信用しているからこそ頼るし、甘えるのである
我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である。
「また食材が増えたなぁ」
ダンの呆れた声に、食材の入った袋を担いだアリッサ嬢が抗議の声を上げるのである。
「これだけあったって、大食らい共のせいで半月も持たないんだから信じられないよ」
「集落の時と違ってさ、遠慮しないで食べれるじゃんか」
「え?デルク君、あれで遠慮してたの……?」
デルク坊の言葉を聞いて、クリス治療師は若干引いているようである。まぁ、そうであるな。集落でも人の倍以上は食べているのである。あれで遠慮していると聞けば当然の反応である。
森の家に着いた我輩達は、荷車に置いてある荷物を家の中に運び入れているのである。
全員がその作業をしている中、我輩はソファーでぐったりとしているのである。
理由は当然、まだ酔っているので、踏ん張ったりすれば大惨事を起こす可能性があり、他の者から何もしなくて良いと止められたからである。
酔い止めの開発を真剣に考えつつ、同時にそれでも今回はなんとか大事にならずに済んだと、ホッと胸を撫で下ろすのである。
「ねえ、おじさん」
そんな中、サーシャ嬢が我輩に近づいてきたのである。
「なんであるか?」
「おじいちゃんやおねえちゃんに、荷車を作ってあげたほうが良いのかなぁ?」
「頼まれたのであるか?」
我輩の言葉に、サーシャ嬢は首を横に振るのである。
では、どうして急にそんなことを思ったのであろうか?
「あのね?おじいちゃん達が荷車を欲しがっていたから、私がおじいちゃん達に荷車を作ってあげれば、ドランおにいちゃん達が偉くなるお手伝いできるかなって」
どうやら、ドラン達の事を考えての行動のようである。
個人的にはその応援の仕方は反対なのであるが、サーシャ嬢が本気でそれが良いと思っているのであれば、我輩には止める気はないのである。
ただ、考えてもらいたいこともあるので確認をしてみるのである。
「サーシャ嬢の考えは分かったのである。もしも、それが本当にドラン達の為になるとサーシャ嬢が思うのであれば、作っても構わないのである」
「えっ…………?」
我輩が予想外の返答をしてきたので、サーシャ嬢は困惑気味の表情を浮かべるのである。
出来るだけ分かりやすく説明するように心掛けて、我輩はサーシャ嬢に話を始めるのである。
「まず最初に、サーシャ嬢がドラン達のために、何かしようと思ったことはとても素晴らしいことである」
「う……うん。ありがとう。おじさん」
サーシャ嬢は、まだ混乱しているようであるが、話を理解しようと我輩の言葉にしっかり耳は傾けているようである。
「そして、自分なりの考えを出したことも偉いと思うのであるし、それを人に相談したのも偉いのである」
「えへへ……そうかな?」
サーシャ嬢は、褒められているのが嬉しいようで、はにかんだ笑顔を見せるのである。
「では、サーシャ嬢が考えた事がどういうことか考えてみるのである」
「……うん」
我輩の話の雰囲気が変わったことで、サーシャ嬢の表情も真剣なものに変わるのである。
人の話をちゃんと聞こうとする態度は、本当に偉いと思うのである。
「サーシャ嬢は、ドラン達の審査官であるバリー老達が欲しがっている【浮遊の荷車】を作ってあげれば、ドラン達の合格の手伝いが出来ると考えたのであるな」
「うん。そうしてお願いすれば聞いてくれるかなって思ったの」
「なるほど。分かったのである。では、少し質問するのである。真剣に考えてほしいのである」
「うん。わかった」
サーシャ嬢は、我輩の目をしっかりと見つめて我輩の話を聞き漏らさないようにしているのである。
「サーシャ嬢は、我輩が荷車を作るのをサーシャ嬢に頼んだ時、どう思ったのである?」
「すごく嬉しかったよ!おじさんに、私が難しいのを作れるくらい上手になったって言ってもらえたみたいだった!」
「そうであるか。サーシャ嬢が言う通り、我輩はサーシャ嬢の普段の努力を見て、出来るくらい上手になったと思ったからお願いしたのである」
「えへへ……うれしいな」
サーシャ嬢は、照れて顔を俯かせてしまったのである。
だが、話はここからである。
「だが、聞いてほしいのであるサーシャ嬢。もしも、我輩が荷車を作らせた理由が、サーシャ嬢の努力を認めたからではなく、親御殿から様々な素材をもらう条件として【サーシャ嬢に荷車を作らせる】ように頼まれていたとしたらどうであろうか?」
「あ……」
サーシャ嬢は自分が、ドラン達にどういうことをしようとしていたのかを理解したようで、先程とは違った意味で顔を俯かせることになってしまったのである。
「サーシャ嬢は、我輩と一緒に錬金術の勉強をして、いろんな人の役に立つために頑張っているのである。それを我輩は認めているから、期待を込めてサーシャ嬢に色々頼んでいるのである」
「……うん」
それも紛れも無い事実である。サーシャ嬢も、ミレイ女史も、立派な錬金術師である。
もう、我輩は帝国唯一無二の錬金術師などとは言えないのである。
「だが、それも、実はサーシャ嬢が知らないところで、誰かがからそういうふうに頼まれていたからで、それをもしもサーシャ嬢が知ってしまったらどう思うであろうか」
「……そんなの嫌だ。私が一生懸命頑張ってるのに、それを見てくれてるんじゃなくて、人からお願いされたから私に色々お願いしてたなんて、嫌だ」
「サーシャ嬢が、ドラン達にしようとしているのは同じようなことである。もしも、それがドラン達の為になると本当に思うのであるならば、我輩は止めないのである」
