領主との会話、帝都からの来客である
我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である。
収穫祭の翌日、集落は前日の片付けで全員忙しそうである。
普段よりも遅くまで宴会が続いたため、今日は集落のほとんどのものが活動を開始するのが遅くなったため、より忙しくなったというのもあるのである。
しかし、我輩とアリッサ嬢は収穫祭の片付けには参加していないのである。
他の者は、全て片付けに出かけて行ったのであるが、我輩とアリッサ嬢は別の用件を他のものに押し付けられてしまったのである。
「大丈夫かい?伯爵様」
「いえいえ、お気遣いなさらず。それに、爵位ではアリッサ一代候爵様の方が上なのです。私に様付けはおかしいです」
「他の一代貴族はどうか知らないけど、あたしは貴族である前に探検家さ。まぁ、そっちがそれで良いならそうさせてもらうよ。伯爵」
現在、自宅には我輩とアリッサ嬢、そして領主夫妻の4人がいるのである。
そう、我輩達は領主の応対をすることになってしまったのである。
それは昨夜、宴会が終わり領主達がどこに泊まるのかという話になった時のことである。
「本来なら、俺の家に招待するところなんだろうけどな……」
首長が些か困ったような表情を見せるのである。そう、首長の家もこの集落では豪華とは言え、帝都の一般住宅程度の広さしかないのである。貴族を泊めるような環境など無いのである。
ここにいる者全てが、まさか領主が収穫祭のみならず夜の宴会まで参加するなどということは予想していなかったのである。
当の領主本人は婦人の膝枕の上で幸せそうに眠っているのである。
飲み比べが相当楽しかったのか、もう一杯とか、そんなものかぁ等と寝言を言っているのである。しかし、婦人に話を聞くと、そこまで酒に強いという訳でもないようである。どうやら楽しくなって無茶をしたようである。
本人は幸せそうであるが、婦人は申し訳なさそうな表情で一杯である。
「本当に申し訳ございません。とても楽しそうにしている主人を見て、帰ろうと言い出せず……」
最初見たときは我輩よりも年上に見えたのであるが、収穫祭を楽しんでいる様子や、今の眠っている姿を見ると年下にしか見えないのである。もしかしてドランと同じ老けて見える人物であろうか。
「まぁ、あたしの家に泊まってもらうしかないかねぇ。宿だって、他の集落の人間や旅行客でいっぱいだから、野宿組が出てるくらいだしねぇ」
アリッサ嬢が、しょうがないといった感じで婦人に言うと、婦人は驚いた様子でこちらを見るのである。
「そんな!一代候爵様のところにご挨拶もせず、土産も何も持たずに泊まることなど……本日は馬車で寝ますので……」
「何言ってんのさ。領主様ともあろう者が自領の集落で野宿だなんて外聞が悪いでしょうが」
「そう言うことだ。家の持ち主の許可も得たわけだし、ほら、伯爵様。行くぞ?」
アリッサ嬢の言葉に呼応するように、ダンが眠っている領主の頬を軽く叩いて起こすのである。
貴族に向かって失礼ではあるが、まぁ、ダンも貴族であるし、おそらく領主も気にするような性格ではない筈である。
「うぇ?もう朝……ですか?」
「どこを見れば朝だと思うんだよ。ここで寝ると風邪引くから、アリッサの家で寝るんだよ」
完全に寝惚けている領主に苦笑いを浮かべ、ダンは彼を家まで運んでいくのであった。
と、そんな出来事があり、領主と婦人は我輩達の家で泊まることになり、従者達は申し訳ないとは思うが野宿してもらうことになったのである。
せめてものお詫びで、朝食はアリッサ嬢の料理とドランが焼いた肉を振る舞うことを約束したのであるが、その時全員が嬉しそうにしていたので、何とか許されたのであろう。
そして、現在に至るという訳であるが、領主は他の三人と比べて調子が悪いように見えるのである。
「本当に大丈夫かい?二日酔いが大分酷そうだねぇ」
アリッサ嬢がそう言う通り、領主は昨日の酒が抜け切れず重い二日酔いの状態になっているのである。
大丈夫と強がってはいるが、顔色も悪いし一定のところに落ち着けずふわふわした感じを受けるのである。確か、二日酔いは酒精の中毒症状であったので、錬金術で作った解毒薬で酔いを覚ますことができたはずである。
ドランもダンも全く酒を翌日に残さないので、試したことは無いのであるがおそらく大丈夫なはずである。
ちなみにハーヴィーは、昨日酔い潰れてしまっていたのであるが、家に戻る時には大分良くなっていて今朝は完全に元通りになって、元気に片付けに向かって行ったのである。
「我輩が作った解毒薬を飲めばすぐに酔いは覚めると思うのであるが、飲むであるか?」
「良いのですか!?帝都で名を馳せた錬金術師アーノルド様の作った薬をいただけるなんて光栄です!」
予想以上の食いつきに若干戸惑いつつも我輩は、解毒薬を作りに工房へ向かうのである。
「いやぁ、二日酔いは辛いけれど、なってみるものだなぁ」
「あなた、それはどうかと思いますよ」
「大丈夫さ伯爵婦人。センセイの薬を飲めば、二日酔いにはならない方が良かったって絶対に思うから」
