慣れないことはしない方が良いようである
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
「いいかい? デルク。お前は今食べ盛りだけれど、少し食べ過ぎだから、もう少し食べる量を抑えてだね……」
「分かってるって! だけどさぁ、アリッサねえちゃんのご飯が美味しいんだから仕方ないじゃんか」
「それは私もそう思うよ。だけどねぇ、そんな勢いで食べていると、森の食べ物を食べ尽くしちゃうんじゃないかって心配で」
「あはは……さすがにそれは大丈夫ですよ……」
「ハーヴィーさんも、デルクのところをよく見張ってやってくださいね。お願いします……」
「あははははは、キミはいつも心配しっぱなしだねぇ」
「パットンも、誰かの親になればわかるわよ」
調査団の者達が集落に戻ると言うことで、見送りに出たのであるが、そこで思い思い別れの挨拶を始めているのである。
親御殿婦人は、デルクの食欲がこの数ヵ月でものすごい上昇していることに心配を隠せない様子である。
まぁ、森の食材は豊富であるが、そう思いたくなるほどにたくさん食べているのも事実である。
できることならば、今後の事も考えて食事制限なども考えたくなるのであるが、その時のデルク坊が浮かべるであろう絶望の表情を想像してしまうと、それも憚られるのである。
本当に、デルク坊は食事を幸せそうに摂るのである。
最近は、我輩の作製した錬金料理を食べさせるときもあるのであるが、辺境の集落の女子達がデルクに料理を持っていく気持ちが何となくわかったのである。
あの幸せそうな顔に癒されるのである。
きっと、アリッサ嬢やドランも、あの顔に負けて、つい大量に作ってしまうのであろうな。
無駄かもしれないのであるが、婦人の心配する気持ちもわかるので、今度アリッサ嬢に婦人の心配を伝えておこうと思ったのである。
「それでは、これはお借りいたします」
「おぉ。そっちに行くときに回収していくから、それまで管理を宜しく頼むぜ」
「わかりました。お任せください」
集落へ持っていく薬や紙人形を入れた袋がいくつも積まれている荷車を見ると、その前でダンと親御殿が会話を交わしているのである。
昨日の戦闘訓練の疲れがとれていなく、未だ多少疲れた顔をしている親御殿に対して、ダンは元気そのものである。
元気と言えば、とても充実した表情を浮かべて会話をしている二人がいるのである。ドランと、分隊長である。
「今回の戦闘訓練も、とても充実したものになった。感謝する」
「いやぁ、こっちこそ楽しかったですぜ! 魔法能力が高い相手との戦うのに、いい勉強になったですわ」
あの後の戦闘訓練は、調査団と探検家チームでのチーム戦闘を行ったようである。
ダンとアリッサ嬢は、自分たちが前面に出ると訓練にならないと言うことで、支援役に回っていたようであるが、負けず嫌いで戦闘馬鹿のダンは、自チームが負けそうになるとつい前面に出てしまい、その度にアリッサ嬢やバリー老から怒られていたようである。
「まぁ、いざとなったら大概のことは自分一人でどうにかできちまいますからね。うちの隊長」
「良くも悪くも優しいのだな、ダン殿は」
「そんな良いもんじゃねぇと思いますがね。ただの負けず嫌いでしょ」
そういって、二人は仲良さそうに笑っているのである。
完全に意気投合しているのである。分隊長は、女性であるが戦闘馬鹿の道を進み始めてしまったのであるか。女性の戦闘馬鹿は珍しいものである。
「しかし、ダンさんは凄いな。張った障壁を簡単に破ってしまうんだから」
「後で聞いた話ですがね、一回障壁に阻まれたからムキになってかなり本気出したようですぜ。簡単そうに破ってましたけど」
「そうか。それならば良かった」
初めて障壁魔法を使ったとき、効率が悪いと言っていた分隊長であったが、魔法に慣れてくると訓練中に色々と試していたようである。
その時、かなり強固な障壁を張ったようであるが、ダンに簡単に破られてしまったようである。
その事に多少気落ちしていた分隊長であったが、ドランから、ダンは結構ムキになって障壁に対峙していた事を告げられ、いくらか安心したようである。
