収穫祭後の宴会である①
我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である。
「皆の者、収穫祭は楽しんでいただけたか?盛況であった祭りは終了したが、これからは夜宴である。残りの時間も是非楽しんでいってほしい!」
演台の上に立ち、領主がその場にいる者達に声をかけるのである。
それに応じて領主の前に立っている参加者達は歓声をあげるのである。
日も大分暮れてそろそろ暗くなってくる頃合い、収穫祭も終了し打ち上げを兼ねた関係者達だけの宴会が始まるのである。
予想を遥かに越えた来場者の対応に追われたため、自分達が祭りを楽しむことがほぼできなかったためである。
そうして始まった夜宴であるが、時間も経って皆大分出来上がってきたようである。
「今回の祭りは大変だったなぁ」
「人があんなに集落に来たのは始めてだもんね」
「俺たちもこっちに引っ越そうかなぁ」
「いっそのこと、合併しちゃったらどうだ?」
「おお、そうすればここの集落長に全部任せて隠居できるわい」
「冗談はやめてくれ。俺はこの集落をまとめるので精一杯だ」
「あっははははははははは!!!」
酒を片手に大人達が、好き勝手話している傍らで、様々な料理を口にいれているのは子供達である。
「これうめぇ!」
「おまえの集落毎日こんなの食べれるの?いいなぁ」
「森の近くで採れるから、探検家さんに頼めば採ってきて貰えるよ」
「探検家に頼めるって裕福なんだぜ」
「そういえばそっかぁ。薬師さまのせいでそこら辺の感覚おかしくなっちゃったね」
集落の子供達はいつまで経っても我輩を薬師というのである。
我輩は薬師ではないのである。
「薬師さま?」
「うん、森の中や外の薬草や食材をまで調べてくれたり採ってきてくれる凄い人なんだよ」
「すっげぇ!」
「あそこの大きなおうちも、薬師さまのお友だちの貴族様のおうちなんだよ」
「その人すっげぇ!」
「魔法だって教えてくれるし、お料理だって上手だよ。今年の豊作だって薬師さまのおかげなんだよ」
なにやら、間違っていないことと間違っていることが混在しているのである。
子供達にとって我輩はどんなに有能な人間へと変貌しているのであろうか。
「何でそんなすげぇ人がこんな辺境に来たんだろうね」
「確か、皆の幸せのためって言ってたよ」
「じゃあ、俺たちの集落も同じようにしてくれるかなぁ」
「薬師さまだからきっとやってくれるよ!」
「そっかぁ、楽しみだなぁ!」
なぜか、他の集落の子供のなかでは我輩はその集落の発展に尽力することが確定してしまっているようである。
それはそれで迷惑な話である。そのまま強く思い込まないことを祈るのみである。
関係者が各々楽しんでいる様子を見ながら、我輩はミレイ女史が持ってきてくれた料理を口に入れるのである。
中々美味しくできている料理なのである。たしか、ミレイ女史が自分で作ったものと言って持ってきたものである。
アリッサ嬢の料理に慣れてしまっているのであるが、それでも美味しいと思えるということは、ミレイ女史も料理は相当の腕であるということである。
そんなミレイ女史は、少し離れた場所でアリッサ嬢と何かを話しているようである。いや、説教をしているのである。
「いやいや、センセイがミレちゃんの料理を美味しく感じるのは、そりゃあセンセイだからだよ」
「何言ってるんですか!アリッサさんっ!」
「あはははは…………って!ミレちゃん魔法はダメだって!」
先ほどミレイ女史に料理の感想を言ったとき、アリッサ嬢がよくわからないことを言っていたのを思い出したのである。成人を過ぎて酒を少々飲んでいたミレイ女史が、アリッサ嬢の言葉の何かが腹に据えかねたのか、魔法陣を展開し始めたのは驚いたのである。最終的には発動させなかったのであるが、かなり複雑な模様を描いていたので、かなり強力な何かを発動させようとしたみたいである。
ドランの一件の時にも思ったのであるが、ミレイ女史もリリー嬢のように本気で怒らせると怖いのである。あと、あまり酒を飲ませないようにしようと思ったのである。
我輩は料理の入った皿を持ち、席を立つのである。先程まで疲れで頭がぼうっとしていて気付かなかったのであるが、人が大勢集まっているところがあったのに気づき、何をやっているのか興味を抱いたからである。
どうやらそこは、集落の酒飲み達が集まって飲み比べを行っているようであった。
「はっはっは!もっと持ってこぉい!」
「……もう……無理……」
「ハーヴィーさんがつぶれたぞ」
「ドランさんの勢いが止まらない……すげぇ」
「ダンさん頑張ってぇ!」
「外の奴にに負けるな!この辺りの住人の意地を見せろ!」
「では、住人を代表して本気を出さないとだな」
現在、飲み比べは佳境を迎えているようで、残っているのはダン、ドラン、他の集落の男性が二人と領主である。
ダンとドランはわかるのであるが、貴族である領主まで混ざるとは、上級貴族らしからぬ男である。
男爵程度の爵位であれば、そういうものもいないことはないのであるが、伯爵という上級貴族に名を連ねる領主が民と同じ視点で祭りに参加するのは珍しいと思うのである。
「伯爵様もやりますねぇ!」
「ふっふっふ。社交界で極めた私の酒飲みの力を甘く見てもらっては困るな」
赤ら顔で得意気な表情を見せるの領主であるが、婦人の一言でそれはすぐに崩れるのである。
「うふふ、思い出したかのように社交場に行っても皆様から距離を置かれてしまって、ずっとお一人か、私とお酒を飲んでいるだけですものね」