アリッサ嬢のその言葉通り、我輩が普段通りに作製した解毒薬を一気に飲んだ伯爵は、悶絶して二日酔いにならなければ良かったと婦人に泣きついたのであった。
「うぅ……まだ口が苦い……」
「酔いは一気に覚めたから良いではありませんか」
「帝都で悪名を馳せた錬金術師様の薬は効いただろ?」
「アリッサ嬢、文字を勝手に増やす必要は無いのである」
我輩の予測通り、解毒薬で中毒症状が改善された領主は二日酔いから脱出できたのである。
代わりに、まだ口の苦さがのこっているようで時々口をもにゅもにゅしているが、それくらいは我慢してほしいものである。
「それはそうと、伯爵は領主の仕事をしなくて良いのかい?」
「あぁ、これも仕事の一環なのです。今年の徴税にむけて、私の領地の作物の収穫量調査を行っている最中なのです」
「収穫祭の参加は、視察を兼ねて毎年行っているんです」
それで今年は、今まで緩やかな下降線を描いていたのが急激に上昇したここの集落に白羽の矢が立ったという訳である。
「まぁ、大体視察は名目で、実際は夫の息抜きや民との触れ合いが主ですけれど」
「おいおい、そこは私のことは伏せておいて欲しいな」
「安心しなよ。たとえ伏せられててもすぐにばれるよ」
「そうですか?それは参りましたなぁ……」
そのあともいろいろな雑談をして和やかな空気が流れていくのである。
暫くはそうして時間を潰しているたのであるが、領主はふと表情を一変させるのである。
どうやら、本題があるようである。
「実は、錬金術師様と一代候爵様にお願いがございます」
「なんであるか?」
領主は我輩の方を向くのである。どうやら最初は我輩に用件があるようである。
「錬金術師様もご存知だとは思いますが、この辺りは虫害がかなり深刻な地域になっておりまして、その対応に毎年苦慮しております」
虫害に関しては、昨年首長に相談されたので知っているのであるが、この地帯全体の問題であったのは予想外である。
「しかし、昨年の収穫量調査でこの集落だけ前年よりも収穫量が上がっていたことがわかり、今年の視察で虫害が殆ど無く、豊作になっていることを確認しております」
そうであるな。昨年よりも早い時期から虫よけの煙を使用していたようであるから、虫害に関しては殆ど出なくなったと聞いているのである。
「集落長から話を聞いたところ、錬金術師様の知恵ということでございます。大変申し訳ございませんが、領主として周辺地域の発展のため、その御知恵を広める許可を……」
「別に良いのである」
「いただきた……く……宜しいのですか?」
「むしろ隠す必要はあるのであるか?この地域の発展はひいては帝国の発展であり、民の安寧につながるのである。むしろ、他の地方や帝都の薬師組合に広めてもらいたいくらいである」
「まぁ、センセイならそう言うよね」
我輩はいちいちそんなところまで行く気は全く起きないので、領主が組合に話をして除虫剤を作ってもらえるようにして貰えれば、より早く広範囲に普及するのである。
我輩の言葉に驚いた様子を見せる領主と、予想通りといったようにニヤニヤ笑うアリッサ嬢である。
「こちらから聞いておいて何ですが、本当に良いんですか?」
「むしろ、何で断ると思ったのであるか」
「いえ……帝都に戻る際の交渉材料にしたりするのかと」
「帝都に未練等全くないのである。我輩は、自分の好きなように錬金術の研究ができ、見知らぬ素材や食材の宝庫である大森林が近いこの土地が気に入っているのである」
それ以上に森の工房があるので、ここ以外には住みたいとは思わないのであるが、まあそれは秘密である。
「錬金術師様は、帝国貴族以上に帝国貴族の矜持を持っているのですね」
「婦人。我輩は、自分のやりたいことを思う存分にしたいだけである」
「そうだね。勘違いしちゃいけないよ伯爵婦人。センセイはね、我が儘なだけさ」
「アリッサ嬢。その言い方はどうかと思うのである」
「じゃあ訂正するよ。センセイは性根が捩じ曲がってるひねくれ者だから、素直に人の言葉を受け入れないから褒めないほうが良いよ」
「アリッサ嬢は我輩に恨みでもあるのであるか?」
「センセイのことを誤解のないように知ってもらおうって言う優しさじゃないか。それをそんなふうに言うなんて、あたしは悲しいよ」
「うふふ。お二人は仲が良いのですね」
今の会話のどこを受け取ればそう思えるのか全く理解できないのであるが、婦人とアリッサ嬢は何やら通じ合っているようで、二人楽しそうに笑いあっているのである。
そういえば、婦人も領主をいじって楽しそうに遊んでいるのである。ダンやアリッサと同類の予感がするのである。あまり近づかない方がよい類かもしれないのである。
「あの……宜しいでしょうか?」
「あぁ、そういえばもう一つあると言っていたのであるな」
先程の流れに置いて行かれた領主が、我輩達に声をかけるのである。そのため、先程まで笑いあっていたアリッサ嬢達も領主の方を見るのである。
「もう一つは、アリッサ候へのお願いなのですが」
「あたし?なんだい?」
領主はこれまでにないほどに真剣な表情になるのである。それほどまでにアリッサ嬢の力が必要な事でもあるのであろうか?
