収穫祭の始まりなのであるが
我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である。
朝食を摂り終えた我輩達は、普段なら休憩をするところであるが、片付けを済ませると外へと出るのである。
収穫祭前の集会を行うためである。
我輩達が収穫祭の会場前に行くと、普段では見かけない珍しい光景に遭遇するのである。
集会をするためにすでに集まってきている集落の者や、応援に駆けつけてくれた他の集落の者達も、その光景に圧倒されているようである。
「おう、おはよう。術師様」
「なかなか凄い光景であるな」
「俺は、この集落に来てからこんな人の数を見るのは初めてだぜ」
我輩達に気付いた首長がこちらにやって来るのであるが、首長もこの光景に驚いている様子である。
いま、我輩達の目の前に広がっているのは、開場を心待ちにしている集落の総人口よりも多い人の山である。
他の集落との合同開催なので、そこの集落の人間の数を思えば当たり前の事なのであるが、そことは別の場所から話を聞き付けてやって来たもの達も数多く、集落の規模からすると信じられないくらいの規模の人数に膨れ上がってしまっているのであった。
「人が凄い集まってるよ」
「知らない人ばかりで不安だねぇ」
「うちの集落を知ってもらういい機会だねぇ」
「帝都って、これくらいいるのかしら」
「お母さん、怖いよぉ」
「大丈夫よ、いい人達ばかりよ。でも、ちょっと怖いねぇ」
生まれてからずっと、この集落から出ないで過ごす者が殆どので、初めて目の辺りにする人の数に興奮と不安が入り混じった表情を浮かべるものがたくさんいるのは仕方がないと思うのである。
広場に集まる者達が様々な反応を示す中、首長は手を叩きながら声を上げ、注目を自分に集めるのである。
「まぁ、いつもの……」
その場で首長が話始めたところで、集落の者を中心に声が上がるのである。
どうやら、せっかく作ったのだから演台を使えということのようである。
柄じゃないと嫌がる首長であったが、他の集落の者達や、集落長からも囃し立てられ、結局演台を使う羽目になったのである。
「……ったく!堅っ苦しい事は抜きだ!形は変わったが、俺たちの収穫を祝う宴だ!大変なこともあると思うが、皆、客人と共に楽しんでくれ!」
首長の言葉に、その場にいた全員が歓声を上げると、それに合わせて広場の外にいた者達も数人声をあげるのである。どうやら、聞こえていたのであろう。
広場内の者達が、祭りの成功を願うかのように、近くの者と握手を交わしたり声を掛け合って、自分の担当する場所へと移動していくのである。
そんな中、首長が我輩達のもとへとやって来るのである。
「なかなか、手短で良い言葉であったな」
「勘弁してほしいぜ全く」
「で、何かして欲しいことでもあるのであるか?」
「わかるかい?」
首長は、幾らか困った表情を浮かべながら手に顎を乗せるのである。
「思ったよりも人が膨れ上がっちまって、食材が足りなくなりそうなんだ」
「えぇ!!」
首長の言葉にデルク坊が驚いているが、まぁ、当然ともいえるのである。
今年が例年にない豊作とはいえ、結局は人が少ない集落である。
他の集落と合同とはいえ、その集落も例年通り程度の収穫量なのである。
外の者達の求めるものが、集落で採れる食材ではなく、森や付近で採れる珍しい食材とはいえ、集落の作物も使って料理をする以上出せる数には限度があるのである。
「それほどなのであるか」
「もしかすると、昼過ぎくらいには各集落で集めた野菜や穀物が終わるかもしれないな」
「それは問題であるな」
そこまで聞けば、首長が何を言いたいのかは理解できるのである。
隣で話を聞いていたダンが、若干諦めたような表情を見せるのである。
準備期間中にダンが、浮遊の荷車を使用して、集落やその近辺を縦横無尽に駆け回っているのを何度も見られているので、自分に白羽の矢が立っていることを分かっているからである。
「首長さんよ、うまい酒をくれよ」
「俺の持っている取って置きのやつを開けて待ってるよ」
「期待してるからな」
「費用は、我輩のところから持っていくのである」
「いいよ。俺だって持ってるから」
「すまないな。必ず後で残りの長達とも話して返済するからな」
「それより、うまい肴を期待してるよ」
ダンはそういうと、我輩の家に戻っていくのである。
荷車を引いて、近くの村やもうひとつ遠い村まで食材を買いに行くのである。
ダンの全速力であれば、恐らくここの食材が尽きる前には戻ってこれる筈なのである。
「じゃあ、あたしも頑張りますか。外で採れる食材だけでできる料理を作ろうかね」
「じゃあ、俺も俺の肉を食っただけで満足できるように焼きますか!」
ドランとアリッサ嬢も自分のできる範囲で、現状を何とかできる方法をやってみるようである。ただ、ドランのやり方は逆方向にならないか心配になるのである。
「じゃあボクはこの広場全体に、お腹が一杯になったような気がする認識阻害の魔法でもかけようかな」
「そんなことができるのであるか?」