おそらく話は盛られているのであろうが、哀れな裏事情を暴露された領主は、飲んでいた酒を吹き出すのである。
「うお!?きったねぇなぁ。なんだよ、伯爵様はぼっちかよ」
「ダン殿!その言い方はあんまりです!だったら一緒に社交場に出てみてください!」
「いやだよ!堅苦しいところなんざ勘弁だよ!!」
「うふふ、どちらが年上かわからないですね」
「あはははははははは!!!」
「皆して笑うでない!!そして、お前も話を盛りすぎだ!そこまでは酷くないぞ!」
「うふふ、ごめんなさいね。困っているあなたがかわいくで、つい」
「領主様は可愛いぞー」
「思ってもいないことをいうのは止めていただけませんか?ダン殿!」
「あっはははははははははは!!」
主に婦人にであるが、民にいじられている領主であるが、それに参加している者達もとても楽しそうである。
普通の貴族であれば、不敬罪だ!と言ってくる位には全員失礼だとは思うのであるが、領主は全く意に介していなさそうである。
その場を離れると、また別の場所でも人の集団があったので近くまで寄ってみるのである。
「これもうまいなぁ!ああ、うまいなぁ……」
「デルク君、これも食べて?」
「私が作ったのもあるよ!」
「私も!」
ここは、デルク坊を囲む集団のようである。
結局デルク坊は、あの後他の者と一緒に祭りの対応に追われることになり昼の間は料理を心行くまで食べることはできなかったのである。
ただ、時おりデルク坊に差し入れを持ってくる女子達がいたので、空腹に苦しむと言うことはなかったようである。
その代わり、常に小腹が空いている状態が続くことになってしまったデルク坊は、現在その鬱憤を晴らすかのように、目の前に出される料理を次々と食しているのである。
「私の料理おいしい?」
「うん!美味しいよ!」
「じゃ、じゃあわたしのは?」
「ん?美味しい!」
デルク坊から笑顔で美味しいと言われる度に、きゃあきゃあと女子達は黄色い声を
上げるのであるが、デルク坊は基本的には何でも美味しく食べるので、基本的にはその答えになる筈である。
「じゃあ、誰の料理が一番おいしい?」
「アリッサねえちゃん!あ、これも美味いね」
「次は?」
「ドランにいちゃんが焼いた肉!この魚と香草の組み合わせすげぇなぁ」
「えっと、じゃあ三番目は?」
「うーん……おっちゃんの作るよくわからない料理かなぁ」
「え?薬師様?」
女子達は驚きを隠せない表情で、デルク坊に問い掛けるのである。
彼女たちにしても、アリッサ嬢と肉に限ればドランの作る料理が格別なのは知っているのである。
時々この流れを見ることがあるが、大体3番目にこの中の誰かの名前が入るのである。
それが、急にいままで名前が出たことも無い我輩がいきなり入り込んで来たのが驚きだったのであろう。
なにより、それを聞いた我輩も驚いているのである。
「薬師様って料理できたの?」
「うーん、料理っていうのとは違うのかなぁ。でも、料理なんだよなぁ」
要領を得ないデルク坊の答に困惑を深める女子達である。
確かに錬金術で構築したあれは厳密にいえば料理とは言えないのであるが、見た目は立派な料理である。
デルク坊としても、そういう風に表現するしか無いのであろう。
答えたデルク坊は、特に周りを気にすることなく料理に夢中になっているのであるが、女子達は明らかに空気が変わったのである。
いま、彼女たちに見つかると面倒なことになりそうだと思った我輩は、気付かれる前にその場から退散することにしたのであった。
そのあとも、色々見て回ったのであるが、皆笑い合い宴会を楽しんでいるのである。
「ここにいたのか、術師様」
そんな中、首長が我輩に声をかけて来るのである。どうやら我輩を探していたようである。
「お疲れ様である。首長」
「俺はそんな大した事はしてねぇよ。ここにいる全員が頑張ってくれたから、収穫祭も無事に終わったのさ」
首長はそういうと、真面目な表情をしてこちらを見るのである。
「嫌がるのは知っているがな、術師様。あんたのおかげで俺達は今年これだけの大きな祭ができた。本当にありがとう。集落に引っ越したいっていう外からの者も何人かいたし、ここを拠点に活動しようとしてくれる探検家達も増えた」
「それこそ我輩は大したことはしていないのである。我輩やアリッサ嬢がきっかけでも、ここまで結果を出せたのは、首長や集落の者達の努力の賜物である」
「そうかい。そう言ってくれるとあいつらも喜ぶな」
首長は、楽しそうに盛り上がっている人の集団に顔を向けるのである。ここまで皆を引っ張ってきた首長である。色々と感じるものもあるのであろう。
「であるが、これからがより大変であろう?増える人をまとめていかないといけないのである」
「錬金術師様も手伝ってくれるんだろう?錬金術師は帝国民の幸せの実現のための職業なんだからよ」
「こういうときだけ、正式名称を使うのはずるいと思うのであるな。まぁ、我輩がやりたいと思ったことしかやらないのであるが」
「はっはっは!これでも一応ここの長だからな。あぁ、それで十分だよ。術師様」
首長から差し出された手を我輩はしっかりと握るのである。これからも自分のやりたいようにやるのである。
首長が他の者にも礼に行かないとと、席を外したところで我輩はサーシャ嬢と妖精パットンを見かけていない事に気付いたのである。なので我輩は、二人を探しに会場内をうろうろすることにしたのであった。
二人はいったいどこにいるのであろうか?