それにしても、ダンは子供であろうか。
「それはいいのだが、私は彼女に何かをしたのだろうか?」
分隊長は困ったような表情で、ドランにくっついているクリス治療師を見るのである。分隊長と目が合ったクリス治療師は、一瞬ビクッとしたが毅然とした表情をするのである。
「たとえ偉大なる先人であっても、譲れないものがあるんです」
「何言ってんだ? 大丈夫かクリス姉」
突然の言葉に意味が分からないといった様子で、クリス治療師を見てから首をかしげる二人である。
その様子を楽しそうに眺めているのは、アリッサ嬢と女性の捜索団員である。
なんと言うか、帝城内でパーティーが行われた時などで、貴族の婦女子達が男性を取り合っているときの様子を隠れて楽しそうに眺めている侍女達のような目をしているのである。
まさか、こんなところでそんなものを見ることになるとは思わなかったのである。
「なっはっは、若いのぉ」
「分隊長は、バリー老よりもはるかに年上であるが」
「そういう話じゃないわい。野暮ったいのぉ」
なぜか不満そうな表情を浮かべられて、バリー老に窘められたのである。全くもって意味不明である。
「ほれほれ、あっちも見てみぃ」
バリー老に促されそちらを見ると、複雑そうな表情でドラン達をみるフィーネ嬢を発見するのである。
「フィーネちゃん? どうしたの?」
「え? ううん、何でもないよサーシャちゃん」
「?? 変なフィーネちゃん」
「あはは……」
そんな二人は、お揃いの木製人形を手にしているのである。
【意思】の構成魔力がある程度制御できるようになったサーシャ嬢は、人形作りに取りかかったようである。
出来上がったのは、おおよそ子供が持つような可愛らしいものとはかけ離れた、ゴツゴツとした無骨な人形であるが、二人で造形を考えて作った初めての人形である。二人はそれを大事そうに持っているのである。
「今度は、もっと可愛いのを作れるように細かいところを色々考えようね!」
「そうだね! でも、私そういうのあまり得意じゃないから、フィーネちゃんに頼んでもいいかなぁ?」
「まかせて! 可愛いのいっぱい考えてくるね!」
「うん! 楽しみにしてるね!」
どうやら、二人の人形製作は順調そうで何よりである。
「どうじゃ?」
「人形作りが順調そうで、良かったのである。ただ、サーシャ嬢は自分の研究を後回しにする事が多いので、気にするようにしようとは思うのである」
「……そういう話じゃ無いんじゃがのぉ……。苦労するの、ミレイ嬢ちゃんや」
「……何で私に振るんですか?」
「なっはっは。若いのぉ」
なにか含みのある言葉を残して、バリー老はその場を去っていくのである。
我輩は、自分が思っている以外の事でも、どうやらミレイ女史に苦労を掛けてしまっているようである。もっとしっかりとしないといけないと我輩は改めて思うのであった。
なんだかんだと別れを惜しんでいたのであるが、向こうの集落の使者も待っているということで、捜索団の皆は荷車と共に集落へと戻っていったのである。
それから数日、我輩達はいつものように工房で作業をしているのである。
「アーノルド様、ここ数日は忙しいですね」
「そうであるな、ここ最近ずっと作業させっぱなしであるな。二人には苦労をかけるのである」
「え? どうしたんですか? これくらい大丈夫ですよ」
「おじさん、最近なんか変だよ? いつもの事じゃんか」
現在我輩達は、集落から送られてきた素材を使い、件の集落へ持っていったり、ダン達が使う予定の薬や紙人形を作製しているのである。
あまり遅すぎると間に合わないかもしれないからと、ダン達は明日には出発すると言うことなので、できる限り急ぎで作っているのである。
作製作業に追われる我輩を見て、当然のようにミレイ女史や、サーシャ嬢も作業に加わってきたので、我輩は、一人でやるので各々休んだり好きなようにしてほしいと言ったのであるが、二人にこれが今やりたいことだと言われてしまったのである。
二人とも、優しくて、とても素晴らしい淑女であるが、自分から苦労を背負い込む癖をつけてしまっているようである。
