にあるバーを掴む掌に汗が浮いているのが分かる。
辺りを見回す。園内で二番目位に高いであろう場所なのに、なぜか遊園地の外は暗くて見えない。遊園地の光が明るすぎて、見えないのだろうか?
「……!」
ギュン、と急に体が宙に浮く感覚が起こり、急速に落下した。
「うっ!」
ゴー、という風とレールの上を進む音が耳に響く。
レーンは右にうねるように伸びている。
「わー!」
隣の礼二は手を上げていた。
「わー!」
今度は左に曲がる。
「ワー!」
ふと礼二の口元を見た。
「ワー!」
口が開いていない、というか固く閉じられていた。
「ワー!」
何かが、視界に入る。
「ワー!」
人が、落ちて行ってる。
「ワー!」
次から、
「ワー!」
次へと。
「ワー!」
「助けてくれー!」
「止めてくれー!」
手が震える、これはジェットコースターにじゃない。
純粋な恐怖だ。
「ワー!」
――キー! ガタン、ガタン。
徐々にスピードが遅くなるが、手の震えは止まらない。
――ガシャン。
ジェットコースターは、最初の地点に戻ってきていた。
「どうでしたか?」
敷谷さんは、さっきと同じところで待っていた。
「おや? 手が震えていますね? 大丈夫ですか?」
「あ、え? は、はい」
声をだすと、ようやく生きていると実感できた。空気を吸うのが辛いが、心地良くもあった。
横を向くと礼二は口だけじゃなく、目も閉じていた。そういえば、こういう絶叫マシーンが得意じゃなかったな、礼二は。
「……終わったのか?」
「……ああ」
俺がゆっくりと降りると、礼二はそそくさと降りてきた。相当怖かったのだろう。
「どうでした?」
敷谷さんが聞いてくる、従業員としては普通の事なのだろう。
「……怖かったです」
「それなら、よかった」
と、彼は階段の方へ向かっていった。
それに礼二、俺と降りていく。
「なあ、涼太?」
礼二は後ろを振り向かず、話しかけてくる。
「なんだ?」
「凄い悲鳴上げてたけど、大丈夫なのか?」
ここで亡くなった人の死因が違う理由が分かった。
あの悲鳴を上げていた存在を見たのだろう、それも色々な形の死因のソレを。




