森の民の実力というものである
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
現在、我輩は工房で道具を作製している最中である。
結局、昨夜は意気投合したドランと分隊長が、ダンとアリッサ嬢とバリー老に戦闘訓練を受けさせてくれとしつこく迫ることになり、その対応に追われることに終始し話が進まなくなったまま終了したのである。
翌日、結局最終的に折れることになったダン達3人が、我輩・サーシャ嬢・フィーネ嬢を除いた全員を相手に様々な形で何度も戦闘訓練を行った結果、捜索団の者達は疲労困憊に陥り、集落へと戻ることになるのはその翌日になることになるのである。
他の者達が戦闘訓練に明け暮れている間、我輩はできる限り大量の薬や紙人形を作製しつつ、時折息抜きのように障壁石の作製を行っているのである。
サーシャ嬢も手伝いたがっていたのであるが、我輩の今日一日はフィーネ嬢との研究を進めるようにと言う言葉を聞いて、今は二人で魔法銀の釜で自分たちの研究をしているのである。
いつも、自分のことを後回しにしているのである。せめてフィーネ嬢といるときくらいは自分の研究をして欲しいものである。
そう思いながら、我輩は薬品保管庫から一つの薬品を取り出すのである。
「本当は、中級の道具製作では使いたくは無かったのであるが致し方ないのである……」
そう独り言を言いながら、我輩は手に持っていた薬品を釜に投入するのである。
その薬品は、超圧縮された解毒薬を作った際にも使用した【調合補助試薬】である。
なぜ、この便利な試薬を今まで使用してこなかったいうと、素材の不足により在庫を作ることができないので、残りの試薬の数がもう殆ど無くなってしまっているからである。
できれば、上級の道具である結界石を作るときまでは、使用しないで道具の作製をしよう思っていたのであるが、ダン達が魔獣の討伐へと向かうということであるのならば、この障壁石を作っておく事は彼らの安全確保に役立つのである。
ついでに、実際の使用感を調べてきて欲しいとも思うのである。
ほぼレシピ通りに作ってはいるのであるが、試薬を使用しているために、障壁の展開速度か、展開範囲か、強度か、使用回数のどれかが多少下がってしまう筈である。
とはいえ、それでもダン達の身を守るのには十分な力は発揮してくれる筈である。
それもこれもまずは完成させてからである。
そう思い、我輩は圧縮作業を終えた構成魔力を釜の外に出して、注入作業をすべく集中を開始するのである。
さすがに、試薬を使用した状態ならば失敗はしないはずである。
我輩は、多少の不安を抱きつつも今度こそ失敗させないように注意して構成魔力を人工魔法石へと注入していくのである。
やはり、試薬を使うと作業が楽である。普段よりも時間をかけて注入作業を行っていても、構成魔力の抜けが遅いのである。また、勢いよく構成魔力を入れようとしても、試薬の膜が邪魔をして一定量以上は入っていかないようになっているのである。
この試薬は、初級の道具の割に使い勝手が本当に良いのである。
つくづく、必要な素材をすぐに取りに行くことができないせいで、試薬を作ることができないのが勿体ないのである。
そう思うほどに試薬の効果は覿面で、いままでの失敗や苦労の積み重ねは何だったのであろうかと思うほどにあっさりと、我輩の作業台に薄い空色に輝く美しい魔法石が出来上がっていたのであった。
「春になったら、海に素材を取りに行った方がいいであろうか……領主のいる東方都市から南下すれば比較的近くであるし……」
本格的に、この先のことを考えて試薬の確保が急務かもしれないと我輩は思ったのであった。
「まぁ、確かに安心で安全だわな」
「そうですね。俺の本気でもびくともしませんでしたぜ」
「さすがに、ダンさんとドランさんの二人がかりでは耐え切れなかったですね」
完成した【安心安全障壁石】を持って、我輩は家の外へ出るのである。
ちょうど、戦闘訓練が一段落して休憩していたときであったので、性能試験を頼んでみたのである。
さすがに、一度も試さないでいきなり戦闘で使えというのは頭がおかしいのである。
そんな訳で、展開させた障壁石の耐久試験をしてもらった感想が先ほどの言葉である。
物理的防御はかなりあることが分かったのである。
「私たちの攻撃用の魔法を全員で使用してこれを破れるくらいに強固ですか。凄いですね」
