置いて行かれた気分である
我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である。
収穫祭直前で問題が発生し、その対応について我輩達が話している最中のことである。
集落の入り口から広場へと向かう、集落で一番広い通路にいる者達から歓声が上がるのである。
何事かと思いそちらを見ると、そこにいるものが左右に別れて列を作るのである。
開場が始まり、広場に入っていった者達もその様子を見て、何事かと列に加わっていくのである。
「あぁ、来るって言ってたねぇ」
アリッサ嬢が、歓声と人の列を見て先程ダンが言っていた″俺たちにとっては問題事″の当たりがついたらしく、ため息をつきながらそう呟くのである。
しばらくそちらを見ていると、通路の中央からゆっくりと馬車が現れるのである。
決して派手というわけではなく、辺境の地に比較的ふさわしい頑強な作りをした馬車から見える旗から、その馬車は貴族の物であることがうかがい知ることができるのである。
馬車は広場にやって来ると、人通りが少なそうな比較的祭りに影響がないであろう場所に移動して停まるのである。
「中々できた貴族であるな」
「まぁ、伯爵様ともなればねぇ」
貴族は民を治める者である、故に民の範であるべく心掛けるのが貴族である
初代皇帝が貴族制度を作った際に、一番最初に決めた理念である。
この理念から著しく逸脱した貴族には厳しい罰則があるものの、最近ではほぼ形骸化してしまっており、罰則を受ける貴族などほぼいないのである。
なので、堅苦しいだけのこの理念は必要ないと無視する貴族と、貴族の誇りとしてこの理念を重要視したり遵守する貴族の間でよく問題が起こるのである。
とは言え、帝国の象徴であり元首でもある皇帝が、この理念に恭順していることから、表向きは全ての貴族もそれに倣っているのである。
この伯爵は、辺境の集落でもこのような行動を取れるということは、幾らかまともな貴族なのかもしれないと我輩は思ったのである。
「まあ、前皇帝陛下直轄の一代侯爵の別荘地だから、媚びを売っておこうっていうのもあるんじゃねぇの?まぁ、その可能性は低いと思うけどな」
ダンは、どうやら村に行く途中で伯爵の一団に会ったようである。
その時交わした会話からその可能性は低いとダンは判断したようである。
ダンがそう感じると言うのであればおそらくそうなのであるが、注意をしておくに越しておく事は無いのである。
良い顔をしておいて、裏で何か面倒ごとを引き起こされるのは勘弁なのである。
我輩は妖精パットンを呼び、貴族との会話の際に相手の意思の構成魔力を読むように頼むのである。
「やれって言われればやるけれども、そういうのは好きじゃないんじゃなかったのかい?錬金術師アーノルド」
「相手の思考を完全に読めとは言わないのである。嘘を付いているのかとか、悪意を持っているのかとか抱けわかれば十分である」
相手も人間なので、自分の利益になるように動くのは当然である。
ただ、帝国貴族として信用出来るものに協力したいものだと我輩が思うからである。
「ダンがああ言っているから多分大丈夫だと思うけど、分かったよ。ボクの方でも調べてみるね」
妖精パットンはそういうと、姿をゆっくりと消すのである。認識疎外の魔法を使ったようである。
そのようなことをしつつ馬車の方を見ていると、御者台から執事も兼任しているのであろう、それなりに身綺麗な男性が降りてきて、馬車のドアに手をかけるのである。
少しすると、馬車の中から返事があったようで、御者が馬車のドアを開けるのである。
馬車から現れたのは、少々小太りなものの、それが愛嬌となって好印象を与える我輩よりも少し年上の男性と、アリッサ嬢よりも年上であろう女性であった。
二人は馬車から降りるとゆっくりとこちらへとやってくるのであるが、その間、通りすぎる男性陣が婦人をまじまじと見ているのである。