それもこれも我輩のせいなのであろうか。多少悩むのである。
そんなことを考えていると、ミレイ女史から提案が出されるのである。
「アーノルド様、薬と紙人形は私とサーシャちゃんで何とかしますから、アーノルド様は障壁石をお作りください」
「しかしであるな、そうすると二人の負担が……」
「本当にどうしたんですか? 普段のアーノルド様でしたら<それは助かるのである、よろしく頼むのである>と言って、喜んで障壁石の作製に回ると思うのですが……」
そう言って、不安そうにミレイ女史は我輩を見るのである。
負担をかけさせないように気遣ったのであるが、どうやら逆効果になってしまったようである。
「もしかして、私たちの作業になにかご不満な点でも……」
「え!? そうなの? 私、頑張りが足りないの?」
なぜか、我輩が思っている方と逆な方に話が進んでいっているのである。
「そんな事はないのである、むしろ、我輩は二人の能力も努力も非常に高く評価しているのである」
「でしたら、任せてもらってもいいと思うのですが」
「そうだよ! できるって思ってくれてるなら、やらせてほしいよ……」
「いや、そうなのであるが……」
どう言えばいいものか困っていると、救いの手がさしのべられるのである。
「おやおや、人間関係で困ってるセンセイなんて珍しいねぇ」
そう言って、アリッサ嬢が工房へとやって来るのである。
アリッサ嬢は、二人のもとへと歩み寄るとぎゅっと抱き締めるのである。
「可愛いねぇ! 健気だねぇ! もう本当にこの子達は!」
「ア、アリッサさん?」
「おねぇちゃん、苦しいよぉ!」
どこから見ていたのかは分からないのであるが、少なからず状況は把握しているようである。
「見ていたのであるか」
「最近、センセイの様子が変だったからねぇ。まさか、人に対して気を遣うようになったなんてねぇ」
アリッサ嬢の言葉に、ミレイ女史とサーシャ嬢が驚きの声をあげるのである。
我輩は、そんな風に思われていたのであるか。
「さすがに、大人として子供をこきつかう事に対して罪悪感でもわいたのかい?」
「そんなのではないのである。ただ、自分の研究を差し置いて作業をしていたるサーシャ嬢や、休み無しで作業をしているミレイ女史に苦労を掛けさせているなと思ったのでこれ以上無理をさせたくなかっただけである」
「あたしゃ、その言葉を研究所時代に聞きたかったよ。ほんと、環境が変わると人って変わるねぇ……」
アリッサ嬢は、演技がかったように大袈裟な反応を見せると、二人の方を見るのである。
「だってさ。あのセンセイは、意識して人を労ったり気を遣うことに慣れてないからね、ちゃんと言えないんだよ」
「失礼な。我輩だって、それくらいの事は普通にしているのである」
「普段からしてないから、誤解されるんでしょうが。無意識ではできてるんだから、慣れないことはするもんじゃないよ」
そう言われてしまうと、確かに不自然であったような気もするのであるが、しかし酷い物言いである。
抱き締められていた二人も、我輩の気持ちがわかったらしく、アリッサ嬢から離れてこちらを向くのである。
「アーノルド様、お気遣いはとても嬉しいです。ただ、今は隊長や仲間の命にも関わります。これが終わったら休みますので、今は全員でやれることをやりましょう」
「そうだよ。お人形のお勉強はこの後でもできるから、今は獣人さん達を皆で幸せにしようよ」
「今のセンセイよりも、この子らの方がしっかり錬金術師してるよ。これも、センセイを見てきたからだよ。今は頑張り時だから、気を遣う時じゃないんだよ」
二人の毅然とした表情を嬉しそうに眺めた後、優しげな表情でアリッサ嬢は我輩にそう言うのである。
「すまなかったのである。後一日、皆で頑張るのである。では、我輩は障壁石を作るのである。二人は薬と紙人形を頼むのである」
「はい! お任せください」
「うん! 頑張るよ!」
意気揚々と作業に向かう二人をみて、我輩は慣れないことをするものではないなと苦笑を浮かべて自分の作業に向かうのであった。