獣人との初対面
俺の名はダン。帝国で、たった二人の現役特Aクラスの探検家だ。
物凄い速さで過ぎ去る木々を横目に、俺は走る。
時々、地図を見ているハーヴィーが俺に進むべき方向を指示するので、通れそうな木々の隙間を見つけてそちらの方へ進んでいく。
俺達は今、森の集落から更に深部にあるという、魔獣の巣の掃討作戦がそろそろ行われるという獣人の集落へ向かっている最中だ。
センセイ達が、かなり無理をして作った大量の薬類や紙人形等の道具、そしてドランとハーヴィーとパットン、そして爺さんとクリスを載せて俺は荷車を牽いている。
元々、クリスは連れていく予定になかったのだが、本人がどうしても付いていきたいと強く望んだので、連れていくことになった。
「クリス嬢ちゃんは、無理して付いてこんでも良かったんじゃよ?」
「私だって、今回の件では適正審査官としてこちらに来ているのです。それに、一治療師として戦闘で傷つく人がいるのが分かっているのに、それを見過ごすわけにはいきません」
「主に、ドランかのぉ?」
「な! なんで! そう! なるんですかぁ!」
「ひぃぃぃぃぃ! 怖い! 怖い!! 道具に当てないでください!」
「狭いところで暴れるなってクリス姉! 落ちたら洒落になんねぇんだぞ!」
「なっはっは。若いのぉ」
「うるっせぇぞてめぇら! やることちゃんとやりやがれ! 特に爺さん! 暇だからってクリスからかって遊んでんじゃねぇ!」
荷台では、もう何度も行われているばか騒ぎがまた始まったようだ。俺は、荷台の連中をに怒鳴り散らす。
荷車の魔法の影響か、物質の重さが感じないから暴れまわってもこっちの動きに影響がある訳じゃない。
だとしても、こっちは敵の気配がないか探りながら必死で走ってるっていう最中に、後ろでばか騒ぎをされたら怒鳴りたくもなるってもんだ。
「あははははは、君たちってこんなときにでもいつもと変わらないんだねぇ。さすがは探検家っていうところなのかな?」
俺の肩に座っているパットンが、笑いながら話しかけてくる。
パットンは、移動を開始して少ししてから、ずっと俺の肩に座って時々話しかけて来たり、時々聞き漏らしているハーヴィーや爺さんの指示をすぐに教えてくれる。
もしかしたら、話し相手がいない俺のために気を使ってくれてるのだろうか。だとしたら、何ていい奴なんだろう。
「緊張感がねぇだけだよ。あの馬鹿共は」
「そう言っているけど、ガチガチに緊張されているよりは全然良いんじゃないのかい?」
「まぁ、そうだな。だとしても、こっちが必死で頑張ってるのに、後ろで楽しそうにじゃれあってられるのは面白くないもんだ」
「……あれを、じゃれあってるって言うダンの感覚がボクはおかしいと思うけどね」
少し間を空けて、パットンは呆れたような声を上げて俺にそう言う。多分今の間は、後ろを確認したんだろう。
「薬や道具、荷車に被害は無いか?」
「うん、さっき見た感じでは無かったよ。でも、ドランが良いのを貰っていたね」
「まぁ、被害がドランやハーヴィーなら別にいいさ。爺さんならもっと良いんだけどな」
「あははははははは、やっぱり面白いねぇ。君たちは。あ、少し北側にずれちゃってるかな」
「了解。助かる」
俺は、こんな感じで騒々しいやつらに振り回されて集落への道を急ぐのだった。
そんなわけで、大急ぎで獣人の集落近くまでやってきた俺達だったが、そこで一度立ち止まる。何者かの気配を感じたからだ。
「出迎えかのぉ」
「だと良いんだけどな」
さすがにこの辺りになると、集落の自警団が敵の襲撃を警戒して哨戒を密にしている筈だ。だから、この気配も集落に住んでいる獣人の者の筈なんだが、敵の可能性もある。
なので、こちらももしもの時のために全員がいつで動けるような状態で相手の出方を待つことにする。
少しばかり、辺りを静寂が包むのだが、俺の耳元で突然だれかが囁く。
(あっちの木の後ろに、武器を持った獣人の集団がいるよ。生まれて初めて見る君達人間を警戒をしているね)
声の主はパットンだ。どうやら、気を利かせて認識阻害の魔法を使って姿を消して周囲の偵察をして来てくれたようだ。ありがたいことだ。
(パットン、意思疏通の魔法の範囲に獣人達は入っていそうか?)
