あぁ、そりゃあ大変なわけだ
俺の名はダン。帝国でたった二人の現役特Aクラスの探検家だ。
今回戦うことになった敵の中で、知らなかった猿の魔物の力も運良くある程度理解できた俺と爺さんは、ドラン達がリスの獣人達と話しているであろう場所に移動する。
パットンの魔法で認識が疎外されているので、かなりその存在がわかりづらくなってはいるが、俺は何となくいる場所が分かる。
だが、爺さんはそうでもなかったようで、周りをキョロキョロと見渡している。
「こんな所じゃったかの」
「あぁ、あそこにいるぜ」
「妖精の魔法に普通に打ち勝つとはの………大分人間離れしたのぉ」
「褒めてねぇだろ」
「なっはっは」
短時間なら現役並の力を発揮できるような、人外の爺さんに言われたくないぜ。
俺はそんなことを思いながら、連中のいる場所へと歩いていく。
暫くすると、俺に気付いたパットンがこっちへと飛んで来る。
「その様子だと、もう終わったのかい?」
「あぁ、奴らは退いたよ。こっちは終わったのか?」
俺の肩に座るパットンは俺の質問に半ば呆れた様子で返答を返してきた。
「えっとねぇ、君がいなくなった理由を知った大きい子供が拗ねちゃってるね」
あぁ、ドランか。あいつは本当にガキか。仕事だろうが。
俺は大きくため息をついて、危険が去りパットンが魔法を解除したことで認識がはっきりしたドラン達の元へと向かう。
「隊長は俺達に交渉を任せて楽しんできたんですかい?」
「馬鹿か? 爺さんのお守りだよ」
若干拗ねたような顔をするドランの言葉を一蹴し、実際に話を詰めていただろうハーヴィーに状況を尋ねる。
「ハーヴィー、話は終わったのか?」
「はい、このまま……」
ハーヴィーが報告をしようとした時に、横から話に割って入る迷惑な男が現れる。
「ずいぶんな言いようじゃのぉ。オヌシだって……」
「先に進まねぇから黙ってろ。審査官殿」
「……邪険に扱うと低評価になるぞぉ」
「そんな器の小さい爺さんじゃねえだろうが」
「なっはっは」
好きなだけ言いたいことを言うと、爺さんは笑いながら去っていく。
何なんだよ、全く。構って欲しいさかりの寂しい爺か何かなんかありゃあ?仕事をしろ仕事を。
「グランドマスターって、あんな性格だったんですか?だんだん威厳が無くなってる気がするんですが」
「ねぇよ。元からそんなもん。さぁ、今度こそ説明してくれ」
「はい、わかりました」
こうして、俺はようやくハーヴィーから、獣人達と交わした会話についての説明を受けることができたのだった。
「今まではどうやって集落を守ってきたんですかい?」
「我々が時間を稼いでいるうちに、小さい者や弱い者達は地下に逃げてもらうのだ」
「集落には、我々のような主に樹上に住むリスの獣人と、逆に地中に住む穴リスの獣人がいるので、奴らがやって来たときはそっちに避難するのだ」
「もしも倒せそうな敵がいたら、数で囲って攻撃して倒すのだ」
ドランの質問に、集落の獣人達が素直に答えていく。
俺とドランは今、獣人達の集落にある一番大きい広場で獣人達と会話を交わしている。彼らは、客人を地面に座らせるなどと言って、建物の中に入ることを勧めてきたのだが、彼らの居住区は主に樹上や地下にある上、平均的な身長が人間の半分以下しかない彼らの住んでいる建物は俺達には小さい。特に、ドランあたりはうっかり壊しかねないので、それは遠慮している。
ハーヴィーは、最初に会った獣人に集落内を案内してもらいつつ、持ってきた薬や紙人形を集落の倉庫へ運び入れるようだ。
クリスや爺さんもハーヴィーに同行している。
どちらか。と、いうか爺さんはこっちに残ってドランの審査をしなくて良いのかと思ったのだが
「こっちの方が楽しいわい」
とか言って、物珍しそうにキョロキョロしながらハーヴィーにくっついて行ってしまった。
そして、パットンも獣人の集落は珍しいらしくハーヴィー達にくっついていってしまっている。
つまり、ここは俺とドランの二人だけだ。
俺もドランも当然獣人の言葉など分かるわけが無い。
「しょうがないなぁ、ボクがいないと本当に君達はどうしようもないんだから、もっとボクに感謝しなきゃ駄目だよ」
慌てている俺達の様子を見て、パットンは悪戯小僧のような顔を浮かべて俺達に魔法をかけてきた。
「普段かけている範囲魔法の中心をドランにしておいたからね。ただ、ボクの魔力供給が無いから効果範囲も会話している人達くらいまでしかないし、1時間もしないうちに効果は切れるからね。それまでに聞きたいことはちゃんと聞いておくんだよ」
などと言う非常にありがたい事のだが、適度に困る事を言ってパットンはハーヴィー達を追って行ったのだった。
それでも、ハーヴィーが事前に聞いておいていてくれた事と併せると、大分色々なことが分かってはいる。
この集落にいる獣人達は、狩りよりも採取や農耕で身を立てている種族が住んでいるのだという。
元の獣も草食系の雑食種だから、そういう方向へと進化しやすかったのだろう。
