楽しく回る回転木馬
ワンダーランドの元最寄駅、そこから徒歩五分程の所に目的地の場所があった。
「帰りって、どうするんだ?」
「ああ、それなら大丈夫。タクシー、駅の辺りまでは呼べば来てくれるって」
礼二の言葉に、門越しに中の様子を見たまま言葉を返す、「タクシー会社に聞いといた」と付けくわえて。
「それにしても……」
礼二が呟くように言う、その言葉の続きを私が繋いだ。
「電気、ついてないね」
涼太が言っていた噂が事が本当ならば明るいはずなのだけど、遊園地の中を照らすのは、私達が持っている懐中電灯の明かりだけだった。
涼太は頭を掻きながら、
「やっぱりデマだったのかな?」
そう呟きながら門をガシャガシャ鳴らす涼太の横に立ち、中を覗いてみる。
「まったくあのヤロー、学校が始まったら文句言ってやる!」
懐中電灯の明かりは園内の様子を少しだけ見せる、門から真っ直ぐに続くオレンジ色の道が、園内に導くように敷き詰められていた。
それは、失った記憶の中にある何かを呼び覚まそうとして……。
見える範囲の狭い視界の中で、黒い影がチラリと。
「あれ?」
「どうした、弥宵?」
「中に、誰かが居たような?」
そう言うと同時にバチッという音が園内からして、
「あ、明かりがついた!?」
中の施設に次々と明かりが灯る、メリーゴーランド、ジェットコースター、それにここから見えない奥の方まで。
夜だというのも忘れるほどの明るさだった。
その中でタッタッタッと、リズミカルな音が聞こえる。まるで、小さい子が走っているかのような音だった。
涼太もその音を聞いていたらしく、
「おい、誰か居るみたいだ! 入ってみようぜ」
と、興奮したように話す。
「けど、どうやって入るんだ? 門には鍵がかかってるんじゃないのか?」
礼二の言う通りだ、それに開けようとして駄目だったのは涼太自身がした事だ。
「乗り越えられるか、試してみるわ」
と、涼太は門扉に触れる。
ガシャンと音が鳴り、ゆっくりと扉が内側に開いていく。
「あれ? 開いてる?」
涼太は拍子抜けしたように言ったが、私は寒気にも似た異様なナニかを感じていた。
「まあ、いいや。行こうぜ」
私は少し進む事を躊躇してしまう。
「いや、涼太。少し冷静になれよ」
礼二が先に行こうとする涼太の肩を掴み、止めた。
「なんだよ、礼二。もしかして、怖いのか?」
「そんなんじゃない、今の事を考えろ。鍵のかかっていた扉が急に開くだなんて、あり得ないだろ?」
「ああ、だからこそ肝試しにちょうどいいんだろ? なんだよ? やっぱり怖いのか?」
「そんな事……」
「なら、行こうぜ。男だろ?」
煽るように涼太がこの言葉を使った時、
「……分かった」
礼二は断る事が無かった、礼二は思う所でもあるんだろうか?
答える前に礼二は一瞬こちらを見た気がしたが、気のせいだろう。
「よし、決まり!」
涼太が扉を押すと、ぎぃと渋い音が響く。
涼太、その後を続く礼二、それを追って歩く私の足に、チャリと音を立ててナニカが絡まった。
(鉄の……チェーン?)
ひんやりとした感触が、むき出しの足首に伝わる。頑丈そうなチェーンを一巻き二巻きと外し、私を呼ぶ二人の元に小走りで向かった。
後ろで何かが閉まる音がしたような気がした。
※
「それにしても凄いな。潰れてから五年も経つはずなのに、小さな頃に来た時のままなんて」
待っていてくれた涼太がそう呟く。
確かに五年間放置されていたにしては、ゴミがあったり錆が浮いていたりしていないのは奇跡のようだ。それと、夜の遊園地に初めて来たけど神秘的でいいと思えた。
「いつでも売れるように点検しているとかかもな、それなら閉園しているのに電気が付く事にも合点がいく」
「そんな事は置いておいて、とりあえず見てまわろうぜ。あの足音も気になるしさ」
礼二はゆっくりと頷き、涼太の後に続く。私もそれに倣った。
右側にメリーゴーランド、その奥にジェットコースター。左には建物がふたつほどあるが、あれも何かのアトラクションなのだろう。
奥に進むにつれ楽しそうな音楽が聞こえてきた、施設のスピーカーからではなくアトラクションに備え付けられている物からのようだった。
「おい、何か聞こえないか?」
あちこち眺めていたから気づかなかったけど、礼二が足を止めて聞き耳を立てているみたいだった。
私と涼太は音を出さないように気をつけていると、
「……聞こえた、あっちみたいだ!」
と、涼太がメリーゴーランドに向かって走り出した。
「涼太、待って!」
「ほら早く! もしかしたら、幽霊かもよ?」
礼二と顔を見合わせると、彼も頷き一緒に走り出す。
(確かに何か聞こえた。けど、あれは……声?)
