話の分かる奴もいるらしい
俺の名はダン。帝国で二人しかいない現役特Aクラスの探検家だ。
「ここに来て二日ですが、この雰囲気はやっぱり慣れないですね」
ハーヴィーが、辺りの気配を探るようにあちこちを見回しながらそうこぼす。おそらく集落内に生物の気配が全く感じられないことを指しているのだと思う。
現在、俺達は獣人の集落を出てすぐのところに作った夜営地にいる。
獣人達は、魔獣達の襲撃が激化してきたことから、最近は夜になると全員穴リスの獣人の居住区へ移っているらしい。
人の気配を全く感じないのはそのためだろう。
「しかし、獣人って言うのは幅が広いですぜ。森の民の所で会ったような、人の姿に、一部獣の特徴が残ってるような連中ばかりだと思ってたんですがね」
「パットンが言うには、獣人は人のようになりたいと思った獣が、長い年月をかけて人のように進化したものだそうだ」
「そうなんですか。パットンは色々知ってるんだね」
「ふふふ、ありがとうハーヴィー。もっと誉めても良いんだよ?」
感心したようにパットンを見るハーヴィーを見て、満足そうに空を飛ぶパットン。会った時もこんな感じだったな。
「さすがは妖精といったところなのかのぅ」
「それは違うね。ギルドマスターバリー」
「うむ?どういうことじゃ?」
「君達が妖精と呼んでいるものが色々知っているわけじゃないよ。ボクが、色々知っているだけさ」
「なるほどの。それは失礼したのぉ」
「分かってくれれば良いよ。ギルドマスターバリー」
パットンが、言わんとしていることを理解して謝る爺さんの周りを笑顔で飛び回る。
最近はセンセイの頭にいることが多かったから、落ち着いているように見えていたが、やっぱり騒々しいんだな。こりゃ元からの性格なんだろうな。
「今の言い方だと、パットンって妖精じゃないの?その姿は、私たちが物語とかで見る妖精そのものなのだけれど」
先ほどの会話で気になることが出来たのか、クリスがパットンに尋ねる。
この流れも久しぶりだな。
出会った時と同じような説明クリス達にするパットンを見て、たった数ヶ月前のことだが、えらい昔のことのように俺は思うのだった。
そんな中、夜営地に俺達とは別の人の気配が現れる。
どうやら集落の獣人が誰かやって来たようだ。
俺達がじっと見ている中現れたのは、見たことの無い若い獣人だった。
やって来た獣人にハーヴィーが手招きするところを見ると、どうやらハーヴィーとは面識があるようだ。
獣人は、手に大きな鍋をもっている。どうやら、俺達に食事を持ってきたようだ。
「人間殿。我々が好んで食べる野菜と、この先にある川で採れる魚を集落で醗酵させた豆で煮たものなのだ。口に合うかわからないのだけど、出来たら食べてほしいのだ」
そう言って獣人は、俺達には少々小振りな器に獣人達が好んで食べるスープをよそっていうく。
器に入っている茶色のスープには、野菜と魚が良い具合に柔らかく煮崩れている。
なかなか食欲を誘う良い香りなのだが、俺はなかなかスープに手を付けることが出来ない。
探検家になる前、飢えて死にそうだった頃に畑に落ちていた茶黒く変色した腐った野菜を食べて腹を下し、死ぬかと思ったことがあるので、その時の思い出から俺は茶色や黒の食い物を食べるのが少々苦手だ。
周りの連中も、少し抵抗があるようだ。人間の食生活に、この色合いの食い物は無いからなぁ。茶色いスープは、一歩間違えると薄い泥水を想像させるのだろう。
だが、最後によそわれたこの男は、やはり食欲に対する格が違った。
「おぉ!こりゃあ美味そうじゃないですかい!いーい香りですぜ!」
ドランは、器を近づけスープの香りを堪能すると、木匙で具ごとスープを口に運ぶ。次の瞬間、器の中身を一気に口に入れ、お代わりを寄越せとばかりに獣人に器を差し出す。
「お口に合いましたかなのだ?」
