大森林へ戻るのであるが
我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である。
バリー老とクリス治療師が我輩達と合流した我輩達であったが、実際に森へ行くことができたのは半月後の事であった。
何をしていたかというと、この集落を中心とした辺境地帯の大規模調査をしていたのである。
というのも、収穫祭の時に参加していた別の集落の長達から、自分達の集落の調査もやってもらえないかと言う話が来たからである。
普段であれば集落を作るにあたり、周辺の薬草群生地や可食食材の有無などの調査は十分に行われるはずである。しかし、このあたりの集落は急激な政策進行のため、調査が不十分のまま集落形成が行われたようである。
そのため周辺調査を行えるものが必要なのであるが、国に申請したところで優先順序が低いこのあたりは後回しにされるおそれがあり、ギルドに依頼しても受ける探検家を見つけるのに時間がかかるので我輩達に頼もうという訳である。
更にいえば、我輩達は他の者とは違った珍しいものを発見できるのである。それは、森の民であるデルク坊やサーシャ嬢、または妖精パットンの知識のおかげである。
しばし考えて我輩は、その半月という期限付きで申し出を受けることにするのである。
「良いのか?すぐに森に行きたいと言い出すと思ったぜ?」
首長達が帰った後に、ダンが我輩に尋ねるのである。
「違う場所の調査やこのあたりの再調査で、別の面白い素材が何か見つかるかもしれないのである」
それに、森の集落で我輩達が知らなかった食材や薬草類等も教えてもらったのである。このあたりを再調査すればもしかしたら何か再発見されるかも知れないのである。
「あぁ、なるほどね」
我輩の言葉にその辺りの事情を汲み取ったアリッサ嬢が、納得したように頷くのである。
「そういう報告はギルドにもきちっとしてほしいのぉ」
「薬草類に関しては、治療院も同様ですね」
「するに決まってんだろうが」
各施設の視点から発せられた、バリー老とクリス治療師の言葉に、ダンは苦笑いを浮かべて応じるのである。
探検家が個人的に調査を行った場合は、調査報告をするようにとはギルドは言っているのであるが、どこまで報告するかは個人の裁量に任されている部分があるのである。なので、我輩達が今回出した大森林の調査報告には、森の集落の事は報告していないのである。
「そうなりゃ、どう動くか……」
ダンは、そういってしばし考え込むのである。そう、今回は今までとは少々勝手が違い、ドランとハーヴィーの審査も含まれているのである。その辺りも踏まえて方針を考えているようである。
やがて考えがまとまったのか、ダンは姿勢を変えて全員を見るのである。
「近隣集落の周辺調査は、ドラン・ハーヴィー・ミレイ・デルクとパットンで行ってこい。ドラン、お前が責任者としていろいろ対応するんだ。あと、嬢ちゃん、ミレイ、荷車を貸してもらえるか?」
ダンの言葉に、サーシャ嬢とミレイ女史は肯定を示すのである。
どうやら、敢えて未調査地の方をドラン達に任せることにしたようである。ミレイ女史やデルク坊を同行させるあたり、個人の探検家ではなく一つのチームとして仕事を行えるかも審査してもらえということなのであろう。
また、【浮遊の荷車】を活用すれば、移動時間はかなり短縮されるのである。それで短期間で効率的な調査を行えということなのであろう。
「おぬし達はどうするのじゃ?」
「俺達は先生の子守りを兼ねて、嬢ちゃんと四人でこのあたりの再調査をするさ」
「このあたりであれば一人で十分なのであるが」
「センセイ一人にしたら、フラフラどこかへ行っちゃうじゃないのさ。危なっかしい」
「そんなことはしないのである」
「はんっ!昔、魔の森の素材調査で目を離した隙に、粘性生物の群生地に突入して行ったのを忘れたのかい?」
「そんなことはあったのであるか?記憶にないのである」
「都合の良い頭だねぇ。全く」
なんとも納得のいかない物言いであるが、二人はこの調査でドラン達には関わらないというスタンスと言うことは、はっきりしたのである。
このような感じで、半月ほどこの辺境地域をドラン達と我輩達は別れて調査していたのである。
「いっくぜぇぇぇぇ!」
ダンが牽く荷車が、森の入口へ向けて草むらを疾走しているのである。集落に向かうときと違い、登りが多いため比較的安定した移動のため、我輩以外は移り行く景色を楽しみながら移動できているのである。
ちなみに我輩は、行きほどではないのであるが、結局酔っているのである。
現在我輩達は、辺境地域の大規模調査の期限も終了し、森の家へと移動している最中である。
調査自体は、大きな問題もなく行うこともでき、各集落の長達も満足した結果が出たようである。
こちらの再調査でも、いくつか森の民達から教えてもらった物が見つかり、そのためアリッサ嬢はその食材の研究の為女性陣に捕まるということがあったりしたが、こちらも良い結果が出たのである。
「しかしのぅ、この荷車は革命的じゃのう」
「そうですよね、帝国の経済・軍事にものすごい変化を与えますよ」