(ボクが発見した場所にまだいるのだとしたら、入っていないね。ボクの魔法の効果範囲は、今ならあの辺りまでかな)
そう言って、パットンは獣人がいたと言っていた木よりも十歩ほど近い場所の木を指差す。
それなら、もう大丈夫だな。
俺とパットンが話をしている間も、俺が感じている気配は俺たちの包囲を狭めるように、じりじりと近づいてきていてパットンの魔法の圏内に入っているのもいる。
なので、俺は敵意が無いことを示すように、両手を開き、大きく広げて大声を出す。
「俺達は、森の錬金術師の仲間だ! 森の民からこの集落の状況を聞き、微力ながら力になりたいとここまでやってきた! この荷台には錬金術師が作製した薬や紙人形もある。どうか姿を現してくれないか?」
だが、周りからの反応はない。先程と同じく静寂が俺達を包んでいる。
「駄目……なんでしょうか」
「……そんなことは無いのぉ。どうやら、どうしたものか相談しているようじゃの」
不安気にあたりを見渡すハーヴィーに、いつものように笑ってはいるがいくらか真剣な様子で爺さんが答える。そう、俺達の周りは静かなままだが、感じている気配は俺達を取り囲むものから、一カ所に集まっているものへと変化している。おそらく爺さんが言った通り、俺達の言葉を信用するかどうか相談しているのだろう。
まぁ、森の深部に住んでいる獣人達からすれば、人間なんて見るとしても魔物に取り付かれたようなのばかりだろう。それが、道具を載せた荷車を引いて、最近このあたりを賑わせている錬金術師の仲間だなんていきなり言われても、まぁ、どうしたもんかと思うだろうな。
むしろ、いきなり襲い掛かられなかっただけマシだったのかもしれないな。
そう思うと、初めての場所へ向かうのにいくらか不用意過ぎたかと反省する。せめて、森の集落で森の民を一人でも案内役につけておけば良かったかと今更ながら思う。
そんなことを思っていると、向こうで動きがある。どうやらこのまま集まって状態で俺達と応対するつもりのようだ。
「どうやら、あちらさんの話はまとまったようじゃのぉ」
「そうだな。……っていうかさぁ、爺さん本当に引退して数十年だよな。何でそんなに気配読むの上手いんだよ」
「なっはっは。歳を取るとの、場の気配を読むのもうまくなるんじゃよ」
「その話、違う話だろうが。それに、爺さんはそっちの空気は全然読んでねぇよ」
「馬鹿じゃのぉ。読めるからこそ、敢えて読まないふうにできるんじゃよ」
「物は言いようだし、全くもって迷惑な話だな」
初めて会ったときから全く変わんねぇな、この爺さんは。むしろ、こっちに来てから若干若返ってねぇかな。
本当に元気な爺さんだ。
「あそこの木の枝が微かに動いていますね。あそこから来るようです」
目の良いハーヴィーが、微かに動く場所を発見したようだ。しかし、気配も隠さずにこちらへとやって来る割に、姿は隠しているっていうのはどういう事なんだろうか?
「なんか、変な連中じゃのぉ」
爺さんも俺と同じことを思ったようで、不思議そうにハーヴィーが指摘した辺りを眺めている。
木を伝って移動するってことは、身軽な獣人か。猿とか猫とか鼠の系統かなと俺は予想する。
そうしていると、俺でも目視できるくらいの距離まで獣人達は近づいてきたようだが、ある一定の距離で動きが止まる。
まぁ、一応の警戒はするわな。
「錬金術師殿の仲間と言うことだが、我々は人間というものは、魔物に取り憑かれている奴しか会ったことがないのだ」
「取り憑かれていないと言うことを証明して欲しいのだ」
その言葉と共に、俺達と獣人達の間に人数分の紙人形が木の上から落ちてくる。
「魔物に取り憑かれていなければ、その紙人形を持っても何にもない筈なのだ」
「あと、本当に錬金術師様の仲間なら、我々が錬金術師様の道具に甘えないように、使用時に厳しい試練を課しているのをご存じの筈なのだ。それを答えて欲しいのだ」
なるほど。こちらで道具を用意したとは言っても、本物かどうかは分からないからな。だったら、向こうで持っている道具を使った方が信用できるって言うわけか。
俺は、獣人達が落とした紙人形を拾い、メンバーに手渡す。勿論、俺達は誰も憑かれていないので何も起きるわけはない。
そんな俺たちの様子を見ていたのだろう。何か、木の上が騒がしい。耳の良いデルクだったら、何を言っているのかわかっただろうな。
「どうしたんですかね?」
「何もなかったことに、驚いて、こちらに好意や興味を示しているようだよ。そんな意思が漏れてきてるね」
なんと言うか、単純なやつらだなと思いつつ、俺はもう一つの質問に答えようとする。が、返答に詰まる。
「隊長?どうしました?」
「いや、センセイって道具の使用制限なんて付けてたかなって思ってさ」
俺の言葉に、ハーヴィーは苦笑いを浮かべる。
「多分、副作用の事を獣人側はそう捉えているんじゃないでしょうか?」
「ああ、なるほど。そういう考え方もあるか」
ハーヴィーの答えに、相手は大分好意的に物を考えるんだなと、ほほえましく思いながら、副作用の事を告げる。
すると
「確かに、紙人形には反応を示さずに、試練の事もご存じなのだ」
「証明はされたのだ。失礼をしてすまなかったのだ」
そう言って、俺たちの近くに獣人達が姿を現す。
「試すような真似をしてすまなかったのだ。錬金術師殿のお仲間御一同」
「我々は、あなた達を歓迎するのだ」
その姿を見て俺達は言葉を失う。
ただ、一人を除いて
「か、か、可愛いですぅぅぅ!」
「な! 何をするのだ人間殿!」
「やめるのだ! 怖いのだ! 助けて欲しいのだ!」
クリスが抱きついている獣人。それは、俺たちの膝よりも少し大きいくらいの、若干俺達のような姿をしたリスだった。