「来年の春に東方都市で料理大会を開くのですが、それにドランさんと参加していただきたく思いまして……」
「主人は今回の収穫祭でアリッサ候とドラン殿の料理がいたく気に入ってしまいまして……申し訳ございません」
「どれだけの事かと思ったら……しょうもない……」
「こっちの方が願いに熱が篭っているのである」
何度も頭を下げてアリッサ嬢に頼み込む領主の姿を見て、我輩達は苦笑いが止まらないのであった。
我輩達との簡単な会談を終えた領主は、片付けをしている民達に一言声をかけていき、引き上げて行ったのである。
一応、料理大会については、これからまた大森林に篭るので時期が合ったら向かうということで承諾したのである。
「絶対来てくださいね!待ってますからね!」
婦人と御者に馬車へ押し込まれるぎりぎりまで、見送りに行ったアリッサ嬢とドランに念を押す領主の姿に民も失礼とは思っていたようであるが、笑いを堪え切れずにいたのである。
領主としての仕事は比較的しっかりして、そういう貴族らしからぬ行動を平気で取れると言うところが彼が領民に好かれている要因なのだろうなと思うのである。と、同時に、配下の官僚は大変であろうな。とも思ったのである。
「やれやれ、やっと肩の荷が下りたよ」
「アリッサ嬢はいつもと変わらなかった気がするのであるが」
「それはこっちの台詞だけどねぇ」
アリッサ嬢と軽口を交わしながら、片付けに向かおうと思ったときであった。
「アリッサねえちゃーーん!」
先程領主が帰って行った方とは別の場所からアリッサ嬢を呼ぶ声が聞こえるのである。
そちらの方を見るとでるく坊とサーシャ嬢が、集落の小さい子供と見知らぬ老人と若者を連れてやって来たのである。
「デルク坊、どうしたのであるか?そんなにたくさん引き連れて」
「あぁ、おっちゃんおれとサーシャは、ちび達と一緒に散歩してたんだよ」
「そうしたらね、この集落に来たばかりだっていうおじいさんが困ってたから集落を案内してたんだ」
「そうだったのであるか。二人とも偉いのである」
我輩に褒められた二人は、どことなく嬉しそうである。
そのまま、二人は子供達を引き連れてまた散歩に出かけて行ったのである。サーシャ嬢はともかく、デルク坊は珍しいと思ったのであるが、一応他の集落の者もいるので、二人で行動しているのであるか。ということは、姿は隠しているが妖精パットンもそこにいるということであるな。
「ちょっと、何で……?」
そんなことを思っていると、アリッサ嬢が驚いたような声を上げているのでそちらをみると、アリッサ嬢がデルク坊達が連れてきた二人を見て固まっているのである。
「アリッサ。何を驚いているんじゃ?ギルドから通達が来ているだろうに」
「は?まさか?」
「そうのまさかじゃと思うよ」
「アリッサ嬢、どうしたのであるか?その老人は知り合いであるか?」
我輩の言葉にアリッサ嬢が答えようとしたのであるが、その前に老人が返事をするのである。
「儂は、元Aクラス探検家のバリーと申します。今回、ギルド本部からの要請でドランとハーヴィー両名のクラス適性を審査させていただくことになっております。どうぞ宜しく」