「そんな、思っているほど強い力じゃないよ。いつもより早く満足したような気がするっていうくらいのものさ」
じゃないと、サーシャやデルクの方にかける力が足りなくなるよと妖精パットンは笑うのである。
「私はできることがあまりないですね…………」
「私も…………」
「なに言ってんのよ二人とも、あたしを手伝っておくれよ」
「そうでさぁ、やることは一杯ありますぜ。せんせい、ミレイお嬢」
「はい!あとドランさん、お嬢はやめてください」
「私頑張るね!あと、私はせんせいじゃないよっ!」
自分達にできることがいまいち浮かばずに、落ち込みかけていたミレイ女史とサーシャ嬢を、アリッサ嬢は抱き寄せるのである。
二人とも嬉しそうに抱き締められたままドランに訂正をしているのである。
なかなか微笑ましいものである。
「僕はどうしよう……」
「お前は当然!肉を獲ってこい!」
「他の食材も頼むよ」
「…………ですよねぇ」
ハーヴィーもそう言うと、とぼとぼと自宅へと戻っていくのである。
何だかんだでハーヴィーの狩猟・採取能力はかなり高いのである。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
アリッサ嬢に抱き締められるままになっているサーシャ嬢が、先程から一言も発さないデルク坊を訝しげに見るのである。
我輩も気になって見てみると、なにやら思い詰めたような表情である。
どうしたのかと思い、声をかけようとすると、意を決したような表情で叫ぶのである。
「おれ、ダンにいちゃんが来るまで料理を食べるの我慢する!!!」
突然の事に呆気にとられた我輩達であったが、いち早く我を取り戻したサーシャ嬢が、ものすごい反応に困った様子で声をかけるのである。
「お……お兄ちゃん?すごい悩んでた顔してたけど、そんなことで?」
「…………サーシャにとっては、そんなことかもしれないけれど…………おれは、おっちゃんから今日の話を聞いてから、今までずっと楽しみにしてたんだ」
必死になにかを堪えるように、感情を抑えた声でデルク坊は返事を返すのである。
さらになにかを言おうとしたサーシャ嬢であったが、言葉を発するのを躊躇うのである。
デルク坊は、泣いていたのである。
毎日指折り楽しみにしていたのである。おそらく我輩達の中で誰よりの今日という日を待ち望んでいたに違いないのである。
「本当に食べないのかい?」
「うん!本番の日の楽しみにしてるんだ!」
普段なら試食は絶対断らないデルク坊が、当日の楽しみにしたいと断ったのである。
今日も、朝を減らして食べていたくらいである。
「知ってた?おっちゃん。なにも食べないよりも、少し食べて腹を動かした方が、後で一杯色々食えるんだぜ!」
そう言って笑っていた、デルク坊の"少し"は、我輩にとっては普通くらいなのであるが、それはともかくそれほどの気合いの入れようであったのである。
それが、いざ当日開始直前で問題が発覚したのである。
周りの者は全員、問題に対して自分がやれることをやることで状況を良くしようとしているのである。
デルク坊は、自分が人よりもかなり食事を摂る量が多いことは当然自覚しているのであろう。
そんな自分が現状で一番貢献できることは、自分が食べるのを我慢して他の人たちに少しでも料理を楽しんでもらおうというものであったのだろう。
それは確かに端から見ればたいしたことでは無いかもしれないのである。しかし、まだ子供であり、収穫祭の料理を心待ちにしていたデルク坊にとっては苦汁の決断だったのであろう。
そのことが分かる我輩達は、デルク坊のそれを笑うことはできないのであるし、そのことに何となく気づいたサーシャ嬢も自分の言ったことがデルク坊を傷つけてしまった事がわかり、罪悪感でいっぱい表情を浮かべているのである。
「お?どうした?」
そんな中、荷車を引っ張りながらダンがこちらへとやってくるのである。
しかし、やってくる方向がおかしいのである。自宅の方からやってくるならばともかく、入場間際の開場入口の方からやって来たのである。
おそらく一度外に出ていってから戻ってきているようである。
しかも、狩りの用意をしていたハーヴィーもそちらからやって来ているのである。
「ダンよ、どうしてあちらからやって来たのであるか?何か問題でもあったのであるか?」
我輩の質問に、苦笑いを浮かべながらダンは答えるのである。
「俺達からすれば問題かな、だけど食材の問題は解決しそうだぜ」
「どういうことであるか?」
「あぁ、たった今…………」
ダンが我輩の質問に答えようとしたとき、開場が始まり広場へと足を踏み入れる参加者達から歓声が上がるのである。
何事かと思い、入り口の方を見ると乱雑に入場者達が左右に別れて列を作って止まっているのである。
先に入場したもの達も、それに気付いたようで慌てて列に加わるのである。
何が起きているというのであろうか。
「あぁ、来るって言ってたねぇ……」
その参加者達の様子から、何が起きているのかの当たりをつけたアリッサ嬢が小さく呟くのであった。