たぶん、小さな女の子のような声かなと思う。
「……ほら、帰ろう」
今度は、女の子じゃなく男性の低い声だ。
「いや~!」
(さっき聞こえた女の子の声だ!)
メリーゴーランドの前。光を背にしているからかその姿は影でしか把握できないが、子供と大人がそこに居る事は分かった。
「影に足があるって事は、幽霊じゃないのか……」
と、歩くのを止めた涼太がガクリと肩を落とす。
本物の幽霊に足がないのかは見た事がないので分からないが、私もあの二人は幽霊ではないんじゃないかと思えた。
「おや? お客様ですか?」
と、私達に気づいた大きな影の人が声をかけてきた。
返事をしようとした涼太を、礼二は制止し、
「おい、マズくないか?」
向こうの人影に聞こえない程度の声で、私達に話す。
「なにが?」
「涼太……。何がって、僕達はここに無断で入っているんだぞ。つまり不法侵入、犯罪行為だ。それを従業員なり、ここの関係者に見つかったらどうなると思っている?」
「あっ!」
涼太は気づいてなかったらしい、彼らしいといえばそうなんだけど。
「おいおい、どうするんだ!?」
涼太は慌てながら礼二に尋ねた。
「きちんと謝ろう、逃げた所でいい事はないしな」
と、今度は礼二を先頭に人影に向かって歩き出す。
徐々に二人の姿がはっきりと見えてくる。大きな影の方はメガネをかけた三十代位の男性、小さな影は3歳位の女の子で白いワンピースを着ていた。
「やはり、お客様でしたか」
メガネの男性は、柔和な笑顔で私達を見てる。
「すみません、勝手に入ってしまって」
礼二が頭を下げる、続いて私と涼太も「ごめんなさい」と謝る。怒られる事を覚悟していたが、その反応は思っていたのとは違った。
「いえ、いいですよ。あっ……!」
彼に手を握られていた少女は、その手から逃げてこちらに走りより、
「えっ! なに!?」
私に抱きついてきた、その力は思ったより強かった。
「どうしたの?」
と、私は彼女の綺麗な黒髪を撫でながら聞く。女の子はパァと満面の笑顔でこちらを見上げ、
「お姉ちゃん!」
と、さっきより一段強い力でくっつく。
「ははは、すみません」
メガネの男性は頭を掻きながら、ほらと女の子を手招きする。
「娘さんですか?」
「えぇ……そんな所です」
その言い方に違和感を覚えたが、家庭の事情は人それぞれなのは、私が一番知っている事だった。
「お仕事中の所、本当に申し訳ありませんでした。僕達はこれで帰ろうと思います。本当にすみませんでした」
礼二が再度頭を下げる、私達も頭を下げて踵を返そうとしたのだが、
「いえ、お待ちください。もし良ければなのですが、アトラクションに乗って行きませんか?」
お時間があれば、と男性はつけ加える。
「いえ、流石にそれは……。あなたのご迷惑になってはいけませんし」
「そこは気にしなくても、大丈夫ですから。ただ、全てを体験してもらうという訳にはいきませんが……」
夜の遊園地だなんてそうそう体験出来るものではないので、私の心は揺れた。
「あ、良いんですか? なら、乗ってみたいです!」
涼太はまっすぐ手を挙げていた。
「おい、涼太」
「固い事言うなって礼二、せっかく言ってくれてるんだしさ。ほら、弥宵も乗りたそうだし。それに……」
涼太の視線は私の手を握る女の子に向けられていた。
「もう……帰るの……?」
かわいい。
「分かったよ。すみませんが、お言葉に甘えさせていただきます。えっと……」
「あぁ、名前ですか? 敷谷です」
「敷谷さん、よろしくお願いします」
礼二が握手をしようとしたが、敷谷さんは「こちらです」と案内を始めたので手を下げていた。私は膝をついて目線を合わせ、女の子の肩に手を載せる。
「あなたの名前は?」
「あすか!」