俺達が、食べるのを躊躇しているのを見ていた獣人の不安そうな問いに、一歩間違えればその獣人を食ってしまうのではないかというくらいに獰猛な笑顔を浮かべ、ドランは早くしろとばかりに器を上下に動かす。
「んーんんんぉんんんぉぉんぉん」
「何言ってるか全然わかんねぇよ」
「あ!美味しい!この味、今みたいな寒い時や、汗かいた時に体に染みる感じだぁ……」
口に物を詰めたまま説明を開始するドランに呆れていると、ドランの様子を見たクリスが食べはじめたようで、感想を口にする。
さすがうちの食いしん坊三人組の一人。美味そうな顔で食うなぁ。しかし、弟が食い出すまで様子を伺うとか、何気にちゃっかりしている。
「ほぉ、これはこれは。確かに儂らのところで食すスープに比べると塩味が濃い感じじゃが、それが返って儂らのような探検家には受けるかもしれんのぉ」
「醗酵食材ということは、貯蔵性も高いかもしれないので遠征時の調味料として良いかもしれませんね」
「なるほどの。うむ、野菜と魚の味も良く出ていて味わい深いの」
「お芋や薄く切った干し肉を入れても美味しいと思いますよ」
「お!いいっすねぇ!おい、にいちゃん。明日、魚の変わりに肉でスープ作ってくれないか?」
「え?作るのはいいんですけど……」
ドランの急な申し出に驚く若い獣人。もてなしのために作ったスープが予想以上に反響があって嬉しいようだが、さらにその上を行き戸惑ったようだ。
その様子を見てドランは、何かに気付いたように大きく頷く。
「そうかそうか、おまえ達は狩りが苦手だったんだよな。ハーヴィー、出番だぞ」
「何言ってるんですか。僕一人で魔獣の巣が近いこの辺りで狩りをやらせるつもりですか」
「俺は、マスターやクリス姉を守んなきゃいけないしなぁ」
「それは、ダンさんがやれば良いでしょう! ドランさんが僕を守ってくださいよ! そういう試験でしょ!」
「ハッハッハ! そう言えばそうだったなぁ」
「全く……、頼みますから僕の護衛を頼みますよ。間違っても自分から魔獣に突っかけないでくださいね」
「はっはっは! 任せろ!」
「どうしよう、信用できない……」
とんとん話で話が進んでいく状況に、置いて行かれた形になった獣人がどうしたら良いのか困り果てている。
その様子に気付いたハーヴィーが、困り顔で若い獣人に声をかける。
「あの人、食べ物と酒と戦いの事になると見境が無くなるからゴメンね」
「おぉーい。ハーヴィー、誰のことを言ってるんだ?」
「ドランさんのことですよ! まったく……本当にゴメンね」
「それは良いのだ。ただ……」
「うん?」
モジモジとしながら、言いづらそうに若い獣人は
「できたら、僕達にもお肉を分けてほしいのだ。あと、余裕があったら食べられる物も採ってきて欲しいのだ」
そうハーヴィーに頼むのだった。
「厚かましいことは知っているのだ。本当は、人間殿の願いのために僕達がお肉を取ってこないといけないのだ。だけど、元々狩りは苦手な上に魔獣の事もあるのだ。食料も少しずつ減ってきているのだ。長老達は何とかなるとか言っているけど、このままの状態が続くと魔獣にやられるより先に、飢えで老人や子供のような体力の無いものが死んでいくかもしれないのだ」
俺とドランは若い獣人の言葉に目を見開く。長老達とは違い、俺達が感じていることに近いことをこの獣人は感じているからだ。
獣人の話は続く。
「僕は、穴リス族だから何とも無いけど、元々樹上の開放的な生活に慣れているリス族の皆は、閉鎖的な地中の生活で少しずつ心を痛めてきているのだ。そんな状態で、魔獣に決戦を挑んでも勝てる気がしないのだ」
「どうすれば良いと思う?」
俺の質問に、若い獣人は考え込む。そして、ゆっくり首を横に振る。
「わからないのだ。ただ、魔獣の巣を発見したときに戦いを挑まないで、すぐに集落を放棄すれば良かったとは思うのだ。そうすれば、もっと対処も出来たかも知れないし、お互い刺激をしあわずに済んだかも知れないのだ」