(男性陣は、何故ああも婦人を見ているのであろうか、失礼に当たるのであろうに)
(あぁ、あの胸じゃないのかい?まぁ、あの程度なら気にもしないだろうさ。あちらさんもそういう目線は慣れているだろうしね)
アリッサ嬢にそう言われて確認してみると、確かにかなり胸の存在感がある女性である。
狙って胸元を強調しているというわけではないのであるが、あの大きさであれば目立つといえば目立つのである。
(あぁ、確かに中々重そうで生活が大変そうであるな)
(何だろうねぇ、なんか安心したよ)
(そうですね、安心しました)
アリッサ嬢とミレイ女史が、我輩の感想にほっとしたような表情を見せるのであった。
なにがどうなって安心させたのかはわからないのであるが、安心したのであればそれに越したことは無いのである。
婦人を伴い貴族が首長の元にやってくると、首長は貴族に臣下の礼をとるのである。
「領主様、本日はようこそお越しくださいました」
「おぉ。堅苦しい挨拶は抜きにしてくれ。先程ダン殿から話は聞いた。食材が足りなくなるらしいではないか」
領主の言葉に、首長は身を縮ませるのである。理由はどうあれ領主の目の前で失態を見せるのである。何かしらの罰則があるかもしれないと思ったのであろう。
だが、領主は笑って首長の肩を叩くのである。
「いやぁ、急いで良かった。予定では昼前後につく予定だったのだがな。昨日、村でアリッサ殿とダン殿が集落に来られていると聞いて、急いで来たのだよ」
領主がそう言うと程なく、広場に様々な食材を載せた荷車を牽いた一団がやってくるのである。あれだけあればこの参加者を十分に賄うことが出来るはずなのである。
「今回の収穫祭の祝いで、私のところで採れた食材を持ってきたのだ。これで足りるだろう?」
「それはもう……しかし、どうして……」
首長の言葉に、領主は得意気に胸を少し反らし、尊大な態度を取るのである。
「いや、集落の規模を上回る参加者が集まって来るかもしれないという話はこちらの方で予想されていてな。領主が赴く祭で食べ物が足りなくなるなど、外聞も良くないのでな。勝手なことをしたとは思うがこちらでも用意させてもらったのだよ」
「ふふ……噂に聞いたこの地で食べれる料理の数々を心行くまで堪能したいと言って、集めてきたのよ」
いたずらが成功したときの子供のように笑い話す婦人の言葉に、領主は格好を崩すのである。
「おいおい、それでは私がまるでここの自分が食べたいから食材を用意したみたいではないか。私はだな、帝国貴族としてのだな………」
「そのお腹では説得力はありませんよ」
「……痛いところを付くなぁ、お前は」
急に始まった夫婦の惚気に我輩はぽかんとしたのであるが、とりあえず食材の心配はしなくても良いという事は理解したのである。
「まぁ、俺と話しているときも大体はこんな感じだった訳だ。だから大丈夫だとは思うんだけどな」
(いまのところ、彼らの言葉から嘘を付いていたりしている感じは受け取れないね)
つまり、ここの領主は普段からこういう感じなのであろう。
なので、我輩は同様にぽかんとしているデルク坊の頭をぽんぽんと叩き、
「デルク坊、ここの領主のおかげでデルク坊は料理を食べるのを我慢しなくて良くなったのである。良かったであるな」
そう言ったのである。
デルク坊は、我輩の言葉に頷くのであるが、表情は晴れないのである。
「うん。それは嬉しいんだけど、楽しみにしてたのがダメになりそうで、我慢しようって思って泣いて、そしたら急に大丈夫って言われると嬉しいっていう気持ちが素直に出てこないんだな。おっちゃん」
「まぁ、その気持ちは分かるような気がするのである」
我輩もそうであるが、状況の急激な変化に感情が完全に追いつけていないのである。
デルク坊とともに我輩は若干置いて行かれた感じを受けつつ、収穫祭は始まっていったのであった。