バリー老とクリス治療師は、荷車に大きな関心を寄せているのである。
まぁ、言っている事は分かるのである。
「これを、独占するのはいかがなものかと思うのじゃがのう」
バリー老の言葉に反論したいところなのであるが、我輩は現在酔っていて話すことができないのである。
「アーノルド様は、独占しようとしているわけではありませんよ」
「じゃがのう、儂の言葉に返事をしないあたり怪しいのう」
「あぁ……現在アーノルド様は乗り物酔いの最中ですので、変に返事をさせようとすると大惨事になりますよ?」
「……乗り物酔いとは……のぉ」
代わりに答えるミレイ女史の言葉に、あきれ顔でこちらを見るバリー老である。
そんな顔をされても、酔っているものは酔っているのである。我輩としても大変遺憾なのである。
「ミレイさん、独占しようと思っていないとおっしゃいますが、現状ではそういう状態なのですが……」
「この荷車は、森から出るときに完成したのですよ。それに、森の工房で作らないとかなり長期間の作製期間を要することになります」
ミレイ女史は、我輩の代わりにクリス治療師に返答をするのである。先程ミレイ女史が言った通り、我輩は別に独占しようと思っているわけでもないし、隠し通そうとも思ってはいないのである。
おそらく集落にある劣化魔法鉄の釜では、これと同様の荷車を作るのに、半年近くかかってしまう事になるであろう。もしかしたら作れない可能性もあるのである。
実は、構成魔力の質がかなり高かった構成魔力は、劣化魔法鉄の釜では分解しても不活性化して、利用できなくなることがあったのである。もしかしたら、希少性の高い構成魔力も同様なことが起こりうるかもしれないのである。
そうなると、結局集落では荷車を作ることはできないのである。
そもそも、その予定がなかったので素材すら持ってきていないのである。
「独占しないと言うことは、これを作ってもらえるということでしょうか?」
「それはわかりませんが、おそらくアーノルド様に作れと言われても困ると思いますよ?」
「それはどういうことじゃ?」
何かを含んだ笑いを浮かべるミレイ女史に、少々困惑混じりの表情を見せるクリス治療師とバリー老である。
確かに我輩に言われても困るのであるな。
何故ならば
「アーノルド様は、まだ荷車を作れないのですよ」
「作ったのは、私とミレイお姉ちゃんの二人だよ」
話を近くで聞いていたサーシャ嬢が、ここぞとばかりに話に加わるのである。ミレイ女史は、そんなサーシャ嬢の頭を笑顔で撫でるのである。現在、ミレイ女史は髪飾りでサーシャ嬢と同じ翡翠色の髪色に変えているのである。そのせいか、若干姉妹のようにも見えるのである。
「なので、もしも私だけ帝都に戻しても荷車は作れませんので、悪しからず」
ということだからである。
練習用として、ウィスプの核を何個か持っては行ったものの、結局まだ【浮遊】の構成魔力を動かすことは出来なかったのである。
「なるほどのう。では、ミレイ殿に頼めば作ってくださるのかの?」
「錬金術の理念を理解してくだされば、作ることは別に構わないのですが……」
「まだ、何かあるのかの?」
バリー老の言葉に、ミレイ女史は困ったような笑顔を浮かべて
「アーノルド様ではありませんが、私達が前面に出るのは避けたいのです」
そう答えるのであった。
「爺さん。何か気づいたかい?」
「はて?何かあるのかの?」
ドランと荷車を牽く役を交代して、荷車に座っているダンが唐突にバリー老に質問をするのである。質問をされたバリー老は、疑問符を浮かべて周囲を見るのである。
現在、我輩達は森の結界を通りすぎたところである。どうやらダンは、バリー老が結界の存在に気付いたかを確認したようである。
ダンの頭の上に妖精パットンがいる以上、嘘や演技は高確率で見破られるとバリー老は考えているので、おそらく分かってなさそうなのは本当のようである。
「そういえば、妙に静かじゃのぅ」
「確かにそうですね。それに、何と言うか、空気が澄んでいるといったらいいのでしょうか」
バリー老の言葉に、クリス治療師が同意するのである。空気が澄んでいると言うのは、おそらく構成魔力の吹きだまりなどの存在がないからであろう。
「ここはどこなのじゃ?」
「錬金術師の始祖が作った結界の中だぜ。敵性生物とかをほぼ完全に排除してるんだ」
「なんと!」
厳密に言えば違うのであるが、言っていることは間違いではないのである。
「そんな場所があるならば、長期間の大森林の調査が可能なのも頷けるのう。探検家達の拠点として使わせてもらう事は出来ないのかのぉ」
「そうは言ってもなぁ。そういった交渉はセンセイに頼むところなんだけど、肝心のセンセイがなぁ」
ドランに牽引役が代わり、移動速度がゆっくりになったので、いくらか酔いも楽になったのであるが、まだまだ状態は良いとは言えないのである。
「……家に着いたら……話を……するのである」
「おじさん、自分で歩いても、乗り物に乗っても大変なのは変わらないね」
「……そうで……あるな……」
全く以って上手いこと行かないのである。真剣に酔い止めと言うものを作ろうと思いながら、我輩は荷車の上で横になるのであった。