この若い獣人は、集落に固執して戦いを開始したことがそもそもの問題なのだと考えているようだ。
ある意味では間違いではないと思う。人間の集落も同じような状況で、集落を捨てて別のところに移っていった歴史もあれば、残って抵抗し、最終的には集落ごと飲み込まれてしまった歴史もある。
ただ、もう起きてしまった事をいまさら考えてもどうしようもない。今は、このジリ貧の状態をどうにかするしかないのだから。
ドランは、集落の責任者達には受け入れてもらえなかった提案を、この獣人に伝える。
「他の集落に……一緒に戦ってくれとお願いする……のだ?」
「そうよ。おまえ達が、遭難した森の民や他の獣人を助けているのを知っているのもいるだろうさ。頼めば絶対じゃないが、助けてくれる奴もいるだろうさ」
「だけど、もう他のところにも助けを求めているのだ。これ以上求めるのは厚かましいのだ」
「ハッハッハ! 厚かましいと思うかどうかはおまえ達じゃねぇ。頼まれた方の価値観だ」
「そうですよ。駄目だったらその時考えれば良いんです。やれるだけやってみれば良いんですよ」
「それになぁ?この魔獣の問題は、おまえ達だけの問題じゃねぇだろ?」
ドランの言葉に、若い獣人は疑問符を浮かべてまじまじと見ている。
そう。この魔獣の巣の問題はリス獣人達の集落と、魔獣達の生存戦争だけじゃなく、このままリス獣人達が負けることがあればそのまま近隣の集落に飛び火する大きな問題なわけだ。
どうやら、この近隣の集落というのは、同じような戦闘に不向きな獣人の集落が多いらしいから、もしかしたらそういう考え方が無いかもしれない。もしかしたら、危険を察知してすでに別のところへ移動しているかもしれないが。
そういうことを説明すると、若い獣人は自分たちがやっていることの事の大きさに震えはじめる。
「種族の決まりとか、誇りとか、そんなこと言っている場合じゃないのだ……」
「そうだぜ、おまえ達が巣を駆除できるかどうかで周りの状況が変わっちまうんだ」
「森の民達は、できることなら手伝いたいと思っているそうですが、あなた達から要請が無い限り動かない方針だそうです」
「自分たちの守りっていうのもあるからな」
「それで、だ」
俺は、もう一度若い獣人に質問をする。
「どうしたら良いと思う?」
若い獣人は、しっかりと俺達を見て
「森の民や戦える獣人のところへ行って、助けてくれるように頼むのだ」
そう答えたのだった。
「それが正解かどうかというのは正直わからないのだ。だけど、やっぱり僕達だけでは魔獣には勝てないのだ長老達はイマイチそれが理解できていないのだ」
「まぁ、俺達もそれしかないだろうと思っているんだけどな」
「あなたたちだけで対処可能ならそれが1番ではありますけどね」
「人間殿もそう思うのだ?」
「まぁな。どう見ても弱そうだしな」
「否定は出来ないのだ。さぁ、良かったら残りも食べてほしいのだ」
少し笑って、若い獣人は鍋を見るが、置いてあったはずの鍋が無いことに気づく。
「ふぇ?お話終わったの?」
「気づかれたのぉ……なっはっは。美味しかったのぉ」
話に夢中になっている俺らを横目に、クリスと爺さんがどうやら全部飲み干してしまったようだ。想像以上に美味かったらしい。
だったら、俺も一口くらい飲んでみようか。そう思い、俺に盛られた器を見る。
「全然飲まないから要らないかと思っちゃったよ。すごく美味しくてボク気に入っちゃったよ。ぜひアリッサのところへ持って行ってもらいたいね」
そこには、満足そうに器の横で寝転がっているパットンと、空になった器があるのみだった。
「あぁ、そうかい」
絶対明日は飲んでやる。
俺はそう思いながら、空になった鍋を挟んで揉めているドランとクリス達を眺めるのだった。




