何でそうなっているのであろうか
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きている錬金術師である。
「儂は、てっきりその集落へ赴き、魔獣のや魔物を掃討するのを手伝うものだとばかり思っていたのじゃが、行かんのかのぉ」
笑顔を浮かべていたバリー老であったが、我輩が思ったような反応を示さなかった事で怪訝な表情を浮かべるのである。
我輩からしたら、バリー老が急に何を言い出したのかという話なのである。
「何をどういう風に勘違いをしているのかわからないのであるが、我輩は、そういうものに積極的に参加したことなどは一度も無いのである」
我輩の言葉を聞いて、バリー老が信じられないものを見たような表情をしてこちらを見るのである。
そんな顔をされても、心当たりが無いものは無いのである。
「じゃが、ダンやアリッサからも、錬金術師殿と魔獣の群れや巣などを掃討した報告を受けておるぞ?」
「爺さん、事実はそうなんだけど、真実は違うぞ」
「そうそう。それって、センセイがちょうど傷薬の試験対象がいたから、自分で中に突っ込んでいったり、森で実験をした結果、魔獣の巣を刺激してそうせざるをえない状況になったってだけでね。本人自体はそういう認識は一切なんだよね。迷惑なことに」
「何じゃ? そりゃ」
意味がわからないといった様子で首を傾げるバリー老であるが、そんな認識をもたれていることに、我輩のほうが首を傾げたい気分である。
「そもそもであるが、我輩は戦闘能力を持っておらぬのである。それなのに、自分から敵を倒しに行くだなんて提案をするなんて無責任なことができるわけが無いのである」
研究所時代にもダン達に言ったことであるが、なので、我輩は極力戦闘を回避する方法を模索しているのである。
しかし、誰一人として信用してくれなかったのは悲しかったのである。
「あぁ、そう言われてみればそうじゃのう。錬金術師殿が、戦闘用の道具を作ることを忌避しているという話はダンから聞いておったわ」
バリー老は、何かを思い出したようにうんうんと一人納得の表情を浮かべているのである。
我輩は、別に戦闘用の道具を作ることを忌避しているわけではなく、錬金術で作った道具で帝国領土を破壊したり、民を傷つけるのが嫌なだけである。
「まぁ、それはともかくよ。あちらさんの事情も知っちまったことだし、俺とすれば久しぶりに全力で暴れたいと思ってたりする訳なんだが」
「行きたいのであるか?」
我輩の質問に、子供のような笑顔を浮かべながらダンは答えるのである。
「まぁな。ただ、これは俺の個人的な気持ちだから、雇い主の意見の方を優先させるさ」
我輩は、しばし考えて親御殿に質問をするのである。
「親御殿。ダン達は、足を引っ張らなさそうであるか?」
その言葉に、ダンが多少驚いたような顔を見せるのである。
「良いのか? センセイ」
「戦力になるのであれば、現在やる事も無いのである。手伝いに行ってくれば良いのである。研究所時も個人やチームで好きに依頼を受けていたではないか。今更何を気にしているのであるか」
「いや、まあ、確かにそうなんだけどよ」
「そんなことよりも、意気揚々と手伝いに行った結果、向こうの足を引っ張ってきたといった事を心配するのである」
「おいおい、ひでぇなぁ。で? 実際はどうなんだ?」
ダンの質問を受けた、捜索団の分隊長は即答したのである。
「ダン殿、アリッサ殿、ハーヴィー殿ならば十分に渡り合えるはずだと思います」
「俺はダメってことですかい?」
自分の名前が出なかったドランは、隊長に抗議混じりの質問をするのである。
まぁ、自分よりも実力の低いと思っていたハーヴィーが呼ばれて、自分が呼ばれなかったのであるから理由を知りたいのはわかるのである。
「集落の使者から聞いたところによると、巣を形成しているのは、猿型の魔獣と森猫だそうです」
「……あぁ。じゃあ俺は確かに戦力外になりかねないですわ」
分隊長からの返答を聞いて、ドランは納得したようにうんうんと頷くのである。
森猫というのは、森に棲息する猫型の獣であるが、帝国領土に住む愛玩用の猫とは違い、体長が人の半分ほどもある大型の獣である。
ほぼ樹上で生活をし、昼はあまり動かずに休みながら獲物を待ち構え、夜になると活発に移動する生活サイクルを送っているのである。
ただ、性格は狼や野犬に比べると穏健なので、あまり自分よりも大きな生物には襲いかかることは無いのであるが、どうやら魔獣の能力か何かで獰猛化してしまっているようである。
猿型の魔獣というのと併せても、頭上での戦いが中心になると思われるのである。
敏捷性の高いダン、アリッサ嬢、ハーヴィーに比べると、ドランは確かに不向きかもしれないのである。
「じゃあ、俺なら……」
「お前は力不足だ。それに、今回は戦闘が中心だ。まだ子供のお前は連れていけないな」