そのせいなのか、個の戦闘能力は人間よりも少し低い程度までしか上がることが出来ず、大森林で生きていくにはやや不利な位置に属している。
それでも、今まで生きながらえて来たのは、主な生活の場が比較的敵に優位な樹上や地中にあったからだという。
「我々ほどの大きさで木の上で悠々と活動できる獣や魔物は殆どいないのだ」
「地中を生活の場に選ぶ生物も殆どいないので、我々はお互い手を取り合うことでここまでやってきたのだ」
お互い地上での行動がそれほど得意ではない為、基本的に樹上で生活する種族が食料の採取や集落の外部の防衛などを行い、地中の種族が農耕、集落内の防衛を担当しているようだ。
今まではそれでうまく回っていたようだったのだが、今回の魔獣は獣人達のような樹上での戦いに慣れていて、なおかつ個体の強さも獣人達よりも強い敵だったことで今までと勝手が違ってきたようだ。
それでも、最初の頃は数匹程度の襲撃しかなかったので、数に頼って迎撃することができたようだったのだが、最近では襲撃時の数が一気に十数匹にも膨れ上がり、中には森猫や例の魔物に取り憑かれたであろう獣や獣人、森の民等までやって来るようになったことで状況は悪化の一途を辿っているようだ。
すでに、この場所も何回か集落を放棄して移った先のようだ。
だから間に合わせな感じのものが多いのだろう。
「他の集落に助けを求めないのですかい?」
「求めているのだ。だから、薬や人形などを沢山もらっているのだ」
この質問に、この集落で一番偉いであろう白い髭の生えた穴リスの獣人が当然だと言わんばかりに胸を反らして答える。
「自分達で言うのもあれですが、我々は弱いのだ。戦えば大ケガもすぐするし、魔物にも取り憑かれやすいのだ」
「だから、錬金術師様の薬と人形を集めるのは急務だったのだ。知っている集落には全部助けを求めたのだ」
言っていることはわかるが、どうにも話がずれているような気がする。ドランもそれは感じたようで、さらに突っ込んだ質問をしてみる。
「いや、一緒に魔獣の巣を駆除するために戦ってくれないかと言う応援は頼まないのかって言う話なんですがね」
その言葉に、そこにいた獣人全員がきょとんとした顔をする。
何だ?なにかおかしいことを言ったのか?
「我ら森に住むものは、自分達の事はできる限り自分でするのが習わしなのだ」
「そう他の獣人や森の民に教わったのだ」
「だから、今回の事もこれ以上の助けを求めるのは求めすぎなのだ」
獣人達は、うんうんと自分達で満足そうな表情を浮かべているが、俺とドランはどうも変な感じを受ける。
森の集落であった森の民や獣人からもそんな話は聞いたことがなかったからだ。
聞いたことがあるのは
″森の仲間は皆仲間だから、全員手を取り合って助け合うものだ″
と言うものだ。
そう言うわりには、数十年も数百年も集落間の交流がなかったじゃねぇかと、一緒に酒を飲んでいた自警団長や獣人達に突っ込んだ記憶があるから、間違いない。その場にはドランもいたからあいつも覚えているはずだ。
「それは、森の民達からそういわれたんですかい?」
ドランの質問に、白髭の獣人は首を横に振って答える。
「違うのだ。彼らの背中を見てそう思ったのだ」
「どう言うことですかい?」
ドランの質問に、その場にいた獣人達が意気揚々と語り出す。
「昔何度も遭難している森の民や獣人を助けたことがあったのだ」
「彼らは、自分がある程度動けるようになると、我らからは集落で寝泊まりできる場所以外は補助を受け取ることはしなかったのだ」
「むしろ、その優れた能力で我らに恩恵を授けてくれたのだ」
「我らはその姿をみて、自分達でできるうちは自分達でどうにかするのが森で生きることなのだと言うことを知ったのだ」
「それと同時に、受けた恩は何倍にもして返すことを知ったのだ」
「薬や人形を譲ってくれた他の集落の者達への恩を返すためにも、やつらに負けるわけにはいかないのだ」
何やら、一気に戦意が向上したかのように大きな盛り上がりを見せる獣人達だが、俺とドランはあることに気づく。
こいつら、馬鹿だ。
とても人の好い獣人なんだろうが、物事をいい方向と言うか、斜めな方向に受けとる馬鹿だ。
俺は、回りを見渡す。
今、新しく集落を再形成したにしても、この樹上に見える建物や畑の感じから、この集落は恐らく一般的な森の集落に比べるとかなり貧しい。
多分、助けられた森の民や獣人は、自分よりも能力に劣るこの貧しい獣人達が、自分を養う為に無理をして慣れない狩りをしたり、遠方まで食料を採取しに行ったりするのが耐えられなかったのだろう。
だから、動けるようになったら自分の事は自分でするようになっただけだ。
居住地だって、体が大きい自分が変に動いて壊すわけにはいかない、だけど、無理に出ていって、人の好いこいつらを心配させたくないから、地上の一角を使わせてもらっていたのが正解だろう。
そういったことを、斜め上の方向の好意的に受け取り、自分達の価値観としていった獣人なんだろう。
何となく、こいつらが何であの魔獣どもにここまで苦戦することになったのかがわかったような気がしたのだった。