「あすかちゃんね。少しの間だけど、お姉ちゃんと一緒に遊ぼうか」
あすかちゃんは目を大きく見開いて、
「うん!」
と、大きく頷いた。
「おい、弥宵。行こうぜ」
「うん。さあ行こう、あすかちゃん」
彼女の手を握る、小さな手は私の手をしっかりと掴む。
「さあ、こちらですよ。皆さん」
と、敷谷さんは近くのメーリーゴーランドに案内してくれた。
「このメリーゴーランドはワンダーランドの中でも大人気でして。よくある馬以外にも、子供さん用に大型犬やうさぎなど、他にはあまりいない動物が居るのも特徴です」
キラキラとシャンデリアの様な明かりで照らされている屋根。姿見のような鏡のついた大きな柱。色鮮やかな装飾のついた動物たち。見てるだけでワクワクしてくる。
「あすか、あのうさぎさん!」
と、私の手を離れ駆け出す。
「待って! あすかちゃん!」
私は彼女を追って、内側にあるうさぎの横の馬に座った。ビー、と大きな音がメリーゴーランドの中に響く。動く合図なのだろう。
「え、もう?」
後ろの方から涼太の慌てた声が聞こえる。
「ささ、お二人も」
「え? 敷谷さんも乗るんですか? 操作は大丈夫なんですか?」
「はい。五分程で止まるように設定されていますので」
敷谷さんが言い終えるのと同時にガコンと音が鳴り、ゆっくりと回り始める。
「わーい」
「あすかちゃん、その棒から手を離しちゃだめだからね」
「うん」
彼女はニコニコと笑う。不思議な音色の曲が流れている、まるで異世界に来たかのような雰囲気だった。
「おねえちゃん、楽しいね」
「そうだね」
自動で上下に動く席、動くたびにガリガリと音がする。
気づくと辺りが徐々に霧がかかったかのように視界が悪くなってくる、少し不安になって後ろを振り返ると、見えるのはひとつ後ろの席だけで三人の姿は見えなくなっていた。
「……」
誰かの声がする。
(良かった。霧のせいで見えないけど、まだみんな乗っているみたい)
――ガリガリ、ガリガリ。
その音は次第に大きくなり、回転の速度が落ち始める。
(やっぱり、整備中だから動きが良くないのかな?)
あすかちゃんの方に目を向けると、彼女はこちらを不安そうな目で見ていた。
――ガリガリ、ガリガリ。
「……!」
不快な音は徐々に大きくなる。それに、その誰かの声は後ろからじゃない所から聞こえる。視線をあちこち巡らせてその場所を探ろうとするが、それらしい人の姿は見えなかった。
――ピチャ……ピチャ……。
メリーゴーランドには不似合いな水の音がする、流れている曲が異様な雰囲気をさらに誇張させ、恐怖が募る。
――ガリガリ! ガリガリ!
「ウゥ……!」
その声は、大きな傘を支えている柱の方からする。
「おねえちゃん……」
私は、ゆっくりと柱の方を見た。
「駄目だよ、おねえちゃん……!」
「ウゥ! ウゥ!」
鏡のよう見えたそれは、鏡ではなかった。単なるアクリルの板が反射しているだけで、光っているからそう見えていただけだった。
中で何か赤い、肉のような塊が身を捻じるかのようにして動いている。ソレには目や口が何個も何個もついている。
――ピチャピチャ、ピチャピチャ。
水音が激しくなる、次第に柱から何かが溢れ始めメリーゴーランドの床を濡らし始めた。
ドロッとした赤黒い液体、異様に鉄臭い。
「ヴゥ! ヴゥ!ヴゥ! ヴゥ!」
壊れた様に音楽は同じところしか繰り返さなくなって、ガキガキと音を上げメリーゴーランドは動かなくなった。
「タスケテ!」
柱の中から覗く口が慟哭した。
「行こう、あすかちゃん!」
私はとっさに席を降り、彼女を抱えてすぐにメリーゴーランドから離れる。
――ギギギ……ブチッ!
私は必死に走りながらも、筋肉が切れるとあんな音がするんだろうかと思っていた。




