深部に行くのは少し後になるのである
我輩の名はアーノルド、自由気ままに生きる錬金術師である。
「これまでの苦労は何だったのであろうな」
「時折アーノルド様は、そういう事がございますね」
「だから、私達が手伝ってあげるからね!」
「良かったなぁ、センセイ……」
「くだらない演技はやめるのである」
サーシャ嬢達が持ってきた鉄鍋に、純魔力以外の構成魔力を一度移して作業を開始したところ、いままでの苦労が嘘のように、滞りなく圧縮作業までを終わらせることができたのである。
残す作業は、魔法石に構成魔力を注入する作業だけである。
「では、行くのである」
我輩の言葉に、その場にいる全員が緊張の面持ちで頷くのである。
圧縮作業まで終えた結界魔法を具現化させるための構成魔力は、釜の外に出ているのである。
我輩は、発生させたい障壁を強くイメージしつつ、構成魔力を目の前にある空の人工魔法石に注入するように制御するのである。
構成魔力が人工魔法石に触れると、魔法石は淡く発光し始めるのである。注入が始まった時に起こる現象である。しばらくその状態が続いていたのであるが、ピシッと言う音とともに、魔法石が割れて淡く光っていたはずの光が急に明滅を始めるのである。
「伏せるのである!」
次の瞬間、行き場のなくなった構成魔力が暴走して爆発するのである。
「何がいけなかったのでしょうか」
「石が保有できる魔力量を越してしまったと思われるのである」
爆風によって、散乱してしまった道具を片付けつつ、ミレイ女史が先ほどの失敗について尋ねてきたので、私見を述べるのである。
構成魔力を注入する速度は、初めてなのでかなり緩やかにしたはずである。手引き書にも注入の速度に応じて反応する輝度も変化すると書いてあったのである。
「惜しかったね、おじさん」
「そうであるな、だが、ここからが長くなりそうである」
吹き飛んだ素材を拾い集めながら、我輩を慰めてくるサーシャ嬢に答えるのである。
サーシャ嬢もそれはわかっているようで、我輩を応援するように頷くのである。
「しかしよ、魔法陣が張ってくれる防護結界も最後まできっちり守ってくれれば良いのにな」
「まあ、直接的な被害は免れているのでそのくらいは目をつむるのである」
「そうでなければ、今の魔力暴走ならこの家は軽く吹き飛んでますしね」
「結界さんは私たちを一生懸命守ってくれているんだから、文句を言っちゃダメだよ」
「へいへい、結界さん。すいませんね」
割れた容器を片付けながらダンがそう愚痴をこぼすのである。
錬金術魔法陣が展開する防護結界は、魔力暴走が引き起こす衝撃等からの直接的な被害を抑える結界なので、爆風によって床に落ちたり壁に当たった場合等の間接的な被害に関しては効果を及ぼさないのである。
確かに、爆風からの直接的被害は飛ばされるくらいで痛みも何も無いのであるが、そのまま机の足に頭をぶつけても、それの衝撃や痛みは防いでくれないのである。
この前サーシャ嬢達が、荷車の作製を失敗したときに飛んできた素材用の木材が、我輩の脛を強打したときは足が折れるかと思った程に痛くて悶絶したのである。サーシャ嬢の魔法のおかげで痛みも怪我もすぐに直ったのであるが、あれは本当に参ったのである。
そんな訳なので、ダンがそういいたくなる気持ちもわかるのであるが、これ以上複雑な結界発動条件をつけてしまうと、人間の魔力制御できる量では魔法陣の起動がかなり困難になってしまうのであろう。
おそらく人間と同じくらいの力に落ちてしまったノヴァ殿が、安定して起動できたのがこの魔法陣ということなのだと我輩は予想をするのである。
「にいちゃん達、大丈夫か?片付け手伝おうか?あ、昼飯ができたってさ」
いつものように、デルク坊が昼食を知らせにこちらへとやってきたのである。
「わかったのである。後少しなので、終わり次第そちらへと向かうのである」
「はいよ。今日はおっちゃんが好きな、湖で捕れた魚を甘辛く煮たやつだってさ」
「それは楽しみである」
我輩がそう答えると、満足そうな笑顔を浮かべてデルク坊は戻っていくのである。
「アーノルド様、本来ならば私達が荷車を作り終えた後、森へと向かうことになっていましたが、ここまで進んだのなら、障壁石が出来上がるまで待ってもらった方がいいのではないでしょうか?」
「荷車は、多分今日か明日には全部できると思うんだ。わかんないけど、おじさんの方は後一歩だけどもう少し時間かかりそうだよね?」
「そうであるな……」
「爺さん達や審査の都合もあるだろうから、飯でも食いながら聞いたらどうだ?」
ミレイ女史達の提案にどうしようか思案する我輩であったが、ダンの言葉を聞き、それもそうだと思った我輩は、昼食時に森の深部へ向かうのを遅らせても良いか確認をすることにしたのであった。
「まぁ、旦那が調査団のリーダーなんですから、旦那が行かないといったら俺らはそれに従うだけですぜ」
「大森林の深部じゃなければ審査対象外というわけでもないですし、ドランさんじゃないですけど、そこまで審査に合格したい!って言う訳でもないんですよ」