「これで、本来よりも性能が低いっていうんだから驚きだよ」
「しかも、純魔力の補充をすれば再度使えるようになるというのは凄いですね」
「なっはっは。こりゃぁ、結界石の完成が楽しみじゃのぉ」
また、魔法防御のほうも試してもらったのであるが、こちらもかなりの高性能のようである。
展開時間も、発動用の魔力を通せば殆ど時差もなく発動することができたのである。
展開されている障壁は、石の前面から少し離れた場所に、人三人分ほどの幅、ドランよりも少し高いくらいの障壁が展開されているのである。
「ただ、これは石の前側がわかるようにしておかないと、いざって時に後ろ側に障壁を展開させちまうな」
「後、向こうの攻撃を止めるかわりに、こっちの攻撃も通さないっすな本当に防御障壁って奴ですわ」
「魔力を通しつづけないと障壁を維持できないというのも、戦力が一人減るという点では問題とも言えましょうか」
「障壁を盾にして、向こう側に魔法を遠隔で打とうとすると、ものすごい抵抗を感じますね。原理は分かりませんが、魔力の通り道のようなものを塞がれる感じなのでしょうか」
等といった事も分かり、障壁石の性能はかなりのものである事が分かったのである。
そのような感じで性能試験を行っていたのであるが、次第に障壁石の輝きが鈍くなって来たのである。どうやら、中の魔力が尽きてきたようである。
「中に魔力が少しでも残ってさえいれば、こちらから純魔力を込めれば再度利用が可能なのでしたね」
「どういう原理なのかは全くわからないのであるが、手引き書にはそう書いてあったのである」
「では、やってみましょうか」
そういうと、捜索団員の一人が障壁石に向かい、純魔力を送り込むべく意識を集中させるのである。
しばらく待っているのであるが、石には何の反応も現れないのである。
「無理だったのか?」
「我輩の作りが悪かったのであろうか?」
そういうと、意識を集中させていた捜索団員が大きく息を吐いて集中を解くのである。なにやらだいぶ疲れているようである。
「ダメだったのであるか」
我輩の質問に、捜索団員は首を横に振るのである。
「いえ、注入はできています。……できていますが」
「が? どうしたんだ?」
「必要量が多すぎるようで……俺は、魔力の圧縮ができないのであまり補充できなかったようです」
分隊長の質問に、困ったような様子で団員は返事を返すのである。
「まぁ、障壁魔法自体が純魔力の圧縮したものだから当然か。と、なると補充ができるものは限られるな」
「この中ならば、私か隊長だけですね」
「そうだな。では、私がやってみようか」
分隊長はそういうと、意識を集中しはじめるのである。
しばらくすると、分隊長の前方に揺らめきが生じはじめるのである。
「……初めてやってみるが、純魔力のみの圧縮というのは以外に難しいものだな」
「これほどの圧縮をいとも簡単に……森の民ってすごいですね」
難しいと言いつつも、事もなげに純魔力を圧縮していく分隊長の様子に、最近はかなりできるようにはなったのであるが、圧縮作業にいまだ四苦八苦しているミレイ女史が感嘆の声を上げるのである。
我輩も、この速さで圧縮ができる森の民の実力に感動しているのである。さすがは森の民である。
「隊長は、俺達の集落でも十本の指にはいる魔法の実力者だもんな」
「いつか、あれくらいになりたいよな」
「いつか、では困るね。君達も魔力の圧縮はできるようにならないと。人間の皆さんにも、できる人たちがいるんだよ?魔法能力に長けていると言われているんだから、それくらいはできないと困るよ」
「そうだな。おまえ達ももう200を過ぎた良い大人だ。集落に帰ったら特訓だな」
「うぇぇ!? 隊長の魔法訓練は、マジできついっすよ」
デルク坊のように森の民とは言っても獣人の血が強く出て魔法適性が低いものもいるので、人間と同じく森の民も十人十色なのであろう。
しかし、よそ見をしたり話をしながらでも、純魔力のみを圧縮制御できているのは、圧巻である。我輩なんかは圧縮作業中に、デルク坊が勢いよくドアを開けたくらいで作業を失敗してしまうのである。
そんな事を考えている内に、純魔力を圧縮したであろう空気の揺らめきがだいぶ増えてきたのである。
「注入前に、一度だけ試してみるか」
そういうと、次の瞬間分隊長の前には障壁石よりも巨大な半透明の壁が展開されていたのである。
「まぁ、こんなものか」