もう、答えは出ているとは思うのであるが、敢えてサーシャ嬢に答えを求めるのである。
サーシャ嬢は、ゆっくりと首を横に振り、俯いた顔のまま応えるのである。
「ごめんなさい……」
「謝ることはないのである。先程も言った通り、サーシャ嬢が何かをしてあげたいと思った気持ちは素晴らしいことであるし、尊いのである」
「でも、間違ってた事しようとしたよ」
「間違っているかどうかというのは誰にもわからないことである。だから、考えて、判断して、わからなかったら人に聞いて、また考えるのである。人を手伝う。助けるというのはそういうものだと我輩は考えているのである。サーシャ嬢が真剣に考えて出した答えであるならば、我輩は尊重するのである」
きっと、サーシャ嬢が真剣に考えた結果、裏工作をしたのであれば、ドランやハーヴィーも苦笑いを浮かべて受け入れてくれる気がするのである。
サーシャ嬢は、しばらく考えていたが答えを出すのである。
「さっきのはやめて、ドランおにいちゃん達に頑張ってって応援して、手伝ってって言われたら一生懸命お手伝いすることにする」
「そうであるか。サーシャ嬢、頑張るのである」
「うん。ありがとうおじさん」
サーシャ嬢は、そう言って我輩から去っていくのである。
気がついたら酔いもほぼ無くなったのである。ソファーから立ち上がろうとした我輩であったのであるが、話しかけて来るものがいたので立つのはやめて、そちらの方を見るのである。
「なっはっは。サーシャちゃんから荷車をもらえるチャンスじゃったんじゃが潰されてのぉ」
「その言葉が本気じゃないのはバレバレであるな、バリー老」
おそらくではあるが、ダンやアリッサ嬢が一目置いている人物であり、ギルドマスターをしていた人物である。ばれた後の事などを考えれば、サーシャ嬢から、あのような形で荷車を渡されても貰うことは無かった筈であるし、仮に受け取ったとしても審査は甘くならない筈である。
クリス治療師も、尊敬している森の民であるサーシャ嬢から、審査の裏工作の形で荷車を渡されるのは嬉しくないはずである。
「おやおや、妖精殿はどこかのぉ」
「いないであるよ」
おどけた様子を見せながら、バリー老はこちらに近づいて来て、我輩の前にある椅子に座るのである。
「改めて言うがの?荷車を作ってもらうように頼むことはできないじゃろうか」
「荷車を作る決定をするのは、あの二人である。バリー老は、あの二人に頼めば良いだけの話である」
我輩の言葉を、バリー老は静かに聞いているのである。
「我輩は、あの二人が質問すれば応えるし、出した答えは尊重するだけである」
「それは、監督者として無責任ではないのかのう」
バリー老の目が鋭くなるのである。上の者として、下の者に指示を出したり、面倒をきちんと見ろということであろう。
「勘違いしてほしくないのであるが、サーシャ嬢もミレイ女史も、我輩の弟子でなければ助手でもないのである。あの二人は、我輩とともに民の為に錬金術を勉強する、同じ錬金術師である」
「つまり、アーノルド殿は、あの二人は一人前の錬金術師だとおっしゃるのかのぉ」
「当然である」
我輩の言葉を聞き、バリー老は表情を軽くするのである。
「年寄りに、若い二人が騙されるとか考えないのかのぉ」
「それを言ったら、人と関わりをあまり持ってこなかった我輩も同様である。それに、である」
「それに?」
「我輩は、バリー老を信用しているのである。厳密に言えば、バリー老の事を信用しているダンとアリッサ嬢のことを信じているのである」
あの二人は、荷車の上でバリー老が言った亜人種への想いや、実際に取ってきた行動は嘘ではないと思っているのである。で、あれば我輩はそれを信用して、バリー老であれば滅多なことはしないと信じるだけである。
その言葉に、バリー老は愉快そうに笑い出すのである。
「ずるいのぉ、ダンやアリッサの名前を出されてしまったら、滅多なことはできないのぉ」
「するつもりもないのに、そういうことは言わないほうが良いのである」
本当に滅多な事をするつもりであるならば、一々我輩に確認をとらずに、隠れてサーシャ嬢やミレイ女史に交渉するはずである。この半月の間で、我輩の二人に対する考え方など、バリー老程の人物であれば十分わかるはずなのであるから。
それをしなかったのは、この集団の長としての我輩への誠意とも言えるのである。
「そうじゃの、では、もう一つお願いしたいことがあるんじゃが」
「良いである」
バリー老は拍子抜けした顔を見せるのである。
「まだ何も言っていないがの?」
「結界使用の件であろう?」
「そうじゃが、良いのかの?」
「何度も言うようであるが、我輩はバリー老を信用することにしたのである。我輩達の立場や考えを理解したうえで、お互いに良好な関係を築けるようにするはずだと信用しているのである」
バリー老は、我輩の言葉を聞いてため息をつくのである。
「ダンやアリッサ嬢の苦労がよくわかるわい」
「急にどうしたのであるか」
「アーノルド殿、一つ言っておくのじゃよ」
「なんであろう」
「アーノルド殿が言っていることは、信用ではなく、丸投げというのじゃよ」
我輩は、笑って答えるのである。
「何を言うのであるかバリー老。我輩は、信用しているから安心して丸投げできるのである。我輩は、錬金術の研究が思う存分に出来る環境さえ整っていれば、あとは何もいらないのである」
「そのたった一つが大変なのじゃよ。全く……。ダンが焦ってドラン達を上に押し上げようとした気持ちがわかるわい……」
合点がいかない顔をしているであろう我輩を見てバリー老は
「アーノルド殿は、周りに恵まれて、愛されているということじゃよ」
そう言うのであった。