「おいおい、やる気を出してくれよ」
「巻き込まれる形で望んでもいない審査をやらされる方の身になっても下せぇ、隊長」
「お前達の期待の度合いっていうことじゃねぇかよ」
昼食時、我輩がそのことに関してドラン達に尋ねてみたのであるが、本人たちはあっけらかんと答えるのである。
今も、空き時間はハーヴィーとデルク坊を伴い、ダンが牽く台車に乗ってまだ調査しきれていなかった場所の地図を埋めているようである。
「バリー老はどうであろうか」
「ギルドの方でも、大森林の深部が審査対象じゃ。期間は何ヶ月じゃ。という風には決めていなかったからのぉ。そちらの都合で長期間滞在しても、文句は言えんわい」
「爺さんは、帰りたくないだけだろうが」
「なっはっは、まぁ、この年になって貴重な体験ができていて楽しいというのはあるのぉ」
ドラン達に同行しているバリー老は、本当に適性審査官なのであろうかと言うくらいに大森林の内部を楽しんでいるのである。
時々妖精パットンに頼んで、わざと認識疎外の結界を外させて、予想外の出来事に対する対処などを見ているようである。
なので、たまに敵性生物との戦闘を行うことがあり、怪我を治した跡を作って帰ってくることがあるのである。
「あの爺さん、卑怯なことに自分とクリスは認識疎外の魔法を使った状態なんだぜ」
「当然じゃろうが。寧ろ、儂らを守りながら戦闘をさせないだけ優しいと思うんじゃのぉ」
「死んだらどうすんだよ」
ダンの冷たい目線にもバリー老はどこ吹く風である。
「おぬしらのやり方を知っているからの、そこに関しては何も言わんわい。ただ、妖精の作る結界が高性能過ぎて依存し過ぎで調査中も緊張感が薄いわい。前と同じような失敗を繰り返すのかのぉ」
「…………」
シンが一瞬の油断で、探検家を辞めるほどの大怪我をし、チーム全滅の危機に瀕した時のことを言っているのであろう。
知らず知らずのうちに、妖精パットンの認識疎外の結界に依存していることを指摘するバリー老の言葉を、神妙な顔で聞くダンである。
「おぬしらへの期待の度合いじゃと思って欲しいんじゃがのぉ」
「同じ言葉なんだけど、重みが違う気がしますわ」
「失礼だとは思いますが、僕もそう思います」
「なっはっは。年の功じゃよ」
「……うっせぃ」
特Aクラス探検家も、先輩の前では形無しである。
「クリス治療師は……」
「あ、これも美味しいです……あ、ありがとうサーシャちゃん……これも美味しい。ここは、楽園でしょうか……」
サーシャ嬢からスープのお代わりをもらい、目の前の煮魚を美味しそうに食べているクリス治療師を見て、我輩は別に質問をしなくても良いかなと思ってしまったのである。
クリス治療師は、集落にいたときからアリッサ嬢の食事の虜になっていたのであるが、森の家に来てからは完全にタガが外れているのである。
食べているときの幸せそうな顔は、デルク坊に近いものを感じるのである。
「クリス姉、あまり食ってばかりいると太るぜ」
幸せそうに食事を食べているクリス治療師に、ドランが呆れたようにそういうと、クリス治療師はアリッサ嬢に泣きつくのである。
「ひどいっ!アリッサさぁん!ドランちゃんが酷いです!」
「そうだねぇ、ドランちゃんは本当に女の敵だねぇ」
「デリカシーって言うものが無いのかな、ドランちゃんは」
「姐さん、パットン。その呼び方やめてくださいよ」
「お?ちゃん付けは、クーちゃんだけに許された特別な呼び方なのかな?もしかして、おやおやぁ?」
アリッサ嬢は、いつもの調子でドランをからかうのであるが、ドランの反応がいつもと違うのである。
「クリス姉相手に、そういう方向に持って行くのはやめた方がいいですぜ」
「は?」
ドランにそう言われて、不思議そうな表情を見せるアリッサ嬢であったが、すぐに理由は判明するのである。
「私とドランちゃんは、そういう関係じゃありません!」
「うわっ!!あっぶな!!」
ギリギリのところでクリス治療師の拳を受け止めるアリッサ嬢であるが、その光景を見たハーヴィーがクリス治療師に戦慄を覚えたようである。
「え……?不意を突かれてとはいえ、アリッサさんが避けられなかったなんて……」
「興奮したときの戦闘力は俺より強いからなぁ、姉ちゃんは」
「へぇ、興味深いねぇ」
「そういうことは、先に言っておくれよ!」
アリッサ嬢はそういっているのであるが、どう考えても自業自得である。余計なことを言う悪い癖をこの機会に直せば良いのである。
そんなことを思っていると、じっとこちらを見ているデルク坊がいたのである。
「どうしたのである?デルク坊。何か言いたいことでもあるのであるか?」
「おっちゃん、折角のうまい料理が冷めちゃうぜ、早く食べた方がいいよ。話なんかさ、飯の後だってできるじゃんか」
「……そうであるな。では、頂くのである」
会話に夢中になっていて、好物をおいしく食べれなくなってしまうと我輩を心配するデルク坊の言葉に、我輩は心が何か癒されるような気持ちを抱きつつ、大好きな煮魚に手を伸ばすのであった。