「いとも簡単に……障壁魔法を……」
「さすが、さすがは偉大なる先人様です……」
いとも簡単に障壁魔法を構築してしまった分隊長に、さらなる衝撃を受けるミレイ女史と、感激のあまりに拝みだしそうなくらいに尊敬の眼差しを向けるクリス治療師である。
「だが、この魔法は効率が悪いな」
そういうと、分隊長は障壁を解除するのである。
「圧縮した純魔力を供給しつづけないと、魔法の維持ができない。そのことを考えて、この魔法石に魔力を封入することを考えたのだろうな。錬金術師の開祖は」
「いざという時に、瞬時にこの障壁を張れるほどの魔力圧縮ができるのは、森の民の中でも殆どいませんからね」
「あぁ、集落では姥様だけだな」
あの姥殿はそれほどの実力の持ち主であったのであるか。若い頃は、先陣を切って外敵を排除していたというのも頷けるのである。
「まぁ、できるという事が分かった。もとの方に戻るか」
そういうと、何事も無かったかのように分隊長は純魔力を圧縮していくのである。
人間とは次元が違いすぎるのである。こんな連中を相手にダンやアリッサ嬢やバリー老は互角以上に戦っているのであるか。
もはや魔人といっていいのではないのであろうか。と、我輩はふと思うのであった。
「では、今度は魔力の補充をやってみるか」
「あ! ちょっと待ってください!」
分隊長の様子に、何かを感づいたミレイ女史が制止するが時すでに遅く、分隊長はその魔力を障壁石に叩き込むように入れるのである。
そう、我輩は注入の注意説明を忘れていたのである。
「申し訳ありません……この通りです」
「分隊長は、何事も大雑把なところがありまして……」
「俺達も謝ります! できることは何でもします! だから分隊長を許してください!」
今で死にそうな顔をして謝罪をしているのは、分隊長をはじめとした捜索団の面々である。
障壁石に魔力を注入しようとした分隊長は、圧縮された純魔力を一気に障壁石へと押し込んだのである。
結果は当然、一気に押し寄せる圧縮された魔力に障壁石は耐えることができずに割れることになり、魔力は暴走することになったのである。
「やべぇ! 全員伏せろ!!」
爆発前の明滅を繰り返している障壁石を、ダンが思いきり放り捨てることでなんとか我輩達は大事なくすんだのであるが、もしもあの場で暴走していたらゾッとするのである。
そのようなことがあったので、捜索団の面々は我々に先程から謝りっ通しなのである。
しかし、謝られている側は逆に困ったような表情を浮かべているのである。
「まぁ、そっちが一気に魔力を入れようとしたから今回の結果になっちまったから、それは反省してもらうとしてもだ」
「そうそう、そんなに死にそうな顔をして謝る必要なんて無いんだよ」
ダンとアリッサ嬢はそういうと、こちらの方を見るのである。
「悪いのは全部、事前説明を怠ったこの馬鹿のせいなんだからよ」
「申し訳ないとは思うのである。だが、馬鹿とはなんであるか、馬鹿とは」
「馬鹿を馬鹿といって何が悪ぃんだよ、この馬鹿が」
「ちゃんと使い方や注意は説明しろって、リリーにあれだけ注意されて、まだ忘れるとかあり得ないからね」
そう、我輩は一人正座をさせられているのである。
確かに我輩の説明不足のせいで今回の悲劇は起こったのであるが、それでもこの仕打ちはどうかと思うのである。
「でも、それを言ってしまったら私も先に説明しなかった……」
「ミレちゃんが、障壁石の担当じゃないんだからそんなところまで責任を感じなくていいの。ぜーーーんぶ、センセイがいけないんだから」
申し訳なさそうに、自分の責任について言及しようとしたミレイ女史を笑顔で制止するアリッサ嬢である。だが、こちらに向ける視線は厳しいのである。
「どこか抜けてるとは聞いていたがのぉ」
「ちょっと危なっかしいですね」
「ミレイちゃんや、ちゃんと錬金術師殿を管理するんじゃよ」
「え? え? あ、はい! 頑張ります!」
急にバリー老から話を振られたミレイ女史は、良くわかっていない感じで返事を返すのである。
「おじさんが、みんなに迷惑をかけないように、これからは私もしっかり見てるから安心してね!」
「さすがはサーシャせんせい、頼りになるなぁ」
「えへへ……。私はせんせいじゃないよっ!」
「……頼りにしているのである」
皆から、安全管理の信用がかなり下がっていることを実感し、我輩はこれからもっときっちりとしていこうと心に刻むのであった。