「それになぁ、デルク。お前、猫や猿みたいな木の上から襲ってくる獣と戦ったことはねぇだろ?」
「状況次第だと乱戦になる恐れもあるのぉ。そうなると坊に構っていられなくなるかもしれないの」
「だから、今回は待っててくれないかな?」
ダン達に同行する権利をダンが握っている以上、そう言われてしまうとデルク坊には受け入れる他は無いのである。不承不承といった様子で受け入れるデルク坊の姿に、苦笑いを浮かべるダンである。
「今度、ちょうど良い猿か森猫の群れがあったら戦闘訓練してやるからそれで勘弁してくれよ」
「本当だね!? じゃあ、我慢する」
「本当ですかい!? ついでに隊長との戦闘訓練も……」
「何でおまえも喜んでんだよ! この戦闘馬鹿が!っていうか、おまえも一緒に行くんだよ!」
「へ?行っていいんですかい?」
先ほど、戦力外通告を受けていたと判断したドランが、自分も行けることに驚いているのである。心なしか嬉しそうなのがわかるのである。本当に戦闘馬鹿である。
「爺さんのお守りをしなきゃだろうが。多分、必要ねぇけど」
「なっはっは。か弱い老人に酷いことを言うのぉ」
「何言ってやがる。元々そのつもりで焚き付けてきたんだろうが」
「一体何のことだかわからんのぉ」
そんなダンとバリー老のやり取りに、捜索団員が心配そうな表情を見せるのである。
「まさか、その老人も連れていくのですか?」
「ん?あぁ、この爺さん、こんな感じだけどドランとハーヴィーとデルクを同時に相手してやりあえる程度には強いから、まぁ、大丈夫じゃねぇかなとは思うけど」
「馬鹿言うで無いわい。ドランや坊みたいな体力馬鹿に同時に付き纏われたら、さすがに勝ちきれんわい」
つまり、短期の勝負ならば負けないということである。現役を退いて数十年経つと言っていた筈であるが、さすがはダンやアリッサ嬢の師匠にあたる人物である。相応に化け物である。
ダンの話を聞いた、親御殿を初めとする捜索団の面々が驚愕の表情で、おいしそうに茶を啜っているバリー老を見ているのである。
そんな中ただ一人、捜索団の分隊長だけが
「それは素晴らしい。是非明日集落へ戻る前に一度稽古を付けていただきたいものです」
そう言って喜んでいたのであった。
彼女も実はドランやウォレスと同系等であったのであろうか? そう思い、捜索団員の方を見ると先ほどとは違い、困ったような、しかし、分隊長同様の嬉しそうな表情を浮かべているのである。
「森の民は、戦闘好きであったのか?そういう文献などは見たことは無かったのであるが」
我輩の言葉に、親御殿が笑顔を見せながら答えるのである。
「ははっ。お恥ずかしいことですが、以前ダン殿達と行った戦闘訓練が思いのほか我々の戦い方を見直すいい機会になりまして、それ以来また皆さんと戦闘訓練をしたいと常々思っていたのですよ」
たしかに、途中まで捜索団の面々とドラン達が、ダン一人に良いようにあしらわれていたようにしか見えなかったのであるが、いろいろ話し合って戦い方に変化を付けたり役割を付けたりして、ダンを追い込んでいったのは覚えているのである。
どうやらあの時、色々と試行錯誤をしていく中で、自分達の新しい長所や短所に気付くことができたようである。
「そのせいなのか、最近はフィーネと一緒に何かにつけてはここへ来たがってしまって困っているんですよ」
「分隊長も、順調に戦闘馬鹿の道を進み出したのであるか」
「何を言いますか錬金術師様。強大な敵に対して、自分たちの持ち得る力をいかに発揮して戦うかというので、生きるか死ぬかが別れるのです。これは、必要な事なのです」
「そう!そうなんですわ! 分隊長殿はよく分かってらっしゃる!」
「おお! ドラン殿も同じであったか!」
なにやらドランと分隊長が何かを分かりあったかのように、意気投合しはじめたのである。
いままでさほど仲が良かったという訳ではなかった筈なのに、急に竹馬の友のように打ち解けあうその様子に、周りの者達も苦笑いを浮かべるのである。
そんな中
「ドランちゃん……あんな綺麗な人と仲良さそうに……」
「クリスねえちゃん……?ナイフで菓子を刺すのは怖いからやめてよ……」
不穏な空気を漂わせている者
「ドランさん……やっぱり胸がおっきい人の方がいいのかなぁ」
「うーん、どうなのかなぁ。ドランおにいちゃん、ダンおじさんやアリッサおねぇちゃんに<胸を貸してください>って頼んでるから、そんなに大きさにはこだわらないと思うよ?」
「胸を貸してって、借りたらどうするんだろう」
「どうなんだろう。いつも二人には<おまえに貸せる胸なんてねぇ!>って言われてるから、今度フィーネちゃんの胸を貸せるって言ってみたらどうかなぁ?」
「そうだね! 頑張るよ、サーシャちゃん!」
何かを勘違いして、とんでもない方向へ進みそうな者がいるのであった。
結局、このまま話は脱線したまま戻ることはなく、夜は更けていくのであった。
まぁ、一応フィーネ嬢達の勘違いだけは訂正しておいたのである。




